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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
89/202

研究素材

あらすじ


 会議も何とか無事おわり、それぞれが帰り支度。二人は居残り、アシュインはロゼルタのもとへ、シルフィは軍会議へ行くのだが……



「夕食時になったら迎えに来るのだわ」

「ああ、ここまでくるよ」



 王国騎士団の会議室へ着くと、騎士団の班長がシルフィを待っていた。ボクが彼女を抱きかかえて連れて来たことに、班長の男は嫌な顔をしている。

 やはり王国の王城にいる人たちに嫌われているようだ。まだ福音の揺り返しの効果が残っているのだろう。



「お待ちしておりました騎士団長代理。ささ、皆が待っていますよ」

「よきよき。じゃあアーシュ? あとで、なのだわ」

「うん。無理しないでね?」

「わかっているのだわ」



 たぶんわかっていないと思う。

 シルフィの無茶ぶりで班長達がへこたれる姿が目に浮かぶ。



「ふんっ、いい気になるなよ?」



 会議室の扉が閉められる直前、班長の男はボクに向かって挑発的な態度をとっていた。やはり福音の効果が残っているのかもしれない。







 それから禁書書庫を開けてもらうため、ロゼルタ姫の自室を訪ねる。

 しかし彼女から自室へ来るように言っていたにもかかわらず、忙しいから日を改めてくれと門前払いをされてしまった。



 仕方なくエルの執務室を訪ねてみることにした。するとまた門前払いを食らう。彼女たちは忙しいと。



 ……何かおかしいな。



 完全にお手上げだ。思い返してみれば、ボクは王国内には得に人望が無い。悪魔領のみんなや、エルたちがいなければ誰も取り合ってもくれないことに気がついた。

 ……なんとも情けない話だ。今まで魔王領の人間としてふんぞり返って胡坐をかいていたのはボクの方だった。

 なんとも言えない虚無感を抱えながら、どうにもならなくなってクリスティアーネのお見舞いに行くことにした。



 医務室へ行くと、彼女は魔王領へすでに帰還したという。

 まだ回復もしていないのにそれはいくら何でも有り得ない。医師に詰め寄り、寝ていた場所へ行くと、すでにベッドは奇麗に片付けられていた。



 ……やはりこれはおかしい。急激に城全体がボクを拒否しているのだ。



 焦りを感じて急いで、王国軍の会議室へと戻る。さすがにさっき別れたばかりのシルフィがいない、と言うことはないだろう。

 焦りからか、無意識に廊下を走っていた。



 ……まさか……まさか……ないよな?



 乱暴に会議室の扉を開ける。その大きい音に、中にいた人たちはこちらを注目している。班長達と、シルフィはちゃんと会議をしているようだった。

 その様子を見たボクは、安堵のため息をついた。



「アーシュ? 何しに来たのだわ?」

「貴様!! 大事な会議中だぞ!! 出ていけ!!」



 班長たちは、ものすごい剣幕で罵声を浴びせてくる。それどころかシルフィまで中断されたことに怒っている。

 いつもは甘やかされていたからか、その落差に酷く悲しくなった。



「会議の邪魔なのだわ!! 早く出ていくのだわ!!」

「貴様!! 白銀の精霊魔女様に見染められたからって良い気になるな!!」

「貴様なんぞ魔王領のおまけだ!! いらないからさっさと出ていけ!!」



……ドクン!!



 出ていけという言葉に呼応するように、ボクの心臓周辺が強打される。



 ……この感覚……不味い……。



 『勇者の福音』の揺り返しじゃない。『勇者の血』の発動だ。

 こんなにもいともたやすく発動してしまうなんて危険すぎる。以前より、さらに悪化しているのではないだろうか。



 ……抑えろ。



 ……落ち着け。



 ……冷静に。




「いいから早く出ていくのだわ!! この能無し勇者が!!」




……ドクン!!



 シルフィのその一言で、抑え込んだ気持ちがまたぶり返す。シルフィがこんなこと言うなんて、明らかにおかしい。操られているか、成り代わりかもしれない。



「ぐっっ!!」




 ……おもいだせ。



『あ、あちも……お前がほしいのだわ……』



 ……あの時も。



『ケッケッケ。あちとアーシュは一心同体なのだわ』



 ……そう、いつだって。



『……アーシュ』



 ……ずっと、



『アーシュ!』



 ……いっしょだったはずだ。




 ……シルフィを信じろ。



 ……



 ……



 ……頭がすっきりとしてきた。こんなことぐらいでシルフィとの気持ちが揺らぐなんてありえない。

 罵声を浴びせられながら、周囲を観察した。操られているわけではないが、どこかおかしい。

 シルフィであってシルフィではない。



 そして思い出す。シルフィやクリスティアーネがやっていた感知だ。

 もともとボクは常時魔力の気配は感じ取れるが、それはとてつもなく精度が悪い。




「早くでていけなのだわ!!」




 ドガッ!!



