理解者
あらすじ
魔王領の様子を見に行ったら最悪だった。最愛のアイリスにも嫌われてしまった。それでも突き進むしかなかった……
ゲートで王都に戻るとすぐにアイマ領へと発つ。
魔王領はすぐに追い出されてしまったので、侯爵との会合予定までまだ余裕があった。少し荒ぶる気持ちを落ち着けるために、ゆっくりと景色を見ながら歩みを進める。
アイマ領に入ると田畑が一面に広がっていて、おじいさんやおばあさんが主となって農作業をしている。本当にのどかな風景だ。
あぜ道を進んでいくと、露天商がいくつも並ぶ小さな町に着いた。
「旅人さんかい? なんもないが飯はうまいぞ?」
「ああぁ……それは楽しみだ」
ここはメルカという名の領主城下町。
この町から北の丘の上に見えるのが領主城だ。
貴族用の着替えや身だしなみは、領主城の方で整えてくれるそうなので、ボクは特に用意するものもない。袋に詰まっているのはあの禁書二冊とお金、それからわずかな食料だけ。
露店を見て回る。ここではやはり農町だけあって並んでいるのは食料品ばかりだ。中には手仕事でつくった籠や簡易ローブなどもある。
「兄さん? ……姉さん? まぁどっちでもいいや、串焼きどうだい?」
ローブを羽織っていたからか、女性に見えたようだ。身長は低くないのだから間違えてほしくなかった。でもそんな些細な出来事も、今は気晴らしになる。
ボクは苦笑いしながらそれを買い、かじりながら露店を見て歩く。
しばらく歩くと、中央広場のような場所につく。川から引いてきた水場があって、そこを囲んで老人や子供たちがいるのが見えた。
石造りの長椅子に腰かけてそんな様子を見渡す。
すると建物の影になっている見えにくいところで、子供たちが何かを追い回していた。それは追い回されて困ったようにもぞもぞと逃げ惑っている。
まるで動物のようなそれは、動きが鈍くて今にも倒れそうだ。よく凝らして見るとそれはローブをまとった人間だった。
「おい……キミたち! そんなに虐めたら可哀そうだろ?」
「なに? お兄さん」
「わ~ にいちゃん旅人? かっけぇ!」
「素敵~ いっしょにあそぼ~?」
興味がそれから反れて、ボクに向いている。ひとまず虐めは止まったようだが、なんだかこの人は息が荒くて本当に調子が悪そうだ。
「この人、苦しそうだろ? 虐めちゃだめだ」
「……だって目が怖くて、お化けみたいなんだもん」
「ごめんなさい~」
「キミ、大丈夫……? あ、あれ?……クリスティアーネじゃないか⁉」
「……げひ……げひ……い、いじ……めないでぇ」
倒れそうになっている彼女を慌てて抱きとめる。意識が少し朦朧としているようだ。まさかこんな状態で旅をしていたのだろうか。
集落に休めるところがあるか子供たちに聞くと、領主城近くに宿屋があるというので連れていくことにした。
宿屋に着くと、すぐに水を飲ませてベッドへ休ませた。
領主城の近くにある宿泊施設だけあって、少し値が張る。でも部屋は広くて洗面や風呂付の部屋だった。
宿屋の娘の話だと、領主が旅人を歓迎するために力を入れているという。
……苦しそうなのでローブを剥ぎ、髪を払っておでこに手を当てる。
「大丈夫?」
「……あ……アーシュ……ちゃん? ほ、ほ、本物?」
「ああ本物だよ。 帰って来るのが遅くなってごめんね」
クリスティアーネはボクが不在の間に、険悪な雰囲気のみんなに余計なことを言ったらいじめられるようになったので、出てきたという。
それをあまり信じたくはないが、彼女たちだっていつも温厚なわけではない。嫌な事が続けば心に余裕がなくなるものだ。
「なんて言ったの?」
「……うへぇ……み、みんな怒っているから……う、浮気かもって……」
確かに怒りそうだ。特にアイリスはイライラしていたところに言われたから怒っただろう。
ただ彼女はまだあまり動けない状態だったのに、口をきいてくれなくなって、誰も部屋に来てくれなくなって放置されたそうだ。
それに魔女という分類で、シルフィの罪をかぶせようとした。
アミがいたらそんなことはさせなかっただろうけれど、彼女はまだ魔女の里だった。
「ぐひ……ぐひ……し、信じて……たのにぃ……ま、また友達……い、いなく……なっちゃった……ぐへ」
へんな喘ぎ声をしているが、泣いているようだ。
悲しくて悔しいのが伝わってくる。彼女の弱弱しい手がボクの袖をつかんで震えていた。
「入れ違いだったアミは怒ってくれたそうだよ」
「うへぇ……ほんとぉ? ……うひひ……うれしぃ」
そんなアミも行方不明だ。
それから死霊を使って魔王領を出たのはいいけれど、ゲートは使えないし王国ではボクのせいで居場所がなかった。
