激戦! グランディオル劇場 その4
あらすじ
演劇は無事に終え、民衆の心はつかめた。そして女王からの重大な発表へ……
舞台には先ほどの第二王女派の司会だけが立つ。
そして舞台下の衝立がある控え席にはエルとアイリスが待機している。
エルとベアトリーチェはもう元に戻っている。ベアトリーチェでは演説ができないからだ。
エルはもう毒は抜けているだろう。
対面側の舞台下にはロゼルタ一行が待機している。彼女の派閥の貴族や護衛と一緒だ。
司会は演劇中に交代させる予定だった。しかし逃げられてしまい騎士団では対応できなかったそうだ。
勝ち誇ったように、こちらをにやりと微笑んで見ているのが憎たらしい。
あまり良い状況じゃない。
ロゼルタ自身に王位奪還の意思はなくとも、場が用意されてしまっている。
彼女が第二王女派の貴族たちを征することができなければ、結局エルの前国王王妃の殺害は暴露されてしまう。
案の定対面でロゼルタが青ざめているのが見える。
「さて、皆さまお待たせいたしました。これよりエルランティーヌ女王陛下および、ロゼルタ元第二王女の重要なお話がございます。お二人はこちらへ」
ヤツの声で、会場のざわつきは静寂になる。
妙な緊張感が漂う中、二人は左右から中央へとゆっくり向かって行く。その光景は威風堂々とし、感嘆の声、羨望の眼差しを向けられた。
今はたがえど、王の一族。それは一般のボクらとは一線を画している。
中央に立つと、二人は堂々たる姿勢で観客へ向き直る。
その一挙手一投足にざわつきが起こった。
「皆さま、演劇はいかがでしたか? ……わたくしは感動で、興奮で、そして胸を討たれた想いで、涙をぽろぽろとこぼしてしまいました」
この言葉は観客の誰もが共感しただろう。
それと同時に今まで頑張って来た出演者や関係者には、とてつもなく誇らしい気分にさせてくれる。
何もできなかったボクでもそう思うのなら、きっとアミたちには身に染みて感極まっているに違いない。
「……ご存知の通り、彼らは悪魔です。……しかし彼らの人間らしさ、想い、情熱、そして心のやさしさは人間以上だと思いませんか?」
「オロバスすごかったぞ!」
「マーニィちゃん天使!!」
マーニィのモデルであるマニももっと自信をもってくれるだろうか。
ここからは見えないが、悪魔の子たちがいる観客席もわっと沸いている。彼女もあの中にいるだろう。
……そろそろアイリスの紹介がされるだろうか。
ボクはアイリスの手を握る。
「アイリス?大丈夫?いけそう?」
「え……ええぇ……」
アイリスはガチガチに震えていた。
いつもはそれほど感情を大きく揺さぶらない彼女。大勢の人間に囲まれて物怖じしているとは考えにくい。
「小さいころの嫌な事を思い出しちゃっただけ……」
……何かあったのだろうか。
アイリスはああ見えて自分の中に問題を抱え込む癖があると思う。最近やっと気がついた。
とにかく震えを止めてあげたい。そう思って――
……彼女を抱き寄せ、唇を重ねる。
「っ⁉……ん……」
一瞬驚き、すぐに気を緩めて身体を預けてくる。観客たちのざわめきの音が薄れて、二人だけの世界になった。
……
ほんの少しの間だけれど、早かった鼓動はすぐに正常へと戻っていった。
それを確認してから唇を離した。
「緊張しないおまじないだよ」
「……うん……ありがと」
そう言うと、真っ赤になって少し俯く。もう何度となく重ねた唇のはずなのに、いまだ初めてしたあの魔王の間と同じ感覚だ。
何度も手を握り頷くアイリス。しっかりと気持ちを切り替えられたようだ。
そろそろアイリスの出番だという流れの時――
「エルランティーヌ女王。ここでロゼルタ元第二王女からお言葉がございます」
……ここできたか……!!
