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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第七部 勇者が世界を滅ぼす日
200/202

滅亡行進曲 その11

あらすじ

 状況は酷い有様だったけれど、何とか予定していた極大合成魔法の発動までこぎつけた。



――暗黒の世界。今、それが目の前にあった。



 二人の魔女が起こした事象はまさに『天変地異』。有り得ない突然の暗黒は見たものすべてを恐怖させた。



 魔法発動には、魔力値だけを見ればアミの方が有利だった。

 しかしその複雑な術式を成すには、まだ魔女歴の浅いアミでは到底理解できない代物。

 さらには相手であるクリスティアーネと同時に同じ速度で詠唱し、同じ速度で魔法陣各六個ずつ、計十二個を展開しなければならない。

 相手への理解も必須だったことを考慮すれば、この場で使用できるのはこの二人だけだった。



 二人が展開した魔法陣が女神の真下にあらかじめ設置した魔法陣と接続する。それが引き金となり、その魔法陣が女神の周囲の光から魔力を吸い上げて発動する仕組みになっている。


 魔法陣が発動すると、女神が発している光の球体の中心部だけが天に突き抜け、わずかな空洞となった。

 その突き抜けた天のはるか上空で光は爆ぜ、その瞬間に降臨時を上回るほどの自然を書き換えるような天変地異が起きたのだ。



「うあぁああああ、もうおしまいだ!」

「女神様を穢した女王の所為だ! うわぁあああ!」

「どうかお助け下さい! どうかお助け下さい! どうかお助け下さい!」



 観客にいる国民はおろか、騎士や貴族、それから魔女に至るまでがその場で恐れおののき、膝をついて天に懇願した。

 それはスカラディア教徒が初めに習う、祈りを捧げるための姿勢だ。



 青空だった空は真っ黒になり、浮かぶは月の光のみとなった。雲一つない真っ黒の空それはまるで深淵(アビス)

 さらには地響きが起き、地面を大きく揺らしている。


 そして極めつけは温度だ。

 太陽の光が届かなくなり、月の光のみとなったこの世界は急激に温度が下がった。今日は暖かい日だったから、防寒具など誰も用意していない。

 魔女たちが火を焚き、班をつくって暖を取っていた。


 まさにいま天体変動が起きるほどの天変地異が起きたことによる現象だと、誰もが疑う余地がなかった。



 女神の周囲のみ魔力渦もなくなりその美しくも繊細で神々しい肢体は、ふわりとゆっくり地面へと舞い降りた。



「アミ‼」

「はい! 組織的短距離転(ゲー……)――」



 アミが空間転移(ゲート)を使おうとしたその瞬間に、きぃんと弾かれ何者かの干渉があった。そしていつの間にかに正面にフレイヤが立っている。



「やらせぬぞ!」

「うそ⁉ まだほとんど回復していないよ!」

「しつこい! コトコはどうしたの!」



 先ほどミルと一緒に魔力渦に直に巻き込まれて、肉体がずたずたに引き裂かれていたにもかかわらず、すでにその傷が癒えていた。

 ナナはまだミルを優先していたので、コトコの肉体にはまだ生命維持分の治癒しか掛けていなかったはずだった。



「あいつ……今日は制御が優勢だったのに、あの瞬間にそこの鬼の娘を庇いやがった。 おかげでせっかくの依り代が致命傷を負ったのだ」

「……うそ‼ コトコは! コトコは⁉」



 アイリスがその様子に取り乱した。ミルはまだ動けないが、泣いている。その場の空気が一気に冷え込んだ。



「この肉体はもうだめだなぁ。 霊魂は……まだかろうじて生きてはいるが、肉体の活動が停止したら輪廻に戻る。くそ‼ しかし神剣はもうあるのだ……」

「そんな……コトコ!! いやぁ!!」

「……アイリス……」



 人が去る魔王城の中で数少ないアイリスの理解者だった彼女の死は、到底受け入れられる物ではなかった。

 召喚勇者でありキメラ、それでいて造物主の依り代と散々方々の身勝手に生命を弄ばれたコトコに、アイリスはある種、共感を覚えていた。

 同時に、それだけの格をもってすればこの場でも怪我はあれど死ぬことは考えていなかったのだ。

 アイリスは絶望し、膝をつく。



 すると近くにいたクリスティアーネはアイリスを魔法で持ち上げ、頬を叩いた。ぱぁんという乾いた音に、アイリスは完全停止して驚いている。



「こ、ここ戦場……な、泣いている暇……ない」

「……え……えぇ……ええ!」



 あのクリスティアーネがまさかそんなことをするとは思っていなかった。しかしそれは彼女もアシュインを救いたいという焦燥感の表れ。


 平手打ちで目が覚めた。

 幾度となく頷き、今すべきことを考える。



 ……コトコはまだ生きている!



