混沌の魔女
お待たせしました!
オババは調合を始めた。
ボクはやることがないので、レイラとエルダートの様子をみているだけだ。
やはり食料がどうにもならなかったのが一番ネックだった様だ。二人とも飢餓状態でやせていたから筋力が落ちていると思う。
しばらくは歩く事もままならないだろうな。
ボクはレイラの頬に触れて謝る。
「……ごめんな」
ボクを慕ってくれていた。
なのにケインに誘惑されて穢された。
不可抗力とはいえボクを追い出し、揺り返しの餌食になった。
そして『福音の勇者』の身代わりに帝国へ。
挙句の果てに、帝国を追われてこんな森で毒を負って死の淵をさまよっている。
こんなの彼女の運命なんかじゃない。
――ただボクのせいだ。
「ア……シュ……イ…………?」
小さくかすれた声が聞こえた。あわてて彼女の手を握って、顔を寄せる。
「ボクだ!アシュインだよ……」
「……な……ん……で?」
「もう大丈夫!オババがすぐ治してくれる!」
とても弱弱しい……。薬はまだか……このままでは……。
「……ふふ……そう……でも……も……だめ……みたい」
「諦めるなんてらしくないじゃないかっ!?おい!オババ!!」
万事休すだ……生命力が尽きかけている。だが……。
「……アシュ……イ……ン……す――んっ」
何を言いかけたかわかったけれど、次の瞬間を待っていたら死ぬ。そう直感して、すぐさま口を口で塞いで、生命力を送り込んだ。
「おいっ!少年!なにをしてる!死ぬぞ!!」
しったことか。
ボクの送り込んだのは魔力ではなく、生命力そのものだ。寿命が縮まるだろうが、いまレイラを失ったらそれこそ終わりだ。だからそれぐらい安いものだ。
それより早く薬を寄こせ。そうオババに指で合図する。それを見てため息をつきながら、調合した薬の瓶を寄こす。
「生命力は少し回復しているから、口を離しても平気さ。でも衰弱と毒のコンボで急に生命力が落ちたから危なかったねぇ。よくやった」
「ぷはっ……。ぐぅ……」
「んな無茶したら全身激痛だろう?まぁいい処置するから退きな」
ボクは彼女の手を離し、床にへたり込んでしまった。
魔力を与えるのはちょっと疲れる程度だけれど、生命力をちぎって分け与えるなんて初めてだ。
全身が悲鳴を上げている。ただレイラの苦痛に比べればたいしたことはないはず。
オババは調合した薬をレイラに飲ませている。さっきすこし話をできたのは、まさに灯が消える間際の増した光だったのだ。
まさに間一髪だった。
いまは生命力を補填した上に薬が効いてきたようで、呼吸も浅く、安定した寝息を立てている。
「ふぅ……おまえバカだろ?」
「ははは……」
オババは辛らつな言葉を、初対面のボクへ投げかける。それでもボクのことを認めたような、仕方ない子共を見るような目でみている。
「まぁ……その調子じゃ大樹に魔力を注ぐなんてできないだろう。何日かは休め」
「いいえ、やりますよ。平気です。ほら」
そういって屈伸をして、力こぶを作る。
そんなことをしていたら演劇に間に合わないし、早く帰るってアイリスとルシェにも約束したんだ。
「……ふむ……あたしゃ本人の主張を尊重するから、止めやしないが、今夜は激痛で眠れないだろう」
「……うへぇ」
まぁレイラを失っていたらこの先ずっと眠る事なんてできなかったんだから、数日ぐらいで済むなら問題ない。
