締約会議 その2
あらすじ
王国と魔王領の会議が行われた。折り合いがつかない難題にアシュインが一言口をはさむと、宰相が食って掛かって来た。
言質を取ったとばかりに宰相はふんぞり返っている。エルの治世でそんなことをできるのだから、やはり王国内では強い権力を持っているのだろう。
「では、もしできなかった場合は、この者を投獄させていただきますよ? エルランティーヌ女王」
「そんなこと許せるわけがないでしょう!!」
「……おんやぁ? やけに親しくしていると思えば……まさか懸想されているのですか?」
「……なっ⁉」
やはりこの手のやり取りはエルより、宰相の方が上手。女王陛下にとってのボクはただの間男、もしくは弱点だと奴は思っているのだろう。
「ジェロニア宰相。投獄でも何でもなさってください」
……狙いは……あれかな?
宰相の狙いはエルの失墜に見える。しかし先ほどから文官たちの動きを見る限り、真意は違うようだ。
ヘタに抵抗せずに、早めに話を切り上げたほうがよさそうだ。
条件の『帝国軍に負けない程度』と言ったものの判断基準がないので、全員がアーグリー前騎士団長以上という明確な基準をつくった。
エルダートより期間が長いアーグリー前騎士団長を知らないものはいないし、王国内では強さと信頼が厚かったため、宰相側はそれで納得してくれた。
「……わかりました。ではアシュイン様に指導をお願いできますか?」
「……ひとつだけお願いをしてもよろしいですか?」
「もちろんです!」
最終的に魔王領の為になるとはいえ、直接的な利益もないのに投獄の瑕疵責任だけついてしまった。
しかしお願いを聞いてもらうには、それぐらいの担保が必要だろう。
「禁書書庫の閲覧許可をいただきたい」
「……え?」
前回は非公式で異例であった。
国が疲弊しきっていて、ほぼエルの独裁国家の状態であった。無法地帯に近い状態を彼女とレイラで強引に取り仕切っていたから許された蛮行。
しかし今や復興が進み、ロゼルタが台頭している。
エルの立場をこれ以上悪くしないためにも、公の場で交渉して権利を勝ち取るしか道が無いのだ。
この申し出にはさすがのエルも難しい顔をしている。周囲の貴族たちも騒めきが大きくなった。
「ふざけるなっ!! あそこ我が国でも重要な文献が保管されているのだ!! それを何故貴様が知っている!!」
以前に一度入ったからとは言えない。そんなこと言えば、エルの立場が一気に悪くなる。そこでちらりとシルフィを見る。ここは魔女の伝手を使わせてもらう。
「魔女に知り合いが多いのですよ」
「……ぐっ!!」
「ケケケ……そう言うことなのだわ?」
白銀の精霊魔女に言われてしまっては誰も反論できない。
しかしこのまま引き下がる宰相ではない。だから先手を打ってこちらから利を与える。つまり……。
「しかしエルランティーヌ女王陛下ばかりにお願いをするのも気が引けます。ここはロゼルタ姫にお願いできないでしょうか?」
「「おおおぉおおおお!!」」
これに部屋中の貴族が沸き上がった。ここにいた多くの文官たちは、ほとんどがロゼルタ派であったのではないだろうか。
宰相もこの申し出には目を丸くしていた。やはりこれが狙いだったのだろう。こちらから与えることで、奴も満足した顔に変わった。
「や、やりますわ!!」
子供のように大きな声で手を上げるロゼルタ。発言の機会すらなかったから、嬉しそうにしている。普段であればひそひそと馬鹿にする文官たちもこれに沸き立っている。
エル側としても彼らを抑える役目を欲しがっていたようだ。宰相側に見えないようにエルとレイラが親指を立てている。
……二人とも悪い顔になっているぞ。
「ではアシュイン様のお願いはロゼルタ姫に一任いたしましょう」
「かしこまりました」
ロゼルタは傅いて命を受け入れる。
それにしてもエルの周りは思った以上に敵だらけだった。彼女はこんな息のつまる場所で生きているのだ。
それからシルフィも、その期間は引き続き騎士団長代理として籍を置く。
王国へはゲートですぐに来られるので、ボクとシルフィは王城へ毎日通うことになった。
軍事の話はそれで終わりになり、ベリアルは後ろ側の席へ移動した。本格的に少年を愛でる体制に入っている。
「ふふ……どうぞぉ続けて?」
次に交易と通貨についてルシェと王国側で話し合う。
まだまだ悪魔の絶対数が少ないので、やはり魔王領側では通貨は作らない。
為替取引という通貨対通貨の市場取引が勝手に始まってしまい、制御できなくなる。それに不正の温床になりやすいからだ。
物と通貨の価値基準は市場に任せる形になる。
出回っているのはそれぞれ大小の銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。
小銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で小銀貨、といった具合で単位が増えていく。魔王領内にこの知識の周知は必要だ。