 アシュインが元に戻れば、彼女を救う手段だってきっとまだあるはずだ。そもそもアシュインを救わなければ、コトコどころか、世界が滅びる可能性がある。

 その思考の流れを認識して、自分が冷静でいることを改めて確認した。




「……し、神剣で……ま、魔力壁を斬って進んで」

「……うぅうううう! やるわ! コトコ!! 待ってなさい! それにフレイヤ!! コトコの生命の時間稼ぎをしなさい! やれなきゃ造物主を滅ぼしてやる!」

「ばかな!! ……やるなら女神ごと斬れ!! アイリス!」



 再び邪魔をしようしているフレイヤに、今度はシルフィが飛び掛かり抑え込む。魔力的に彼女がフレイヤを静止させるのは難しいと思われた。

 しかしシルフィに関節技を掛けられたフレイヤはじたばたと藻掻き動けなくなっている。



「ぐっ⁉ 邪魔だ! 下っ端魔女め!」

「ケケケ! あちの精霊関節技スピリット・アーム・ロックは抜けられないのだわ! いくのだわ! アイリス! 天地創造はあと三十秒ちょっとしか持たないのだわ!」

「変異体を討て!! 生かすなんて許さぬ!!」



 フレイヤの目的はもはや明確だった。

 一億年という歴史の輪廻への叛逆。そのためにわざわざ他の造物主に気づかれないように力を祠へと分散させたぐらいだ。

 つまり奴は奴なりの神への叛逆を企てていたのだ。何千年とかけて。しかしその盤上の中心がアシュインであることは、到底許すことができなかった。


 アイリスもようやく理解できた。もう間違わない。

――だから、彼女は一歩踏み出す。



「行くわ!」



 その瞳にはもう諦めの感情は一切ない。女神のただ一点だけを見据えて走り出した。



――30s000ms。



 生死の狭間で垣間見た光明。

 走る最中、横目で見えた仲間たちの掛け声。アーシュという共通のつながりを得た仲間なのに、どこを間違えたのかバラバラになって弾けた。

 でも今こうして一つの目的に向かって、気持ちが一つになっている。

 その想いが伝われば伝わるほど、自分たちには、アシュインが必要なのだと思い彼女たちは思い知らされた。

 それがその想いが彼女を前へと押し出した。



――28s992ms。




 それにアミも続く。

 今やれることをするのだ。


 アミは自らを俯瞰して見られる能力を持っていた。上位魔女になったはいいが圧倒的な経験不足を必死で補おうとしている。

 そんな彼女が見出した役目は、アイリスの緊急脱出要因だ。

 彼女が死ねばクリスティアーネの計画は潰れ、アシュインを斬れるほどの神剣の使い手はいなくなる。必然的にそれは世界の死を意味する。

 仮にクリスティアーネの計画が失敗に終わっても、彼女さえ生きていればまた何か手があるはずだ。

 だから追う。

 走り際にクリスティアーネをみて頷く。

 大丈夫。役目は理解していると。



――25s832ms。


「やぁああ!!!!」



 中央に天地創造が展開されているため、女神は魔力渦と光はドーナツ状を形作っていた。アイリスはその上部から見た図を想像し、中心地に向かってではなく、円を削ぎ落すように中心からずらした方向へ、斬りつけた。


 神剣の軌道上に一本の線ができる。次の瞬間に女神の光と渦が分断されるかに思われた。しかし女神の膨張を無理やりアシュインが抑え込んでいた為、魔力濃度が上がっていた。



「まずいわ……神剣だけじゃ通路が確保できるほど削り取れない!」



――23s221ms。



 走りながらそのアイリスの悲痛に、アミが考え込む。

 彼女はずっとみんなの役に立ちたかった。今まで一生懸命に頑張って来たのはその一点に尽きる。

 実践の経験を積んだにもかかわらず、今回のような超規模の命の駆け引きとなるとまるで役に立っていないと、無力感をずっと抱えていた。

 だから必死に案を考える。せめて少しでも役に立ちたい。アーシュを助けたい……と。



――20s221ms。



「そうだ! 反魔核時間停止(ピリオド)で……!! アイリス、神剣の波動に時間停止を掛けるから、重ねて発動して!」

「……!! やってみる価値はありそうだわ! やるわ!」



 神剣に波動を流し込み、先ほどと同じように繰り出していたものを剣先に込める。そしてそれをアミが反魔核時間停止(ピリオド)で固定する。



「これを何回か繰り返したら一発で数倍の威力がでそう」



 アミの成長という観点を、まるで気にしていなかったアイリスは今更ながら目を丸くして驚いた。アミはもともと召喚勇者とは言え人間の範疇を出ない程度の力しか持ち合わせていなかったはずだ。

