影武者
お城に戻り、帝国のことについてベリアルも交えて相談している。ルシェもベリアルも少し難色を示しているようだ。
「さすがにこれは不味いよアーシュ」
「ええ……軍を動かせばすぐ動きを帝国に察知されるわよん?」
帝国の動きは魔王領でも注視している。
王国の疲弊と共に軍事的均衡が崩れ、帝国がその頭角を現しているからだ。もし察知されれば情勢が悪化するかもしれない。
「帝国の軍部はそんなに優秀なの?」
「そうねぇ。王国から優秀な人材がながれているから。その王宮魔導師もその一人じゃないのん?」
「その王宮魔導師は女王の親友だから、別の理由があるんだ」
「アーシュ?ちょっとこの件に関して、踏み込みすぎじゃない?」
確かにそうだ。レイラへの贖罪がボクの中で重くのしかかっている。でもそれに魔王領のみんなを巻き込むのは間違えている。
こんな簡単な事にも指摘されるまで気が付かないとは、気持ちが焦っていたかもしれない。
「……ケケケ。過去の清算……というところなのだわ」
「シルフィは何か知っているのかしら?」
「ふん……あちは知っていてもいわんのだわ。」
「なぁにそれ?アシュインちゃんに、ちょ~っと気に入られてるからって調子に乗ってるんじゃないのぉこのおチビちゃん?」
「あん?……よい度胸なのだわ?このクソばばぁ!」
「……うぇへぇ……どど、どうしよぅ……」
シルフィはウォールゴーで一杯食わされた時から、ベリアルに対してあまりいい感情を持っていない。逆も然り。
「や、やめてくれ!ごめん、みんなの事を考えずにこんな話を持ち込んで。ボクが悪いんだ」
「アーシュ……す、すまんなのだわ……」
「ごめんなさなぁい……」
場は落ち着いたけれど、帝国に対しての捜索、調査に魔王軍を動かすことは難しそうだ。魔王領も復興とメフィストフェレスの失踪という大きな課題を抱えている。
「アーシュ。そんな顔しないで?……そうだねぇ……演劇の3日前までに戻ってきてくれるなら大丈夫だよ?それからメフィストフェレスの捜索に対する人員比率も下げようか」
ボクが自ら動くことを先読みしていたようだ。思考まで先読みされるとは恐れ入った。
演劇はすでに順調に進んでいるから、ボクのやれることと言ったら見ることだけだ。
メフィストフェレスの捜索も手がかりが少ない今はやみくもに探してもしょうがない。その分を演劇の警護や交易の整備にまわしたほうが良いだろう。
やはり運営に関してルシェにかなうものはない。
「……ありがとうルシェ」
「えへへ~アーシュ。もっと明るい顔して?」
ボクが撫でてやると、逆に励まされてしまう。ルシェは本当にできた子だ。
「アーシュ。魔王領はわたしとルシェに任せて!」
「アイリス。ごめん……もうちょっと長く一緒にいたかったのに」
「ふふふ……任されるのも嬉しいものよ?」
アイリスがもどってからというもの、結構べったりだったと思う。それでも愛したりないと思うのはボクの我儘だろうか。
「演劇の公演日間近は忙しくなるから、ちゃんと手伝ってね!」
「ああ……すぐにもどるよ!」
アミとナナは演劇の準備、ミルはいまは学園で勉強中だ。
彼女たちだってボクが魔王領にいないと不安になる。出来るだけ早く済ませてこよう。
「ふむ……じゃあ行くのはアーシュ、それからあちとクリスティアーネなのだわ」
「……うへぇへ……い、いいのぉ?」
「あちは離れられないし、探索ならおまえが必須なのだわ」
「うへへ……た、頼りになる?」
「おーだから張り切るのだわ」
「……う、うれしいぃいい……ぐへへ」
シルフィの独断と偏見で、3人のメンバーが決まった。確かにこれなら魔王領の関与もすぐには疑われない。悪魔がいないのだから。
ボクとしては隠匿を使えるナナを連れて行きたかったが、いまは演劇の役者として頑張ってくれているから連れてはいけない。
