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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第七部 勇者が世界を滅ぼす日
193/202

滅亡行進曲 その4

あらすじ

 ジオルド側では女神アシュティの拉致に右往左往していた。普段からアシュインを慕っていたジオルドは一丸となって、捜索を始めた。



――ジオルド作戦本部会議室。



 シルフィはその滾る怒りをねじ伏せ、無理やり頭を冷やす。このままアルフィールドへ殴り込んだところで、返り討ちにあうことを知っていたからだ。

 大切な人の命がかかっているのだから、絶対に失敗はできないのだ。


 ヴェスタル中央であった事を報告すると、本部でも動きがあった。女神についてアルフィールドの方から接触してきたという。



「まさか女神をつかった取引!?」

「そのまさかだぜ。……やっこさん、むちゃしやがる!!」

「狙いは魔王アシュリーゼだよ!」

「ん? それって……」

「そう。初めから失敗する取引なんだよ……」



 つまりアシュインとアシュインを交換してくれという話であった。どう考えても不可能だ。さすがに現状では対処不可能だけれど、幸い取引に応じると言うことは彼が無事であることを示している。

 みんなはやられることはないと踏んでいるが、いまのアシュイン状態を知っていたシルフィは焦る気持ちをさとられないように必死で抑えた。


 アシュインはあの女神降臨の魔法でほぼ魔力が無い状態に陥っている。日常生活は送れるが、枷を付けられれば当然抵抗できなくなってしまう。そして原型の魔法陣の開発者であるシルフィは、それが今のアシュインでは無防備になってしまう事もわかっていた。


 例えば今の状態で、通常の剣で切り裂かれても死んでしまう可能性があるのだ。女神の降臨はあくまで概念の降臨。無敵になるわけでも何でもないのだから。


 さらにアシュインは変異体。致命傷を負えばおそらく『勇者の血(ブラッド)』が発動してしまう。それすなわち、近くにいる「ひ弱な人間ですら、世界が滅ぼせる状態」に他ならない。

 まさに世界の危機だ。

 その焦燥感を共有できるのがクリスティアーネだけ。そして彼女は身重なのだから、すべての重責は今やシルフィにかかっていると言っていい。



「――フィ!! シルフィ!」

「……え……?」

「しっかりして! どうしたのさ!」



 思考の迷路に迷い込んでいた。気がつけば作戦本部の多くがシルフィに注目して心配そうに見ている。彼らはいまアシュインを救うことに必死になってくれている。なのに自分がまた失敗してしまうところだった。



「あ……なんでもない! なんでもないのだわ! 取引に関しては休憩後話し合う!」

「そうだね……シルフィは帰って来たばかりだし休憩しよう。全員三十分ほど休憩だ」



 会議は休憩になったが、文官たちは息巻いてまだ忙しそうに働いている。さすがにもう何日も寝る時間がとれていないのだからしっかり休むようにと命令していた。

 その間にシルフィは急いで自室に戻る。



「ぐひ……な、なにかわかった?」

「まぁま!」



 いつもは戻る時間ではないのに、母親であるシルフィが戻ってきてくれたことにリーゼちゃんは歓喜していた。ただいまは構っている余裕はあまりない。

 それでも彼女の小さい体で、なんとか抱っこしながら報告する。



「うぇへ……アイリス……よ、呼ぼう……」

「は? どうする気なのだわ?」



 クリスティアーネの中では、報告を聞いて間もなく作戦の計算が完了していた。ぽやっとした普段の彼女の様子とは裏腹に、まるで戦時国の将軍のごとくすぐさま決断をする。


 魔力的にも近い彼女ならば、あの変化の魔法陣を少し改良するだけで魔王アシュリーゼになることが可能だった。つまり偽アシュリーゼを用意して取引のテーブルに乗ろうというのだ。



「そんな危険な賭けに、箱入りの彼女が乗って来るのだわ?」

「ぐぇへへ……あ、甘いよぉ? 白銀の(・・・)



