滅亡行進曲 その5
エルランティーヌ側の事情です。
――グランディオル王国カスターヌ演劇場
状況を待てど、状況がどんどんと悪化していくだけだった。明らかに準備不足で敵地に乗り込んでしまったのだ。
こちらの思惑とは正反対に観客はどよめきが止まらない。『女王の強権』を持ってしても、恐怖感が高まるだけ。
これは求心力不足と言わざるを得ない。
……わたくしは……一体どうすれば……
「な、なんてこと……エルランティーヌ女王を信じていたのに……」
「暴君だ……悪魔の暴君が……っ!!」
「……世界は終わりだ……」
ひどい恐怖が伝わってくる。自分がまさか暴君だと言われることになろうとは。エルランティーヌは絶望感に包まれていた。
あぁ……アーシュ……助けて……‼
――王位継承の儀の後。
最悪の事態は免れた。それも一人の青年が全人類の恨みを引き受けることによって。
その衝撃たるや、彼女は心臓を握り潰されるほどに切なくて胸を押えるほどに息が切れた。
今までの彼の人生がそうさせたのか、どういう精神構造をすればそれで生きていられるのか。
去り際の彼。
……彼女はまるでそれが当たり前の様な顔をしていた。むしろ達成感に満ちていた。
その顔がちらつき、そして彼の行動に賛同しかねていた。
公演中にロゼルタの様子が豹変していたのは分かる。しかしいくらそれが原因とは言え目の前で血のつながった妹が殺されたのだ。
もとより仲の良い姉妹ではなかったし、別々の教育を受けていたので面識も薄かった。
でも顔を見れば「血がつながっている」という感覚を感じていたのだ。
目の前で首を斬られたロゼルタを見た彼女は、まるで自分の分身を目の前で殺害されたような……それどころか自分が首を斬られたのではないかという錯覚にまで陥ったのだ。
……いったいなぜ……?
そのことが頭を離れずに、彼女は各国の元首を集めた会議では色々と相手に言質を取られてしまう失態を犯してしまった。
女王陛下付の宮廷魔導師レイラが助言をしつつなんとか終わらせることができたが、はっきり言って散々の内容だ。
対魔王連合軍の結成、悪魔領の扱い、奴隷制度、技術供与などそれは多岐に及んだ。
そんな中、レイラはとても冷静だった。
エルランティーヌの不調を即座に感じ取って、会議を主導していたのだ。
それの連合の方針内容としてアシュインの意思を組むということを試みていたのは、エルにとって目を覚まさせるきっかけとなった。
「――これらの原因は魔王が潜り込んでいた人間によるところが大きいのです!」
「しかし……魔王だったら手下の悪魔たちも組みするやもしれぬ」
「それはありません! 奴は一年以上、単独行動をとっております。アイマ領の領主も騙されていたぐらいですから!」
アシュインの意思をくみ取るということ、すなわちアシュインを大罪人として、世界の敵としてすべての罪を擦り付ける必要があった。
周囲の貴族や各国の要人からは見えないテーブルの下で、手を強く握って震えているところを見たエルランティーヌは、やっと目に光が戻って来る。
「ありがとう、レイラ。さて……」
レイラを諫め、強引ではあるが物事を決めていく。魔王領はアイリス領と改め、人間と同等の自治区として認めさせた。
かわりに出しゃばって来たヴェントルのせいで、政務官や文官たち、それから混成連合軍から騎士を魔王領に配置させるということを承諾させられてしまう。
人の目は入るが、これでいわゆる悪魔族の人権は保障された。周知には時間がかかるが「悪魔族の人権」は再会したアシュインも言っていたことだ。
しかしかわりに、各国の奴隷制度を改めると言う話になった。あくまで奴隷制度にこだわる国は多い。
悪魔族を無条件で駆り出せなくなった穴埋めを欲しがった。
現在はどの国も奴隷制度は存在しているが、法制度はバラバラである。それを統一するために、現在ある奴隷制度はいったん無くなる。
そして多岐にわたる奴隷の種類も統一され、『奴隷』という地位を与えられる。
そこには人権を与えられるが、下働き、力仕事、給仕、それから性的な奉仕も一緒くたにされた。
一元管理するのなら、政務官としては処理しやすいという。
これにより奴隷を無賃金で働かせる国を是正できるし、無条件で悪魔を奴隷にすれば、その時点で犯罪となる。
