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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第四部 誰がために……
59/202

魔力増幅術



 シルフィ曰く

 研究者の不文律というものが存在する。

 これを犯すものは、他の複数の研究者の報復を受ける。もしくはすべての研究者への宣戦布告であるととらえる者も少なくない。


 研究者の不文律は、研究中の書類、本、研究物を閲覧しない、奪取しないということ。

 当然ともいえるこの不文律。研究者に周知されるまでは当たり前のように行われ、盗作であろうとも平気でその功績を奪われた。


 経緯からその不文律は、いずれ自身に襲い掛かる呪いとして相互作用が働いた。



 クリスティアーネ曰く

 その不文律を犯した場合、実際に人々の怨念として呪いが発動しているという。彼女は呪詛を専門とする魔女。彼女がいかに抜けていようと、その専門分野においては老練である。決してその呪詛を見逃すことはない。


 彼女の研究である魔臓において、メフィストフェレスはその実験体を奪取したと言える。

 呪いが発動しそうなものだが、すでに彼女は研究を放棄している。

 世界の因果がそれを認識している場合、つまり彼女の認識および、魔力の含む文章にそれを書き示した時には不文律の呪いは発動しない。



 オロバス曰く

 メフィストフェレスに課せられた義務は、研究の報告、結果の貯蔵、成果物の提出。

 とはいえ根本の行動は悪魔のそれなので、人間のように金や権力でその行動を縛ることが出来ない。

 よって書類による魔法契約によって縛られている。この魔法契約の範囲内においてメフィストフェレスは従っていた。



 一見すべての義務を果たし、正常な研究が行われていたように思う。しかし研究項目を繋ぎ合わせてみると、不穏な結果を導き出さざるを得ない。



「しかしなぁ……不穏であるとはいえ、正常に行われた研究の詳細を調べるのは不文律に抵触しそうなんだ。図書室にある分の資料だけではダメなんだろうか?」



 ここは学園長室。すでに稽古は終えてオロバスは戻ってきていた。ほかのメンバーは片づけ中だ。ボクたちはメフィストの使っていたものを調べるためにオロバスに相談に来ている。



「それはもう見たのだわ。事情を知らぬものが読めば、節操がないという感想しかでてこないのだわ?」

「……ではそういうことなのだろう?」



 実際に見ていないし、彼の行動を追っていないと気が付かない彼の不振さはオロバスではピンとこないらしい。



「あほ!現状を照らし合わせれば、意図的にその雑食研究の結びつきを記していないことがわかるのだわ?」

「そういうことか!ではもうメフィストフェレスの意図はわかるのだろう?教えてはくれないか?」


「まだ確信を得ているわけではないけれど、信憑性は増したね」

「魔王の人工生成いや、『魔王のキメラ生成』と言ったほうが正しのだわ」



 その言葉だけでも禍々しい実験が行われようとしていることが容易に想像できる。オロバスもここでやっとその事の重大さに気が付いたようだ。



「なっ……!?そんなことは可能なのか?」

「クリスティアーネは危ないからと研究をやめたぐらいだ」


「ふむ。彼の使っていた研究室や部屋を調べさせよう。研究資料が残っていることはないだろうけどな」


「逆に残っていたら不文律に抵触する可能性があるから、慎重にするのだわ」

「どちらかというと彼の動きを知りたいんだ」

「わかった捜索する人間に伝えておく」

「『魔王のキメラ生成』については可能な限り漏れないようにするのだわ」

「ああ、わかっている」



 あまり疑いたくはなかったが、かなり信ぴょう性が高くなっている。政治的に利用されて騙されている可能性もまだ捨てきれない。ただ本人の意思で研究していることは確かだ。


 






