勇者の壁の使い方
遅くなりました!
気が付けばボクの周囲にはクレーターが出来上がっていた。
その中央でボクとシルフィが抱き合ってキスをしている。
ボクは不注意で『勇者の血』を発動させてしまったのだ。
発動中にも当然意識があるけれど、気持ちが落ち着いてくれないと制御不能だった。
このままでは里はおろか、山の地形が変わってしまっていたかもしれない。彼女がいてくれたおかげで、ボクは戻ることが出来た。
周囲のクレーターは10m四方程度だった。わずかな消滅で済んだのだ。
あの時、シルフィとクリスティアーネが何かしてくれていたのは見えていた。その所為で、魔力が大幅に減少したのもわかった。
クリスティアーネには一本多く薬を渡していたようで、彼女はそれで済ませていたが、シルフィの分は?
ないのか?
早く飲んで!
そう叫んだけれど声にならない。
そうだ。おそらく彼女の分がないのだ……そこで気が付いた。
ボクの魔力だ。これを与えることが出来れば、シルフィが助かる……。しかし勇者の血の有効範囲に触れれば、彼女が消滅してしまう。
ゆっくりこちらに歩いてくるシルフィー。
はやく……収束しろ!!
はやく!!
だめだ……これでは収束速度より彼女の魔力衰退の方が早い。彼女が死んでしまうっ!!
はやく!!!!!
ボクは無我夢中で、あるスキルを使った。
『ブレイブウォール!!』
本来であれば、光の壁をつかって敵の攻撃を防ぐただの防御スキルだ。でも『勇者の福音』や『勇者の血』に比べて、効果がしょぼすぎるんじゃないかとずっと思っていた。
それは本来の使い方を知らなかっただけだ。そう。これこそが本来の使い方だ。
作った『勇者の壁』を引き寄せるように、自分へと収束させていく。そう、勇者の血ごと。ごりごりと魔力が削られるけれど、今をしのいでシルフィにあげる分が残れば問題ない。
グオッゴゴゴオゴ!!
嫌な音が耳に届く。壁と血がせめぎ合っている。ボクはもっと冷静になれば、勇者の血が収束を促進してくれるだろうか。
ボクは願った。
シルフィを助けたい!冷静になれ!
冷静になるんだ!!
……冷静に。
……シルフィ
……ドクゥン!!!!!
「ぶはっ!!!!」
あまりの衝動に血を吐いてしまう。
収束させるということは、それを自分の身で受け止めるということだ。当然その衝動はすべて引き受ける必要があった。何とかボクの身体に受けきれたけれど、内臓に大きいダメージをうけたようだ。
けどまだ終わっていない。彼女に魔力を渡さなければ、全部無駄になる。
勇者の血が解けた瞬間、シルフィはボクのほうへ倒れ込む。すでに目は焦点があってなく、白目をむいて、だらしなく涎がたてれしまっている。
「シルフィ!!」
このままでは死んでしまう!いやだ!
ボクの不注意なのに、こんなになるまで尽くしてくれるなんて!!
絶対に死なせない!!!!
愛するシルフィを!!!
そこまでいって、ボクは気が付いた。アイリスの気持ちが消えたわけじゃないが、同じぐらいシルフィがボクの中で大きくなっていたことに。人間の感覚でいえば、なんとも浮気ぐせの多い間男だ。
これじゃあケインの事を悪く言えないじゃないか。
でもこの気持ちは絶対に本物だと自信を持って言える。
ボクはずっといてくれる彼女のことを愛している。すでに身体のつながりはあるし、心ごと抱いていたつもりだ。
でもここまで深く愛おしく感じたのは初めてだ。
その狂おしい程の愛をこめて、魔力を送り込むと同時に、キスをした。
どれくらいたっただろうか?かなり長い間、キスをしたまま魔力をおくっていた。
ボクも残りの魔力をほぼ渡してしまって枯渇状態だ。それでもシルフィの反応が薄い。すこし条件反射のように舌を絡めてくるけれど、それだけだ。
「……クリスティアーネ!診てくれないか!!……ぐっ」
そろそろボクの方が限界に近い。
「ぐひぃい!名前……うう、うれしいぃ……で、でもキミのほうが、しし、死にそうよぉ?」
「ボクは平気、早く!」
すごく面倒くさいけれど、いま状態がわかりそうな人物がこの人しかいない。
「……うう、うん!!!ア、アシュインちゃん!ぐひひ」
いまは突っ込む余裕がない。
それに突っ込むとまた話がそれそうだから、素直に受け入れよう。
「きゅ、急激な魔力増減でのの、脳震盪。……半日ぐらいで大丈夫」
「はぁ……よかったぁ……ありがとう……ぐぅ」
そう安心すると、急に力が抜けた。
「ぐへへ……おおお、お礼いわれちゃった!結婚するぅ?」
顔が近い!いまボクは血を吐きすぎて死にそうなんだから、そういう冗談はやめてほしい。
「……で、でも死んじゃいそう?……そそ、そしたら身体頂戴?」
「ははは……助けてくれると……」
「ぐひひひひぃ。……い、いいよぉ。……でも死んだら頂戴?」
「し、死んだらね」
「うへへっへ……。この筋肉繊維……たた、たまらないぃいいい!」
完全にこじれている。これは友達ができないのもうなづける。さすがにボクのほうがコミュニケーション能力が低いから、邪険にしたりする気はないけれど。
「じゃ、じゃあ……ううち、うちきて。ぐへへ」