この内容にエルランティーヌとレイラは納得した。これがもし成就すれば、この先も悪魔の奴隷化の余地が残らないはずだと確信したからだ。
そして魔王領という軍事的に優位にあるアイリスの了承、そして世界に食指を伸ばすスカラディア教会のミザリ教皇の後押しを得て、何もかもが順調に進むと思われた。
しかし……。
その後にずっとエルランティーヌ女王を支え続けて来た宮廷魔導師のレイラが病に臥せってしまったのだ。
もしかするとあの強引な堕胎が原因なのではないかと、王城付の医師は言う。
レイラだってまだ十八歳だ。こんなことで命を落とすような体力ではないはずといわれるが、彼女の無茶する姿を何度も見ていたエルランティーヌは分かってしまう。
もう彼女にはさほど時間が残されていないことを……。
「……ごめんね……エル……ミザリに……はっぱかけておいたから、協力して……くれるはず……よ」
「レイラ……」
「剛腕女王が……そんな顔しないの」
自室のベッドで休養を取っているレイラは弱弱しく、声を発するのも苦しそうだ。
彼女の人生はエルランティーヌが知る限り、幸せなんて一つもなかった。エルランティーヌ自身も彼女に重荷を背負わせたことが、負い目になって、悔しさで涙が零れる。
もしかすると、アーシュと冒険していた時が一番幸せだったのかもしれない。王都を出るときの彼女の彼を見る目は期待に満ち溢れていたし、そんな姿をみたエルランティーヌは羨ましくてたまらなかった。
そう思って、アーシュに相談できないかと思い立つが、彼はいま世界の敵としてレイラ以上の重荷を負っている。
彼に相談したら、それでも助けてくれるだろう……自らを傷つけながら。
エルランティーヌは頭を振って、そんな甘い考えはかなぐり捨てる。
何度かの会議の休憩中に、エルランティーヌがぽろりとそんな悩みをこぼすと、アイリスの秘書をしているルシファーが魔王領の幹部の一人「癒しのサリエル」という方を紹介した。
彼はやせ型の達観した寡黙な男。堅苦しいが情が熱かった。
「汝、アシュインの知人か?」
常に細くて、瞑っているようにしか見えない目がうっすらと開き、ギロリとこちらに見る。その圧は女王であっても寒心足らしめられた。
エルランティーヌはごくりと喉を鳴らし、何も答えることができなかった。
何かしら試しているのかもしれない。
それに剛腕女王と謳われた自分がこんな甘い気持ちでは、何も成すことなどできないと自らを鼓舞する。
「レイラは……アシュインをずっと子供のころから慕って、今も彼の為に戦っている子です」
彼の目を見て、そう断言した。
彼女はこの子の人生が無駄じゃないって証明したかった。この男がどれほど治せるかわからないけれど、レイラとアシュインの関係を卑下される覚えはないと。
「……あの男を……ならば全身全霊を捧ぐ」
そういってレイラのお腹に手をあて、癒しを使用した。しばらくしてやはり彼の見立てでは、医療の技術不足による中絶の影響だという。
彼女の中絶は後期のものだ。
何かしらの悪影響が出ることも予想されていたが、もはや技術的な現代医療では、彼女を救うことは不可能であった。
「……あの男に頼ること、赦さぬ……」
「何故ですか⁉」
サリエルは語る。
魔王領にいた時も、王国で幾度となく騒動を起こしたときも遠巻きに、そして俯瞰して彼を見ていた。
そして彼は身体を様々な階層で見ることができる医師ならではの能力を持っていた。
公でしかもはや会う事は叶わないが、それでも彼は見る度に『魂の傷』が増えているという。
それはもはや運命としか言えないが、それに気がついているのが近くにいた黒い女性だけだと言う。
エルランティーヌはその言葉に、クリスティアーネの事だとぴんときた。彼女であれば死霊の専門だから当然だろう。
それでも食い止めることができずにいることを勘案すれば、彼を慕う女性が助かったとしても、彼の魂の傷の事を知れば絶望する。
「本末転倒」
「……では……一体どうすれば……」
「……我、あの男の為に全身全霊をかける。即ち娘は安息。ならば主のするべきことを考えられよ」
まさに青天霹靂だった。レイラが大事にした、遠方から彼を支える生き方。レイラが倒れた今、それを肩代わりできる人間はエルランティーヌしかいなかった。
何が幸せなんて外からは計り知れないのに、勝手に不幸だと決めつけていたのではないかと。
