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消えた内蔵

自宅マンションで恋人の千夏を殺した。喧嘩の末、衝動的に千夏を思いっきり壁に叩きつけてしまった。死ぬとは思わなかった。千夏は後頭部から血を流し、口をパクパクさせて俺の事をものすごい目で睨みながら死んでしまった。俺は気が動転して、しばらくは茫然と千夏を見つめた。当然、千夏は起き上がらなかった。

その後は、死体の処理に走った。当たり前だが殺人はものすごく罪が重い。俺はこんな所で人生を終わらせたくは無かった。たった今、他人の一生を勝手に終わらせた俺は、どうやら自分本位だったようだ。

殺人で捕まらない方法はご存じだろうか?正解は死体が発見されないことだ。日本には年間10万人前後の行方不明者がいる。それらの42パーセント近くは殺害されているのだ。つまり数万人の殺人犯が世間では野放しになっているということだ。それならば死体さえ隠せれば、俺が捕まらないのは自明だった。だが俺はあまり頭のまわるほうでは無かったようだ。それは、その後の行動が示している。

最初は死体を細かく切断してトイレに流すか、犬にでも食わそうと思っていた。だから、風呂場で死体を解体することにした。ホームセンターで鋸、大量の不透明なビニール袋と消臭剤とタオルを購入した。もちろん複数のホームセンターをまわって怪しまれないようにした。

 大半の人間は、誰かを殺したときに、自首するか、そのまま逃亡するだろう。つまり死体を隠したりしないのだ。その大きな理由の一つに、死体を見たくない、触れたくない、といった要素が挙げられるだろう。実際に俺は今、ものすごく気分が滅入っている。なんで殺してしまったのだろう。そればっかりを考えている。愛している人間の死体はものすごく恐ろしい。さっきまで動いていた肉の塊はものすごくリアルなのだ。俺の胃の中は既に空っぽだ。今頃は排水溝を散歩中だろう。…考えていても仕方がない。俺は死体の解体を開始することにした。

 解体中の事は深く語りたくもない。ただ地獄であった。見慣れた体を切り刻む。これは俺にとっても拷問だ。もちろん実行している俺にこんな事をいう資格はないと分かっている。ただただ悲しくて、苦しかった。死体は何を思っているのだろうか。俺は血と汚物と内臓に塗れ、泣きながら千夏を解体していた。

 解体中に問題は山ほど発生した。その一つが「骨」だ。人骨っていうのは思っていたよりも硬く、とてもじゃないが、切断できない。つまりどうあがいても、鋸だけでは細かくはできないのだ。電動チェーンソーでもあれば別だろうが、そんなものはもちろん無いし、買いに行く気にもならない。俺は死体の切断を諦めて、他の方法を考え始めた。……ここまで死体を破壊してしまったのだ。もう後戻り出来ないことは明らかであった。

考えた末、俺は最もポピュラーな方法を取る。山に死体を埋めに行くことにしたのだ。しかし、死体は既に関節で切断され、15のパーツに分けられている。切断された死体を運ぶのはある意味大変だ。切断されていない女性の死体は軽くても40キロはあり、そのまま運ぶのはとても大変だが、切断された死体は、それはそれでものすごく運びにくい。精神的に、だ。持ち上げるたびに、内臓や血がこぼれ、黄色い筋肉や、骨がはみ出る始末だ。胴体部分で切断したため(これはものすごくやめた方がいい)に腸がバスタブで、螺旋を描いている。絵的にも最悪だし、その上すごい臭いだ。生前とはまったく違い、最悪の臭いだ。とは言え運ばないわけにはいかない。俺は各パーツのそれぞれを新聞紙に包み、ビニール袋に入れた。死体の各パーツを袋に入れ、最後に零れ落ちた内臓、腸、汚物などを一つの袋に入れた。そして両手に1袋ずつ持ち、車に運ぶことにした。もちろん深夜になるのを待ってからだ。その間、俺は死体を埋めるのに必要なスコップを買いに行くことにした。

 深夜2時になった。俺は死体を車に運び出した。消臭剤を振りまくったビニール袋からはいまだなんとも言えない匂いがしてくる。自室から車への死体の運搬は8往復で終わった。住居者が少ないとはいえ、途中誰も合わなかったのは有難い。幸いこのマンションには監視カメラもない。特に問題もなく死体を運び出し、俺は10キロほど離れた山に埋めに行くことにした。エンジンをかけて車を走らせた。生まれて初めてだ、こんな神経質に車を運転するのは。

 人気のない山道で俺は車を止めた。ここは山の中腹だ。車が来ても、人は絶対に来ない。俺はいそいそと車から出て、スコップを片手に森へ入って行った。できるだけ奥の方が好ましいが、夜の森は、想像していたよりも恐ろしい。それに、あまり車から離れると道に迷いかねない。俺は車がギリギリ見える位置に定めて穴を掘り始めた。穴は深ければ深いほど良いが、この作業は思ったよりも体力を使う。適当に死体が隠れる深さの穴を、俺は掘り始めた。願わくば、死体が見つかりませんように……。

穴を掘り終わり、俺は車のトランクから死体袋を運び出した。先ほどと同じく2袋ずつ運ぶことにする。穴を掘った疲労のせいか袋の一つ一つが先ほどより重くなっている気がする。俺は穴に着いては袋を放り投げ、再び車に向かう、といった行動を繰り返していた。 

