閑話 与えられた未来 その2
あらすじ
ミザリ視点の続きです。
ミザリが成り行きで、スカラディア教会の教皇になった。
わたくしは急に教皇にされた時は、それはもう恨めしく思いました。だってそうでしょう?
権力の巣窟となっていた教会を散々荒らして、あとは人任せなんて信じられません。
それと同時に魔女様には感謝を述べます。あの落ちぶれてしまった枢機卿や、うつけの教皇ジュニアという目の上のたん瘤を払ってくれたのだから。
何故かこの見目麗しき男性に、苛々が抑えられません。
そんなことは知らないとばかりに彼らは、教会の図書室を借りたいという。このまま彼らといては、怒りが収まりそうにありませんでしたので、鍵を預けてわたくしは早々に立ち去りました。
乱れた心を落ち着かせるために、礼拝堂で祈りを捧げます。あの時、わたくしも死ぬと覚悟しました。
ですが何故か生き延びました。
これは天の思し召しか、悪魔の気まぐれか。
これをもたらした上位魔女の容姿をみれば、誰もが後者だというでしょう。
そう、見た目だけなら……あのアシュインという男と死霊の魔女様はまさに『天使と悪魔』。
それが大混乱の渦中の中心で抱き合っていた様子は、あまりにも印象的でまるで悲壮な恋物語の様で、わたくしはただの背景。
そう思えば思うほど、むなしくなり苛立ちが抑えられませんでした。ならばせめて彼らの行く末を見守る伝道者となりたいなんて思いました。
そんな罪深きことを思い、そして懺悔する。
もう何が正しくて、何が悪いのか、わたくしには訳が分からずに主にその答えを乞い続けるしかできませんでした。
思いにふけっていると一人のわたくしの腹心である女性神官が、慌てた様子で報告に来ました。
なんとアシュインに、部下の中でも武闘派である一派が襲い掛かったそうではありませんか。
それも強姦魔を咎めるだけでおさまらず、肌の色や身分を侮蔑するように。
「なんということを……彼の咎は強姦のみです。そもそもそれすら信憑性が無くなった。真実は定かではありませんが、もう頭はいないのです。ヴィスタル騎士団を使って鎮圧しなさい」
「は、はい!」
なにか胸騒ぎがしました。
彼の不運さ。そして誤解が誤解を生み、ただ蔑まれる。あれほど美しい容姿。そのどの要素もそれを指し示しているように思えてきました。
しばらくすると再び報告があり、騎士団を使うまでもなく、凶器をもった武闘派女性神官たちを、一人だけ自爆で死んでしまいましたが、そのほかは大きな怪我もなく鎮圧したと。
魔女は全員殺したと言うのに、彼はそうしない。それでは強姦魔ではなく、まるで聖人の様ではないですか。
そう思っていると、礼拝堂に人が入ってきます。
「失礼、ミザリ次期教皇。お話よろしいですか?」
「……アシュイン殿?」
ドキリとした。天使の男が入って来たからです。そして同時に苛立ちがまたぶり返してきました。
「この国は差別が強いのか?」
そして今度はズキリと心が痛みました。おそらく教会内でもそれで何かしら罵られたのではないでしょうか。
不本意ながら、ヴェスタル、グランディオル、ヴェントルの順で肌の色や格式の差別が強い。つまりヴェスタルは一番、差別が強い国なのです。
でもわたくしはそれがいやでいやでたまらなくて、あの思い出の少年をなんとかしたくて、入信したのです。
目の前の彼にわかってくれとは思わないけれど、誤解されるのも癪だったので弁解しました。
そのつもりだったのですが、何故か余計な一言を言ってしまいます。
「勘違いしてもらっては困ります! わたくしは貴方だけが憎たらしいだけです!」
……ああぁ。なぜこんなことを言ってしまったのでしょうか。
それなのに、彼はわたくしを咎めない。部下の不始末で命を落としていたかもしれないのに、気にも留めていない。
また心が締め付けられます。
彼は実を取ったと言うけれど、そこまで卑下されて心が痛くないわけがありません。どんな聖人君子も嫌な顔ぐらいはしてみませます。しかし彼は……。
「事を荒立てたくないだけ……それよりキミのような真っ直ぐな女性がいてくれてうれしいよ」
「……え……?」
こちらに向けられた微笑む彼の顔は……本当に天使……いえ女神のように美しく、なのに男性らしくもあって力強く包み込むような温かさがあった。
……あぁあああああああ!!
