滅亡行進曲 その9
あらすじ
シルフィたちが再び壇上のアシュインこと女神アシュティのもとへ向かう最中に、対面の階段付近には強引な空間転移で召喚勇者のコトコが現れた。
魔力が異常に漏れ出して、身体がとても熱い状態になっている。自分が正常ではないのは分かった。ただそのおかげか、視界がやっと戻ってくれた。
今までぼやけていた反動か、ものすごく奇麗に周囲が見て取れる。
でも問題は体の自由が全く効かない。魔力渦が身体を浮かせ、その周囲は異常なほど発光していた。
少し高い位置から見下ろすと、小さく見える人影が数名こちらに向かってきているのがわかった。
……シルフィたちだ。
……危ない!! 無茶だ!!
この状況下でも突っ込む度胸がない他の勢力。彼女たちが抜け駆けをすると思い込んでいるのか、集中砲火を浴びせている。
みんな協力しながら打ち落としているようだ。
さすがに強い彼女たちが人間の範疇である弓程度ではやられることはないだろう。しかし小さな擦り傷程度はいくらでもできる。
それをナナが治癒しながら走っていた。
ボクがいる中央壇上の右手の階段にシルフィたちが到着すると、反対側の階段付近に魔法陣が突然現れた。
そして爆ぜるような重低音と共に強引な空間転移が展開される。
……なんだ、あれは!?
「やはり……因果律には抗えなかったか……ちっ」
彼女をみれば、いぜん悪魔領主城であったコトコだわかった。しかもあの時とは様子が違うけれど、明らかに乗っ取られているのが見て取れた。
奴が呟いた声は、異様にこの騒動の最中の会場に通った。
「コトコ!!!!」
そして反対側からはアイリスの大きな声があがった。久しぶりに聞くことができた彼女の声は、ボクの心を揺さぶった。
彼女の声を聞くだけで心が甘く蕩けていくような感覚になる。それほどボクは彼女に惹かれていた。ずっと恋焦がれていた。
コトコのほうもアイリスの呼びかけに気がついたようで、両方が壇上の階段をゆっくりと登って来る。
それは緊張の静寂。観客からも息の飲む音と、どうなるのかと心配と未知の恐怖の声が聞こえて来た。
コトコとシルフィたちは同時に壇上を上りきる。
登りきったところでお互い止まると、コトコとアイリスはお互いボクの方には向かってこないで、中央前方で落ち合う。
その様子に彼女たちは不思議がっていた。どうやら想定外の行動らしい。
「アイリス。この剣を」
そう言って理由を言わずにアイリスに剣を渡す。話を聞いていたのか、アイリスは辛そうな顰め顔でそれを受け取る。
あの柄の装飾には見覚えがあった。
……聖剣だ。しかもあの闘気をみれば、祠を統べて回って来て神剣へと昇華させたものだと言うことがすぐにわかった。
フレイヤ・ウル・バルトという過去の造物主が書き記した本に載っていたことが本当だとすれば、あれは『勇者の血』をもつ変異体への対抗手段だ。
つまりボクを殺す役目をアイリスにさせようとでも言うのか⁉
やはりクリスティアーネが推察していた通りになった。
あの聖剣……いまや神剣となった真の主。
――それが変異体と同じ工程で作られた本物の魔王アイリスだ。