ロゼルタが一歩前にでて、青ざめた顔を隠すように観客に目を向ける。ふぅっと息を吐くことで気持ちを整えている。
だがなかなか整わず、汗をびっしり書いて震えている。
それでもあの様子では、秘策はなさそうだ。
「皆さまごきげんよう……ロゼルタ・アイマです。元第二王女でございます」
するとシルフィがボクの裾を引っ張り、困った顔で見上げている。シルフィにしては珍しく、すこし焦っているようだ。
(アーシュ!! ……客席からいくつか爆発する魔道具が見つかったのだわ!!)
(なっ⁉ ……教会……ヴェスタル共和国か?)
第二王女派や教会の連中は武力による実力行使する能力はない。同じ勢力としてもヴェスタル共和国の軍部が入り込んでいたと考えるべきだろう。複数ということは交渉用にあらかじめ用意されていたのだろう。
彼らは第二王女が操り人形として、王族に食い込むことを望んでいる。
しかしロゼルタの懐柔により形成が不利となったと知って、爆発魔道具をつかってロゼルタを脅した。
(……つまり人質はこの何万人といる観客?)
さすがにそれはいくらボクでもシルフィでも、観客を守り切る事なんてできやしない。
しかしあくまで白兵戦による実力行使は難しいと踏んでいるのか、この場にヴェスタル共和国の軍部が入り込んでいると言うことはない。
あくまで実行は第二王女派だ。
つまりあの司会を中心として作戦行動をしているはず。やはり抑えるならあの司会だ。
だったら……。
「アイリス……おそらくエルの前国王殺害がロゼによって暴露される」
「なっ!!」
「脅されている。だから女王の援護を頼む」
「ええ……!! わかったわ!!」
頼られたことがよほど嬉しい様子で、彼女のやる気に火をつけたようだ。
しかし女王を援護するといっても、ロゼルタの意見を否定するだけでは信憑性も何もない。
第二王女派の思惑を完全につぶせば、ロゼルタの命が危ないし爆発魔道具による実力行使も実行されてしまう。
つまり禍根は残るが『生かさず殺さず』の状況へもっていきたい。
アイリスにはロゼルタがこれ以上立場を悪くさせないために、王族称号復帰を後押しさせる。
二人の治世による王国に対して、協力することを宣言するのだ。
「わたくしは現在、アイマ領を治めております。その経緯には先の王位継承で重大な過誤があったことを……」
やはり予定通り、前国王王妃の殺害の公表へ話を運んでいる。これはこのまま進めるしかない。その隙に舞台脇に控えている司会の後ろへと回り込む。
「おい……思惑に乗ってやる。だから女王に話を戻せ」
「どういうつもりだい?」
「女王派は第二王女の王族称号復帰を認める。今回はそれで手を引けと言っている」
「……いいだろう」
この場でこの男を消すことをもできるが、それでは帝国どころか共和国とも大っぴらに対立せざるを得なくなる。
やはり生かして殺すほうが良いのだろう。
……ふぅ……やはり政は苦手だ。
「前国王、王妃共にエルランティーヌ女王陛下によって、贄として使われてしまいました」
これにどよどよと、ざわめきが起きて一気に今までの空気がひっくり返る。さすがにこの流れは止まりそうにない。
そろそろ行けと司会に促す。司会が止めに入ればロゼルタは十分役目をはたしたと悟って、これ以上の追求はしないだろう。
「ありがとうございました。この重大な発表に女王陛下のご説明がございます。陛下、お願いします」
敵側である事を知っているエルが、驚いてこちらを見た。ボクはそれに合わせて頷く。そしてアイリスを紹介しろと促す。
「……第二王女がいま申されたことは真実でございます」
「……なんだって……そんな残酷な……」
「……うそ……信じていたのに……」
「――ですが近年我が国が苦しんでいる飢饉、国力低下の原因を作っていたのも彼らでした……ですから断腸の思いで処断せざるを得ませんでした……ううぅ……」
エルは本当に演技が上手だ。儚く泣いて見せた。
その様子で空気はさらにまた一変する。どうやら巻き返せたようだ。
「そこでわたくしを助けてくれたのが、今回悪魔である彼らの代表であり、わたくしの親友であるアイリスです。アイリス!」
そう思っているとエルにアイリスが名指しされると同時に、再び観客のざわめきが聴覚へ流れ込んできた。
