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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第七部 勇者が世界を滅ぼす日
184/202

アーノルド・アルフィールド

あらすじ

 アルフィールド領に引き渡されたアシュインこと女神アシュティ。最新の隷属枷を付けられて逃げることができずにいた。



 女神ではなくアシュティ本人に執心していたのはアーノルドだった。

 はじめはツンケンしていたはずだったのに、ちらちらとこちらを気にかける。甲斐甲斐しく世話される猫にでもなった気分だ。

 話をすることは慣れたし、喉に潤いが戻ったおかげで、がらがら声も治った。だが毒を受けた時の影響か、視界がぼやけたままだった。

 これに関して、もしかすると治らないのかと思うようになってきた。


 もう最近では視界に頼ってもあまり情報が入ってこないので、魔力と気配で察知するようにしている。周辺に魔力の流動があればすぐにわかるし、こちらの方が対応できる。


 あと問題はアシュティの女性としての筋力が足りていない。あれだけ苦労して努力して鍛え上げた筋力を使えないことが一番堪えた……。

 おかげでよく転ぶ。



「……あぅ」

「ふん……淑女がみっともない。 女神が降臨したといっても、やはりジオルド出身のせいか……」



 よく一緒にいるアーノルドは、ことあるごとに嫌味を言う。だと言うのに転べば、いの一番に手を差し伸べるのだ。

 この男なりの好意の寄せ方なのだろう。



「またアーノルドさまは容赦がない……」

「女神様が可愛そう……」



 そういう素直ではない性格であるがゆえに、周囲の人間には冷酷な印象を与えている。かなり浮いて近寄りがたい存在であることは分かる。

 勘違いされやすいと言う意味では親近感が湧いた。



「ありがとうございます」



 そんな彼の真意がわかるので、一応丁寧にお礼を言うと視線を背け、眼鏡をくくいと上げている。下がってもいないのに。



「おぉお……冷酷アーノルド様に、あの笑顔……女神だ」

「かわいぃい……持って帰りたい」



 対して、彼のおかげかボクの女神としての周囲の好感度がどんどんと上がっていく。

 アーノルドでも周囲の貴族でもいいから、情にほだされて逃がしてくれないかという淡い期待、いや打算があった。




 そんな中、王国内でも動きがあった。

 女神の降臨と所在について、エルランティーヌ女王の耳に入ったようだ。面会を求めているという。これにアルバトロスは激高していた。



「あのメスガキめ! いつもいつも上から杭を打つように邪魔しおって! やはりロゼルタ姫という人形を殺されたのが痛い……」

「父上……アシュティが怯えていますよ……」



 別に怯えていないが。

 ちょっと嫌な顔をしただけなのに、アーノルドがいちいち気遣ってくれるのはちょっと気持ち悪い。まるで触ったら壊れそうなガラス細工のような扱いだ。



「すまん……あの小娘には勇者勢が邪魔で手が出せないのだ」

「むろん存じております。落ち着いてください父上。後ろ盾が多すぎて手を出せばどうなるかわかったものでもありませんよ。それより……女神様を……アシュティを取られたくありません!」

「この娘に懸想でもしたか? ……まぁよい、小娘の狙いは何だ?」



 エルランティーヌの狙いも女神の奪取なのは確かだ。しかしその先に見据える未来に何があるだろうか。

 彼女も奴隷制度は押し通したいのか。



 ……いや、ここは分かれ道。



 見誤れば、悲惨な未来が見える。エルの性格を考えれば、奴隷制度という共通の目的を持ちつつ、それを成就させない立ち回りで飼殺す。



 ……これが最適な解‼



 あくまで魔王アシュリーゼを重石にしてその状態を維持する。そして世界の恨みが霧散する時間稼ぎが彼女の最終的な目的。

 それに対してアシュティ教の設立というのは厄介な問題と言える。アシュティという象徴的な存在はいらないのだ。あってはならない。

 強くなりすぎて、ジオルドに寝返る国が増えれば。この彼女の描いた絵が崩れるのだ。



「だったら兄上が、愛が故の逃避行をしたらいい」

「なんだと?」

「……おそらく強硬手段を使っても奪われるよ」

「王国で新教を作らせる気か? どうするのだ」

「愛と情に訴えれば、陛下も考えを変えられるのでは? それを父上が咎め、急ぎでボクを騎士団長に据えれば権力構図は変わらない」



 アルフィールドにはエルの人柄という情報が足りていない。だから相変わらず欲に塗れた剛腕を振るうと思っているようだ。

 でもボクを彼女から遠ざけると言う意味では、間違いではない判断だ。だったらアーノルドに少し媚びて、後押しさせるのが良いだろう。

 アーノルドに近づき、その袖をつかみ見上げた。

 すると恥ずかしそうに視線をそらし、また眼鏡を上げた。下がっていないのに。



「懐いているようだな……魔王領境にある別荘を使え。アシュリーゼの交渉に使えればそれでよいから……それまで好きにしろ」



 エルに直接会うことができれば、また違った対応ができたのだろう。おそらく召喚勇者をつかって女神アシュティの暗殺が目的だ。

 今の状態でキメラなんてきたら、一溜りもない。だったら不本意だけれどこの連中の策に乗り逃げる選択肢しか残されていないのだ。




 準備はつつがなく行われ、さっそく馬車に乗せられた。隷属の主の契約も父親からアーノルドへと引き継がれる。

 移動するのは護衛騎士、魔女と執事、アーノルドとボクだ。

 使用人は現地や中継地点の街にいるので連れて行かない。馬車も偽装されて貴族の馬車と同じ揺れの少ない作りになっている、平民商家がつかう馬車の見た目のもの。

 魔女も紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)は使わない。彼女たちがボクをみて惜しそうにしていたことがばれていたからだ。