 ――突然の蹴り。



 ドゥオオオオン!!



 ――廊下の外の柱に叩きつけられる。



「……ぐっ!!」



 完全に無防備の状態で食らってしまった。無防備だったからシルフィの足の心配の心配はないはずだけれど、かなり痛い。




 ……でもみつけた。




 いつかエルに案内してもらった庭園の方に違和感を覚える。シルフィとボク以外で大きい魔力が王城にある事がおかしいのだ。

 蹴られた痛みより罵られた痛みに耐えながら、その場を後にした。





 庭園につくと、以前来た時と同じように薔薇が咲き誇っている(・・・・・・・)

 すでに時間は夕暮れ。

 夕飯時にシルフィを迎えに行く約束だったが、今日は無理そうだ。奥へと歩いていくと、以前にきたガゼボに人影が見える。

 近づいていくと、ぞわりと空気が凍り付く。



「……よくできました」

「キミの仕業か?」



 すごく母性溢れる優しい声。同時に地獄の底から湧き出るような禍々しさを感じた。

 ほとんど閉じられた細い目からは、その心の内を探れない。


 城の使用人の服を着ている。紛れてなにか仕掛けていたということだろう。漆黒の短い髪に白い肌。そして使用人の服の白と黒。

 彼女を形容するにはすべてがモノクロームであった。そして彼女が作り出したこの平行世界もそんな印象だ。



「あなたを試しました」



 試したとは、『勇者の血』の発動条件や耐性のことだろう。つまりこの女性は、すでにボクの事を知って接触してきたということだ。



「……キミは誰だ?」

「……わかりませんか?」



 ボクを試した。そして城中の人間が豹変した。いやずらされて(・・・・・)いた。それも世界ごと。

 特殊な芸当ができるのは魔女、それも上位の魔女だ。



「……次元の魔女ディメンジョン・ウィッチ

「……っ⁉ 貴方……魔力や武力だけでなく頭も切れるのですね」

「いや、ボクはどちらかと言えば頭の悪い田舎者だ」

「……自分で言っていて悲しくなりませんか?」



 正直者と言ってほしい。

 ボクは残念ながら読み書きがかろうじて出来る程度の頭しか持ち合わせていない。田舎の村の孤児だったのだから。



「正直、あの程度で揺らいでしまうのは危険極まりない」

「同感だよ」

「……わきまえてらっしゃるのは好感が持てます。では――」



 そう彼女が言った瞬間、周囲の景色が変わった。

 周囲を見渡すと、荒野。何もない。



「……ここは?」

「もしあの時『勇者の血』を発動したら?」

「分岐……いや並列の世界か」

「……ほんとうに……あなたはどこでその知識を……」



 騎士団の訓練生見習いの時に、こっそりレイラに図書室へ連れて行ってもらったことがある。そのころレイラは既に騎士団付きの正式な魔導師だった。彼女の聡明なところに憧れたものだ。



