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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
94/202

憎悪の契約

あらすじ


ロゼルタ姫と禁書書庫に入ったアシュイン。外にでれば無理やり婚約させられると彼女に教える。



「……何を突然。 一度申し込まれましたが、お断りしています!!」



 すでにエルの派閥も身を潜め、レイラもいない。エル本人も表舞台から姿を消した。

 根本原因はボクの逃亡。さらにシルフィの失態が追い打ちをかけたのだ。王国民の怒りの矛先は不在の状態だ。

 王国は反体制暴動(クーデター)寸前の状態なのだ。

 エルはおそらくすでに他国へ亡命しているか、もしくは暗殺されている。



 そしてロゼルタ姫の立場は強く強固なものになったと言っていい。

 しかし政治の知らない彼女は、王国を自分の為に使う可能性もあった。それを防ぎ我がものにするために宰相が次にとる行動は――


 ……王族の称号の獲得だ。



 しかもあの会議で彼の事を観察する限りでは、奴はロゼルタ姫にご執心だった。あのおぞましく艶めかしい視線を、彼女へ向けられていたのだ。

 まだ今の様子だと手中に出来ていないとみるが、エルが去った今は好機である。彼女と王国の両方を得るつもりだ。



「……奴はキミの失態の機をうかがっていた」

「失態などしておりませんが……」

「……いや、今まさにしている最中でしょ?」

「……え?」



 そう。ボクを禁書書庫に入れてしまうという失態だ。それを聞いた彼女は唖然となっている。そして口をぱくぱくとさせて青ざめた。



「……いやっ!! ……おっさんじゃない! わたくしは……わたくしは……」



 そしてわなわなと何か葛藤をしている。







「――アシュインと結婚したかった!!」







 ……ボクは彼女が嫌いだ。


 彼女のそれは幼い頃の憧れ。あのままの彼女でいられたら素直に迎え入れることができたかもしれない。

 彼女の境遇には同情するが、彼女はまったく自力で抗おうともしていない。ただ流されてその薄汚い立場で満足している。

 そんな彼女に手を差し伸べてやれるほど、ボクはお人好しではない。以前ならばそうだったかもしれないが――



 ボクは選ぶことにしたんだ。



 ただしこのまま彼女を手放すのは愚策だ。

 彼女がそういう気でいるなら、シルフィの為に利用させてもらう。



「……結婚しよう」

「……へ?」



 その言葉に目を丸くしているロゼルタ。固まって動こうとしない。まさかそんな言葉が返って来るとは思っていなかったようだ。



「……キミがまだ想ってくれているのなら、ボクは応えよう」

「アシュ……イン……アシュイン!!」



 泣きながら抱き着くロゼ。先ほどの強い物腰とは打って変わって繊細な心の弱さをボクにみせる。今まで我慢していたのか、堰を切ったように大粒の涙が零れている。

 優しく受け入れて抱きしめる。

 それが了承の合図だった。



 ……ボクは今、本当のクズになった。







 ここに出た後は、侯爵家の出の者となり彼女と婚約関係になる。

 ボクの今の立場は犯罪者でしかない。その罪を洗い流すには、ボクを殺した騎士より身分を高くして正当性を押し通すのだ。

 幸い彼女の伝手がアイマ領にあるので、出てすぐ子飼いに伝達を命ずる。それと同時に宣言をしてしまうのだ。侯爵家の人間と王族であるなら婚約相手としては悪くはない。

 正式な発表は後になるが、奴の目の前でロゼが宣言すれば王族の言葉は誰も覆すことができなくなる。

 ひとまず彼女の貞操と身の安全。それからボクの立場回復の同時は行える。あくまでその場しのぎでしかないが。



「じゃあ行こうかロゼ(・・)?」

「あっ……う、うん。アシュイン! ……えへへ」