 あわよくば私情に走り、横取りされることを警戒した。

 護衛もアルフィールド紋章のはいった鎧ではなく、上級冒険者が使う鎧にするという徹底ぶりだ。



 ボクの光っている髪もフードで隠し、アーノルドも商家の衣装に身を包んでいる。アーノルドは中央騎士団の騎士団長だ。

 父親の伝手を使って騎士団長の降格ですむだろうが、おもったよりその地位に固執しなかったのは驚いた。



「ごめんなさい……騎士団長だったのに……」

「私がそれを選んだのだ。後悔はしてないさ。むしろ清々しい気分だ」



 そう言って微笑んだ。こいつが笑うなんて初めて見たので素直に驚いた。いつも小難しい顔をして、眼鏡をくくいと上げている印象しかなかったからだ。

 この男の素顔を知れば知るほど、申し訳ない気持ちが湧いてくる。








――アルフィールド領、西側別荘



 約一日の移動で別荘に到着した。

 交渉日にはさほど余裕がないが、エルの干渉を防げればそれでよいらしい。こちらも暗殺者から守ってもらえればそれでよいのだ。


 隠密行動で、行き交う技術者や隊商に紛れ込みながらの移動だ。よほどのことが無ければ発見されないのだろう。

 護衛の魔女や騎士には口止め料として多くを支払われた。



 ここはあまり使われていない別荘だったが、常に使用人が滞在しており清潔に保たれている。魔王領に近い場所にあるが、山や森でおおよそ越えるのが難しいので、悪魔に攻め込まれたことはないのだそうだ。


 しかしそれは悪魔が温厚な性質なだけだと思う。彼らであれば時間をかければ、この山も越えて攻めてくることは可能だ。



「しばらくはここで我慢してくれ」

「いいえ、庭園が奇麗で良いところですね」



 ここに滞在している間は、彼のご機嫌取りもしなくてはならない。へそを曲げられて放り出されたらとてもじゃないけれど、生還が難しくなる。

 ただこの男は気難しい所為か、女性への免疫がなさそうだ。すこし微笑んだだけで、照れて満足する。

 こちらは楽でいいのだが、そのために地位を捨てるなんてよほど傾倒しているのかもしれない。

 隷属されている以上、油断しすぎないほうが良い。



 庭園で暖かい日差しの中、お茶を淹れてくれる。まるで貴族の優雅な生活だ。たしかにアーノルドはそうかもしれないが。

 ボクとアーノルドがお茶を飲んで、庭園を眺めている様子を使用人たちが嬉しそうに見ている。


 そんな和やかな中、屋敷の方から喧騒が聞こえて来た。慌てて執事が報告へやって来る。



「失礼します。ご報告がございます。ヒビキという名の勇者が周辺を嗅ぎまわっているそうです」

「不味いな……召喚勇者では最強クラスが出て来た」



 敵になるべく可能性のある人物の事はよく調べてあるようだ。奴はヴェントル帝国皇帝付の勇者。

 ボクの事を目の敵にしていたはずだ。そしてモミジという同じキメラと行動を共にしている。

 キメラ二体なんて来たら、ここも潰されるだろう。



「に、逃げないと……」

「いや、安心したまえ。 キミには指一本触れさせない」



 頼もしい限りだが、奴は自分の役柄に酔っているだけだ。アーノルドがキメラに対抗できるとは思えない。


 ボクは三階にある、与えられていた自室に戻って待つように言われた。仮に見つかってもすぐにわからないように、フードを被っておくことを言いつけられる。

 窓からそっと見下ろすと、屋敷の門に奴が来ていた。まだ調査段階なのか、いきなり押し入ることはないみたいだ。


 何を話しているかはここからは分からない。だが揉めているは見ている様子で分かった。

 それを見計らって、アーノルドが門の方へ歩いて行く。



「……あれ……アーノルド様は……危ないのでは……」

「ふふ……ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。 ご主人様はお強いですから」



 使用人の女性は、負けるとは思っていないようだ。

 確かにヒビキという男は、武技は素人だ。だが魔王の因子の一部を与えられて魔力が異常に高い。

 まともに受けたら力負けしてしまうだろう。


 べつにアーノルドが死んでも思うところはあまりないのだけれど、ヒビキに攫われたらジオルドとの交渉がなくなってボクが帰れなくなる。

 できればアーノルドが勝ってくれることを祈ろう。



 案の定、お互い剣を抜いて決闘をするらしい。幸い来ていた勇者はヒビキ一人。単独で調べていたのだろう。



――ヒビキが間を詰める。



 思ったより成長していない。速度もさほど早くなく大振りだ。あの公演場で対峙した時と全く変わらない素人ぶりだ。

 ただ力はあのまま顕在。当たれば致命傷になる。


 剣を叩きつけた地面は割れ、石畳が爆散する。せっかく奇麗に整備された庭がめちゃくちゃだ。



――そしてアーノルドが避けると同時に足を払って転倒させた。



 顔に剣を突き付けられるも、ヒビキは諦めが悪く足掻いている。何かを叫びながら力づくでアーノルドに掴みかかる。

 幾度となくそれを繰り返し、ヒビキの体力がなくなったのか息切れをして座り込んでしまった。



「アーノルド様、勝ちましたね!」

「お強いのですね……!」



 思っていた以上にアーノルドが強くて驚いた。

 ヒビキの武技は素人のままだったからというのもあるが、あの威力をみればいくら強くてもしり込みするものだ。

 ましてやアーノルドは貴族。あれほどの技量と度胸をどこで手に入れたのか興味が湧いた。


 あれなら紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)が来ても、勝てはしないが払いのけるぐらいはできそうだ。






読んでいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  先が読めず、目が離せません。  アーノルド面白いやつですね。  次回楽しみにしています。
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