そして記憶と、今目の前に立っている彼がぴたりと一致したのです。
……わたくしは、彼に何を言いましたか?
彼はわたくしの顔をみても何の反応もなかったので、恐らく覚えていないのでしょう。
わたくしもたった今、やっと一致したところなのです。
自分の顔が紅潮してくのを感じながら、彼の酷い運命に少しでも味方したいと思いました。
そしてはっと思い出し、彼らの行先であるヴェントル帝国の教会へ紹介状を書きました。
わたくしの親友であるマリーアンヌならば、素直になれずに彼に酷いことをしてしまうことはないでしょう。
あの幼い思い出の少年によく似た、アシュイン。また何もできない苦々しい思いだけはしたくない。
そんな自分本位なおせっかいだったかもしれません。
みすぼらしくて醜くても、少しでも彼が報われるのなら、わたくしも報われる気がしてなりませんでした。
それからは教皇という立場を最大限利用しました。政治的腐敗を一掃できると思いきや、そんなことをすればほとんどの人間を排斥しなければなりません。
そんな愚策を取るのではなく優秀な人間は飼い殺し、足枷になる人間は遠ざけます。
さしあたって、グランディオル王国で王位継承の儀が大きな務めになります。
おそらく権力や陰謀、そして金、女。そんなものが動いていくことが容易に見て取れます。
教会の方針は基本的に静観。しかしずっと癒着していた勢力からの打診が多くありました。今まではそのまま受けていたのでしょうが、その受け手がもういません。
そういった情報にうんざりしていたころ、グランディオル王国、そしてヴェントル帝国が大きく動きました。
急な首脳会合招集。わたくしは参加せずに支部長に任せましたが、報告を聞いて眩暈がしました。
悪魔の奴隷化計画?
魔王の出現!?
グランディオル王国とヴェントル帝国の休戦?
一体何が起こっているのか。これについて情報がありませんでした。わたくしが新教皇ということで、軽んじられているのかもしれません。
何のための各国に配置した支部か。
幹部たちがその報告に、くすくすと笑っているのが聞こえます。既に知っていたと言う顔です。
これはもう少し教会内部の整理が必要でしょう。あまり使いたくはなかったのですが、これは上位魔女の後ろ盾を十分に使わせていただきましょう。
多くの幹部は一掃しました。甘く見ていた。やはり多くは新教皇に抜擢された、箱入り聖女という目で見られていました。
……なめてやがりますね……。
――だから死霊の魔女様に習って、蹂躙しようかと思います。
わたくしには密かに練習していた聖女としての才能を生かしたスキルがあります。
救世主というそれは、範囲回復魔法です。欠損部位すら救済する強力なものですが、魔力消費が酷くて今までは使えませんでした。
そして救世主の本当の意味。
……それは見捨てる者と。
そのものが、人生で過去に魔法で回復したもの全てを、無に帰します。複数回復経験があれば、その場で死に至ります。
ここは教会。回復できる人間は沢山いるため、回復経験のないものなど一人もいないのです。
一時期、別の聖女であるユリアが、無差別に回復していたことを記憶しております。
「……あなた方は死に至るでしょう」
「ひぃいいいぃ!」
「た、たすけ……」
「救世主!!!!」
無慈悲に、予定調和の様に、彼女たちを……蹂躙した。
これを使えるのは魔力的に一回だけ。しばらくは使えなくなりますが、あとは魔法がなくともなんとでもなるでしょう。
案の定、残った神官達の見る目が変わりました。
普段からあまり表情を変えない、わたくしはかつての二つ名がまたつけられました。『氷の聖女』ならぬ『氷の教皇』と。
しかし結局世界の情勢に取り残されたわたくしは、王位継承の儀では後れを取りました。目まぐるしく変わる情勢について行けず、ただただ状況に流されて、教会の役目を全うするだけで精一杯でした。
『諸君!我は新教皇ミザリである。此度は教会再編のため、我が天啓を授かり全世界の信者への慈悲を与えたもう』
そう、直前に聞いたアシュインとロゼルタ姫の婚約です。この報告を受けた時にはまた眩暈がしました。
『――姫の騎士になるために……私は婚約の申し出を、受けたいと思います』
目の前でロゼルタ姫の手に口づけを交わす彼をみて、ザクリと大きな殺傷が心臓を貫く。
……アシュイン殿!! 見たくない!!