「わかっていらっしゃるなら話は早い。ここは『勇者の血』で浄化された世界です」

「これが……浄化?」



 ただの荒野しかない。

 聞いた話だと、人間が光に包まれて間引きされるということだった。しかし目の前に広がっているのは根こそぎ無いのだ。



「これはキミが考える浄化の世界じゃない?」

「……」


 顔色を一切変えていない。でもボクが空気を読まずに指摘ばかりするから、だんだんと機嫌が悪くなっているのが見て取れた。



「……ごめん。ボクは空気を読むのがへたくそなんだ」

「……かまいませんよ。では聡明な貴方には、私が何をしたいのかもうお分かりですね?」

「この世界にでも閉じ込めておくつもり?」



 少しだけにやりと口の端を釣り上げていう。



「……そのとおり」



 間引きの情報が無いということは、彼女は教会の情報を調べてないようだ。

 逆に言えば、クリスティアーネの先読みが勝っていたということ。ボクはまた彼女に助けられたようだ。

 すでに教会は掌握済み。彼女が今後その情報を得られることはない。

 であるなら交渉するべきだ。



「……本当の『勇者の血』の意味を知りたくないか?」

「……っ! 知っているのですか?」

「ああ……一億二千年前の文献で前例を見つけた」

「一億二千年前……教会でしょうか……盲点でした」

「じゃあ……二層前の世界へ戻してくれる?」

「……ほんとうに貴方は……いいでしょう!」



 彼女がそう言うと、元の世界のガゼボ前まで戻って来た。周囲の薔薇をみると、剪定されている。そうこれが今のあるべき姿だ。

 薔薇の咲く期間はそれほど長くはない。いくらボクでも季節外れの薔薇が満開になっていれば気がつく。



「どの時点に戻るの?」

「時間を戻せるわけではなく、並列世界から戻って来ただけです」



 並列世界は確か別の時空に行くということだから、時間の概念も関係していると思っていた。

 だが彼女の能力は時間軸を飛び越えるわけではなく、『過去の可能性を操作した現在の並列世界』を見出す能力ということのようだ。

 それでも分岐した世界であることは変わりがないのだから放置されたら戻れないし、おそらく彼女自身も同じ世界へ来ることができないだろう。



 ……これは厄介な能力だ。



「取引しないか?」

「ですから今、したではありませんか」

「キミの研究に利用しないか?」


 彼女の疑問に答えずに、さらに交渉を進める。



「……そこまでご存知でしたの」

「貴方の利益は?」

「この世界への存在」

「……見逃せと?」

「いや、平和的交渉。キミは一緒じゃなきゃ並列世界に飛ばせない。そして並列世界で放置すれば、もう二度とボクという可能性には出会えない」

「……」



 明らかに顔色が変わっている。正解だったようだ。



「次に別の世界に飛ばすなら、ボクはもうこの世界に戻ってこられなくなるが、同時に君の命がこの世から消えるだけだ」

「う……脅しですか?」

「だからこちらも対価を払うと言っている」



 すでに今の時点で彼女の心臓に、ボクの魔力が触れている。

 動けない彼女を抱き寄せ、その胸に直接手を当てる。逆に彼女がぞわりと寒気を感じているはずだ。



「……はぁ……はぁ……や、やめ」

「ごめん……ボクも彼女たちと生きたいんだ……」

「……こ、こんな……こと……あ……あ……」



 ――そして周囲の薔薇のつぼみが増えた。



「移動したな?」



 心臓をつかむ。



「……やっ!! なんで気がつ……やめ……あ……やぁ……」



 殺気を強めていく。今の時点で殺してしまうと戻れなくなるからギリギリまで追い詰める。



「……うぁ……ぁ……ぁ……」



 彼女とて命はほしい。魔女の死は魂の消滅を意味するからだ。

 何の動作もなく並列世界へ飛ばされては、ボクの速度をもってしてもどうにもならない。必然的に飛ばされた後に殺す形になってしまう。

 元の(・・)アイリスやシルフィたちと共に生きるには、殺してはダメだ。政ではないが、生かさず殺さずの状態にしなくてはならない。

 そのための交渉だ。



「……交渉してくれる?」

「……(こくこく)」



 彼女は観念したようだ。薔薇のつぼみは消えている。

 悪あがきをしたところを見ると、温和な表の顔の裏に薄汚い根性が座っているのだ。いくら彼女が美しい大人の女性であろうと、容赦はしない。


 魔力による威圧、殺気を消し去ると、彼女は息苦しいそうにして冷や汗をかいている。



「……はぁ……はぁ……魔王代理ではなく魔王そのものですね」

「キミこそ、その腹黒さは嫌いじゃない」



 こういう人物の方が遠慮なくできるからだ。変に偽善者ぶっている人間のほうがやりづらい。



「……では私の研究対象になってもらえるのですか?」

「勝手に調べる分には構わない。仲間に手を出さなければ」

「もし……」

「もしそんなことをすれば、世界が滅ぶだろうね」

「……冗談には聞こえませんね」

「本気さ」



 ひとまずこの場は矛を収めてくれるようだ。ただ油断をすると一気に寝首をかかれる。この女には一切の隙も見せてはならない。


 今回の接触に関してもしっかり依頼人はいるようだ。

 依頼主についてはさすがに教えてくれないが、魔女への依頼は基本的に魔女の都合優先がまかり通る。


 今回は彼女の都合で、ボクを研究素材にする事を優先させた。髪の毛三本ほど抜かれて、標本として持っていくことで納得したようだ。



「では……」

「『勇者の血』の本当の意味はいいのか?」

「……それは……次回のお楽しみにしておきましょう」

「……わかったよ……っ⁉」



 ――突然、唇を重ねてくる。初めて感じた大人の口付けだ。



「……んっ……ではまた会いましょう」

「……ああ」



 毒や呪いの類はない。それが何を意味していたかボクには分からなかった。盟約のない契約のようなものだと受け取った。

 不本意ながら彼女とは長い付き合いになりそうだ。




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