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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第三部 成長
51/202

魔王の因子

遅くなりました!



 気分転換によく行く、お気に入りの高台にアイリスはいるはずだと言う。二人でちゃんと話をしたいから一人で高い台にやってきた。


 高台は研究所の裏手の端から丸太でつくった階段から登ってこられる。住人の憩いの場にもなっているようで、丸太でつくってある長椅子がいくつもあった。


 いまはもう夕方。

 ここからは高山の脈々と続く山の連なりが一望できそうなほど壮観で、夕日がそれを照らしているおかげで、さらに圧巻の景色だ。それに溶け込んで、一枚の絵になりそうな一人の女性のシルエットが見える。



「……アイリス?」

「あ……アーシュ……」



 そう言うと、彼女はまた逃げ腰になっている。そして肩を震わせている。いろいろな誤解や、すれ違いで気持ちに溝が出来てしまっている。

 でも心はぜったいに二人とも同じだと確信している。それに契約不履行によるペナルティも発生していない。



「……お願いだ……話を、話をしてほしい……」

「アーシュ……わたし……そんな資格なんて……」

「ある!」

「……あ……」



 そういってボクは強引に彼女を抱き寄せた。そうしないとまた逃げてしまいそうだったから。彼女はボクの側にいてほしい。いていいんだってわからせたい。

 今すぐに多少強引でも手繰り寄せないと、またこぼれてしまいそうだ。



 しばらくボクたちはそのまま黙っていた。

 やがてアイリスの震えは止まったので、並んで肩を寄せ合って座る。

 手を繋いだまま。

 そしてぽつりぽつりと、今までの気持ちを確認し合う。



「……ごめん。アイリス」

「……アーシュのあの嘘のこと?」

「うん。ボクはあの時キミに、一瞬で心を魅了された……嫌われたくなくて、みっともない嘘をついたんだ……」



 ボクがついた嘘を正直に話す。



「それは……ケインに隙を与えてしまうほどびっくりしたわ……でも嘘をつかれたことじゃない。アーシュが勇者だってこと……」


「うん……」


「……それから解けたときにアーシュを切りつけたことが、わたしにとって大きな傷になった。それに――

「それに?」


 すごく言い難そうにしているアイリス。まだ何かボクの知らない事実があるのだろうか?



「……わたしも隠している事があったから」

「それは?」

「……『魔王の因子』って言うらしいの……」



 その名を知ったのはクリスティアーネのところへ来てからだそうだ。アイリスは感覚でそれを理解していた。父親を見ていたから。

 それは勇者と戦うように仕組まれた機工。世界の因子。


 ボクが勇者であることを知った。つまり彼女の中にある魔王の因子が、ボクと戦う運命を決定づけた。その衝撃が大きかった。

 誘惑スキルから覚めたあとも、それはすぐに理解できなかった。でもアシュインのことを想えば想うほど、それは正しいのだと理解させられたと言う。



「アーシュを切った事、将来戦う運命になった事。そして不履行でアーシュが苦しむかもしれない可能性。沢山のことで頭がぐちゃぐちゃになった……」


「ボクなんかの為に……」


「ううん。アーシュのことを考えるのが、わたしの生きる糧だったから……」


「……アイリス」


「……ある老人の伝手を頼ったら、王宮魔導師のお師匠が魔蔵というものを研究している情報を得たの。でも王宮魔導師が帝国側に亡命中で……」


「やっぱり女王と帝国の将軍の会合にいたのはそのためか……」


「……なんでそれを?」



 あの時に砦にいたことを説明する。

 ボクたちは女王と折衝すること、情報を得ることを目的としていたんだ。その時に会合を壊してでもアイリスを止められなかったことを後悔した。

 すでにシルフィとの契約もして一時的な回避方法があったのだから。そしてシルフィとの関係も一緒に説明した。




「……そう……あの時の浮浪児が……『白銀の精霊魔女』だったのね」

「……きにしないの?」

「ううん。気にしないわけじゃないけど、アーシュの気持ちがちゃんとわたしに向いているのは分かるから……それにその子もアーシュの事を守ってくれたんだって。同じぐらい愛しているのがわかる」

「うん……」

「ふふふ……ちょっと妬けるけど、仲間ができたみたいでうれしい……」



 そういうと、ボクの手をにぎにぎと握りなおしている。

 ボクがアイリスを見つめなおすと、アイリスもボクをみている。やはりその深紅の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

