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想い出

 みーんみんみんみんみんみーーーー!

 無数の蝉の鳴く声が暑苦しい夏の日。

 外は夏真っ盛りという言葉に相応しく日差しが照っていて、冷房がなければ汗が止まらなかっただろうなぁ、なんて思いながら冷風の主を見る。

 こんな田舎の一つしかない学校にもやってきてくれてありがとう。いや、ほんとに。


 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴る。帰りの挨拶も終わ……るや否や、一人の少女が駆け寄ってくる。


「わっくんわっくん! 今日は何して遊ぼっか?」

「そうだなぁ……オレ、虫取りがしたいっ!」

「えへへ、ヒヨリもそうしたくなってきた! 行こ行こっ!」

「おうっ! ちゃんと付いてこいよっ!」

「あっ、それじゃあ離れないように、手を繋いでほしいなぁ!」


 幼馴染の日和ひよりとは毎日のように遊んでいる。クラスメイトにはカップルだーなんて言われているけれど、別に気にならない。

 日和は可愛いし、いや、そうじゃなくても性格が合って、一緒に楽しく遊べる仲間だから。


「や、えっと……へへっ、いいぜ!」


 だから、そうだ。手を繋ぐのだって恥ずかしくない。


「──えっと、わっくん! ヒヨリの手、汗凄くないかな!? 大丈夫?」

「あー? 汗かいてるのはお互い様だろ? 気にすんなって!」

「う〜〜」


 手を繋いでと頼んだ日和の方が恥ずかしがっているけれど、言ったとおり、お互い様だ。

 冷房様の加護がない外はやっぱり汗が止まらないから、いちいち気にもならない。


「おっ、ヤマト坊ちゃんにヒヨリちゃん! 今日も仲良しだなぁっ!」

「あら、今から何をするの?」


 二人で話していたおじさんとおばさんがオレたちを見てニコニコと笑っている。


「今日は虫取りをするんだぁ!」

「えへ、おっきいカブトムシ、見つけようねっ!」


 日和は少し人見知りなのか、オレの背後にほんの少し隠れながらこちらに話しかけてくる。……余計暑くなるけれど、悪い気はしない。


「あっはっは! ウチの裏山は自由に入ってっていいぞ! でーーっかいカブトムシもいるはずだ!」

「ふふっ、次期村長にお嫁さん……この村も安泰だわね!」

「マジ!? ありがとう八百屋のおじさん!……って、米屋のおばさんは気が早いよ!」

「お嫁さん……んぅあ〜」


 日和が鳴き声のようなものを上げながらむぎゅりとオレの背中に顔を押しつけてくる。流石にこれは恥ずかしいような……!


「ほ、ほら、行こうぜ日和! でっかいカブトムシがオレたちを待ってる!」

「う、うん……!」

「あっはっは、頑張れよぉ〜!」

「怪我はしなさんなよ〜!」


 おじさんとおばさんに見送られながら、日和の手を繋いで帰り道を進む。


「……ね、ねぇ、わっくん」

「お、どうした?」

「わっくんは、えっと、ヒヨリがお嫁さんって言われて……嫌じゃないの?」

「おうっ! 嫌じゃない! 可愛くて性格も遊びも合う仲間がお嫁さんなんて最高じゃん!」


 その問いは答えづらいものだったけれど、ここで言い淀んだり嘘をついたりすれば日和を傷つけてしまうことになると思ったから、本心を伝えることにした。

 俺の父さんは相手がいないからということで母さんとお見合い結婚をすることになったらしい。それが悪いことだなんて思ったことはないけれど、ピッタリの相手がこんなに近くにいることは素直に嬉しいじゃないか!


「……〜〜っ!! えへっ、えっへへっ! ヒヨリ、嬉しいなぁ! ヒヨリも、ヒヨリもねっ、わっくんのこと、好きだよ!」

「お、おう……あ、ありがと!」


 ぐいぐいと身を寄せながらそう言われるとやっぱり照れまくってしまうわけで。

 言葉は詰まってしまったけれど、かろうじて、ありがとうと伝えることができた。


「……あ、もうお家着いちゃった。道具、取ってくるね!」

「おう、待ってる!」


 日和が玄関ドアを開けて家の中へ入っていくのを見守った後、空を見上げる。


 視界を遮るものが何一つ無い青空、うるさいを超えて騒音被害だろって思うくらいの蝉の声。

 田舎だなぁとは思うけれど、オレはこの村が好きだ。

 温かく見守ってくれるおじさんにおばさんたちに……何よりも、日和がいるから。


 ──そう思っていた小学五年生の夏から三年後……つまり、中学二年生の頃。


 オレは、家族と共に村を捨てた。

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