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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
98/202

アイマ領主城

あらすじ


 ロゼルタ姫の王位継承の儀に向けて、着々と準備をするアシュイン。クリスティアーネと一時の安らぎを得ることで、いろいろな事に気づかされる。そしていよいよ領主城へ



 数日はクリスティアーネと怠惰な日々を過ごした。それはまるで逃避。おぼれていたかっけれど時は残酷に過ぎ去っていく。


 彼女にはどこまで計画を説明するか迷った。

 反対されることもしなくてはならない。契約白紙化の薬ですら渋られたぐらいだから、すべてを話せば、心配され止められてしまうかもしれなかった。



「ぐひひ……ア、アーシュちゃん……と、止めないから……」

「……あ……」



 ……おどろいた。



 クリスティアーネは、それをさも普通に言ってのける。

 でもボクはほとんど彼女に情報を話していないのだ。さんざん皆に嫌われてきたのに、彼女にも嫌われるのが何故か怖かったからだ。


 ボクの行動を先読みは、ルシェもシルフィもしていた。心配もしてくれていた。でも気持ちを理解して一緒に思い悩み、それでも肯定してくれたのは彼女が初めてだった。


 彼女も魔女だから、どこかで魔女の尺度で物を捕らえていると思っていた。だからボクの気持ちとその行動原理を理解できないと思っていたのだ。

 理解しろとは言わないが、実際にシルフィやアイリス、ルシェですら気づかなかった。



……それは寿命という壁での認識違い。



 でも彼女は違った。

 彼女はそんなものは関係なく、丸裸のボクを見てくれていることが良く分かった。 それがすごくうれしくて、自然と計画について話していた。



 ボクはアイマの領主一族へと養子に入り、ロゼルタ姫が女王即位と共に婚約発表をする。ただしそれは失敗させるつもりだ。

 婚約発表前にジェロニア宰相が横やりをいれ、ボクは王国軍や魔王軍の失態を全部引きうけて、その場で公開処刑される。それにはまだ少し役者不足だ。

 アイマ伯に会いに来たのはその役者をそろえるためでもある。









 そして領主城へ行く日となった。

 魔力を毎日注いだので、クリスティアーネの肌は色つやもよく元気になっていた。宿屋で待っていてもらうように言ったが、ついてくると言う。

 領主は以前、彼女の依頼主だったこともあって、顔見知りだった。



 王城の時もそうだったが、基本は馬車で乗り入れるものだ。徒歩で行くと嫌な顔をされてしまう。ただ馬車を今から用立てるのも、クリスティアーネの馬車を使うのもはばかられて、結果と徒歩で行くことになった。



