閑話 与えられた未来 その1
今回はミザリ教皇の視点です。
わたくしはミザリ、二十歳です。
現スカラディア教会の教皇に就いております。スカラディア神の従順な使徒として、今までずっと真面目に努めてまいりました。
もともと僻地の貴族であり三女だったわたくしが、今や世界を牛耳る教徒の頂上にいることが既に奇跡です。
三女ということもあり、望む結婚はできないと言われ続けて育ってきたこともあり、好きな男性もいなかったことから諦めていました。
十歳になるとみな洗礼式を行います。
我が家では、よいご加護が得られるようにと、グランディオル王国へと赴くのが慣例となっておりました。
ヴェスタル共和国でも通常は許される話ではありませんが、全世界に浸透しているスカラディア教会へのお布施を一定程度治めている家に限り許されたのです。
三女で虐げられながらも、良い洗礼を受けられるこの時ばかりは家柄を喜んだものです。
しかし王都に向かう途中。三女の洗礼式ということもあり、護衛が一人しか付けられなかった。当然盗賊に狙われて馬車は取り囲まれました。
護衛の騎士は殺されてしまい、執事と侍女、そしてわたくしは縛られていました。侍女とわたくしは服を破かれ、襲われるそうになって泣き叫んでいるところにとある少年が割って入ってくれたのです。
少年はわたくしより小さく、武器も持たないのに剣や短剣を持つ盗賊を瞬く間にのしてしまいます。そして躊躇なく盗賊を殺していく様に、幼かったわたくしは恐怖を感じてしまいました。
「大丈夫?」
そう言って、ひん剥かれてしまったわたくしと侍女にそっと、近くにあった布をかけてくださいます。そしてふっと笑った彼の顔は、薄汚れている孤児の様なのに、まるで物語に出てくる天使様のような笑顔だったことを今でも忘れられません。
彼は近くの農村出身の子で、名はないそうです。親が不明で名づけられていない子などよくある話です。それに立ち入ることはしてはいけないと執事に諫められてしまいました。
護衛が死んでしまったので、とても強い少年に護衛を頼みました。駄賃をはずむと言ったのだけれど、最低限でよいと了承してくれたのです。
どうせ弾まれても孤児院の寮母さんに全部持っていかれるから変わらないのだそうだ。
孤児院は確か教会所属のはず。そんなにひどい寮母さんが勤めている教会なんて、その時初めて聞きました。
護衛中の彼は、とにかく節度ある行動をとっていました。孤児なのに貴族への対応を理解していたのです。
街でも食事は一切とらず、移動中に襲ってきた魔物や、道中の草などを食するという壮絶な栄養補給をおこなっていたのです。
わたくしより小さく、そして可愛らしい彼が、どうやったらこんな生活をするように育つのか、想像がつきません。
「お願いですから、一緒に食べませんか?」
「いいえ、遠慮させてください」
後から執事がそれについて聞いてくれました。孤児で尚且つかれの肌の色は迫害の対象。
たしかにほんの少し黄色みがかった肌の色をしていますが、それでも彼の容姿は美しいと思えました。
そんな彼が貴族と一緒に食べることをすれば、まず脅迫、誘拐、強奪、暗殺が疑われるそうです。
一度それで幽閉されたことがあったため、彼はかたくなに断っていた。なんと壮絶な人生だろうと。
スカラディア教会は孤児に慈悲を与える、素晴らしい考えのもと運営されていると思っていました。でもこのような無垢な少年が壮絶な仕打ちを受けているなんて、裏切られた気分です。
それでも文句も言わずに、きっちり護衛をしてくれている彼。窓からその様子をみると、やはり馬車には乗らず徒歩で着いてきている。
結構な速さが出ているのにもかかわらず、この長い道中をずっと走っていたのだ。
自分がのんきに馬車に乗っているのが申し訳無くなるほど、彼はつつましくそして従順に真面目に、与えられた仕事を全うしていたのです。
わたくしは貴族で彼は孤児なのだから当たり前です、と窘められました。
でもそれはわたくしの心にぐさりと釘を打ち込まれたのです。
長い旅を無事に終え、王都着くと外門のところでお別れです。洗礼式も迎えていない彼には入る資格がないそうだ。
しかしできれば帰りも彼の護衛がよかった。信用で来た。そしてまたあの笑顔が見たいと、思ってしまった。