異変に気付いたのは8往復目(最後)だ。先ほども述べたが死体は15のパーツに分かれている。プラス1(内臓などの細々としたもの)で、全部で16袋だったはずだ。間違いない。車に積む際には、俺は2袋ずつ車まで運び、計8往復したはずだ。それなのに、今俺は袋を一つしか持っていない。つまり、袋が一つ減っていることになる。俺は車のトランクを念入りに調べ、果ては後部座席、運転席、車体の下までも舐めるよう調べた。しかし、ソレらしきものは見つからない。疲労の余りカウントを間違えたのだろうか。俺は穴まで戻り袋を一つずつ取り出し、念入りに数えてみた。………無い。どう数えても15袋しかない。一つ足りない……。俺は最低の気分で天を仰いだ。そこには真っ暗な空が俺を嘲笑っていた。

暫く惚けた後、俺は袋を一つ手に取り、口を解き始めた。臭いがきつくなる。どうやら内臓の部分のようだ。確認後、俺は袋の口を縛り、次の袋を手に取った。右足、二の腕、右手、下半身、太腿、左足、腕、脛、脛、上半身、腕、二の腕、左手、太腿………。予想通りというのだろうか、この状態で唯一千夏と象徴できる“頭部”が無かった。笑ってしまった。ベタな展開に。大声で笑った。俺は気が狂ってきたのかもしれない。

笑い疲れて、俺は冷静になってきた。頭部が無い、ということは有り得ない。が、現に頭部は無い。何処かで落としたのか、それとも家に置いてきたのだろうか。俺は、袋を再度丹念に数え、15袋しかないことに苛立ちを覚え、また一つずつ穴に捨てて行った。結局もう後戻りはできないのだ。そして、スコップを手に取り、穴を塞ぎ始めた。

スコップで土を叩きながら俺は罪悪感と酷い疲労感に襲われた。もう嫌だ。もうどうでもいい。今すぐ横になりたかった。スコップを森の奥深くの方に投げ捨てて、俺は体を引きずるように車に向かった。車に乗る前に再度トランクを調べ、何も無いことを確認した後、最後に俺は森の方を振り返った。頭部の無い千夏は、今、漆黒の森の中、俺を恨んでいるのだろう。滅入ってきた気分を抑え、俺は車に乗り込んだ。そして自宅に向かい、車を走らせた。

自宅マンションの駐車場に付いた俺は、少なからず安堵した。どうやら警察はいないようだ。そして車から降り、念入りに辺りを調べた。千夏もいなかった。自室に向かう途中にも千夏はいなかった。部屋の鍵を開け、扉を開けた。風呂場の方からすごく不快な臭いがした。消臭剤を振った後、俺はベッドに倒れるように落ちた。今は何も考えたくなかった。胃の中は空っぽではあったが涙は溢れてきた。これは悲しみの涙ではない。恐怖と不安、そして後悔の涙だ。俺は嗚咽を殺すように布団に包まった。

どうやら涙も空っぽになったようだ。同時に頭は冷静になってきた。……千夏を探さなければ。俺は疲労困憊の体を起こして、風呂場に向かった。酷い臭いだ。消臭剤を振り、念入りに風呂場をチェックする。やはり血と細かな肉片しかない。そして、部屋を出て、車まで向かった。道中にも、車にも、千夏は無かった。しばらく考えてみたが、どうすればいいのか分からなかった。森に戻る気にはならない。……これは夢だ。俺は都合のいいように自分に言い聞かせて部屋に戻った。そして、玄関のドアを開けた俺に酷い臭いが現実を教えてくれた。

それから俺は会社も休み、怯えるように日々を過ごした。夜もろくに眠れず、何かを食べては吐き出すような日々だ。千夏は何処に行ったのだろうか。誰かに見つかったらお終いだ。千夏は何処に。何処に。何処に。

千夏の家族から捜索届けでも出たのだろうか。あの日から15日後、警察が俺の部屋を訪ねてきた。もちろん俺は捕まった。最初に死体を隠そうと思った時は、うまくごまかせば警察には捕まらないと思っていた。が、見つからなかった頭部のせいで、俺にそんな強さは残っていなかった。詰問された俺は自分の意志とは別に自白してしまった。警察に千夏の頭部を探してもらいたかったのだろうか。

逮捕された次の日に、俺は千夏を埋めた山に戻ってきた。もちろん警察も一緒だ。死体を埋めた位置を告げ、警察により再び穴が掘られた。そこで俺は信じられないものを見た。そこには一体の死体が出てきた。思ったよりも腐敗は進んでいなく、俺は千夏であることが分かってしまった。………分かってしまったのだ。切断された跡などない、裸の女の死体だ。頭部もある。千夏だ。            ………………………


たぶん俺は気が狂っている。



その後の事はよく覚えていない。拘留所に連れられ、夜もろくに眠れず、食っては吐いての死んだような日々だ。ただ、勾留中に刑事から面白いことを何度も詰問された。「ガイシャの内臓をどこにやった!」ってね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 肩甲骨トミエ先生、お久しぶりです、午雲です。なんてリアルな殺人劇、これだから、ホラーは、苦手です、夢に見そう。最期の結末は・・・?罪悪感、許容範囲を超えた、罪悪感・・・?これも、ひとつの愛の…
2009/06/06 18:56 退会済み
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