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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
90/202

流麗

あらすじ


次元の魔女と駆け引きをしてその場は凌げたが……



 すでに時間は深夜。

 シルフィを迎えに行くはずが、魔女のせいでものすごく過ぎてしまった。それにあれだけ手ひどく罵られているし、好きでもない女性に口付けされて顔を合わせづらい。



 ……でも行かなきゃ。



 そう思うが身体が動かない。契約なんて生易しいほどにさっき魔力を抜かれてしまったのだ。



 ……あの腹黒魔女の腹いせか。



 しばらく動けそうにない。

 もう辺りは真っ暗でガゼボの周辺だけ魔道具の灯りで照らされている。もし近くに人がくればボクに気がついてくれるかもしれない。







 すこし経つと人の気配。



 ――と足音。



「……こんなところで寝てやがる」

「いたか……」



 騎士団らしき男が二人。やっと人が来てくれたと思って安堵するが、様子をみるだけで一向に助ける気配がない。

 二人の騎士は、にたりと笑って何かを相談している。



「魔王領のおまけのくせに」

「団長代理と仲が良いのが気に喰わない。それにあのアイリス様とも……ああぁ麗しき彼女はボ~クの妻になるのがふさわしい!!」



 騎士はもともと貴族の家の出だ。鼻にかけた物言いが癪に障るが、今は身動き一つとれないし声も出せない。

 こんな状態では、この騎士にすらいいようにされてしまう。



 ……うごけ!!



 そう強く思っても、完全な枯渇状態でピクリとも動かない。虚ろな目で彼らを見ることしかできなかった。



「……」

「弱っているようだな。」

「ふん……腐っても魔王領の人間だ。簡単には死なぬであろう?」

「サーヌイ川に捨てるか」



 サーヌイ川はこの庭園先の野原を通っている。王城の北側の塀付近から南西のカラド海まで伸びているから、もしこのまま流されたら死なずとも発見されず海底へ沈められてしまう。

 騎士団に所属しているだけあって、男たちは簡単にボクを抱える。乱雑に抱えられたせいで、頭が揺さぶられて気持ちが悪い。



「よし、ここから落とせ」

「せーの!」



 ドバシャン!!








 ……まずい。



 ……誰か。



 ……アイリス。



 ……シルフィ。



 ……み……んな。




 思った以上に川の流れがあった。早くはないのでゆらゆらと揺られるように流されていく。死んでいるわけでも意識が無いわけでもないから、背を上にむければ窒息することはない。ただこのままでは本当にカラド海まで行ってしまう。



 ……


 ……


 ……



 少し流されると、公演をやった演劇場が見えてきた。もう夜中の時間だから、灯りは灯っているが人はいない。



 ……ははは。おもったより簡単に無力化できるじゃないか。



 魔王を倒したとき薄々気がついていた。

 ボクが世界最強になって、『勇者の血』が発動してしまったら本当に誰も無効化できなくて世界が滅んでしまうことを。



 ……そして愛しているアイリスに殺してもらうことも夢見た。



 魔王領のみんなが独り立ちしたら、殺してもらおうと思っていた。つまり公演が成功して王国とも締結した今だ。

 しかしそんな気持ちはすぐに失せた。



 ……本気で彼女を愛したからだ。




 そして愛するべき人が増えた。

 しかし日々大きくなる自分への恐怖は大きくなっていった。


 そんな気持ちを知ってか、シルフィはボクをねじ伏せて見せた。

 それがどんなにうれしかったか。

 『ボクは生きていていいんだ』って思えた。



 それでも実際問題として『勇者の血』は存在し続けている。

 シルフィやクリスティアーネがなんとか試行錯誤はしてくれているが、いまだ手立てはない。


 そんなボクはいま簡単に、誰ともわからないやつの手で無効化されようとしている。


 みんなの顔がうかんで、涙が零れた。

 彼女たちと生きたい。





 そんな思いもむなしく、意識は闇に包まれていった。























 気がつくと、海鳥の鳴き声と波の音が聞こえてきた。

 やはりカラド海へと流されてきてしまったようだ。それどころか見たこともない島にたどり着いていた。

 周囲は浜辺のようだ。


 探索もしたいが、やはりみんなの事が気になる。ボクの事を探してくれているはずだ。早く帰って無事を知らせたいから、もうゲートを使って帰ろう。

 流されながらもしっかり休眠を摂れたようで、魔力は完全に戻っていた。

 さっそくゲートを使う――




 ――キィイイイイイイン!!




 ……は?



