クズの死に様
あらすじ
アシュインがもっていた『勇者の血』というスキルがとても危険なものであることがわかった。
「……うすうす気づいていたよ……」
「問題ないのだわ! 『白銀の精霊魔女』の名において、『勇者の血』は絶対に使わせないのだわ!」
「……シルフィ」
今まで誰にも言えなかった悩みを、初めて受け入れてもらえた。勇者の血はずっと抱え込んでいたボクの心の闇だ。
それを彼女は優しく包み込んでくれる。
それに加えてアイリスがいなくなってから、情緒不安定になっていたから本当に救われた気分だ。
彼女の優しさに甘えて、ぐっすりと眠ることができた。
――そして夜。
今はシルフィを抱えて、王都の領を走っている。
「あばばばばあっばば!!」
「だ、大丈夫? シルフィ」
「あほー!! はやっ、はやすぎなのだわ!!」
シルフィの格闘能力ならば大丈夫だと思って、無遠慮に全力で走ってしまった。シルフィが変な顔になっていてすこし面白い。
しばらくそのまま走った。
――グランディオル王国、ラディア町。
ラディアの町に着いたが今はもう明け方の時間。
娼館のやっている時間はとっくに終わっている。この時間でやっているのは冒険者ギルドぐらいだ。
まずはここで情報を集めることにした。
街の冒険者ギルドは近隣のスタンピードや、依頼が日をまたぐ冒険者のために、交代でずっと開いている。夜にはごついおやじが、受付しているのが定番だ。
ギルド内に入ると隣接されている食堂で数名の冒険者が休憩しているのが見えた。不自然に思われないよう、飲み物を注文して席につく。
すると関連性のある雑談が耳に飛び込んできた。
「最近うちのかあちゃんが寝取られて……うぅうう」
「うちのは娼館で働いてやがった! くそ!」
「なんで女たちが娼館に集まっているんだ?」
「勇者が娼婦を買っているらしくてよ」
ケインだ。
奴が娼館にいて、場所がわかれば十分だ。
男たちの話だと、娼館の営業時間は夕方から明け方。今は店じまいをして客は帰路につく時間だという。
帰宅途中の客の中にケインがいれば良し。いなければ娼館の人間に情報をもらおう。
娼館の付近は帰宅途中の男女が数名歩いている。いわゆるお持ち帰りされた客だ。少しだけ会話を聞くことが出来た。
すると、どうやらまだ勇者があの娼館にいるらしい。今日は勇者主催のパーティーだったようだ。ボクたちはそのまま娼館へと乗り込んだ。
「お客さん⁉ 店じまいだよ!!」
「あっつ! こら!!」
乱暴にドアを蹴破って、中に入るとまだ裸の男女が数名のこっているようだった。最悪の場面だ。
その広い会場の奥にはケインと一人の女性がいた。女性は服を着たまま行為及んでいたようだが、あの服はアミがはじめ来ていたものと同じだ。つまり召喚者。
召喚者の少女がケインの餌食になっていた。もし一歩間違えていればアミがあそこにいたのだと思うと、すごく嫌な気持ちになった。
「おいケイン。また遊んでいるのか」
「て、てめぇアシュイン!! あんな女寄こしやがって!!」
「あんな女?」
「アイリスだよ!! あの女は命令を聞かないどころか、ボクが女を抱いているのに、横でエルランティーヌ人形のようにじーっと見ているんだ!! 不気味すぎて、ボクはしばらく不能になったんだ!!」
あのアイリスがやられるわけがないと思っていたけれど、案の定手出しはできなかったようだ。それも別の理由で。
「それに料理はできない!! お茶はくっそ不味い!!」
「はっはっはっ!! いい女だろ?」
さすがはアイリス。ボクが一瞬で一目ぼれするほどの女性。そんなところまで彼女は魅力的だ。
すでにコイツに一泡吹かせてやっているのがすごい。
「ああいうのをクソブスっていうんだよ!! ほぼ隷属状態のはずなのに、顔がボコボコになるほど殴られた!!」
こんな奴にアイリスを扱いきれるわけがないのだ。彼女の魅力は見た目の美しさよりあの神秘的な魔力の質に集約されている。
ほとんど魔力のないこの男は、彼女の本当の美しさに気づいていないのだ。
「……それで? ……アイリスはどこだ……」
「さぁな!! 誘惑が解けるころには、精神がぶっ壊れていたがなぁ!! くくくく……あっはっはっは!!」
「…………」
この太々しい態度にイラつかないわけではない。ただ今はアイリスの手がかりになる情報を得ることが最優先だ。
幸いこいつは女性と性交をすることにしか頭が働かないクズだ。ちょっと煽ってやれば簡単に情報を吐いてくれる。
「くくく……お前を斬りつけたのがよほど堪えたようだな! 恋仲だったんだろぉ? 自分の恋人に斬られるのはさぞ痛かっただろぉに?」
「…………」
「ブスで役に立たなかったが、あのエルランティーヌ人形みてぇな顔が、歪んでいくのだけは楽しめたぞ? あーっはっはっは!」
「…………」
誘惑が解けかけて、逆襲を受ける懸念から遠ざけたのだろう。解けなくとも逆襲を喰らっていたようだが。
しかし二重の意味でアイリスに絶望を与えてしまったことになる。こいつの事を言えないほど……ボクもクズだな。
「はっ!! もういいだろ⁉ 今お取込み中なんだよ‼」
「ケインさまぁ~、はぁやぁく~」
かなり可愛い子だったが、目がおかしい。まるであの時のアイリスのようだ。つまり誘惑だ。
この娼館の女性かと思ったが、明らかに年齢が低い。ボクと同じぐらいの年齢の子で、しかも髪の色がアミに近い。この店でも明らかに浮いていた。
「その女は? 随分可愛い子だな?」
「なんだぁ? アイリスは諦めたのか? まぁいい、教えてやる!」
ボクが自分の女に興味を持ったことがよほどうれしかったのか、自慢げに説明しだした。本当に単純な男だ。
「召喚勇者なんだとさ! こいつらチョロくてよぉ! それに上玉ぞろい! 食わねえ手はない! それにエルランティーヌ女王への嫌がらせにもなるだろ? くくくく……」
愉悦感に浸っているケインは、女を抱き寄せて顔を舌なめずりする。
この女性を助ける義理はない。しいて言えばアミと同郷という程度だ。しかし彼女はなぜか気になる。
すくなくともケインにやられていいような子ではない。
それにこの子はエルランティーヌ女王との謁見に役に立つ材料になるだろう。この子には悪いが利用させてもらうとしよう。
(うむ。あちは賛成なのだわ。 それからアイツ。あちに誘惑を使ってきているのだわ。 バカめ!)