「アイリス、ルシェ。本当にごめん。すぐに戻るよ」
「早く帰ってきてね?」
「まってるよ!」
まずはグランディオル王国で情報の進捗を聞く。
王国の諜報員が総力を挙げているから、情報の更新も早い。それと魔王領からはボクたち三人だけしか人員が避けなかったことをちゃんと報告したほうが良いだろう。
「すまないエル。かわりにボクたち三人が動くことは了承してもらったから」
「ほんとうですの!?それは頼もしいですわ!」
王城ですぐに会ってくれたエルは、事情を伝えるとボクの手を取って嬉しそうにしている。
先日より距離が近くなったのは気のせいだろうか。
すでに帝国への諜報活動は行っているので、手の回っていないレイラの調査をボクたちが担当することとなった。
ナナを連れてきていないから都合が良い。
「諜報員から情報が入っております。それによると将軍は立場を追われています。ヴェントル帝国作戦参謀の女魔導師とデキていたことに腹を立てた皇帝に、追放されたとのこと」
エルダート将軍はたしか40歳くらいの男性だったはずだ。それが16歳のレイラと恋仲になるなんてことがあるのだろうか。それこそロリコンと言わざるを得ない。
「え?あのエルダートとレイラが?親子ほども歳が離れているじゃないか?」
「そ、そういう愛もあって不思議ではありませんが、いささか不自然ですわね……。情報が正確ではないのかもしれません」
たしかに関係性まで正確に把握するのは難しいだろう。
「それで、どこに逃げたかわかる?」
「追っ手を撒くためにヴェントル帝国から南西へ、つまりグランディオル王国南にある大森林へと入って行ったそうです」
大樹の大森林は広大で魔物も多い。魔王討伐で減少した今の魔王領の魔物より多い位だ。
でもレイラは仮にもボクと一緒に魔王戦を切り抜けた魔導師。勇者パーティーの中で彼女は、すごく活躍していた。悪魔族ならばいざしらず、魔物程度にやられるレイラではない。
問題は食料や衛生、生活面の維持だ。エルダートにそういう知識があればいいが、魔物と遭遇しなくとも森の中での野営は、不慣れだと一週間と持たない。
「そこでいったん身を隠すつもりか?」
「ケケケ……あそこはあちたち魔女の庭みたいなものだわ」
「……うぇへへ……おばばに会えるかも?」
「こ、こちらの女性は?」
「クリスティアーネ。レイラの師匠だよ」
「……うぇへへ……」
エルとベアトリーチェは完全に震えあがっている。そこまで怯えるほど怖くはないとおもう。
「まぁ貴方がレイラのお師匠様?思った以上にお若い……むしろ年下?」
「白銀の精霊魔女と深淵の死霊魔女の夢の競演……す、素敵……いま私は歴史を垣間見ているぅ!」
「ベアトリーチェ!うるさいですわよ!?」
「あっ!?し、失礼いたしました!」
エルは初対面だった様だ。怯えながらも挨拶を交わす。
主人にうるさいと注意される専属護衛騎士って大丈夫なのだろうか?思った以上にベアトリーチェは趣味に走る人物だったようだ。
「……うぇへへ。レ、レイラの持ち物……あ、ある?」
「ひっ……!あ、失礼しました。ございますわ」
そういってベアトリーチェに持ってこさせたものは、魔除けの魔道具だ。彼女の魔力が込められているから、魔力で探すなら手がかりになるだろう。
そこでエルはベアトリーチェに耳打ちをしている。
彼女たちはすでに信用していて警戒していないが、内緒話をされるのも気になる。
「ケケケ、じゃあ情報は揃ったから、あちたちは出発なのだわ」
「あ、あの!私もつれてってはいただけませんか!?」
ベアトリーチェが挙手をして、同行を懇願する。ただ彼女は一般の騎士だ。とてもボクや魔女の動きについてこれない。
「え~?ベアトリーチェは護衛の仕事があのだわ?」
「そ、そうですが……」