すでに出回っているライズ村やアルマーク町とそこに来る悪魔たちは理解している。それに学園の教育にもすでに取り入れているから大丈夫だろう。
「必要とあれば、講師を提供いたしますぞ?」
「ぜひお願いいたします宰相」
さっきのやり取りでロゼルタと魔王領の伝手ができたことに気を良くした宰相は、手のひらを返したように恩を売りまくってくるようになった。
やりやすいのだけれどエルとレイラは少し呆れている。
つぎに法律体系だ。
魔王領は法律なんてない。基本的には弱肉強食の世界だが、それでも禍根を残すようなことはないのだ。
ただ王国側で悪魔と人間の間に諍いが起きた場合にどうするか決めておく必要がある。
「王国の法体系をいじるのは反対ですな」
「それはもちろんですわ、宰相。ですが新たに追記は必要でしょう」
国の法はその国の歴史でもある。それをいきなりガラッと変えられるわけがないのは当たり前だ。それに基本法は教典の思想に従ったものであるから、変えるとなると教会への根回しが必要となる。
問題はその思想の中には、悪魔はやはり人間の価値観から見た悪魔になっているため、彼らにとって排他的になりがちだ。
「この一文をどうにかしないと、もし裁定の場になったときに覆ってしまいます」
『悪魔崇拝の思想はこれを認めない』
これは悪魔崇拝の書に準じて独り歩きしている悪魔崇拝者を異端者の断罪を目的としている。
しかし根本である悪魔をも遠ざける一文だ。
歴史の長いスカラディア教会が悪魔の存在や本来の性質を知らないわけはない。
その教会の聖書が正確にあるがままの姿を認識して記述されているならば、悪魔と悪魔崇拝者を明確に分けているはずだ。
「つまり思想を教会と共に確認したうえで、法律に悪魔と悪魔崇拝の分離の記述が必要ということだね」
「ええ、そちらは手配いたしましょう」
「教会はクリスティアーネが掌握している。回復したら聞いてみるといいよ」
「まぁ!! それでしたら事は楽に運びそうですね」
それと一定の移行期間は軽減措置も盛り込まれる。騙されて罪を被ることが懸念されたからだ。これも開放都市を限定し、治安のよい場所から解放していく形をとる。
「魔王領の周知はよろしくお願いいたしますね」
「ええ……わかったわ」
「では魔王領から――」
やはりロゼルタ派の対抗心がなくなって、宰相が気を良くしていることが大きい。 決めることは多いが、すんなりと進行していく。
文官たちと詳細を詰めて、エルとアイリスが承認すると言う本来の国と国のやりとりの体が出来上がっていた。おそらくこれが正常な交渉なのだろう。
大まかな方針と流れは決まって、あとは実行されていく段階にまでになった。
これからも魔王領も王国も大忙しになりそうだ。
「では今後とも、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
エルとアイリスの握手が交わされた。
そして部屋にいたすべての人々は、握手で賞賛している。各々の思惑も、思い通りにならないこともあったけれど、皆やり切ったという顔をしていたのが印象に残った。
拍手が鳴りやまぬ中、片づけをする文官や侍女を残して退出してく。邪魔にならないようにボクたちも客間へと案内される。
客間に着くと、全員ため息をついた。
よほど緊張していたようだ。侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら休憩をとっている。
「それにしてもアーシュ、すごかったね!」
「え……いやいやルシェの方がすごいよ。ボクなんてあばばばばばば」
「あほ!! すごかったのだわ!」
いつもはボクがしているほっぺクローをシルフィにされてしまった。そういえば『ボクなんて』が彼女は嫌いだった。
「……ぷはっ!! 貶しているの? 褒めているの?」
「ふふふ……面白い!」
緊張が一気に解けたのか、みんな笑っている。今回の会議もうまく終えることができたようだ。十分な成果にアイリスもルシェも満足している。
「よく宰相の狙いがわかったね」
「後ろの文官たちを見ていたからね」
「うそ……ボク、まったく気にも留めていなかったよ」
「ははは……ほら、ボクは暇だったからさ」
本当にみんなはしっかり仕事をしているのに、ボクだけやる事が無かったのは事実だ。だから観察している時間も余裕もあっただけだ。
それからミルとアミが合流して、みんなはゲートで魔王城へ帰って行った。
クリスティアーネはまだ回復していないので、そのまま王城で保護してもらう。ボクとシルフィはこれから毎日通いなので、お見舞いぐらいは行けるだろう。
部屋に残されたのはボクとシルフィだけ。シルフィはこの後軍の会議がある。ボクはさっき交渉した禁書書庫へ早速行く。
苦労したが王国も魔王領も、そしてボクも新たな一歩が踏み出せたようだ。
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