それにわたくしは、肌の色や容姿なんかで判断しないと伝えたかった。
なんとか彼を身綺麗にして貴族を装わせ、一緒にいられないかと執事と侍女にせがむが、それはかなわなかった。食事の時と同じ理由でした。
そう考えると貴族の力がありながらも、彼にしてやれることは一切なかった。
洗礼式で、わたくしは聖女としての才能があると言われました。おかげで帰りは王都から護衛の騎士を十名ほど付けられる好待遇だったため、彼とはもう会うことができなかった。
でもどうしてももう一度彼の笑顔をみたくて、帰りにあの近くの村の孤児院を訪ねてみました。そうしたら彼の姿はなく、聞くと貴族の護衛をしたにもかからず、持って帰って来た金額が少なかったことに腹を立てた寮母が、追い出したというのだ。
その彼への仕打ちにわたくしは更に驚愕としたのです。にもかかわらず彼を探そうと、助けようとすると騎士や執事、侍女がそう出て止められてしまうのだから、何もできなかった。
領の我が家へと帰ると、聖女の才能を褒められ、今まで虐げられていたのが嘘のように、歓迎され、生まれて初めて親に抱きしめられた。
それでもわたくしの心は風穴があいたままだった。
あの名もなき少年の事が気になってたまらない。
『大丈夫?』
あのかわした一言が、やさしい天使の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
そんな空虚な日々が過ぎると、大領地からや元王族からの婚約話が大量に届いた。まさに引く手あまたの状態になった。
「……ふ……ふざけるな!」
わたくしはその手のひら返しに、一つの決心をするのだった。そう、スカラディア教会への入信です。
基本的にシスターになれば結婚はできなくなる。それに従順にまじめに努めれば本部でも活躍できる。この国にスカラディア教会本部があることと、我が家が沢山のお布施をしているから。
家族中から反対され、政略結婚するならどこがいいと息巻いていた父や母は再び蔑む目に変わったのです。
聖女の才能があったため教会では、とにかく好待遇でした。スカラディア教会の教徒でも、聖女の才能があったのはわずか二名、そしてわたくしが加われば三名になる。
はじめは地元の教会勤めでしたが、孤児院の子と仲良くなるころにはすぐに本部へと配属が決定しました。
しかし、私がみたスカラディア本部は国の政治と同等の政が行われる血みどろの空間でした。
まさに腐敗。
そして一部の教会が好き勝手できるのは、教会からのお布施とは別に、担当の神官への賄賂が要因だった。
本来報告義務のあるシスターと、管理側の担当神官が賄賂で手を結んでいるのだから、どうにもならない。
そういった腐敗の大半は教皇派で、対立する枢機卿派は純粋に進行を大事にする少数派閥でした。
当然私は後者へと身を固め、周囲の注意は最小限に自分の仕事を全うして、いつしか神官長の座についていました。
神官長は各国の担当官のまとめ役。わたくしは地元のヴィスタル共和国の神官長を務めることになったのです。
おかげで共和国内の腐敗はぐっと減りましたが、周囲ではその厳しさ、冷徹さに、氷の聖女なんて呼ばれるようになったのです。
しかし本部内の教皇が預かるグランディオル王国やヴェントル帝国をはじめとする国々の教会腐敗は止まることはありませんでした。
彼がいる王国が変わらないのではまったく意味がないと、思い始めていた頃――あれが起きたのです。
ある時、急に教皇が崩御され、息子が継ぐという事態が起きた。それはつつがなく予定調和のごとく行われ、実質トールマン枢機卿がほとんどの実権を握ることになったのです。
その時にわたくしは巡礼があり本部にいなかったのですが、ある魔女が訪ねてきたときからおかしくなったそうです。
わたくしとしては、それは歓迎すべきことなのです。しかし実権を握った枢機卿はだんだんとおかしくなってしまいました。
結局頭がすげ変わっても、腐敗した体制に身を置けばだれでも変わってしまうのだろう。結局権力の巣くう魔窟へと逆戻り。
そしてその時の魔女が再びやって来たそうで、トールマン卿は慌てて出ていきました。
深淵の? 死霊魔女?
