あちもおまえがほしいのだわ
あらすじ
模擬戦をしたら、アシュインが固すぎて勝ったはずのシルフィの足が折れていた。そしてシルフィはアシュインが勇者である事に気がついた。
「んっ」
翌朝。両手を広げて抱っこを要求するシルフィ。
昨日の演習でシルフィは足を骨折してしまった。それを理由に初めて会った時のようにべったりと離れない。
あれからサリエルに来てもらって、本格的な治癒をかけてもらったおかげで一日安静にしていれば治るそうだ。
「誰の所為でこうなったのだわ?」
「いや……シルフィのせいじゃ……」
「あん?」
「……ボクが固すぎたせいです!」
「ケケケ。アーシュはお人好しなのだわ……まぁご褒美に良いところへ案内してやるのだわ――」
「――ほいっ」
シルフィがそう言って手を振ると、ぐるりと別の空間へ世界が反転する。
そして――
――突然図書室のような格式高い部屋へと変わった。
「え⁉ なにこれ?」
「魔女が持つ亜空間の書庫なのだわ」
あまりに風格ある部屋に驚いて、キョロキョロと見渡してしまう。
古い趣のある装飾品や、実験用の器具、それに棚にはびっしりと大きな本羊皮紙と分厚い表紙でできた魔術書や資料が並ぶ。
まるで研究室のような部屋だ。
「ここは亜空間だけど因果律の外にあるのだわ。魔女じゃないものが長時間いれば因果律から外れて元の世界へ戻れなくなるのだわ」
「え⁉ それってボクはダメなんじゃないの?」
「あちが一緒なら平気なのだわ」
「そ、そっか……」
久々に入れたことに、シルフィは嬉しそうにしている。あっちこっちへ移動するように指示されて、抱っこで一緒に見て回る。ボクは完全に従者だ。
小さい部屋なので、少し見回ればすぐに一周する。
「ケケケ……。また来られるとはおもってなかったのだわ」
窓側には大きな書斎机があり、その隣に低いテーブルと長椅子がある。そこへシルフィを座らせると、よこをぽんぽんと叩く。
ボクを対面ではなく横に座るように指示した。
「じゃあ勇者の話をきかせてもらうのだわ」
「……わかったよ……なんでもお見通しだね」
シルフィは掛けられていた封印を解呪するために、二度ほどボクの魔力を大量に奪った。だから既にその可能性を考えていたようだ。
シルフィに掛けられた封印は何百人もの魔力を要する堅牢な物だった。それを一人で簡単に補えてしまったのだ。疑わないほうがおかしい。
そしてあの魔力スカウターの数字、それから拳を交えてわかる武技。
どれを取ってみても勇者たるものだと言う。
「とくにその武技は、十五年程度しか生きていない小僧のそれではないのだわ」
「小僧って、シルフィからみればそうだけど」
「じゃあ魔王代理をやっている経緯をおしえるのだわ」
シルフィには隠しておけないだろう。
おそらく何かしらボクのスキルを覗く手段ももっているはずだ。そうでなくても老練で聡明だ。見ているだけである程度分かってしまう。
ヘタに隠して信用してないと思われるのも嫌だったから、正直に話すことにした。王国を追放されてからアイリスと契約するまで一部始終。もちろん嘘の事についても。
「誘惑スキルは解呪できるのだわ。ただ悪魔の契約に関しては専門外なのだわ」
「……そっか」
悪魔の契約を解除したいわけでもない。約束通り、勇者への復讐と魔王領復興も成し遂げる。ただボクを気に病んでアイリスが返ってきてくれないのが嫌なだけだ。
……自業自得だな。
「……ふむ。嘘なんて誰でも一つや二つくらいついているものなのだわ?」
シルフィはこうしてボクが自信を卑下した考えをすると、機敏に感じ取って慰めてくれる。本当に姉弟がいたらこんな感じなのかもしれない。
「何も起きないかもしれないが、アイリスはきっとボクの死を恐れてしまうだろう」
「アイリスも繊細なのだわ」
「……いっそ……いっそボクが魔王領を出ていけば……!!」
「あほ!! それこそ不履行が発動するのだわ!!」
……たしかにそうだ。
ボクは本当に冷静さを失っていた。
考えがどんどん暗い方へ向かっていってしまう。そんなボクでも呆れずに叱ってくれるシルフィに甘えてしまった。
――そして少しの間。
……何かを考えて混んでいたシルフィは、ぱっとボクを見上げる。
「ケケケ……アーシュ?一つお願い……があるのだわ」
「ん?」
