閑話 嫉妬
ざまぁ回ですが猟奇的な表現があります。ご注意ください。
うぅえ……
ぉおお……
暗くじめっとした空気の部屋。窓もなく、据えた臭いが充満している。
なぜだ……なぜこんなことに……
俺の名前がガラン。戦士だ。
かつては勇者パーティーにいたが、俺はヤツが嫌いだった。
ヤツは顔が童顔だが、身体は鍛え上げられているし、なにより真面目だった。
狩りが終わって全員が宿で休んでいるときも修練をやめないのだ。スタンピードを倒しきった日ですら、宿の前で剣を振っている。
バカか……
そして魔王を目の前にしていた時だ。
どうひいき目に見ても、この時はヤツ以外には魔王に全く歯が立っていなかった。
魔王軍は統制が取れていないのか、敵と遭遇する強さも順番もバラバラだった。運がいいのか悪いのか、幹部と呼ばれる強い悪魔とは一匹も遭遇しないまま、魔王の間についてしまっている。
だから甘く見ていたのかもしれない。
魔王の最初の一撃は凄まじかった。
俺は盾ごしに攻撃を防いだだけで瀕死なほど重傷を負った。
ユリアは即座に治癒をしてくれたが、このままではもう一撃たりとも防ぐことができない。
それを悟ったのか、ヤツは防御の魔法を使いやがった。おかげで死なずに済んだが俺はお役御免。やることがなくなった。
それからヤツは周囲の仕事をつぎつぎと奪って、ほとんど一人で魔王に打ち勝ってしまった。
魔王に勝ったというのに、反吐が出そうだった。
グランディオル王国に帰還すると、やつ以外のメンバーや王や女王と事前に打ち合わせていた通りにする。
「アシュイン、話があるんだ」
「なんだい、ガラン」
わざと申し訳なさそうに演技した。しかし隣のユリアは隠そうともしない。嬉しそうにして、やつを卑下した目で見ている。
その顔をみて、俺は道を踏み外してしまったのかもしれないと恐怖を覚えた。しかしもう止まれないのだ。
「……オレたち結婚することにした」
「ごめんなさい。ずっとガランと付き合ってたの」
「そっか……おめでとう二人とも」
手筈通りに、ケインとレイラも。
「アシュイン、実は僕らも……」
「ごめんねぇ、アシュイン!ケインと結婚するの!」
「そ、それは……よかったねレイラ」
この時のやつの顔は傑作だった。
ケインの奴も色男で気に喰わなかったが、なんでも誠実で努力家ですべてが清廉潔白で童顔なヤツが一番癪に障る。
だから俺はケインや王の計画に乗ったし、ケインとレイラがひっつく手伝いもしてやった。
おかげでこいつの苦々しい顔が見られた!最高だぜ!
だが奴が去った後、すぐに俺の子が流れた……。なんだっていうんだ。俺が何をしたっていうんだ。
そしてユリアの気持ちが、俺からだんだんと離れて行ってることに気が付いた。子が流れた絶望を癒してやれる術を俺は持っていない。
なぜなら――
流れた後のある日。
夜にふらふらと出かけるユリア。隠れて追ってみると、とある宿へ向かっていった。そこで待っていたのはケインだ。
親しそうに部屋へ入って行く。そこで何が行われているのか、予想が付いた。
宿の窓の明かりには女性のシルエットが浮かび上がり、何度も運動を繰り返している。
……最悪だ。
子供が流れたばかりで体調も万全ではないのに、そんなに簡単に別の男に懸想するなど、ただの売婦ではないか!
俺はその場から逃げ出すように駆け出した。
そんなことがあってから、もう俺はユリアを愛せなくなっていた。それどころか、見目麗しい女の仮面をかぶった汚らわしいブタにしか見えない。
「ごめんなさい……あなた」
「また作ればいいだろ?」
「……うぅうぅうう」
しらじらしい……この売婦め。そう心の中で猛毒を吐く。俺がデリカシーのない言葉を投げかけているようにしか見えない。
それに「また作れば」とは「ケインとまた作ればいいだろ」という皮肉だ。
もう優しい言葉をかける感情が一切わかないのだ。
勇者パーティーはヤツが去ってから最悪だ。
とことんついていない。
それどころかグランディオル王国自体が災厄に見舞われている。
ある日王女が現状を憂いて、教会へ協力を要請する。
それによりあっさりケインが偽物であることがばれてしまう。この計画は王と女王も結託していたはずだ。にもかかわらず俺たちだけ牢にぶち込まれてしまう。
くそっ!!あいつら裏切りやがった!!