「お願いいたします! 必ず救ってくださいまし!」
「承知いたしました陛下」
ここに来て自分流の話し方をやめ、恭順を示すサリエル。彼の要求はとてつもなく高かったが、エルランティーヌは何とか乗り越えることができたのだった。
エルランティーヌは経済に力を入れた。経済力があれば、結果的に国力も上がり安定性が増す。少し経つと現に王都周辺は活気に満ちた。
しかし現実は無情だ。レイラがやっていたことの半分すらできないことに気がつく。
侯爵へ命を出したところで、はぐらかされて聞きもしない。それどころかシルフィが除隊になり開いた穴に、いつの間にかに大領地の息子をあてがわれていた。
アルフィールドが暗躍して、意気消沈していた宰相を再び駒にしたのだ。
王城内はエルランティーヌ派閥が増えると思っていたが、思った以上に悪魔の奴隷化への期待が高かったようで、派閥が増えることはなかった。
それどころか新しい奴隷制度について先陣を切っているアルフィールドは、帝国とのつながりが切れていなかった。
……どうすれば……このままではアーシュが意図した魔王対人類という政治的均衡が崩れてしまう。
情報があまり無い中、突然ジオルドへの戦争宣言の承認書類が届く。
その突拍子もない話にエルランティーヌは驚いた。
なんとロゼルタ時代から船の研究に予算が使われていた。おそらくそれはレイラが体調を崩しはじめて、見逃してしまった失態だと思われる。
そして今まさに海洋戦をするから、戦争の承認だけしろというのだ。
「誰の命令ですか⁉」
「いえ陛下の命かと……かなり無茶でしたが……」
やはりレイラの抜けた穴は大きかった。命令がおかしな方向で捻じ曲げられていたようだ。それにそもそも彼女は、ジオルドに攻め込む理由すら知らなかったのだ。
まさにお飾りの「エルランティーヌ人形」と化していた。
そこで政務官に問い詰めると、魔王アシュリーゼがジオルドに与していると言うのだ。
……なんてことを……!!
すでに建造された新技術である駆動系の艦はニ十隻あまり。十五隻がすでにジオルドを目指して侵攻中だった。
もう後の祭りだ。
しばらくして。
彼女は絶望していた。自分がこれほどまでに何もできない無能であることを知らしめられたのだ。
執務室を見渡し、人払いをする。
「ベアトリーチェ」
「は!! やっと呼んでくださいましたね!」
どこからともなく現れた彼女。時には影武者、時には支援をする。しかし彼女が命令をしなければ何もしない。
何もしない事が仕事だ。
レイラへの罪悪感に飲まれていた彼女は、サリエルに悟らされてもまだ足りなかった。それは気持ちだけではどうにもならない経験不足によるものだ。
自分ではどうにもならないことを悟り、ようやく彼女を呼び出した。
「経済だけしか見ていないことをアルフィールドに見透かされていたのでしょう」
「教えてくれたっていいじゃない!」
「確証がなかったので……だから直属の隠密を雇いませんか?」
その助言に頷くとすでに揃えていたようで、数名の男女が部屋に呼ばれる。するとベアトリーチェ同様にどこからともなく現れた。
「くくく、おひさ!」
「ふんぬ!!!! 姫! 失礼だぞ!!」
「何なりとご命令を、陛下」
三者三葉の召喚勇者だ。自ら召喚したのだから忘れる訳もなかったが、たいした役に立つと思っていなかったので放置していたものだ。
しかし今は信用できる子飼いが必要だった。
「信用できるのですか?」
「彼らはお金さえ積めば、何でもしてくれますよ」
なんとも俗な理由だったけれど、初対面の人間にはこれ以上の信用はなかった。一般的に出回っている通貨でしかそれを示すことはできないのだから。
そしてさらに彼らは手土産に一つ情報を持ってきたと言う。先日おきた天変地異についてだ。確かに昼間なのに空が一瞬真っ暗になったことで異常が起きていたのは知っていた。
しかしそんな一般的な情報すら今は不足したいのだ。
「実は女神が降臨したとのことです」
「「は⁉」」
エルランティーヌとベアトリーチェはその情報をもっていなかったので、その荒唐無稽さに目を丸くして驚いた。
それがスカラディア教会本部で起きて、女神はジオルドへ行くと言うのだ。これに戦々恐々とした。
