彼女を傷つけた罪は重いのです
歴史ある領地持ちの家に生まれた娘フロマンジェと十年ほど前に領地持ちとなった家の息子アインズは、二ヶ月ほど前、婚約者同士となった。
新興領地持ちであるアインズの家にはまだそれほど力がない。そこでアインズの両親は考えたのだ、アインズを力ある領地持ちの家の娘と結婚させようと。そして、幾度もの話し合いを経て、フロマンジェとアインズは婚約することとなった。
そんな形で始まった、二人の婚約者生活。
それは、アインズにとっては、良いものではなかった。
というのも、フロマンジェとアインズが婚約したという話を聞いた領地持ちたちが、アインズやその両親のことをああだこうだ言うのだ。それも、悪い意味で。周囲の領地持ちたちは、その多くが、二人の婚約を良く思っていなかった。フロマンジェの相手にアインズというのは相応しくない、と、多くの者が捉えていた。
フロマンジェは自身の身分を見せびらかすような女性ではない。アインズの家が新興だからといって彼を見下すこともしない。見下すどころか、アインズのことを悪く言う人たちに注意することすらあった。フロマンジェはアインズを一人の人間として見ていた。
だがアインズは素直に受け取れなくて。
フロマンジェは自分を見下してはいない、そう分かっていても、どうしても彼女を真っ直ぐに見れなかった。強いコンプレックスのようなものが心に根を張ってしまっていたのである。ある意味、卑屈になっていたとも言えるだろう。
彼自身、自分がそういうことになっていると気づいていた。
そして浮気してしまった——僅かな癒やしを求めて。
アインズによく話しかけてくる女性がいた。名はフレンダ。彼女もアインズと同じ、新興領地持ちの家の次女だ。フレンダは少女のような無垢さを持つ人物。聡明という言葉は似合わないが、愛嬌はある。
距離感も近く、いつも愛らしい雰囲気を振りまいてくれる彼女に、アインズはいつしか惚れていった。
また、同じような境遇であることも、アインズにとっては嬉しかった。彼女といる時だけは劣等感が息を潜める。不利な立場だと感じることもなく話せるので、躊躇いなく心を開くことができた。
いつしかアインズは、フロマンジェには黙って、フレンダとよく会うようになった。
最初は時々だったが頻度は徐々に増えて。いつの間にか週に二、三回は顔を合わせるようになった。店で食事をしたり買い物をしたりとお出掛けだけする時もあれば、それ以上に至ることもある。
いずれにせよ、フレンダといる間だけ、アインズは満たされていた。
——しかし、それにも終わりが来た。
アインズがフレンダといつも会っていることを知っていたフロマンジェの知人が、そのことを証拠と共にフロマンジェに伝えたのだ。
アインズの行為はすぐに明らかとなった。
領地持ちの者たちは「やはり相応しくなったのだ」と嘲笑う。これまで守ってくれていたフロマンジェもこれには「残念です」と言い、以降アインズとの面会を拒否するようになった。フロマンジェの両親は激怒していた。
ある日、アインズはフロマンジェの両親に呼び出される。
浮気相手も連れてこい、とのことだったので、アインズはフレンダを連れていった。
「ずっと関係を続けていたそうだな。なんということをしてくれたんだ」
「すみません……」
フロマンジェの父親は怒っていた。なぜなら、自分は浮気のような行為をしたことがなかったから。彼は生まれて今まで妻しか愛したことがない。だからこそ、娘と婚約していながら別の異性に手を出していたアインズのことが許せなかった。
「これはさすがに見逃せん」
「は、はい……」
「君の親には後ほど話をさせてもらうが……ひとまずここで告げておく。婚約は破棄させてもらう!」
地位が上の家の娘と婚約しておいて婚約を台無しにした、その罪は小さくはない。
その行為は彼だけのことではない。彼の実家にも迷惑がかかることは確かだ。婚約を壊すようなことを平然と継続していたのだから、本人はもちろんだが、実家も無傷でいられるはずがない。
「貴女、フレンダさんと仰るそうね」
「……はい」
当然、怒っているのは父親だけではない。
母親もまた怒っている。
「どうしてそんな態度なの?」
「あたし、悪いことしてないです。アインズ様と少し仲良くしていただけです」
「彼には婚約者がいたのよ?」
「……関係ないです、そんなの。あたしは愛されてますから」
アインズは若干後悔していた。フロマンジェと過ごしておけば良かった、と。たとえ辛くてもフロマンジェと過ごしていれば良かった、そんな風に思うけれど、もはや手遅れだ。
一方、フレンダはというと、アインズと関係を持っていたことを悪く思ってはいなかった。むしろ、自分の方が愛されているのだから仕方ない、くらいに考えているようで。謝罪する気などまったくないようだった。
◆
その後、アインズとフロマンジェの婚約は破棄された。
アインズには慰謝料の支払いが求められることとなる。額も小さくはなかった。アインズとその親は支払った。断ったらどんな罰を与えられるか分からないから、である。ただ、その支払いによってアインズの家は所持金の多くを失い、領地経営など到底できないような状態になってしまった。
アインズの家は領地持ちをやめる。
そして、アインズとその父親は、布工場に勤めるようになった。
慰謝料の支払いはアインズだけが求められたわけではない。フレンダとその家にも支払いが命じられた。婚約破棄の原因を作った一人、ということで。
しかしフレンダは支払いを拒否。
その結果、フレンダの家も領地持ちの資格を奪われた。
また、資産の一部を差し押さえられ、フレンダの父親が持っている色々な高級品も没収されることとなってしまった。家くらいは残ったけれど。
婚約を壊したという話が出ていることもあって近隣の人たちと気まずくなり、フレンダ一家はやがて、遠くへ引っ越していった。
その後、フロマンジェは、同じような身分の異性と結婚。
幸せに暮らした。
◆終わり◆