「滋養剤と気休めだが鎮痛剤をのんどけ。飯は抜きだ」
「……お腹がへったんだけど」
「発作中に消化が始まったら、身体の内部から壊れるぞ?飯は抜きだ」
「……はい」
オババの威圧感がすごい。
シルフィやクリスティアーネの大先輩だけはある。
ボクが渡された薬を飲み干すと、オババはボクの頭に手を乗せた。何かと思えば、頭を撫でて褒めてくれていたようだ。
「さて、発作が起きる前に牢屋へ行く」
「へ?」
「無理やり生命力を千切ったんだ……暴れたくなるほど……キツイぞ?」
「……う」
「それから……その魔力の量は危ない……良く制御できてるな?」
「……気がついていたんですか?」
あれだけ注意して魔力を抑えていたのに、思いっきりバレていた。スキルについてもバレていると思った方がいい。
「事情は聴かないが、魔力がクソみたいに高いのは見りゃ気がつく。だから不足している魔力を注いで貰おうと思ったんだから」
「……ははは」
「今は里に紅蓮の魔女がいるから、その魔力で暴れたら魔女総出で殺されるぞ?」
「紅蓮の魔女という方も上位魔女なんですか?」
「あぁそうだ……最低限の知識はあるようだねぇ」
そういって品定めするように目を細める。
「ちなみに生きている上位魔女って何人いるんですか?」
「あたしを含めて五人生きている。ただ……白銀のやつの魔力が異常に増えているから、上位魔女認定されるだろうねぇ。これは皆が喜ぶ」
「へぇシルフィはすごいなぁ」
「……おい」
急にオババの目つきが変わって、こちらに重圧をかけてくる。何か癇に障る事を言ってしまったのだろうか。明らかにこちらに向けているのは殺気だ。
「……なんですか?」
「白銀は名無しだったはずだ。名前を付けたな?」
そう言ってさらに圧を強めて、ボクをギョロヌと睨む。それはクリスティアーネの血走った目と同等に怖い。でもボクはそれを避けて軽口を吐く。
「ええ……ボクが名付けました。いい名前でしょ?」
「……お前、何者だ?……『勇者』だけではありえない……そういえばあいつ封印もされていたと噂にきいた……だとするなら……」
今度はぶつぶつと考え出してしまった。確かに言われてみれば、勇者の福音だけで魔王同等になるなら、キョウスケもそれなり強くなっているはずだ。それだけではボクの力の説明がつかない。
『血』は魔力を増幅する効果はないはず。反魔核の上位版の効果。オババに指摘されて、自分が何者なのかわからなくなった。
「……どれだけ魔力をもっているんだ?魔王と同等は最低でもないと、白銀の封印と名付け……まさか契約も?」
「あ、ああ……シルフィの契約者はボクだ……」
もう勇者であることはバレている。だから契約者であることも正直に話した。そしておそらく『勇者の血』についてもだ。
「はぁ……そういうことかぃ。……死にぞこないのあたしゃ、おまえになにもしないよ」
「……い、いんですか?他の上位魔女に何かいわれるんじゃ?」
ボクがシルフィの契約者である事を認めたとたんに、オババは警戒を解いた。
「死んだらこの世界の事なんて知ったことかぃ。あとは生きているもので、足掻いて藻掻いてどうにかするものさ」
「な、なんとも豪快な考え方ですね……」
物事の考え方が俯瞰しすぎていて、ボクには全く理解できない。彼女ほど生きれば、そんなに達観できるものなのだろうか?