「あら?わたくしは構いませんわ?ベアトリーチェは護衛というより話し相手ですから」
話し相手?それでは別に護衛をしている騎士か、ボクたちにも気づかせない隠れている特殊な人間がいるということか。
「そ、そうか……走っていくけど?ついてこれる?」
「……うぇへへ。あ、あたし……の、乗せてあげるぅ?」
「うげ……あ、あれにまたのるのだわ?」
「は、走るより……楽……だよぉ?」
クリスティアーネが乗り物を出してくれるらしい。シルフィの嫌がりようから、どんなものが出てくるかすこし予想が付く。
でも否定するとクリスティアーネは泣き出すかもしれないから、ここは頼ってみよう。
「じゃあベアトリーチェを連れていくのは構わない。準備してよ」
「や、やりました!姫様!」
「こ、こらベアトリーチェ!」
なぜエルまで喜んでいるのかとても気になる。
ボクたちもそれぞれ必要なものを王都でそろえて、門の前で集合だ。荷物はほとんどシルフィの空間書庫へと収納してもらうので、食糧などはそこへ入れてもらう。
移動は夕方からのほうが都合が良いとクリスティアーネが指定した。
「……うぇへへ……まま、まってたよぉ」
「おまたせクリスティアーネ。乗り物は?」
「馬車?にしては……車輪はないし、馬もいないよ?」
「……うへ……そそ、それは――
「お待たせいたしました。まいり、いえ行きましょう!」
「……?」
なんか雰囲気がちょっと違うというか、ベアトリーチェから少し上品な良い匂いがする。気のせいだろうか?
「ケケケ……早く乗るのだわ。馬や車輪は見ないほうがいいのだわ」
シルフィは駆動部分がなにか知っているようだが、聞かないで置いた方がよさそう。全員馬車に乗り込む。
クリスティアーネが用意してくれたのは、貴族が乗るような品がある装飾がしつらえてある箱型の馬車だ。中は魔道具で明るくて広さもそれなりにある。4人のってもまだ余裕があるくらいだ。
「……うぇへへ……じゃ、じゃ周囲……人がいないし……いい、いくよ?」
「ああ、頼むよ」
「……ファ、ファントム・アア、アセンブリ……」
低く、透き通った恐怖を覚えるような、そこから這い出てくる声にベアトリーチェがさらに怯えている。
クリスティアーネがそれを唱えると、周囲にうろついていたであろう死霊が集合収束し、こねくりまわされて車輪ができる。
「……オ、オーダー・ナナ、ナイトメア……うへ」
そして霊体の馬が現れた。こっちは死霊を召喚したようにみえる。死霊に関することなら彼女は本当に専門家なのだろう。
いつも頼りなくて自信がなくて、びくびくおどおどしているのにこの時ばかりはしっかりと魔女をしている。
「ははは……今にも間違えそうでちょっと怖いね」
「ケケケ……あれだけ長くやってても、よく間違えるのだわ」
「お、お二人は楽しそうですね……」
「クリスティアーネも魔王城で一緒にいるからね。なれたよ」
「えっ!?か、彼女も魔王城で?アシュイン……殿のハーレムに?」
「ケケケ……」
「ははは……」
準備が整うと、自動で走行してくれるようで、クリスティアーネも馬車の中へとはいって寛いでる。
「……うぇへへ……楽?」
「うん。すごいねクリスティアーネ」
「……ほ、ほんとぉ?……結婚するぅ?」
「ははは……」
「ここからこいつの馬車なら1日で森の前なのだわ」
「え?通常の馬車で1週間ほどかかるはずですが……」
「外をみてみればわかるのだわ」
窓を覗くとすごく高速で走っているのがわかる。
木々を避け、岩や段差も認識してしっかり避けている。車輪が死霊で作られているおかげで、段差も岩場やかわらですら楽々通り抜けられる。
乗っている内部にも一切振動がなく、走っていることすら気が付かなかった。
しばらく馬車で走った後、いったん馬車を止めて野営をすることにした。