ヴェスタル共和国を目指して、身を隠しながら夜に移動を繰り返していたそうだ。しかしここまで来たのはいいけれど、身体の血が足りなくて体力と魔力が回復しなくなったそうだ。
魔力が無いから亜空間書庫にも接続できず、お金を取り出せなかった。宿にも泊まる事ができず、食べ物もないので倒れる寸前だったようだ。
「だれか助けてくれなかったの?」
「……き、きもち……わるいって」
「ご、ごめん」
クリスティアーネには酷な質問だった。
でも幸か不幸か、ぎりぎり間に合って再会することができた。
少し落ち着いたころに、宿屋の娘がやってきた。さきほど頼んで
いた柔らかい食事と身体を拭くお湯と手ぬぐいを持ってきてくれたようだ。
お礼を言って、チップを渡しておく。娘は目を丸くしていたから少し多かったのかもしれない。
運んできてくれたチキンスープは暖かくておいしそうだ。
彼女の上体を起こして、布団で背もたれを作る。彼女は少し恥ずかしそうにして大丈夫だというが、ボクがそうしたかった。
まだ熱いスープを掬って、冷ます。
「ふーふー」
しっかり冷ましてから彼女の口元へと運ぶ。小さい口をいっぱいに開けて、恥ずかしそうに咀嚼している。そんな姿が愛おしくなる。
「ふひ……おいひぃ……あ、ありがと……ああ、ありがとぉ……」
「泣かないで?……クリスティアーネを助けるのは当然だろ」
「や、やさしぃ……あ、あの噂、やっぱり嘘……ぐひひ」
あの噂とは、ボクが犯罪者に成り下がったことだ。それでシルフィと悪い事をしていると聞いたのだろう。ただこれからひどいことをするのだけれど。
クリスティアーネはシルフィの事をどう思っているのか気になった。
「シルフィ……プ、プライド高いから……あ、謝られなくて……こ、拗れる」
「やっぱり友達だけあって、よくわかっているね」
「……ぐひひ……と、友達」
友達がよほどうれしいようだ。
それにクリスティアーネは、シルフィの今を正確に把握している。彼女の様子を見てきたボクと同意見だった。
しかし事が大きくなりすぎていて、もう引くに引けないところまで来ている。だからボクがやらなければシルフィは救われない。
「ぐひ……あ、あたし……じょ、上位魔女になった」
「え⁉ すごいじゃないか!」
もともとシルフィが上位魔女になる予定だったと聞いていた。ただシルフィの立場が余りに危ういので、見送りになった。
そしてその周囲にいたクリスティアーネの魔力を見たら十分だったので、認定されたそうだ。通り名も『死霊の魔女』になったけれど、やっぱり気に入らないと言う。
「うへ……か、かわいい……な、名前がよかったぁ」
「そうだね」
……かわいい名前は……失礼だけど無理じゃないかな……。
ただこれもシルフィを苛立たせ、焦らせる要因となった。魔女になれなかった原因も今の状態によるものだけあって、さらに思い悩んでいたそうだ。
これもおそらくボクの計画がうまくいけば解消されるかもしれない。
食事を終えると、顔色もだいぶ良くなっている。
まだあまり食べられなかったけれど、徐々に増やしていけばいずれ回復するだろう。
それから用意してもらったお湯で身体を清める。まだ身体に力が入らないようだったから、ボクが身体を拭いてあげることにした。
「あぅ……ア、アーシュちゃん……き、きもちぃ」
「へ、変な声ださないでね?」
病が完全に治っていないまま旅をしてきたから、やはり身体がだいぶ弱っている。腕も細くなってすこし痛々しい。こんな状況を作り出したかと思うと気が沈む。
ただそれでも真っ白な肌の後ろ姿は、とても美しくて見惚れてしまう。
長い髪も丁寧にあらって櫛で梳かす。するとそれだけで彼女の髪に艶が戻ってくる。魔王領ではみんなに薦められて丁寧に手入れしていたのに、旅先では余裕がなかったようだ。
「うひひ……上手……あ、洗ってもらうの……すき……」
「そう? それは良かった」
食事をとって洗うだけで、少し血の気が戻り体調も少し戻ったように見える。
でもアイマ伯との会合までに回復は難しいだろう。しばらくこの宿を拠点に看病をしながら活動するしかなさそうだ。
洗い終わって身体しっかり拭いてから、ベッドへと寝かせる。お湯のおかげか少し体が上気している。旅路ではまともに寝る事もできなかったのか、疲れて寝てしまったようだ。
会った時につらそうにしていた顔は、今は幸せそうだ。
その幸せに誘われるように、ボクもひと時の安らぎを感じて眠りについた。
読んでいただき、ありがとうございます!
広告の下の★★★★★のご評価をいただけると作者のモチベーションが上がります!
ツイッターで共有してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!