 アーシュによって強烈成長速度のバフがかかったといっても、これほどではないはずだ。そこには彼女自身の異常な集中力と想い、努力があわさっての事だとアイリスは痛感させられた。


――16s112ms。



「アミ……」

「ぶはっ! もう時間がない! 5回重ねに成功したから行って!」



 アミはもう魔力が枯渇状態にまで陥っていた。それほどまでに重ね掛けしたのだ。最それは後の脱出用の為の魔力ぎりぎりまで絞り出していた。これ以上は動けないから先に行けとアイリスの背中を押した。



「ありがとう! やるわ!」




 階段の途中まで駆け上がりぎりぎりまで近づく。本当に魔力渦の間近まで来て斬りつける。

 五倍の威力に最後の波動を追加して、振り下ろした。



「やぁああああああ!!」



 すぱんという子気味良い音が会場に響き、それが中央の一番高い壇上ごと切り裂いていた。その威力と滑らかさたるや、まるでアミが作ったケーキの断面の様だった。それにはさすがに斬りつけたアイリスも驚いている。



「な、なにこれ!? 五倍どころじゃないわ……けれど……開いた!」

「アイリス 今!」



――14s302ms。








 斬りつけた光と渦の断面から光に触れないように侵入したアイリス。間近に見える魔力渦と女神の光の断面がうごめいている様子にはさすがに恐怖せざるを得なかった。



……間に合わなかったら……死ぬわね……



 身震いし、さらに奥へ進む。ここからはもう下界の様子が見えず、空は相変わらず暗黒だけれど、それもとても狭くそれ以外は女神の光の白しかない。

 自分の着ている服や、イエローブロンドの髪が無ければ、まるで白黒の絵画の世界へと入り込んでしまったかのような感覚だった。



「はっ! ……はっ! ……はっ! ……はっ!」



 アイリスはもうさほど魔力も体力も残っていない。

 でも彼女以外にはこの役目ができる者は世界中を探しても誰もいないのだ。そう自分に奮い立たせ、走る。



――走る。



 恐怖からか、震えて鈍くなる足を叩く。

 彼女が着ていたアシュリーゼの衣装は太腿部分が空いており、叩けば手の後が赤くついた。


 焦燥感が増す。 本当に白と黒の世界は平衡感覚、方向感を失わせた。侵入した場所から中心地に目指す軌道が確かならそろそろ魔女二人が開けた内側の空間にたどり着くはずだ。



――10s734ms。



……いた! アーシュだ……!!



「アーシュ!!!!」



 中央でぼおっと立っている女の子がいた。女神アシュティだ。表情が一切なく、まるで彫刻の様に繊細で生物を感じさせない。

 どこかを見上げるような姿勢であるが、一点を見つめる瞳に何が映っているのかは伺い知れない。

 アイリスはまだ自分がアシュリーゼに変化したままだったことに気がつき、解いてから近づいて行く。



 呼びかけにも反応が無かった。



 近寄っても、こちらに興味を示さない。むしろ生きている感じがまるでしない。



――5s443ms。



「アーシュ……会いたかった……会いたかったわ……」



――4s231ms。



 そう言ってアイリスは女神アシュティをそっと優しく抱きしめる。



――3s136ms。



 すると突然周囲は真っ白になる。

 誰もいない、魔力も感知できない。見上げても先ほどの暗黒の空もなくなっていた。本当にただ真っ白の世界。

 そこに女神アシュティとアイリスのただ二人。



 かすかに魔力の反応が、女神アシュティの内側から感じられた。

 それに気がついたアイリスは、左手を女神の手に絡ませ、右手を女神アシュティの頬に這わせ……その深紅の瞳でじっと見つめる。

 アイリスにとって恋焦がれた人、その喜びが、幸せが彼女の表情を恍惚とさせた。



――2s691ms。



『契約、してくれる?』


 あの時の台詞。その言葉と共に、女神アシュティは絡めていた左手をきゅっと握り返した。



――0s196ms。





 ――二人は唇を重ね合わせる。





今ここに再び成立した――








『悪魔の契約』
















読んでいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  感想が言葉にならない。  それまでの混戦から、皆の思いがひとつになって、アイリスが突入し……  タイムカウントが効いてます。  息を詰めて読んで…… 間に合ったみたいです。緊張がやっと解…
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