 夕日が幻想的に彼女を照らして、繊細な髪や透き通る肌がより美しく見せた。



「……ふふ……あの時みたいね」

「出会ったときもじっと見ていたね。今も心臓を握りつぶされそうだ」

「……なにそれ」

「初めて見たときに、それぐらいキミに魅せられたんだ」

「……っうれし」



 そしてまたお互いに寄り添って、沈黙したままだ。

 こうして会えなかった時間を、確かめ合うのはすごく愛おしい。



「……クリスティアーネはうまくやってくれたの?」

「契約の改変というのをしてくれた。魔臓をいじったから、魔力はほとんどなくなっちゃったわ……」

「魔王の因子は?」

「魔臓をいじった時に除去したって言っていたわ。魔王にはもうなれないけど、アーシュと戦いたくないからこれでいいと思った」

「そっか……ボクのためにそんなにリスクの高いことをしてくれたなんて……」



 それについては少し気になった。さっきクリスティアーネは何も言ってなかった。魔王の因子と呼ばれるものがどういうものかわからないけど、除去して捨てて終わりなのだろうか?

 あとで確認したほうがいいだろう。



「……じゃあ、もうずっといっしょにいてくれる?」

「……いいの?アーシュのことを斬りつけた。それに魔王の事も……」

「……それを言ったらボクだって、嘘をついただろ……それに理屈なんて関係なく、ボクはアイリスといたいんだ」

「アーシュ……アーシュ!」



 アイリスは今までの苦しみをさらけ出すように、子供のように泣いた。ボクも同じだ。ボクだってまだ成人したばかり、彼女は長く生きているとはいえまだ擦れてはいない。嬉しかったのだから、みっともなく泣いたっていいと思う。

 再開と、信頼、それから愛を確かめ合うように、ぼろぼろと泣きながら唇を重ねた。それはとてもしょっぱくて、とても幸せの味がした。




 日が落ちてきたので研究施設の建物へ戻る。

 中に入ると、クリスティアーネが夕食の準備をしていた。鼻歌が料理場から聞こえてくる。



「あ……しまった!」

「どうしたの? アイリス?」

「……彼女に料理をさせてはいけないのよ……」



 もしかして、クリスティアーネは料理下手なのだろうか?ボクとアイリスはそろりと、料理場をのぞいてみる。



「ぐひぃ。ぐひひひぃ。きょうは、ひとおおい~♪ うぇへへ……りり、りょうりぃたのしい」

「ヴゥオオオオオオオオオオオオオ……ダズゲデェ……」



 鍋から雄叫びが聞こえる……。

 使っている鍋も、いかにも魔女が使っていそうな禍々しい鍋だ。

 あれをボクたちは食べなければいけないのか?それにシルフィがいま衰弱しているのにあんなものを食べさせたら、止め刺されてしまうのでは……。


 アイリスと見つめ合い、うなずき合った。



「ク、クリスティアーネ? 手伝うわ!!」

「ボボ、ボクも手伝うよ!!」



「ぐひぃ? ああ、あら? ……もも、もういいのぉ? ……そそ、それともベッドじゃないと……も、盛り上がらない派?」

「な⁉ 何の話をしているんだよ」

「まま、まさかぁ……ちょちょちょ、調理場がいいのぉ? ……か、買い物してこようか? 一時間? 三十分? ……ぐへへ……そそ、それとも五分?」

「な、なに言ってるのよ‼」


 ダメだ、この人。



 料理はもう食べられたものじゃない、というよりはこの世のものではないものが出来上がっていたので、さすがに作り直した。

 アイリスも料理が上手ではないので、結局ボクがほとんど全部作ることになった。今までは村の人に、半強制的に恐怖をたてに提供させていたそうだ。


 その夜は四人で食卓を囲んだ。

 アイリスの気の強さと、シルフィが仲良くやっていけるか心配したけれど、何の問題もなくわかり合っていた。なぜかボクの話題でとても気が合うそうだ。


 こんなに和やかな食事は久しぶりだとおもう。アイリスがいてシルフィがいてくれるそれだけで、幸せな気分になれるなんてボクは単純だ。


 あと何か忘れている気が……。
































「ウボォオオ……ダズゲデェ……」






読んでいただき、ありがとうございます!


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