ずっと惹かれ合っていた。しかしボクが失踪した機会に、遠ざける行動をとっていた。ずっとそばにいたルシェはそれが不思議でたまらなかったという。
自ら暗示までかけて、気持ちを押えようとしていた。でも……。
『詳しくは今度……ね』
『今度…………え、ええ!』
そういってわずかだった触れあいでもアイリスが嬉しそうな声をしていたことを覚えている。あの顔を見たら諦めきれるわけがないじゃないか。
ずっとあの微笑みがちらついているのだ。
「アーシュ……ごめんなさい……」
「な⁉ やめるのだわ! アイリス!! アーシュを殺す気か!!」
「近づかないで!!」
「あぐ!! ……ミ、ミル……?」
アイリスに詰め寄ろうとしたシルフィの間に入ったのはミル。弾き飛ばされたシルフィは背中を打ち付けて倒れた。
彼女はあくまでアイリスの護衛で、アイリスを護る為にいるのだと行動で主張する。ミルはシルフィに殺気を向け、牽制していた。
「今度こそ……間違わないと信じたのに……なぜなのだわ!!」
そんなシルフィの悲痛の叫びにもアイリスはただ一点、こちらを見つめる。一切シルフィの方を見ることなく、すぅっと口を開く。
「これは恐怖……わかる? アーシュに愛してもらって、わたしも愛して……その度に憎悪と恐怖が沸き上がるの」
「……なにを!?」
彼女がずっと抱えていたものがやっとこぼれ出る。その彼女の表情には一切の悲痛はない。むしろあれば……
――諦め。
「夢を見るの……彼を殺す夢……ずっとずっと……」
彼女はずっとその憎悪を押さえつけて生きてきたんだ。気づいてあげられなかったボクの所為だ……。想えば想うほど……彼女を苦しめていたなんて……。
彼女の告白にズキリと胸が痛む。
すると今度はコトコがアイリスの傍らに立ち、言い放つ。
「あの変異体。……禁忌を犯しすぎたのだ」
「お前……誰のだわ?」
シルフィはコトコという召喚勇者も面識がないが、恐らくあれはコトコではない。ボクが初めて見た時と同じ雰囲気……つまり『造物主』だ。
「我はフレイヤ・ウル・バルト。造物主が一人」
シルフィの方を向いているにもかかわらず、殺気をこちらから外さない。その動きや反応の速さはヘルヘイムとは違った。
魔王城で発現していたのもヘルヘイムではなくフレイヤだったということか。
奴はボクの状態をとても忌々しそうにしている。
「――その上! 女神降臨なんて前代未聞だ!! ……変異体でも彼以外では魔力が足りなくて不可能だろう。しかし魔力が膨張しすぎて制御できていない!」
「アルバトロスが作った枷の所為なのだわ!」
「いいや……ある意味魔力枷をはめられたのは、世界にとって幸運だったようだ!」
奴が言う通りだったのかもしれない。降臨時には枯渇していたから良かったものの、今体感していずれこうなっていたことは理解せざるを得なかった。
「……くっ!!」
「いやぁ。この時代に普通の勇者がいないから焦ったよ……。召喚勇者なんて偽ものしかいないんだもの」
フレイヤはアイリスの肩に手をまわし、艶めかしく首から顎に手を這わせる。その様子にボクは嫉妬した。冷静にこの力を、魔力を抑えなければいけないのに、それを感情が揺らいで許してくれない。
……アイリス!!