いや、これはしっぽ切りだ。
俺は完全に犯罪者としてとらわれてしまった。ユリアだけは聖女であるからと見逃されたようだ……あの売婦め!
牢屋暮らしが板についたころ、ケインが侍女とヤっているのが見えた。やつの牢屋は隣だったが、どうやって抜け出したのだ?あの侍女を誑かしたのかもしれない。
これはチャンスだ。
俺の牢屋の鍵も取るように言うが、奴は侍女をヤることに夢中でききやしない。
しばらくして事が済むと、ケインは逃亡した。
ケインが去ると、彼女は我に返ったように絶望する。そしてなんの気まぐれか侍女は牢屋のカギ開けてくれた。
どうせ死罪。一人も二人も同じだと。
そんな彼女をほおっては置けず、一緒に逃亡するように連れ去った。
王国ではすぐに見つかってしまう。俺たちは帝国へと亡命すること決意した。
彼女は相変わらず絶望したままだが、野営生活で少しずつ笑顔を取り戻していっている。
彼女の名はメイ。2つの大きな三つ編みをした栗色の髪が可愛らしいが、ユリアとは違い地味な子だ。お城で侍女として働いて村にある実家へ仕送りをしている真面目な娘だった。
ケインに襲われたときに、幸い妊娠はしなかったようだ。
王国の村に残した家族を心配してたが、すでにここはヴェントル帝国領の町だ。ほとぼりが冷めるまではここで暮らしかない。
そして彼女と共に行動を共にするうちに、俺は彼女への愛情が生まれた。そして彼女もまた慕ってくれている。何回か身体も重ねた。
「……ガラン。いつもありがとう」
「気にするなメイ。いつか村に仕送りできるようにしてやるさ」
帝国での暮らしは楽ではなかった。それにメイは旅の疲れで憔悴しているのか、働ける状態ではなかった。俺ががんばって彼女をやしなってやると、意気込んでみたものの傭兵稼業ではたかが知れている。
そんなある日、チャンスがやって来た。
メイがどこからか帝国の仕事をもらってきてくれたのだ。
これで俺の稼ぎが増えれば彼女に贅沢をさせてやれる。うまく取り入れば王国の村への仕送りも可能になるかもしれない。
俺は当然、それに飛びついた。
そして帝国軍の仕事をこなすことで、信頼を得られたのか、実際に帝国軍へと入らないかと誘われた。
まさに出世だ。怖いくらいにとんとん拍子で話がすすんだが、いまはメイのために頑張りたい。この機会を逃す手はなかった。
「ふん。傭兵風情がっ」
エルダート将軍という軍のトップに挨拶をする。俺は軍の中でも特別な扱いだった。
素性は調べられていたからだ。
元勇者パーティーだったことが皇帝の目にとまり、皇帝の肝いりで入隊させられたという。だがこの将軍は反対だったようだ。
俺に対する当たりがきつかったが、そんな些細なことはどうだってよかった。この待遇もメイさえ守れるなら我慢できる。
軍の仕事はきつくメイとも会えていなかったが、彼女を待っているという実感が俺のやる気を持続させた。
そうして軍の生活も慣れ始めた頃。久しぶりにメイと話せる機会ができた。だが久しぶりに会ったメイは、ものすごく良い身なりをしているではないか。まるで貴族令嬢の様だ。
それに横の男は……。
「あら、ガランおひさしぶり」
「メ、メイ?その奇麗な服や隣の男は?」
「ごめんなさい?あたしこの人についていくことにしたの」
「なっ!?仕送りは?」
「全部やってもらっちゃった。それに伝手もあって村にも一度帰ることができたのよ?ぜーんぶ彼のおかげ!」
そう言うとメイは男の逞しい腕にしがみついて、幸せそうな笑みを浮かべている。そういえば……帝国の仕事を持ってきたのはメイだ。
……まさか初めから?