皆が注目する中だったので、観客に視線を向けるように背けた。もうこれ以上見ていたくない。
かつては名前すらない孤児だった彼が、なんと世界で一番大きい国の姫と結婚。
彼にとって大出世です。それはわたくしにとって悲しいことではありますが、幸せになるのなら受け入れなければなりません。
姫の手をとる彼は……本物のどんな王子より王子。思わず観客とおなじ気持ちで見惚れてしまいました。
慌てて、再び進行を務めます。
多少の邪魔が入ったようですが、儀礼はつつがなく進められていました。
はっきり言って、これは丸覚えの台詞でしかありません。改めて言葉で発すると、わたくしの知らない事実が次々と出てきます。
自分の発言ではないような、そんな気分に陥りました。
そんな中、舞台上のわたくしたちとはうって変わって、一段下の舞台では小競り合いが始まっています。
どういう構図なのか把握できなかった。でもあの処刑対象である悪魔が関係しているようです。
『――なぜならば、私こそが先の戦争の原因だから……』
戦犯の話になると、悪魔の処刑の話ではなくなんと姫の婚約者であるアシュインが自分の責任だと言うではありませんか。
城内が大きな騒めきと怒号で満ち溢れました。
まるで彼らの方が憎悪ではないかというほどでした。その人々の変わりようにぞっとします。
そしてさらには、かのエルランティーヌ女王陛下までもが現れました。何がどうなっているのか、混乱としか言いようがありません。
『静粛になさい! 皆の者!』
そうなれば彼女の独壇場。かの亡命中であったエルランティーヌ女王陛下の手腕は一言で言って、剛腕。
あの細い腕と華奢で、守ってあげたくなるような容姿とはうって変わって、その治世の強烈な指導力は、歴代の王の中でも類を見ません。
そのせいで、窮地に陥ると味方が少ないと言うこともありました。ですがいつも傍らにいるあの宮廷魔導師の巧妙さに、支えられている様子を何度か見たことがあります。
彼女が現れたのであれば、我々は彼女に着くべきでしょう。彼女の剛腕さと、治世の正当性。何より人を惹きつける何かを持っていました。
案の定彼女の演説に、形勢は一気に逆転しました。
ロゼルタ派が考えた奴隷化計画という目玉をつぶしつつ、ヴェントル帝国との停戦、終戦宣言は相手に利を与えて颯爽としてしまうという荒業。
代償に、その美しい髪を捧げて見せるという演出付きだ。
本当に剛腕だこと。
そう思って彼女に感心していると、ロゼルタ姫の様子が突然おかしくなりました。まるで老人が乗り移ったような、そんな口ぶりをしている。
その様子に観客は気がついていませんでしたが、周囲は騒然となりました。
そして――
次の瞬間には、捕らえられていたアシュインが……
ロゼルタの首を持っていた。
観客が騒然となった。
その首から下が無い彼女の切断面からは血が滴り落ちている。あのアシュイン。思い出の子。
そのアシュインが王女を殺害するなんて……なぜこんなことに。
『……なんてことを……!!』
『これがボクの目的だ……そして……わたしの目的だ!」
さらには彼が魔法を使うと、まるで悪魔の様に美しい女性に変わっていた。あの捕まっている悪魔に似ているけれど、アシュインのほうが身長が高くて、美しくも気高い印象があります。
「「魔王アシュリーゼ!!!!」」
魔王の出現を間近で見た貴族や魔女たちは、彼女が魔王であると宣言する。
さらに首を斬られたはずの、ロゼルタがしゃ、喋っている……。
次から次へと、信じられないことが怒りすぎてもう何も言うことができませんでした。とてもじゃありませんが、進行などできる気がしません。
『――この姫の様に、全ての人間を! 悪魔を! 世界を滅ぼしてくれる!』
自ら世界の敵となるという彼の、彼女の宣言。なんでまた世界がだした膿を彼が負わなければいけないのか。
彼はそう言う運命なのだろうか。
彼が幸せになってはいけないのか。
「殺せ!!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」
おぞましい怒号が飛び交う
多勢力がアシュイン殿、もといアシュリーゼを狙って戦い小競り合いが起きました。
そして「殺せ!」「殺せ!」という呼応がだんだんと一体化していく。
……きもちわるい……これが人間か!!
こんな簡単な事に今更気がつくなど、箱入りといわれてもしかたなかったのです。
しかし俯瞰してその様子を見てみると不思議な事が起きていた。
……なに……これ?