「幸いアイリスは沢山愛された」
――アイリスの下腹あたりに手を這わせ、厭らしくなぞる。
「変異種の子種を沢山もらって聖剣の所持たる資格を得たのだ! くくく……ヘルヘイムとの賭けは我の勝ちだな!」
何か賭けをしていたのか、造物主という肉体を持たない存在の彼らが一体何を掛けるのか。
そんなものの為に振り回されたかと思うと、ボクの苛立ちがさらに高まった。
奴はまさに文献の著者であり、聖剣を創造した造物主。つまり変異体の勇者の血を消す側。ヘルヘイムが発動させたい側という構図。
しかしフレイヤは勝利目前で油断しすぎている。もうボクをアイリスに殺させて勝利を確定したと言わんばかりに饒舌だ。
造物主なんて大層な冠を付けているが、ただの愚かな人間と何ら変わりない。
「さぁアイリス! その役目を果たせ! 女神を討て!」
「指図は受けないわ! これはわたしの独占欲……因果に縛られて抜け出せないなら、いっそ壊してやる!!」
「な⁉ アイリス!! やめるのだわ!」
神剣を構え、ボクに斬りかかる。それほどまでに辛い思いをしてきたというのが剣に乗って伝わって来た。
「アーシュ!!!!」
――斬り上げる一閃。神剣に宿る力の残滓がごく細い線を描く。
その太刀で肉体的な外傷は何も起きなかったが、霊魂ごと命が切り裂かれた。あまりの痛みに顔を顰めたくなったが、まったく動かないままだ。
あの命を無理やり千切って渡す行為の時に味わった激痛と同じだ。このまま喰らい続ければ、恐らく……。
でも何故か不思議とそれが受け入れられた。アイリスの悲痛が一閃を通じて伝わってくるからだ。
……何もしてあげられなくてごめん……。
「もっとだ!! 細切れになるまで切裂け!!」
「させない! 反魔核時間停止!!」
――――――――――――――――――――
「え⁉ まさか時間停止?」
「なんだ? 時間停止だと⁉」
再び斬りかかったアイリスの剣は、正確にこちらを切裂く軌道だった。しかしいつの間にか逸らされて後方の壁が爆ぜていた。
「ぷはっ! アイリスの抵抗値が高すぎる!」
「ケケケ!! よくやったのだわ! 作戦変更! アミ! 時間稼ぐのだわ! ナナは後方で治癒を頼むのだわ!」
「「わかった!」」
するとシルフィは魔力渦に無理やり侵入してきた。降臨の時とは違い強い渦が肌を切裂き、指先や耳など弱い部分が捻じ切れる。後方かからナナは治癒を連射している。
「あぐぅううううう! アーシュ!! ……まっているのだわ!」
「治癒!! 治癒!!」
……やめろ!! シルフィ! やめてくれぇ!!
おびただしい血が魔力渦で飛び散りかき混ぜられた。それでも彼女は歩みを止めない。ゆっくりと一歩一歩近づいて……。
「このぉ!! もう一回よ!」
「反魔核時間停止!!」
――――――――――――――――――――
「ぷはっ!! ぐぅうう! きついよぉ!!!」
アミは幾度となくアイリスが繰り出すボクへの攻撃を逸らしている。一回使う度に大量の魔力を消費するようで、魔力回復薬をがぶ飲みしていた。
あんな無茶をすればすぐに反動が来る。
それにアミとフレイヤも抵抗に打って出た。 当然だが一番弱い治癒であるナナを狙い撃ちにする。
「お前……邪魔だ!」
「……」
急激に距離を詰めたフレイヤに対して、突然消えるナナ。隠匿で逃れたようだ。隠匿の主軸がアミになっているおかげで、フレイヤやアイリスにも発見できない。
「治癒!! 治癒!!」
「な⁉ なんだ、コイツらのスキルは⁉」
再び現れたナナは、シルフィの治癒を再開する。避けながら治癒をすると言うなんとも曲芸をやってのけた。治癒師としての専門ではない彼女だけれど、実践では隠匿と組み合わせたあれに勝るものは無いだろう。
俯瞰してみれば、皆がボクのために戦ってくれているというのに、ボクは相変わらず何もできてない。むしろ気張って何かをしようとすれば、勇者の血が加速してしまう。
むしろ心に水面の様な静寂さをもたらさなければならない。
……冷静に。
……そう、冷静に。
「渦が少し弱まった!! 今の内なのだわ!! アミ!」
「ぷはぁ! はい! 短距離空間転移 ……ぜはっ! ……ぜはっ!」
三人とも異常なほど魔力を使って無茶をしていた。それでも目的の魔法陣は設置で来たようだ。これが予定していた仕掛けのようだ。
アミのすぐそばに空間転移で退避したシルフィは、息が荒いまま再び空間転移を唱える。
そして来ることが憚られた彼女がついに来た。
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