そう言うと、彼女は魔法でボクとシルフィを持ち上げ、運んでくれる。たしか死霊を操る魔法が得意と書いてあった。もしや……。いや考えるはやめよう。
その不気味な笑いと、血走った目をやめてくれたら、可愛いんだから友達なんてすぐできると思うんだけれど、残念だ。
裏の出口はアイリスに破壊されてしまったけれど、それ以外の部屋は無事だ。二階の宿泊できる部屋に案内してくれる。住環境を気にするタイプなのか、部屋は簡素だけれどとても過ごしやすそうで清潔だ。
ベッドに寝かせると、シルフィは小さい寝息を立てている。小さい手がボクの手を離さないから、ずっと握ったままだ。
「ろろろ、ロリコン?……ロリコン?」
ギョロヌと覗き込むようにロリコンって迫らないでほしい。まるで悪いことをしているような感覚になる。
「何をもってロリコンというか知らない。けどボクはシルフィを愛しているんだし、かまわないだろ?」
「ぐひぃいいいい!……ななな、なんたる甘い蜜。うへへえ」
この人との会話は成立しないのでは。涎をたらして空虚を見つめている。なにが気に入ったのか、嬉しそうに妄想にふけってしまった。
「それよりアイリスのことを聞かせてくれないか?」
「……白銀の小ぶりな双丘をアシュインちゃんの舌がなぞってぇ……ぐぅえへ――
「ねぇ?教えて?」
クリスティアーネの肩にかるく手を乗せて訊ねる。
「はっ!!!……ごごご、ごめんなさいぃぃ!!いじめないでぇえ!!」
「いじめないよ?」
「……ほほほほほおほ、ほんと?」
「うん。だから教えて?」
やっと話が進みそうだ。妄想を途中でぶった切ってやればいいのか。
「でで、弟子のレイラちゃん、から、きき、きいて」
「アイリスはなんて?」
「あああ、悪魔の契約の除去、もも、求めた。け、けど条件言ったら、かか、改変にしたんだぁ」
「改変?除去じゃなくて?」
「うう、うん……すごく思い詰めてた」
「そうか……」
それはボクのせいだ。何をしても彼女を優先しきれなかった甘さだ。今思えば、折煮え切らないボクの優柔不断なところが招いた、運命なんじゃないかと思うようになった。
「じょ、除去だと、相手とのつながり……な、なくなる。魔臓とリンクしているから」
「忘れるってこと?」
「そ、そそ、そんな感じ」
「改変だとどういう状態になる?」
「ああ、相手の記憶は……のこる。でも魔力が減退……ぐひ」
彼女は言いづらそうに少し俯き、前髪の隙間からボクの顔色を窺っている。今は落ち着いているけれど、目は血走ったままだ。
「どれくらい?」
「ううう、うん……じゅ、十分の一ぐらい?」
魔力が減っても、記憶を奪われるよりははるかにマシだ。もしそうなっていたら、ボクは正気でいられなかったかもしれない。それに十分の一だからアミより少し強いぐらいだと思う。人間やドワーフに対してやられるほどではない。
「……それはもう増えない?アイリスはなんて?」
ややかぶり気味に、クリスティアーネに問い詰める。今は話を逸らされたくない。
「ぐひぃい!!い、じめないでぇ……おおおお、教えた。でもやるって。まま、魔臓をいじってるから、もう増えないかも……」
「ごめん!クリスティアーネに怒ってるんじゃないよ」
「……ほ、ほんとぉ?……うへへ」
そして今もまた逃げられてしまった。魔力的に弱っているというから心配だ。
「……いった先はわかる?」
「……た、たぶん、ちち、近くにいる……話せるか……き、聞いてみる」
「頼むよ……それからクリスティアーネはここで何していたの?」
「け、研究……うへへ……きょ、興味……ある?」
ないと言えばうそになるけれど、聞いたら面倒くさいことになりそう……。
「ま、また今度、時間があるときに教えてよ」
「ほ、ほんとぉ?……ぜぜぜ、ぜったいだよぉ?」
「う、うん、今度ね」
彼女は嬉しそうに部屋を出ていく。今晩は手作りの夕飯をご馳走してくれるそうだ。
騒がしい家主がいなくなると、部屋は静まり返った。
しばらくはシルフィと二人きりだ。ずっと手を握ったままにしている。
意識はないけれど、小さい手がきゅっと握っているのが愛おしくて離したくない。
「シルフィ……ごめん……」
「……あーしゅ?……あ……ち……生きてる?」
「シルフィ!大丈夫!生きてるよ!!」
彼女をぎゅっと、壊れないようにやさしく抱きしめる。うれしくて、たまらなくて、球のような涙が零れ落ちる。彼女の頬にぽたぽたと落ちてしまう。
「……あーしゅ」
「シルフィ……愛しているよ……」
「…………うれしい……」
ボクの中でアイリスと同じぐらい、彼女の存在が大きくなっていたことを確認したばかりだ。
シルフィが珍しく感傷的になって泣いているようだ。彼女の深い想いを、ボクは情けない事にやっと気が付いたのだ。
まだ体力が無いのか、少し力が無いけれどもう大丈夫のようだ。
「あーしゅ、だっこ」
「はいはい……余計甘えん坊になった?」
「いいのだわ。まだあまり動けないのだわ」
しばらくするとクリスティアーネが、ドアの隙間から、血走った目で睨んでいた。
「ろろろ、ロリコンン?……ロロ、ロリコンン?」
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