 仲良くなってからはずっとシルフィと呼んでいた彼女があえて白銀(はくぎん)と呼ぶ。それはクリスティアーネも頼れるものが今はシルフィのみであるからだ。

 つまりそれは、|上位魔女の思考についてこい《・・・・・・・・・・・・・》という合図。


 苦汁を飲んで顔を顰めるシルフィ。しかし目まぐるしく変わる状況に後れを取っているのは事実だから、受け入れざるを得なかった。



 クリスティアーネは断言する。

 ルシェから聞いたアシュインを失ってからの彼女の行動、紆余曲折あったが総合的に勘案すれば、彼女はまだアシュインに……恋している。


 そして同時に魔王の因子に再び怯えている。

 幸いクリスティアーネは魔王の因子、魔臓について造物主のごとく理解していた。つまり彼女を引っ張り出すことは容易だと豪語したのだ。




 そして作戦を立てるにしてもまずは現況確認だ。


 恐らく女神を奪取したアルフィールドは、女神が実在することを国民知らしめ、そして公の場で女神と魔王を交換しようとしている。

 もし仮に取引が成立するのならば、アルフィールドの手によってジオルドを政治的に押さえつけることが可能だ。

 新教に関係なく飼えると踏んだアルフィールドは、女神とミザリの影響力を鑑みて設立を後押してくるだろう。


 一方女王側は、全体に対しては保守。そして奴隷制度だけ改変したいと考えている。

 するとアシュインがアシュティとしらない女王派は、暗殺を第一目標に捕らえている。もしくは新教を設立した上での女神への断罪。ようは体制の変化を嫌っている。



「つまり……女王はアシュインが作った構図の維持が目的なのだわ?」

「ぐひひぃ……さ、さすがは白銀」



 簡単な説明でしっかりついてきているシルフィにクリスティアーネはご満悦で次に話を進める。

 情報がない女王は、世界がいま新教設立をどう感じているかを把握してない可能性が高い。

 各国会合での意見しかないのか、一部の貴族の意見だけなのかもしれない。子飼いもいるのにその状態であるなら、子飼いは戦闘特化なのだろうとも読んだ。



「相当な潜在的な支持者が、すでにいるはずなのだわ」

「ぐひひ……そ、そう」




 そして我らがジオルドは現在孤立中で求心力は全くない状態。ミザリがこちらに来てくれるのなら、むしろ彼女におんぶに抱っこだ。

 そんな弱小国が本部となれば新教の足を引っ張ってしまい、各国に点在する信者はもぐり(・・・)とならざるを得ない。


 となればジオルド全体の方策は、アルフィールドに乗ること一択。そしてすべては預けない。あくまでアシュインが帰るまで。



 ただこれには、アシュインの考えが入って無い。そこを見誤るとすべてがひっくり返ってしまう可能性があった。


 政治的に重視するのはジオルドの安泰ではるのだけれど、グランディオル王国は大きく傾く。

 下手をすれば謀叛が起きてしまうだろう。



「それで起きる謀叛を期待するのだわ?」

「ぅえへ……は、はずれぇ……」



 それはとても消極的で受け身の考えだ。それではアシュインがどこか別の国に掻っ攫われてしまう可能性が高い。

 それにアシュイン自身もその状態で帰ってきても納得してくれない。彼はエルランティーヌを含め、彼女付の王宮魔導師レイラを慕っている。彼の中では過去の恋人だけれど、目の前で命の危機に瀕していれば助けないはずがない。