(へ、平気なの?)
(三下スキルが効くわけがないのだわ。それにアイリスお嬢様のような軟な心はしていないのだわ)
(はっはっは……アイリスが弱いとは思わないけど、シルフィのほうがはるかに強そうだ)
となればあとはケインの処理だけだ。これからアイリスの手がかりを探しに行かなければならない。
これ以上の情報なさそうだからさっさと殺してしまおう。
「と言うことで、その女はボクが貰うよ」
「どういうこと――だ!?」
――次の瞬間、ケインの胸だった部分は肋骨ごと臓器まるごと抉れる。
そしてボクの手の上には奴の……心臓がどくどくと脈打っている。
「……う……ぁ……て……めぇ」
本体は血を噴き出すまで時間がかかるが、ぽたぽたと滴り始めている。逆にボクの手のひらの上にある心臓は、鼓動をするたびに血が溢れてあたりにびちゃびちゃと零れ落ちていった。
「ケイン……ここでさよならだ」
心臓を失った隙間から血があふれ出した本体は、後ろへ倒れていった。
「みなさん。勇者ケインは偽物です。わたくしは女王エルランティーヌ様の勅命をうけ、極秘裏に彼の殺害を命じられました。狡猾な人間だったため、このような形になったことをお詫びいたします」
「……は、はい」
娼館の人間はボクの演説めいた話を、ただ聞くことしかできないようだ。死体の処理だけをして、あとは娼館の人間に任せることにした。
召喚勇者の女は憔悴しきって唖然としている。奴が死んだことで誘惑スキルが解けたと同時に、目の前に死体があるのだ。それも猟奇的に殺した死体だ。がくがくと震えて、くちをぱくぱくとさせるが音にならない。
近くにあった毛布を拾い、彼女にそっとかける。
「大丈夫か?」
「……ぁ……あり……がと。あ……たし……うぅううう」
「もう大丈夫。キミは操られていただけだ。……すべてケインの所為」
彼女はしがみついて、泣き崩れる。操られていた恐怖、自分でない感覚、それから汚されてしまった絶望。
いつまでもこの光景を彼女に見せたくないので、抱えてこの場を後にした。
早朝にやっている宿屋はないので、ギルドの宿舎を借りる。昼過ぎになるとようやく彼女は目を覚ました。
「……ぁ……あたし……」
「お、起きたね。お茶を淹れるよ」
まだ顔色は悪い。それでも寝る前よりはマシなっていた。
彼女の服はあまりにも汚されていたから捨てて、動きやすい簡易の服に着替えさせてある。
「あ……制服」
「安心しろ。あちが着替えさせてやったのだわ」
えへんと手に腰をあてて、小さい胸をはるシルフィ。少し子供っぽく振舞っていると、気持ちが和んだのか頭を撫でている。
シルフィも気を使って大人しくしていた。
彼女は山下 奈々。召喚勇者の一人だ。
彼女はこの町の警護と復興の広告塔としてこの町に配属された。しかし他の勇者たちの目もあった中、隙をつかれて誘惑スキルを使われてしまった。
召喚勇者は皆、黒い髪やその色からやや栗色のような色をしている。ミルも黒髪だし全くいないわけではないが、黒髪が集団でいるのは少し場違い感がある。
逆にそれが勇者である目印になっていた。
彼女たちは国策で復興のための広告塔の役目をおって、王国内の各地に配属されたそうだ。
一種の救世主として活動することにより、衰退している王国に活性化を促す効果があるのだとか。
たしかそれは有効な手段だと思う。国民の活気、個々人の気持ちというのは国に大きな家力をもたらす。
以前は確かにそんなことより面子を気にしている様子だった。しかし彼女が召喚された直前に王位継承が行われ、エルランティーヌが取って代わったおかげだという。
王国は目に見えて衰退していた。しかし今は完全に食い止め、ゆっくりと復興の道をたどっているようだ。
さらに彼女は、復興を加速させるために他国との交易を盛んに行おうとしている。
交易を考えているのなら、話を持ち掛ける好機でもある。
ナナはそんな国の動向をよく観察している。いずれ帰るか、帰れないにしてもひどい目に合わないための処世術だそうだ。
「ちゃんと王城へ送り届けるよ。でも女王に取り次いでくれると嬉しい」
「ありがと……うん。それぐらいはさせてほしいな」
すこしはにかんだ顔は、可愛らしい。話すことで気持ちが落ち着いてきたようだ。
アミとも会いたがるだろうか?
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