「まぁ、今夜は牢屋で寝な。それから紅蓮の魔女には気をつけな。やつぁ見られないが、見る方法はしっている。気性が荒いヒステリックな女だ。気づかれたら封印されるよ」
「あ、ああ……」
「カッカッカッ!……それにしてもあのツンケンして、高慢ちきで、プライドの塊でありながら、超天才だったあの白銀が!今やデレデレメロメロのちっこい幼女になっているなんて聞いたら、上位魔女たちは大笑いするだろうねぇ」
「……そ、そんな評価だったのか、シルフィは」
「ああぁ……だからこそ、できればおまえを封印したくない」
「……ありがとうございます」
深くは追及せず、それ以上は何も言わなかった。
オババはなんだかんだいって、『白銀』の味方なのだ。だから契約したボクはおまけで見逃してくれるらしい。
そのまま案内されて、教会の地下室へとやって来た。牢屋は三つあるが誰も投獄されていない。中に入るとトイレと枷それと床には魔法陣がある。
「そいつぁ。この里にくる不届きものを拘束するものさ」
「そ、そうなんですか」
「……ここにこれるなんて、相当魔力のあるやつだけさ。だから魔力を無力化する魔法陣を組み込んである」
そう言いながら、ボクの両手両足に枷をはめていく。なんだか囚人にでもなった気分だ。
脇に刺していた剣や短剣。それからベルトに止めてある魔道具などもすべてを外され、牢や前のテーブルへ置かれる。
ガシャン!
牢の入口が閉められると、魔法を唱え始めた。
「……魔属性禁止」
これで魔力自体の使用が禁止される。勇者のスキルも基本的に魔力を消費して発動するのだから、すべてが使えなくなる。
であるなら『勇者の血』や『勇者の福音』も無効かといえば、それらは勝手に発動する常時自動発動スキルなのだからそうはならない。
なんともうまくいかないものだ。
「じゃあ、あとは勝手に頑張りな。自分で決めたんだ。……死ぬなよ?」
……こわ。
やはり少し無謀だったかもしれない。
生命力を削るとは、単に体力をわたすと言うことではなく、魂を削るに等しい行為だ。
その行為自体、簡単にできる物でもないし自制心が働くから、普通であれば躊躇う。でもレイラの命がまさに消える瞬間だったから仕方ない。
……ボクは覚悟を決めた。
……ぐぅううう。
……ぐがぁあああ!!
……ぐぅう……
オババが言うように、これは尋常な痛みではなかった。とにかく全身が痛い。
熱っぽくて、筋肉がこわばる。
足が引き千切れるような錯覚に陥る。
心臓の血管を一本一本丁寧に縛り上げられる。
目玉をぐりぐりと嘗め回されてて、引き出される。
耳から脳みそに、ムカデのような虫が侵入して、三半規管を食い破られる。
後をおったヒルがそのまま奥を溶かし、脳内に侵入して脳の汁をすする。
爪と肉の間には、ナイフのように鋭い牙が丁寧に割り込んでくる。それを指と足の二十本すべてに、波状的なタイミングで突き刺さる。
まさに脳が焼き切れて狂いそうな錯覚。
今それらが行われているわけではないが、そうなったかのような、生々しい感覚と激痛が絶え間なくやって来る。
それでもレイラが負ってきた苦痛に比べれば、きっと楽なものだ。ボクはそれが心の芯にあったから、まだ耐えることができる。
アイリスの時もそうだった。
ボクは彼女を愛しているのに、負担ばかりかけて。アイリスがボクのために奔走してくれているのに、何もできなかった。
シルフィの時もだ。
いつも一緒にいてボクを支えてくれる彼女。はじめは子供のおもりだったけれど、いつしか心から愛していた。
いまもずっと心配してくれている。
なのにボクは彼女に何もしてやれていない。
……ぐはっ!ぐぅううう。
だめだ。
思った以上の激痛で、考えがマイナスの方向へしか向かわない。
……ぐがぁあああ!!……くそっ!
……
……
……
その痛みに耐えきった時には、換気口から細い光が舞い降りていた。
一睡もできなかったが、耐えきった。
その細い光をみたボクの達成感は、魔王討伐の時よりはるかに大きかった。
このまま寝てしまいたいけど、これから魔力を注ぐのだ。やらないと帰れない。
そこで気がついた。
ボクはあまりにみっともなく、涎や涙、排せつ物までまき散らしてしまっている。
それに魔力の枷がはめられていて、自分では何もできない。オババに下の世話なんてされたくない……。
これは……社会的に詰んでいるのでは。
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