食事はボクとシルフィが作る。クリスティアーネが作ると料理から悲痛な叫びが聞こえてしまう。それとベアトリーチェも全く料理はしないそうだ。
「……うへ……ああ、あたしできる……のに」
「うるさいのだわ……死霊を喰わされる身にもなるのだわ」
「ひぇええ……」
「ま、まぁまた今度、作ってくれる?」
「……うぇへへ……ア、アーシュちゃんやさしいぃ」
少し前からクリスティアーネもアーシュと呼んでくれるようになっていた。ボクはそう呼ばれるたびに親しみ、つながりを感じて幸せな気分になれる。
「ではクリスティアーネ様は私とお話いたしませんか?」
「……うぇへへ……いいよぉ……お、お友達に……」
しばらくして、夕飯が完成したのでテーブルに並べる。
座ってお喋りをしていた二人が涎を垂らして、並んだ料理を見ているのが面白い。
今日は鶏肉のクリーム煮だ。サラダやパン、それから串焼きも並んでいる。
シルフィは本当に料理が上手で、ボクは手伝っただけだ。
味付けもシルフィの味付けでとても美味しい。
「ん!おいしいぃ!」
「……うへぇえ……すき~」
「うん!シルフィの味付けだね!とても美味しいよ」
「ケケケ!どうだなのだわ!」
シルフィは胸を張って偉そうにしているけれど、この味は敬服するしかない。
みんなで食事を囲んでわいわいと話している。そろそろ切り出しても良いだろうか。
「ところでエル。こっちの串焼きも美味しいよ?」
「あら?ありがとうアシュイン……あ」
ついにボロをだした。つつけばいつでも出るとは思っていたが、あっさりと出た。もう馬車を乗った時点で気が付いていたが、どうやらこのベアトリーチェはエルが扮していた偽物のようだ。
うまく似せてはあるが、所作が上品でとても騎士の動きではないし、何より魔力が違うのだ。
「ケケケ……さてどういうことか聞かせてもらうのだわ。エルランティーヌ女王様?」
「う……みなさん気が付いていたんですか……」
「……うぇへぇ……ベ、ベアトリーチェ、じゃなかったのぉ?」
「クリスティアーネは気づいてなかったみたいだね」
クリスティアーネはこうした機微に疎い。女王とは会ったばかりだから、目の前の彼女をベアトリーチェと信じ込んでいたようだ。
……これは荒れそうだ。
「……ひ、ひどぃ……と、友達……ぐひ」
「あ……も、申し訳ございません……でもお友達ですわよ!」
「ぐひ……ほ、ほんとぉ?」
「えぇ!」
すっかり仲良くなっていたのに、ベアトリーチェじゃなくてエルランティーヌだったらそれはショックだろう。
でも彼女と仲良くなったから、かろうじてパニックにならなかったようだ。
「で?」
「あ、あのぉ……アシュインとご一緒したくて……」
「いやでも女王様が抜けたら王国は大変だろう?」
「ベアトリーチェが扮しているから平気ですわ?場合によっては彼女はわたくしの影武者になるように、似たような背格好を選んで任命しております」
これは確信犯だ。おそらくあのひそひそ話の時。
こんなことまでして抜け出すなんて、エルは女王の立場に相当うっ憤がたまっているのだろう。
「つまり、いま王国で女王に扮しているのか」
「ええ……女王になってから命を狙われる頻度も増えましたので」
「そ、そうか……大丈夫エル?」
「……はい……でもいまは一緒にいさせてほしいのです」
戦いに行くわけでもないし、ただの捜索だ。ボクたち三人なら大抵のものと遭遇しても守り切ることもできるだろう。
「まぁ戦いに行く旅ではないから、不自由がいやではなければ……」
「足りないものは空間書庫があるから、ほとんど不自由はないのだわ?」
そういえば、記憶の中のエルも結構無茶をするお転婆だったような気がする。一度遊んだ子供の記憶だったから忘れていた。
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