 また自己犠牲を顧みず飛び出して行ってしまうはずだ。



「うぐ……おまえアーシュのこと理解しすぎなのだわ……」

「うぇへへぇ……そ、そぉ?」



 つまりアーシュを救いつつ、新教設立をめざし、尚且つ女王とレイラの安全を担保する作戦が必要になって来る。



「それはわかったのだわ。でも具体的にどうしたら……」

「ぐひひぃ……せ、世界が女神を……て、手出しできないと思わせる」



 そう言ったクリスティアーネは羊皮紙に書いた計画書、もとい脚本を出して、にたりと口角をあげて血走った目を歪ませる。



「魔王に女神を降臨させる演出!?」

「ぐひひ……ど、どう……かな?」

「女神からアーシュに戻るのを狙うわけではなくアイリスを……」

「う、うん……た、たぶん枷に魔力を……す、吸われて戻れなくなっているぅ……」

「な⁉」



 女神降臨計画に拉致されることを想定していなかった。それもジオルド内で起きたのだから完全な誤算だった。

 政治的なアーシュの希望と、アーシュを救うと言う目的を一気にやるのだから、念入りな根回し、準備、そして覚悟が必要だとクリスティアーネは言う。



「ぐへへ……白銀の……ア、アイリスに打診……よ、よろしくぅ」

「わかった! 助かったのだわ……死霊(・・)の!」



 そういってシルフィは転移していった。普段は使わない短距離転移を使っているのだから、その焦りをクリスティアーネは理解していた。

 だから自分にできることをしよう。そう言って通信魔道具を握った。






 それからまた動きがあった。

 伝えられた報告では、女神はアルフィールドに到着後、行方が追えなくなったという。

 そして数日後。王都への移動中に再び別勢力に拉致されたと言う。


 動きがないよりはあった方が、ジオルドの諜報員も情報を手に入れやすい。

 しかし女神をめぐる動きが目まぐるしすぎて、すぐに情報の更新が必要になってしまう。

 新教宣誓の儀まではその繰り返しで、ジオルドの会議室が休まるときはひと時もなかった。







――そしてアシュティ教宣誓の儀の当日。



 ジオルドは私服に扮した精鋭騎士数名、諜報員の集中配置、そして通信用魔道具の配給と、カルド海及びジオルド島周辺の防衛線の構えが整った。


 簡易発動型空間転移(ゲート)の開発も行い、クリスティアーネが作り上げた脚本(シナリオ)に即した仕様に変更された。

 さらに特攻隊長であるシルフィには城で待機するクリスティアーネから空間転移(ゲート)を介して魔力を送る魔道具も開発。白兵戦が起きた時の想定もしてある。



 そして協力をお願いしたアイリス、ミル、悪魔領の騎士団も来てもらっている。

 魔王領主城には王国の騎士団や貴族が交易と言い入り込んでいるので、変装した代役を立てて秘密裏の作戦となった。

 コトコに関してはクリスティアーネの指示でアイリスとは隔離した。



「ぐひ……あ、あの娘……た、たぶん最大の敵になる」

「なんでなのだわ?」

「……しょ、召喚勇者で……ま、魔王のキメラ……そ、それと造物主の依り代」

「う……わかったのだわ」




 それからアシュインに助言をもらってから、一気に成長を遂げたジオルド軍の魔導師ミネルバに先遣隊を任せる。

 彼女には先にグランディオル王国カスターヌ演劇場のある町の安賃貸物件を借りてもらい、転送拠点をつくった。

 王都にも魔法陣があるけれど、それでは咄嗟に対処できないのでこの方法をとった。

 そしてさらに特攻隊長であるシルフィが会場に魔法陣を展開すれば、いきなり現地に騎士団を設置できるという手筈だ。







――そして作戦開始時刻十分前。

 先遣隊ミネルバから、通信魔道具で緊急報告が入った。



「カスターヌ町の拠点が全部王国軍にバレた! 転送先を王都へ切り替えてください! 我々は会場近くに散会して待機します!」

「なんだと⁉ 不味いぞ! 開始まで間に会わなねぇ! どうするオチビちゃん!」


「あほ! オチビじゃないのだわ! 冷静になれ! 早いがあちが特攻し魔法陣を展開する! いくぞ、皆の者! 作戦開始なのだわ!」

「「「「おぉおおおおおおおおおおぉおお!!!!」」」」



 海の男たちの集まりである彼らのその男くさい勝鬨に呼応するように彼女たちも精一杯声を上げた。





――グランディオル王国、カスターヌ演劇場。



 王都へ転移し、そこから走り抜けて来たシルフィ。すこしは後れを巻き返せたが、中へ侵入すると既に儀は始まっていた。


 頃合いを見計らってアイリス部隊を召喚するべきだが、どうやら雲行きがおかしい。彼女は席にはつかずに前列の柵へ隠れる。

 そして見つけた――





 ……アーシュ!! うそだ……!! いや……なのだわ!!