 そう言ってボクの腕にしがみつくロゼルタ姫。打ち合わせはしたけれど、しっかり出来るかすこし不安だ。

 彼女は以前より大人になって、魅力的な女性になっていた。あの頃の面影は残っているので懐かしい気分になる。そんな彼女を私欲のために利用するのは、やはり心が痛む。

 でも決めたのだ。薄汚くてみっともなくともシルフィを諦めない。






 禁書書庫をでると予想通り、宰相と騎士数名が待ち伏せをしていた。

 しかしロゼが合図をすると中から他の人間と違う衣装に身を包んだ二人が現れる。耳打ちすると、すっと消えていった。彼らが子飼いの者だろう。


 その様子に宰相は苛立っている。後ろに構えている大勢の騎士たちも、じりじりと圧をかけてくる。



「ジェロニア宰相。なにか御用ですか?」

「そ、そいつを引き渡すのです。重犯罪者ですぞ?」

「彼はわたくしが保証するアイマ家の者です。 彼の主張では逃げ出したのではなく後ろにいる騎士二名に殺害されたとのことです。侯爵家の者の主張を尊重してくださいね?」

「……なっ⁉」



 ボクはずっと勘ぐっていたが、こいつの発言を聞けば嫌でも奴が何をしたかがわかってしまう。ボクについての一連の流れだ。



「それとも『次元の魔女ディメンジョン・ウィッチ』にでも聞いてみましょうかね?」

「……ぐぅううう!! き、きさまぁ」



 そう。次元の魔女ディメンジョン・ウィッチの雇い主はコイツだ。彼女自身はもうすでにどこか別の国の依頼でも受けているだろう。

 となると、ボクは奴の能力を誤解していたことになる。あの並列世界に閉じ込めるというのは、ボクの勝手な想像であったということだ。

 次元を自由に操れるけれど、あの世界は一時的にしか維持できないものだろう。

 だから無効化して、棄てられた。


 つまりヤツは、あの事件はエルを追い落とす目的もあったが、ロゼの気持ちがボクに向いている事を知って暗殺を目論んだ。



 ……殺してやりたい。



 普通の心情ではそうだろう。だがボクは逆にこいつを賞賛したい。人間の力でボクを無効化したのだ。そしてここまで追い落として見せた。

 これはボクにとっては僥倖(ぎょうこう)だ。


 こいつは使えるのだ。気を抜けば足元をすくわれるが、こちらが使ってやる分には優秀だと言える。

 それにただ単に国や宰相を脅して帳消しにしてもシルフィは救われない。彼女にはわからせる(・・・・・)必要があるのだ。だからこいつには役者になってもらう。



「それから、わたくしはこのアシュイン・アイマと婚約いたしました。以後、次期王族の者として扱ってくださいまし」

「……な――」









「「なんだとぉ‼!!」」





 宰相はおろかその場にいた騎士たちも、騒然となった。そして蒼白になる。

 自分たちが投獄しようとしていた人間が王族となるのだ。少なくとも極刑。最悪は連座で一家取り潰しがこの場の立ち振る舞いで決定してしまうのだ。



「では失礼しますね? 宰相」

「……」



 悔しそうな宰相がこちらをすごい形相で睨んでいる。ロゼルタが歩いて行くと、騎士の群れはさっと左右に割れた。

 少し遅れてボクも後を追う。そして彼女に聞こえないように小声で宰相に一言。



「……取引だ。明日、お前の部屋にいく」

「……くっ」





 ロゼルタの自室に着くと、肩に手をまわして誘う。今までの想いを、うっ憤を、すべて受け入れてほしいという気持ちがつたわってきた。



「アシュイン。 ずっと……あの頃からずっと想っていたのに、周囲からあなたの存在が消えていった……こわかった……それにわたくしも名前を忘れて……」

「大丈夫。ボクはここにいるよ」

「アシュイン……すき……」



 そっと唇を重ねる。最悪の選択だ。

 ボクは決して彼女を愛していない。だが偽りの愛だとしても今は演じるしかないのだ。彼女はおそらく閨まで誘っていたと思う。

 でもそれはあえて気がつかないふりをする。