「ようこそ、アイマ領主城へ。アシュイン様でございますね。それからそちらの女性は……」

「げぇへへ……」

「ひっ!!」



 対応してくれた執事は完全におびえていた。

 深淵の死霊魔女アビス・オブ・ネクロウィッチである事を伝えると、以前にも来たことを思い出したようで、青ざめながら案内してくれる。



 客室へと案内され、旅の鎧服から貴族用の衣装へと着替える。風呂に入れられて隅々まで洗われる。男性の使用人がいるかと思っていたが、すべて女性の使用人。

 華奢な顔立ちのせいで勘違いされてはいないだろうか。


 クリスティアーネはそのままでもよかったらしいが、ボクがやや強引にお願いして着替えてもらうことにした。



 ……ただ単にボクが見たかっただけ。



 仕上げてもらった衣装と髪型を姿見で覗くと、まるで身長の高い女性の様だった。これは使用人の悪意を感じる。

 自分で言うのもなんだけれど、鎧じゃないと着やせするらしい。せっかく鍛え上げて来た筋肉も、隠れると本当に女性のようになってしまう。



「わぁ……素敵……お、お姉様とお呼びしても?」

「いや、ダメだからね?」



 メイド服に身を包む使用人たちはきゃきゃと楽しそうにしている。ボクだからよいものの、貴族にそんな態度を取ったら、処刑されそうだ。

 使用人たちの悪ふざけは気になるが、今はそれよりクリスティアーネの衣装の方が気になって、すこしそわそわしている。

 しばらくすると別室で着替えてきたクリスティアーネがやってきた。



「うへ……あ、あ、アーシュちゃん……」

「待っていたよ!! 見せてくれる?」



 いっしょにやって来た使用人が、満足気な顔をして入口の脇に立っている。まるで大仕事をやり遂げた顔に、ボクの期待が高まった。

 おずおずと入ってくるクリスティアーネ。



 ――そこには……絶世の艶美人が立っていた。



 ……言葉がでない。それほど美しい。アイリスの時のような刺激的な美しさではなく、柔らかくてふわふわとしている儚げな美しさだ。

 それは氷細工で作られた彫刻のように繊細で、美しいけれど触れたら崩れてしまいそうな危うさだ。


 長い後ろ髪は結ってあげられているから、一気に大人の女性に見える。それでもどうしても目が怖がられるので、前髪は揃え整えられて目を隠している。

 それでも元から可愛いと思っていた彼女が、化粧をして髪を上げただけでここまで変わるとは思わなかった。



「……な、なにか……へへ、へんかなぁ?」

「……きれいだ……」

「……うひっ……」



 ずっと見ていたい。見ているだけで、ボクの沈んだ気持ちが晴れていくのが分かった。今は気を緩める時ではないのに、どうしてもうれしくなって気が緩んでしまう。



「ほら、アシュイン様? そんなにじろじろ見たら失礼ですよ?」

「……でも、まだ見ていたい」

「……うぇへへ……」



 使用人に注意されようが、ずっと見ていた。確かに普通の貴族女性にこんな事をしていたら、嫌われてしまうかもしれないが、どうして目が離せない。

 作法ではないが、使用人に言われて目が怖いから細目で閉じているように言われたそうだ。それはそれで失礼だが、確かにその方が良く見える。



「目、いつも通りにしても奇麗だよ?」

「うへ……ほ、ほんとぉ?」



 何となく万人受けする目を閉じた彼女は嫌だった。それよりはみんなに恐れられても、いつもの彼女のほうがボクは好みだ。

 もしかしたらこれが独占欲なのかもしれない。いや嗜好か。


 目を開けて美しい顔のなかにある瞳が開き、ギョロヌとこちらをみて、血走った眼球を歪める。それが何とも愛らしいのだけれど、周囲はそれで恐怖するのだ。


「……ひぃっ!」

「……ボクはその方が好きだな」

「うひひ……うれし」


「さ、さささ、さぁ、アイマ領主様がお待ちですよ。執務室へ案内いたします」



 ボクでさんざん遊んだ使用人たちが、ガクガクと震えている。

 ……いい気味だ。



 話を区切るように執事がボクたちを促す。貴族らしくボクは腕を曲げて、彼女が捕まれるように輪をつくる。すると自然に彼女が手をそえてボクの後に続く。

 貴族の作法何て、子供のころに見かけた見様見真似でしかないのだけれど、いざそうしてみると案外良いものだった。



 今日はお客としてではなく、これから領主家に入るものとして会うので謁見室は使わない。遣えば公のものになってしまうからだ。


 大きい扉から部屋に入ると、アイマ伯がこちらに愛想よく近づいてくる。田舎の領主だからなのか、気のいいおじさんが領主の衣装に身を包んでいるだけという印象だ。

 逞し髭をたくわえているが、村人の服を着ていたら畑仕事をしていても違和感がない。



「やぁ、よく来てくれたねアシュイン殿。いや我が家の者になるのだからアシュインか」

「お初にお目にかかりますアイマ侯爵。アシュインです。以後お見知りおきを」

「まぁかたっ苦しいのは抜きだ。 それにそっちは深淵の死霊魔女アビス・オブ・ネクロウィッチ殿かっ⁉ 見違えたなぁ。」

「うぇへへ……おひさ……カカ、カタストロフさん」



 そして領主の名前はカタストロフ・アイマ侯爵というらしい。なんとも見た目とは違い、威厳がありそうな名前だ。



「急にロゼルタ姫から打診があって驚いたよ」



 側近もすべて排して、腹心の女性が一人横についているだけになると体勢を崩して、口調も柔らかいものになった。



「急な願いを聞いてくださって、ありがとうございます」



 この人は大らかで、人となりですべてを判断する人のようだ。数日前まで犯罪者として追われていたことより、何をする人間なのか(・・・・・・・・・)を見ている。

 もとよりこの国の貴族社会は爵位がすべてだ。法律的な管理はされているけれど、地位は覆されない。その上にたつ領主のあるべき振る舞いなのだろう。



「ロゼルタ姫にも困ったものだ」



 以前ロゼルタ姫はこの領地で怠惰な日々を送っていた。そのため、政治を行えるような素養が無く、それどころか一般の貴族にも劣る始末だった。

 王族に戻った彼女の勅命は聞かなくてはならないが、傾倒しているわけではないと言う。



「姫は置いておく。それよりキミの()が聞きたいな」



 急に顔つきが変わる。

 腐っても侯爵ということだろう。突然の養子入りとロゼルタ姫の婚約。そこまでは彼女から話が来ているはずだ。

 つまり王位継承についても。



「これはジェロニア宰相と手を打ち、失敗になる予定です」

「ジェロニア宰相の狙いは?」



 やつの狙いはロゼルタ姫との婚約。そして王族となる事が目的であることをはっきり言う。するとカタストロフは更に眼光を強める。

 このままいけばロゼルタ女王の誕生とジェロニアの王族入りは果たされ、二人の治世がはじまる。これにカタストロフが難色を示しているのだ。

 ただ……。



「これを女王に流さられても、ボクは気づけないなぁ」



 そうわざとらしく言う。

 これだけの様子を見せている。そしてアイマ領には直接的な影響がないのに明らかに動向を探る様子。

 つまりエルの目撃情報をかく乱したのもこの男だ。おそらくこの城のどこか、下手したら隣の部屋にエルランティーヌとレイラはいるはず。

 会いたいところだけれど、今はその時ではない。



「ぷっ……くっ……くはっ……くはははははは!!」



 ばんばんと目の前のテーブルを叩いて、大笑いしている領主。これで理解してくれているようだ。彼は片田舎の領主とは思えないほど本当に老練だ。



「お前!! いいな!!」

「アイマ侯爵こそ……」

「カタストロフでいいよ。気に入った奴は許しているんだ」

「ああ……カタストロフさん」



 横にいたクリスティアーネが、くいくいとボクの袖を引っ張る。



「うぇへへ……エ、エルちゃん……こ、ここにいるのぉ?」

「いや、そこはまぁ……あえて黙ってよ?」

「うはははっ!! こりゃいい夫婦だな!!」

「わ、笑いすぎですって!!」



 ずっと大きな笑い声が止まらない。それに驚いた扉の外にいた護衛が中に駆け込むが、ため息をついてまた出て行った。

 これで重要な役者は確保できた。あとは宰相がボクの思惑通りに動いてくれたら、計画は成就するだろう。





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