ジオルドはつい先日魔王がいることがわかったばかりだ。それがジオルドに与しているというのだから、軍事的均衡は大きく傾いたのだ。
そこへさらに女神がいけば、決定打だ。世界の多くはジオルド中心となる。
ただでさえ奴隷制度の承認にジオルドは拒み続けているのだ。そんな巨大な後ろ盾ができてしまえば、もう実現不可能だった。
「あまり言いたくないけれど……女神……本物じゃなければ排除したいですわ」
「くくく……命令」
「ふんぬ!! かしこまった!」
「御意!!」
「え⁉」
なんと何気なく吐いた一言が命令として承認されてしまった。彼らは早合点をして主の意図を読み違えるという失態を。彼女は無駄な一言を発するという失態を犯した。
これにより正式に女王派は女神暗殺が方針となってしまったのだ。
「ベアトリーチェ!! なんなの彼らは!!」
「す、すみません……召喚勇者の多くは他勢力に取られているのですよ……」
軽はずみとはいえ、それは女王の意向と大筋では違いないので、そのまま続行することになった。
政治均衡を崩す特異な存在……それはやはりどう取り繕おうと邪魔でしかないのだ。
さらに情報を集めると、女神降臨は世界中の注目を浴びていることがわかった。誰か仕掛け人がいるようだ。
しかしそのことより問題は、諜報力がまだ追いついていないため、女王派が完全に乗り遅れていると言うことだった。
世界の期待値は高まり、女神奪取を試みる勢力も少なくない。
さらには……。
「新教設立!?」
「それよりアルフィールド主催で演劇場を使って開教宣誓の儀とジオルドとの取引を公で執り行うそうです」
「……」
エルランティーヌは眩暈がした。何もかもがうまくいかない。その上情報も時間差があって遅い。
そして現状で新教設立ということは、ミザリはレイラの忠告を無視したことになる。
そこには明確な裏切りを感じた。
さらには女神がジオルドから他国の手に渡って現在は争奪戦になっていること。
そしてヴェスタル共和国を経て、現在はアルフィールドが所有しているというところまで突き止めた。
むしろヴェスタルの段階で情報が上がってこないことに、諜報の程度の低さを感じざるを得なかった。
やはり女神を暗殺しただけではこの流れは止められない。それに彼らだけでは足りない。
そう感じたエルランティーヌは新たな命令を下した。
「金に糸目をつけずに増員……。我々も女神奪取です!殺してはいけません!」
「「「御意!!」」」
捜索は難航し、アルフィールドに打診をしてもはぐらかされる。調査隊を派遣すれば領主城を捜索させるも不当たり。
そして苦労の末に、直前で奪取に成功したと報告が入る。
しかし一抹の不安が拭えない。アルフィールドはこちらの動きを読んでいるのか、捕らえたのに焦る様子がない。
――そして新教宣誓の儀の当日、グランディオル王国カスターヌ演劇場。
正式宣誓の儀に参加依頼が来たのは直前。
それは考える隙を与えないためだった。自分で行動しなかったら前日まで知ることが無かったと思うとぞっとする。
予定調和の様に、ただ書類を読むだけを指示されるも、ばかばかしくなり放り出す。
そしてエルランティーヌの思う通りに、女神を偽物と罵り新教設立が悪であることを演説した。
事前に準備できなかったにしてはよい演説ができたと思ったが、貴族や一般国民の反応が思った以上に悪い。
それどころか畏怖の対象になっているのだ。
完全に見誤っていた。想像以上に女神への期待が高かったことに。
狼狽える中、はっと気がつく。
アルフィールドの動向だ。女神がこちらの手に渡ったにもかかわらず、必死に奪還しようとして来ない。
それはつまり必要なくなったか、あるいは当日までの時間稼ぎ。後者であると考えるなら、アルフィールドの本命は取引であることがやっと見えた。
――その隠れ蓑が、エルランティーヌという暴君。
その考えに至った時には、すでにもう遅かった。
会場には『暴君から女神を救う英雄』という立場を演じようと他勢力が乗り出してきていたのだ。
そして会場の憎悪がすべて自分に向いていると思うと、足がすくんで動けなくなり声を発するのも苦しくなっていた。
エルランティーヌは絶望に膝をつき、天に仰いだ。
あぁ……アーシュ……助けて……‼
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