なんともその禍々しき名前に、嫌悪感を抱かざるを得ません。
しかし以前の教皇を挿げ替えてくれた魔女であるのなら、もしかしたら今回も教会にテコ入れしてくれるのではないかという期待がありました。
そんな期待を外部の人間に委ねてしまうなんて、わたくしも同じ穴の狢だとため息をついて、彼について行きました。
「あぁ! 深淵の死霊魔女様! お久しゅうございます……ようこそお出で下さいました」
「ウェヘヘ……お、おひさ……と、トールマンさん。……ふひ……こ、この人あたしの、ここ、こいび――」
「クリスティアーネ?」
訪ねてきたのは魔女とその従者。魔女の方は見た目も名前の通り禍々しくて恐ろしかったのですが、従者の男性?女性にも見えるその方は、優しそうで柔らかい物腰に好感が持てました。
「ごほん……失礼しました。私は、上位魔女になられました死霊の魔女様の従者でアシュインと申します。以後お見知りおきを」
なんとその禍々しき魔女は、魔女の中でも高位の格をもつ上位魔女だという。世界の不思議を見た気分です。
それより隣にいる従者が気になって仕方がありませんでした。
名はアシュインというのですが、覚えが無いので初対面なのでしょう。しかしなんとも見目麗しい男性でした。
わたくしが彼の事をちらちらと見ていることに、トールマン卿は不機嫌になっていきました。
死霊の魔女様を案内するが、何故か従者は別のところへ連れていかれてしまう。
わたくしはどちらについて行けばよいか迷いました。結局、枢機卿の後へとついていきました。
しばらく魔女様を相手ににたにたと笑う枢機卿。彼女は不気味な目をしていましたが、それを閉じて微笑むと、まるで女神様のように美しいのです。
麗しい従者を連れている主人もやはり美しい者なのだと、すこしばかり嫉妬を覚えました。
しかし……
なんとその従者が、我が部下の女性神官を強姦せしめようとしたという。まさかあの見目麗しいお方が、そんなことをするなんて信じられませんでした。
……裏切られました。
これほどまでに、心を惑わされた相手に裏切られたことが、わたくしには衝撃と悲しみを与えられました。
わかっています、勝手に彼に惹かれていました。わたくしの幼い頃の淡い恋心を感じていた彼と、このアシュインなるものを重ねていただけです。
わたくしのそんな酸っぱい思い出を、穢された気がして余計に……
――悔しい……‼
強姦魔として捕らえられ俯く情けない彼をみると、本当に強姦をしたのではないかと思えてきました。
憎々しい。なんでそんなに奇麗な顔をして、優しそうな瞳をしているのですか。
……なんで……捕まっている自分の事より、魔女のほうを心配しているのですか?
その事実に魔女も答えました。
この大勢いる講堂で彼女だけは信じていた。従者なのだから、そこまで信じるに値しないはずなのに……。
そして彼を貶めようとするものすべてを――
――殺しました。
正確には霊魂を取り出し、再び叩き込むことにより生ける屍を創り上げた。その彼女の鮮やかな魔力の扱いは、人類の英知では到底成し得ない究極の魔法でした。
禍々しくもありながら艶めかしいそれに、わたくしは奇麗だなと思ってしまいました。
聖職者にあるまじき行為ですがそれに見惚れていると、目の前までそれが迫り、わたくしの目の前にいた女性神官も同じように生ける屍になった。
――目の前までそれは迫った。
そして首筋を、ぞわっとなぞられる。ついにわたくしの番なのだとおもった。これは何の罰なのでしょうか?
何が何だかわからず、ただ死だけを待つだけになって目を閉じました。
……?
しかしそれはぴたり止まり、寒気は止まらない。それ事態はまだ発動しているのだけれど、ぎりぎり範囲外だったのか、わたくしは生きてその光景を見ることになりました。
魔力渦が周囲に死霊が渦巻いているのが見えます。そんなものは見えないはずなのに、その時は見えました。
そしてヌルリと身体から飛び出した霊魂が、適当に戻っていく。そのせいで、元とは違う体に入ったりして入れ替わりが起きていた。
それでもどうせ生ける屍になっていっているので関係ないのか、かなり雑に混ぜられていた。
そんな渦の中心では怒りに任せて狂ったように魔力を発している魔女を、彼が抱きしめていた。
「うぇへ……ぐひ……いやだぁ……」
「大丈夫だからね?」
……え……?
その言葉は上位魔女である死霊の魔女様に向けられた、とても艶やかな声。
しかしそれに、わたくしの心は大きく踊りました。
抱きしめて見つめる彼の瞳。
大混乱で、屍が荒れ狂う中で、そこだけが別の空間になったような、まるで吟遊詩人の一説に出てきそうな美しい場面だった。
その光景にわたくしは、何故かわけのわからない嫉妬心がうかびあがり、心がざわついた。
そして声をかけられる。
「そこのキミ……名前は?」
「……ミ、ミザリと申します……」
「うぇへへ……ミ、ミザリちゃん? ……じ、次期教皇ね」
……え?
気がつけばわたくしは教皇になっていました。それも上位魔女のお墨付きで。
読んでいただきありがとうございます。
一話に収まらなかったので、その2に続きます。
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