 その日の夕食後。

 残っていた三人はお茶をしながら難しい顔をしている。ミルの潜在魔力幅増幅の話題だ。

 ミルはシルフィによる説明を受けて悩んでいる様子。クリスティアーネは口下手なので、代わりにシルフィが説明しているようだ。



「……うぇへへ……く、薬……使うけど……痛いし、キツイ……や、やめる?」

「ううん!……怖いけど、アーシュにしてもらえるなら!」

「ロロ、ロリコン?」

「ち、ちがうからね?」


 クリスティアーネは、ギョロヌと覗き込む。

 毎回それは怖いから遠慮してほしい。




 術を施すことになったので、大きいベッドがある客室を使用することにした。『媚交感薬(びこうかんやく)』を使うので、人数は最小限だ。

 部屋には術を受けるミル、施すボク。それから指導する魔女二人がいる。



「緊張している?」

「……う、うん……や、やさしくしてね」

「ケケケ。……ミルはかわいいのだわ」

「そ、それはなんか違う気が……」

「……ロロ、ロリコン?」



 まるでみんなで別のことをしそうな言い回しで、余計意識をしてしまう。これからやるのはあくまでミルの魔力の最大値を上げる施術だ。



「い、いいから始めよう?どうすればいいのか教えてよ」

「……香料としてつかうのは揮発せる……部屋が薬品で包まれる」

「それはボクたちも、効能がでてしまうんじゃ?」

「……うへへ……ぬ、布……つかって?」



 ミル以外は、口と鼻を布で覆って、吸い込む量を極力減らす。これでどんなにひどくてもほろ酔い程度までは抑えられる。

 施術といっても、基本的に触れて魔力を操作するだけなので、よほどのことが無ければそれで十分だそうだ。



「さて、ミルがどれくらい伸びるか、どれくらい苦しむかはアーシュにかかっているのだわ?」

「……吐くかもしれないから……桶用意」

「充満したら……飲ませる」



「ごくん……ふあぁあ……なにこれ?お、おいし……はれ……?」


 ミルはすこし息遣いがあらく、起きてられなくてベッドに横になった。目が回っている様子だ。



「だ、大丈夫……いま酔っているのと同じ……」

「そう……それで?」

「直に胸……心臓に手をあてて」

「うん」



 クリスティアーネに言われるまま、ミルの心臓へと手を当てる。

 すると彼女の息遣いと鼓動がボクの手を通じて伝わって来た。『媚交感薬(びこうかんやく)』が効いているのか、それはまるで一つの身体になったかのような錯覚を受ける。



「……じ、自分と……同じように……か、彼女の心臓……感じて?」



 クリスティアーネの言葉がすこし虚ろになる。彼女にも薬の効能がでてしまっているのだろうか?代わりにシルフィが説明する。



「つぎに魔力の鍛錬と同じようにするのだわ。いつもより丁寧にゆっくりと。そう……練り込んで……ゆっくりと」


「……ぐぅん!……」



 魔力の移動をさせると、ミルが少しうずいて苦しむ。



「もっと……もっとやさしくなのだわ……」



 ボクはもっとゆっくり、そしてやさしく愛でるように魔力をうごかした。全神経をそれに集中するかのように。



 『媚交感薬(びこうかんやく)』でクリスティアーネもシルフィもすこし虚ろになっているのに、ボクだけはまるで魔王戦の時のように神経を鋭敏にして、すこしの苦痛も与えまいと集中していた。



「練り込めたら……すでに総容量が増えてるのだわ。少しずつ変換なのだわ」



「……んぅ……うぅえぇ」



 ミルは気持ち悪いのか、変換をしていると嘔吐してしまった。涙目になりながらも耐えている。



「ミル……がんばって。もっとやさしくするからね」

「また……練り込む……」



 それを数時間続けていると、ミルの魔力がだいぶ増えているのがわかる。それを繰り返すたびに破瓜する痛みを腹部に感じていて、血が出ているのをシルフィが気を使ってかくして処理をしている。

 それはまるで大掛かりの助産のようだ。



「んっむぅ……もういいのだわ」

「う、うん……出血とまってる……も、もうふえない」

「……んっ……はぁ……」



 ミルは大きく息を吐くと、そのまま寝てしまった。もう体力も限界だったようだ。よく頑張ったと撫でてそのまま寝かせる。

 さっきとは打って変わって幸せそうに寝息を立てている。その様子をみたら、成功したんだなとすぐにわかった。



「魔力スカウターをつかうのだわ」



――――

ミル

魔力値80,287

――――


「ケケケ。これは頑張ったのだわ」

「……うへへ……せせ、成功……ね」



 ものすごい増えている。これは彼女の才能ともいうべきだろうか?

 そう思っていると、魔法の手ほどきを受けてコツコツと自分なりに修練を積んでいたことが、役に立っているとシルフィーは言う。


 たしかにいつも元気なミルはあまり顔にはみせないけれど、誰も見ていない場所ではすごく頑張っているのをボクは知っている。

 演劇だってすごく練習している。


 それにこの施術だって彼女は失うものもあったはずだ。それでも一歩踏み出す勇気を持っている。

 彼女が変わろうとした強さに賞賛した。


 それにしても物凄い神経と体力が削られた。馬鹿みたいに高い魔力を持っていても、この程度でへとへとになるとはふがいない。


 魔力の制御を、シルフィにでも教わる必要があるのではないだろうか?

 ボクは成功した安堵感と共に、ミルの小さな手を握ったまま夢の中へ入って行った。







読んでいただき、ありがとうございます!

次回は久々のざまぁ回……かも。


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よろしくお願いします!

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