――恋焦がれた人物が血みどろで磔にされている姿を。





(は、白銀の! ……れ、冷静に……じょ、状況確認……し、視界共有……よ、よろ)



 魔力消費は激しいが通信魔道具はつなぎっぱなし。

 おかげでシルフィが苦悶している様子を敏感に察知で来たクリスティアーネは、即座に諫め、指示する。


 その声ですぐに我に返ったシルフィ。彼のあまり凄惨な姿に、叫びそうになるのを必死でこらえ唇を噛む。

 血の味がにじむが状況確認が先だと、寸でのところで持ちこたえた。


(そ、そう……お、落ち着いて……し、視界来た……ぐぃひいいい!)



 視界共有は消費も激しく見えるのも鮮明ではないが、同じ磔にされている姿が彼女も明確に見えた。そして今度は彼女が声を荒げる。



(あほ! 落ち着くのだわ!)



 舞台中央では女王陛下を中心とした関係国の貴族たち、それからミザリ教皇が、この催しを進行していた。

 ただこういう場ではあまりない言い争いが度々起きている。


 政治の世界で公の場といえば、すでに文官たちがまとめた資料を淡々と読み上げ、既に決定事項を発表するにとどまるはずだ。

 しかしこの催しではすべてが行き当たりばったり。


 構図的にはやはりアルフィールドと教会の主催に、女王側が乗り込んだ形といえる。

 それに女神の磔のおぞましい様子に、まだ観客がどよめきがおさまっていないことを考えれば、女神の登場はつい先ほどの事の様だ。



「な、なんてこと……エルランティーヌ女王を信じていたのに……」

「暴君だ……悪魔の暴君が……っ!!」

「……世界は終わりだ……」



 観客側は集められて、まさかこんなひどいものを見せられるとは思っていなかったはずだ。それにここはロゼルタが殺害された場所。

 再びその恐怖がよみがえったのかもしれない。





 少し話が進んでは言い争いを繰り返す中、突然会場に重い爆発音が響く。そこから一個小隊ほどの騎士と魔女部隊がなだれ込んできた。



(大混乱なのだわ! いつ行くべき!?)

(まだ……まだ……)



 そうしているうちに会場を警備していた中央騎士団も編隊をして乱入してきた。シルフィが以前いたころより統率がとれていることに少し苛立つ。



(ちっ! これ以上数が増えれば厄介なのだわ!)

(れ、冷静に……混戦に単騎で紛れ込んで……め、女神まで一気にいく)



 そしてさらにヴェントル帝国皇帝の子飼いの召喚勇者まで乱入してきた。その中には魔王のキメラ二体もいる。

 さすがにその様子には寒心足らしめられた。このあたりが限界だろうと踏んだクリスティアーネは動く。



(ぐひぃ!! 白銀の!! ……い、いく!)

(たのむのだわ!)

(ら、簡易空間転移(ライト・ゲート)……五連オーダーファイブ!! で!! す、空間魔素回路接合スペル・バインド!!)


 シルフィの身体の周囲は五つの光と共に、魔素回路の木数学幾何学な紋様が両手足、そして額に接合された。

 これは特攻部隊であるシルフィが魔力不足を補うために開発した固有の魔法である。これにより常にクリスティアーネの膨大な魔力をシルフィが使うことができるようになった。

 そして近場にシルフィが設置した魔法陣により、まずはゴルドバ率いるジオルド軍の精鋭騎士部隊が場に乱入した。



「おう!! やるぜオチビちゃん! 後衛はミネルバと合流! 他はチビの援護だ!!」

「「「オォオオオ!」」」


「ケケケ! い~く~の~だ~わ!!」







読んでいただきありがとうございます。

広告下の★★★★★のご評価をいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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