 何かに弾かれたように、ゲートが霧散した。

 この島は結界か何かでおおわれているのだろうか。これは明らかに人工物だ。これだけで人間がいる、もしくはいたことがわかった。



 この分だとしばらく帰れそうにない。

 もし結界の元を取り除けなければ、泳いで帰る必要がある。十分可能だけれど、方向感のない今はそれをやると遭難する。


 いつまでいるかわからないから、とりあえず探索と食糧の確保だ。




 地面に印をつけ、全速力で砂浜を走る。

 ボクの足で十分も走れば、元の印の位置へ戻ってこられた。つまりかなり小さい島だ。周囲の海は水が透き通っていて不思議な色をしている。



 結局人間は生息していなかったが、いくつかの魔力をもつ生物はいるようだ。魔物かどうかは見てみないことには分からない。

 数があまりいないから、狩ってしまうとすぐに絶滅しそうだ。

 肉はしばらくお預けになる。



 肉がダメなら魚だ。

 海に潜ってみると、周囲から魚、貝、海藻は沢山目に入ってきた。これなら食うに困らないだろう。早速今日の食事分だけ手づかみで捕った。


 しばらく食事をとっていないからもう限界だ。


 魚は内臓を切り出し、洗ってそのまま焼く。貝はそのまま火にくべればいいだろう。

 しばらく待っていると、良い匂いが漂ってきた。



 ……かぶりつく。



 ……



 ……かぶりつく。 ……かぶりつく。 ……かぶりつく。



「うまい!! やめられない!」



 そこで気がついた。久しぶりに声をだしたことと、流されてからどれくらいの期間が過ぎたのか分からないことに。


 そして……。


 問題は水だ。

 海水はさすがに塩っ辛くて飲めたものではない。周囲は過ごしやすい気温だけれど、やはり飲み水がないとまずい。


 そう思えば思うほど、喉が渇いてきた。

 魚や貝は天然の塩気が効いていて、とてもうまかった。でも同時に喉が余計に乾く。



 腹ごしらえが済むと火を消し、さっそく探索に行くことにした。

 早く飲み水を確保したい。



 そんなに広くない島の中央部は森林が広がっている。グランディオル南の大森林に比べればとても小さいが、人の手が入っていないので特に中は暗い。

 動物や魔物もあまりいないようだから、草が伸び放題で通り道が無い。仕方なく風魔法で草刈りしながら進む。


 すると丁度中心よりやや北のあたりに森の空洞ができていた。まるであの祠があった場所に似ているが、その空洞には何もない。

 光が差し込む中央へと歩いていこうとすると、足を取られて地面に埋まっていくかのように落下した。



「わっぷ!!」



 そこは苔のようなものでおおわれていただけで、谷のようになっていたのだ。本当に何千年も人の手が入っていない場所のようだ。

 何かに着地すると、地面はぶよぶよと気持ち悪い感触だった。おかげで何も衝撃なく着地した。


 そこは苔と蔓の隙間から何本もの光の明かりが差し込んで、青白い幻想的な天然の風景が出来上がっている。

 それはアイリスと初めて会った時を呼び起こすほどだ。彼女がいないのに、まるであの美しい悪魔がいてもおかしくないような、そんな錯覚だ。



 ……アイリス。



 ボクは本当に泣き虫の情けない男だ。

 ほんの少し会えないだけで、こんなにも寂しくなってしまうのだから。



 この空洞は結構広い。そして中心地には湖があった。

 おそらくかなり奇麗な水だ。雨水が植物と石などに浄化されている。そこへ駆け寄り、ひと掬いして飲んでみる。



 ……うまい。



 ただの水ではないようだ。手のひらに掬った水が零れ落ちると、きらきらと輝いて見える。光の加減で反射しているのでなく、水が輝いているのだ。


 しかしあまりの美味さに、顔を付けてごくごくと飲む。



 するとその泉の底にあれと同じ祠を発見した。透き通っているから見つけられたのだ。また何か記されていれば、聖剣の関係する何かがわかるかもしれない。

 水が濁らないようにそのままそっと泉へと入っていく。


 素潜りはあまりやったことが無いが、ここはすっと入っていけた。まるでそこへ引き寄せられるように、祠へと自然と流れていく感覚だ。


 するとボクの腰にぶら下がっている聖剣が引き寄せられていることに気がついた。反応していたのはボクではなく聖剣のほうだったのだ。



 ――祠は急に光り出す。



 本当に聖剣に呼応している。

 気がつけば目の前に一人の男性が立っている。うっすらとぼやけていてまるでこの世のものではないようだ。



「来たか神剣の持ち主よ」

「……なにもの?」

「用件だけ言う。その剣を祠の前に祀れ」

「するとどうなるの?」


 水中なのに普通に会話出来ている。それからこの話しかけてくるもの(・・)は記録のようなものだ。問いかけに一切の反応をしていない。ただこの剣に呼応しているだけだ。


「その剣を祠の前に祀れ」

「嫌だと言ったら?」

「その剣を祠の前に祀れ」



 意地悪く問いかけてみるが、やはり同じ言葉を繰り返している。むしろこの剣を祀らないと返してくれなさそうにも聞こえる。

 仕方なくその祠に鞘を抜いた剣を、横にして置いた。ちょうど窪みに置けるようになっている。



 何か光ったりするかとおもったが、何も変化がない。

 いや……



 ――刹那の青光り。



「……六が内の一つ、『流麗』が宿った。すべて成せば神剣が本来の意味を持つ」

「……長き者にその意味を聞くがよい」


 そう言うと、男は更にぼんやりと消えて行った。


 この男には悪いがはっきり言って、これ以上聖剣は強くなる必要が無い。魔王は既に倒しているのだから。

 それに後五つも回っていくほどボクも暇ではない。


 だた、気になる事を言っていた。

 長きものとは、長く生きる者か、それとも背の高い細長い者なのか。普通に考えて長く生きる者を指しているはず。

 だとすれば魔女か、悪魔だ。アイリスとシルフィに聞けば何かわかるだろうか。



 泉をでると、すでに夜の時間になっていた。思ったより長い時間を泉の中で過ごしていたようだ。あの泉は特殊な水で出来ているのかもしれない。


 月明かりと、泉自体の発光で優しい明るさが辺りを包み込んでいる。昼の時とはまた違った幻想を見せてくれる。

 ぶよぶよとした地面の上に寝転がった。天然のベッドだと思えばそんなに悪い寝心地ではない。

 むしろなかなか心地よい。

 今日はもうこのまま寝てしまおう。



 太陽の位置からこの島は大分南にあるようだ。

 最悪の場合を想定して、明日は船作りをする。基本魔法を作って木を加工するのですぐできるだろう。

 ある程度島から離れることができれば、あとはゲートで戻ることができるはずだ。



 ……ああ早く帰って彼女たちの顔がみたいな。



 その日は彼女たちの顔を思い浮かべながら、優しい気持ちで寝ることができた。
























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