 彼女は大人に成長して、とても美しくなった。エルに引けを取ってはいない。だというのに彼女を抱こうと思うと反吐が出そうだった。

 それに抱いてしまっては計画が狂ってしまう。








 昨日のことが残っていて、嫌な気分で目覚めた。

 彼女の計らいで客室を用意してもらって助かった。ボクはあの後、この部屋に来るとげぇげぇと嚥下してしまった。

 ……こんな調子では彼女を助けることはできない。演じ切らなければ。


 今後は堂々と城内を歩けそうだが、やっかみも多いだろう。そう思ってベッドの下にオババ式のゲート魔王人を設置しておいた。

 これで動きやすくなるだろう。



 朝食後にはジェロニア宰相の執務室を訪ねた。周囲の護衛騎士や文官たちは嫌な顔をしているのがわかる。そんなにすぐ表情に出すようでは、いつまでたっても役立たずの護衛だ。

 部屋に入るなり怒号が飛んでくる。



「貴様ぁ……!! まさかロゼルタに手を出して――」

「心配しなくともロゼルタには手を出していないさ」

「……そ、そうか……」



 蒼白になっていた奴は、それを聞くと安堵したように立ち上がった椅子に再び倒れ込むように座る。おそらくこいつは立場より、ロゼルタ姫への想いに重点を置いている。



「腹をわって話そうじゃないか?」

「……私を殺す気か?」



 ロゼルタが懸想していたボクを、ずっと標的、調査にしていたそうだ。勅命で追放となったのに、エルランティーヌ女王のせいでまた戻ってきてしまった。


 エルの失態と、ボクへの嫉妬が理由で暗殺を目論むが、次元の魔女ディメンジョン・ウィッチに不可能だと言われたそうだ。

 だから原始的な手段でボクを遠ざけ、エルを窮地に追いやり王国を支配した。そしてロゼルタと二人で国を治めるための機をうかがっていた。



「お前の企てに乗ってやってもいいよ」

「……なにが狙いだ?」



 当然奴は疑う。謀っているのだと。



「先の戦いで大量の死者を出しただろ?魔王軍と王国軍共に」

「……っ。罪を被れとでもいうのか?」

「いや――



「……その罪をボクに被せろ」




「なっ⁉ なん……だと⁉ 貴様がやったことにしろと?」

「ああ……ロゼルタ婚約発表の日だ」

「何故だ……」



 理由を説明してやる必要はない。こいつに詳らかに話せば確実に足元をすくわれるからだ。ただ単に利を与えるだけ与えて、役者になってもらえばいいのだ。



「ロゼルタを助ける王子様になると良い。ボクが悪役をやろう」

「……ふん。信じはしないが……その役目は気に入った」



 すでに頭の中でボクの企みを計算している。とぼけた顔をしているが、やはり優秀だ。いやらしい目つきをしなければ、女性にも好かれるだろう。



「もしこれを断った場合は?」

「ロゼルタはボクのモノになってしまうぞ?」

「……ぐっ」



 やはりコイツの一番の関心はロゼルタ。王族になるのはその次なのだ。こいつを動かすにはロゼルタだけで十分だった。

 それにはっきりいって今の王国には魅力も何もないのだ。ボクがロゼルタの元で執務をするなんてやりたくない。

 だからこいつは生かして、ロゼルタと王国を押し付けるのだ。



 利益の算段が付いたのか、宰相はこちらを見据えて了承する。いつものとぼけた顔ではない。政治家の目だ。ギロリと光る眼光にはもうボクより彼女という利益が映っていた。

 そして……。



「私はお前が嫌いだ……だがロゼルタの為に手を貸してやろう」



 ――手を差し出すジェロニア宰相。



「ボクもお前が嫌いだ……だからロゼルタと王国を押し付けてやる」



 ――ボクもその手握る。



 まさに憎悪の契約だ。

 これほど反吐が出る契約もないだろう。だが今のボクにはそれがお似合いだ。






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