あれほど混乱を極め、多くの勢力が戦争の責任を擦り付け、そして謀り合う。そんな混沌の会場の矛先が全てアシュインに、アシュリーゼに向かっているではありませんか。
あれほど見世物にして、奴隷にしようとしていたアイリスという悪魔族の長の事も、そして彼女自身も。
グランディオルの重鎮たちも、そして帝国の主要人物さえ。
まさに彼女が『世界の敵』になった瞬間でした。
もう早く終わらせたい。外野の罵詈雑言なんてどうだっていい。わたくしだけは味方でありたい。
世界中が敵であってもわたくしは、あの天使の少年の味方であると言いたい。
早く……。
……早く終わって、アシュインと話したい。
「ぐひぃ!! 空間転移魔法!!」
「ざまぁみろなのだわ!」
「……さよなら……みんな」
……そんな!! 待って!!
わたくしの期待、想いを置き去りに、彼らは颯爽と去っていきました。体裁なんて立場なんて棄てて、ついて行けば、教会の事など放り出してついていけば……。
勇気を出せなかったわたくしなど……。
落ちている小石の価値にも劣る存在しかないのだなと思ってしまい……この胸の高鳴りをそっと仕舞った。
エルランティーヌの治世は、表向きとても健全だ。王位継承が行われなくなったことで、教会はお役御免。
カスターヌの会場から王城へと立ち寄りました。
各国の首脳会議が行われるそうですが、わたくしはそんな気力はありませんでしたので枢機卿に任せることにいたしました。
客室で休んでいると、王宮魔導師のレイラと名乗る者が部屋にやってきたのです。
お見かけしたことも何度もありましたので、会わないわけにはいきませんでした。
「どういったご用件――」
「お時間をいただき、光栄でございます猊下……」
そういって敬礼をすると、サッと手をあげて人払いをしました。さらには遮音の魔法も使う手の込みよう。
「な⁉」
「はぁ……かたっくるしいのは嫌いなのよね」
急に態度を崩した彼女にあっけにとられました。太々しくも、どこか愛くるしい女性。赤い髪がとても美しく似合う可愛らしい方。遠巻きに見ていた彼女の印象とは全く別だったのです。
「あんた……アシュインの知り合いでしょ?」
「え、えぇ……それがなにか?」
「あたしと同じ目をしている……彼の幸せを願う者の目……よ」
驚きました。目を見ただけで掌握されたのです。もしかしたら事前にわたくしの情報を得ていたのかもしれません。
ただそうでないと感じる部分が多分にあります。わたくしもそう、彼女が同じ目をしていることを感じていたから。
「……わたくしは勇気が出せなくて、彼が苦しい時に何にもできなかったのです。それに今も世界の敵となったのに……」
「それはね……彼自身がそう仕向けたからよ」
やはりあれは狙ってやったと言う事なのでしょう。自分から敵意を向けていただけではなく、場の準備が完璧でした。すべての人間がそうせざるを得ない場を作り出していたのです。
わたくしたちも含めたあの場にいた人は、皆彼の手のひらで操られているかのようでした。
それも不利になるのは彼自身で、世界の混沌は一気に解消されました。
「だから、あたしも女王陛下と一緒にそれに乗ったというわけ」
「……そんな!?」
なぜ彼が傷つくことを止めなかったのかと、咎めようとしたところで彼女の顔が泣いていることに気がついて飲み込んだ。
それがどれほど辛いことか、慕っている人が世界中から恨まれるのを容認したくない。
でもそれはわたくしたちのただの利己的な考えだ。
彼の幸せ、一番を考えれば乗って成功に助力する彼女の選択の方が正しい。
彼女のその強い精神と想いに当てられたら、余計に彼を諦めきれなくなりました。
でもわたくしは別に彼に愛してほしいと思ったわけではないのです。そこは彼女とはちがう。
……ただ彼に幸せになってほしいのです。
「そこで相談よ。 あんたもこの潮流に乗りなさい」
「……ふふ……相談といいつつ、命令ですわね」
つまり彼女は、女王陛下は教会の庇護がほしいということでしょう。教会の今後を考えてもそれは僥倖。
でもそれは彼女たちの道です。わたくしがただ乗るだけでは、今までと何ら変わりがありません。
……与えられた未来なんて……くそくらえ!!
今日の話は打ち切りと言わんばかりに、わたくしは立ち上がりこう言いました。
……教会は魔王に寝返る、気まぐれを起こすかもしれません……と。
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