ボクは頷いて優しく彼女の背中を押す。
「いってくるわ!」
いつもと同じ気品があり堂々とした足取りで舞台の中心へと歩いていく。やはり彼女はこうあってほしい。その様子はボクが惚れた彼女そのものだ。
彼女が中央にたどり着き、正面を向くとどよめきが起きた。それは悪魔への畏怖などではない。
「……え?……う、美しい……」
「……ま、まるで女神さまのような、肌……うらやましい」
「……うそ……す、素敵……お、お姉様ぁ」
それは彼女のあまりの美しさ、その魅力に驚いているという声だ。男性だけならまだしも、女性まで魅了されて羨望の眼差しでうっとりとしている。
たしかにアイリがその場に並ぶと、豪華に着飾っている王族すらもかすんで見えてしまうほど。それにすごく誇らしくなった。
「ご紹介にあずかりました魔王領代表のアイリスよ。皆に会えたこと、とてもうれしいわ」
彼女は胸に手を置き、心からそう思っていると伝える。そんな一挙手一投足をも見逃してなるものかと、みんなは食い入るように見つめている。
そしてふわりと、上品な所作でお辞儀をすると、わっと観客が湧く。
「……素敵!! 見ているだけで幸せ~」
「……同じ空間にいるだけで、わくわくする!」
ふわふわと、なんだか幸せそうにしている顔をしている。まだ挨拶をしただけだと言うのに、あまりに魅了されすぎている。
あの魅力は今までボクだけのものだった。それが皆の目にも映ってしまうと、
自意識過剰にも嫉妬心が湧いて……ちくりとした。
(ケケケ。それもよい経験なのだわ……)
(ははは……シルフィにはお見通しか)
そしてアイリスから、宣言される。
「わたしはエルランティーヌ女王とも親友であると同時に、ロゼルタとも友人。だから彼女も王族へと戻り、二人の治世に手を貸したい。そんな未来を見てみたいわ」
「「「おおぉおおおおお!!」」」
これに声を上げたのは第二王女派や彼女を推す一部の民衆。もとより相当な期待があったのだろうが、ロゼルタの消沈で実力行使も辞さない状況だった。
だがアイリスの一言で状況は一変。
「アイリスのお願いとあれば聞かざるを得ないでしょう。ロゼルタ、貴方の爵位を剥奪し、王族の称号を授けます。以後は王国を共に納めていきましょう。お願いできますか?」
「……は、はい!! おね……エルランティーヌ女王陛下!!」
そういて膝を折り、胸に手を当て忠誠を誓った。その光景はまるで歴史の一幕の様だ。絵師がいれば絵画になるような、そんな場面。
「「「わぁあああああああ!!」」」
今度は第二王女派だけではなく、観客すべてが賞賛の声をあげる。不穏な空気は一蹴され、両陣営の中間に落とせたと言っていいだろう。
ただこれでもまだ禍根が残る。
それを吹き飛ばすもう一つの要因が必要だ。
「現在復興最中の我が王国。近年それを狙ってヴェントル帝国からの進行を許してしまっています。そして遂に帝国の宣戦布告を受けました」
そう。共通の敵の存在。悲しいが、それがないと強固な結束ができない。エルダートには申し訳ないがこの状況を利用する。
「しかしたった今、ロゼルタ姫、それから魔王領アイリスとの強い結びつきを得られたのです!! 心強い仲間の協力を得て、我がグランディオル王国は侵攻を打ち破るため戦うと誓います!!」
「ううぉおおおおお!ついに本気をだすのか!」
「……そうだ! アイリス様がいる!!」
「……ロゼルタ姫もいる!!」
エルとロゼ、アイリスがそれぞれ手を繋いでいる。その光景が色濃く印象に残った。多くの民衆の目に焼き付いたことだろう。
一つにまとまった王国は、きっと復興し覇権を盤石とするだろう。
争いごとに巻き込まれる形の魔王領だが、なかなか数が増えない悪魔たちにとってこの協力関係はきっと絶えないための礎となるだろう。
グランディオル王国と魔王領は今、新しい歴史の幕が明けたのだ。
読んでいただき、ありがとうございます!
グランディオル劇場編はいったん幕引きです。
エピローグのあとは次章ですが、多忙なため更新は不定期となります。
今後とも『勇者が世界を滅ぼす日』をよろしくお願いします。
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