なんてことだ。羽振りのよさそうな男は俺を卑下した目で見る。
「ふがいない男だなお前。彼女一人幸せにできないなんてなぁ?」
「き、きさまぁ!」
ドガッ!
殴りかかろうとすると、簡単に返り討ちにされてしまう。なぜだ?俺はそんなに弱かったのか?
「金もない。力もない。勇者パーティーなんて勇者がすごいだけでお前はただのクゥズだ!」
この言葉は図星だった。
実際に魔王を討伐できたのはアシュイン一人のおかげで、唯一レイラが頑張っていたが俺たちはおまけだった。
それにアシュインが王国を去ってから、魔物一匹にも苦労する始末だった。明らかに弱体化を実感していた。
絶望だ。
もう抗う気力も残っていない。
子供を失い、ユリアを寝取られ、牢屋にぶち込まれ、王国を追われ、メイにも浮気されて裏切られた。
アシュインが王国を去ったその時から、転げ落ちるように転落していった。それでも抗ったが通用しなかった。
俺が打ちひしがれていると、一人の男が声をかけてきた。銀髪のボサボサ頭で、やせこけた髭面が胡散臭い。
「ヒーッヒッヒッヒ。ざま~ねぇなぁ?元勇者パーティーの戦士ガラン」
「くっ……き、貴様は?」
「オーレは次期将軍さ~まだ。お~まえの不幸の理由をおしえてやろうか?」
こんな胡散臭いやつが次期将軍?帝国に何が起きているだろう。エルダート将軍は威厳やその所作、一挙手一投足に至るまで将軍たらしめる膂力を感じた。
だがこの男はただの研究者のようなしょぼくれたオヤジだ。
「俺のことを良く知っているふうだな……」
「まぁなぁ……それより『勇者の福音』ってしっているかぁ?」
「なんだそりゃ?」
やつはアシュインが持っているスキル『勇者の福音』について教えてくれる。そして裏切った人間に降りかかる揺り返しについても。
つまり俺の不幸の全てはアシュインのスキルによるものだと言う。そんな馬鹿なことがあり得るのだろうか。
しかし降りかかった不幸は、それを否定できない。
「ア~シュインが憎いんだろうぉ?見返したくはな~いか?」
「くっ!……ぶっ殺してやりてぇ……!」
「な~らば、ついてくるがいい」
おれはもうどうなっても良かった。失うものは何もない。
だったらどんな方法を使っても、事の発端であるアシュインに報復したい。
俺はこの奇妙なオヤジに掛けることにした。
だが俺に待っていたのは……。
うぅえ……
ぉおお……
暗くじめっとした空気の部屋。窓もなく、据えた臭いが充満している。窓ガラス越しに奴の姿が見える。
俺の全身にはチューブが繋がれている。一定時間毎に薬液を流し込まれると、血が湧きたつように身体が熱くなる。その勢いに全身が悲鳴を上げた。
「ガランくん。痛~いかね?しかし実験はまだ終わってな~い」
耐えきれなくなった腹の皮が、べろんと溶けおちる。
「も、もう……やめ……て……くえぇ」
腹の肉もどろりと溶けて、腸がぼろりと零れ落ちる。右足も重力に耐え切れなくなって、ひざ下から千切れた。
「う~まくいったら、キミ、アシュインより強くなれるよ?」
だが不思議と血は溢れ出ないし、意識がはっきりとしている。その所為で苦痛もはっきりと認識できる。
「……ほ、ほんとう……か?」
ほんの少しでもアイツに勝てる要素があるなら、俺はそれに掛けると誓った。しかし今の状態をみれば間違いだったのだろう。
「もちろん!しか~し?これに……耐えら~れればの話?」
なぜだ……なぜこんなことに……
うぅえ……
ぉおお……
そうか……俺がヤツに抱えていたのは復讐心ではなく――
……ただのみっともない嫉妬だ。
それに気が付いた時には、実験は24回目。
首がぐちゃりと千切れて、
ゴトリ……
――俺の命は尽きた。
読んでいただき、ありがとうございます!
広告の下の★★★★★のご評価をいただけると作者のモチベーションが上がります!
ツイッターで共有してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!