シルフィは何か妙案が浮かんだのかもしれない。
でも何故か甘えた声でボクにすり寄ってくる。
そして太ももの上に乗り、よじよじと昇って来る。ボクの胸に手を置き、じっとこちらを見ている。
目線が同じ高さになり、顔がすごく近くなってすこし気恥ずかしい。
「……シ、シルフィ?」
「……あ、あちとも契約するのだわ」
じっと見つめて、少しその瞳が潤んでいる。
亜空間の書庫なのに窓から差し込む夕日の光が、部屋やシルフィを紅色に照らしていた。それがシルフィの美しいコントラストを作っていて、ボクは見惚れてしまう。
「それは精霊の、ということ?」
「そうなのだわ……」
シルフィは人間と精霊のハーフだ。
しかし彼女は人間より精霊要素を色濃くもっているのだという。その精霊としてのシルフィと契約することになるそうだ。
精霊の契約は、魔力供給、念話など利点が多い。
しかし本命は契約の重複。
悪魔の契約で生命に関する禁則履行されるとき、精霊の契約をしたものは精霊側が一時的に停止できると言う。
つまり万が一、悪魔の契約が発動してしまったときの保険だ。
「……なんでそこまで……?」
「え~とぉ……あちも魔力が欲しいから、一石二鳥なのだわ?」
……目が右斜め上を向いている。
「……まぁシルフィが良いなら……でも保険を付けるなんて余計に裏切っているようで気が引けるのだけど……」
「……うるさい!! うるさ~い!! うだうだうるさいのだわ!!」
ごまかすようにぽかぽかと胸板を叩くシルフィ。ひとしきり叩き終わると、胸に手を当てたまま、再びこちらをじっと見つめる。
「あ、あちも……お前がほしいのだわ……」
「な……」
それが本音だろう。
彼女は少し恥ずかしそうに上目遣いでこちらをじっと見ている。それだけで気持ちが伝わってきて、愛おしくなる。
その一言にアイリスを愛していることを知っている上で、少しでいいから目を向けてほしいという彼女の切実な想いが伝わって来た。
「ごちゃごちゃ考えないで、便利な保険と思っていいのだわ」
「……それは契約を? それともシルフィ?」
ごまかそうとしたから、仕返しにちょっと意地悪く返してみる。
「……ば~か」
ニカっと笑いながらそう言うシルフィにボクは……惹かれた。
「保険何て思わないよ。だから……」
お互いその先は分かっているから、何も言わずに契約に入る。そんな始まりがあっても良いだろう。
「……んっ、手を握って目を瞑るのだわ」
……お互い指を間に絡めて、手を合わせる。そしてそのまま目を瞑って待つ。
「……っん」
「……ん……んちゅ……」
唇が触れあって、深いキスをしていた。
絡め合う手の指からは、相手の魔力の動きを通じて心臓の音まで理解し合えた。バラバラだった動きが、やがて一つになる。
そして……
少しずつ、それは高鳴っていく。
脈々と流れる血液の慟哭。
それが最高潮に達すると――
……一つの生命体だ。
そう直感できる最高の感覚になった。
アイリスとの契約の時にも似た、幸せを感じた。
「……ん……んぁ……アーシュ……」
……その声を合図に、鼓動は静寂へと向かう。
荒波の海が、鏡のように凪いでいった。そして気持ち良い風が頬を撫でたような感覚。
目を開けると、その風の正体はシルフィの手だった。
優しい目で見つめ合ってそれが気恥ずかしい。
よく見るとボクらの周りを薄黄緑色の幕が包んでいる。
そしてそれは暖かい感覚と共に収束して消えていった。
「ん……これで契約……おわったのだわ」
「……う、うん。よろしく……あれ? あれえれ?」
なんだかふわふわとして力が入らない。
いや、これは……。
「あぁ……契約に魔力をごっそり使ったから、少し休むといいのだわ」
「はは……またか」
そういって、シルフィは膝を貸してくれた。
シルフィの小さい膝ではボクの頭は重いと思う。でもシルフィはそれをするのが好きだと言う。
ボクは親の顔もしらない孤児だ。つまり天涯孤独。
だからだろうか? 契約とは言えこうして繋がってみると、それがすごく愛おしくて愛おしくてたまらなくなる。
家族ができたようで、今までにない自信が湧いてくる。
彼女がいてくれるだけで、心強く感じるのだ。
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