閑話 やるべきこと その2
あらすじ
引き続きアミの視点です。
海洋戦を終えたアミは決断を迫られていた。
アルフィールド領は色々と王国で技術開発に優れた領だ。
あたしは難しいことは分からないけれど、アルフィールド領へ連れていくということは、反魔核をなんらかの実験に使うということで間違いないだろう。
「あの……何をさせる気ですか?」
「気になるぅ? じゃあ今夜の相手をしてくれたら……教えてあげる」
「……け、結構です」
はっきり言って気持ち悪い。
これさえなければ、面倒見のいいお姉さんと慕えるのに……。
「んじゃ、オレが相手してやるよ!」
「カカカ! それもいいね」
一緒の馬車に乗っていたのはベルフェゴールさん。悪魔領の学園講師をしていたはずだったけれど、いつの間にやらこちらに参加してウララさんと仲良くしている。
あの会議の後、悪魔領から人員を出すことが難しい事がわかると、ウララさんに一目ぼれしたベルフェゴールさんが名乗りをあげたそうだ。
彼女と共に行動を条件に参加することが決定した。
彼は悪魔領ではおちゃらけ担当だと思っていたけれど、アーシュとの闘いを見て認識を改めた。
「あの……お二人はお付き合いしているんですか? ウララさん」
「な⁉ てんめぇ! その名で呼ぶな!」
「オレは好きだぜぇ? 可愛くていい名だ」
「……」
赤らめて俯いてしまった。普段はあれだけ太々しくて変態なのに、まるで乙女だ。
恋仲になっているのなら、こちらにちょっかい掛けないでほしい。アイリスに手を出そうとして、ミルにボコボコにされたのに懲りない人だ。
「アシュリーゼに手を出すのもやめた方がいいですよ?」
「なんだと⁉ あの子は絶対に欲しい! あの子はね。今、争奪戦が始まっているのさ!」
「え⁉」
なんと中身が男のアーシュを世界各国の重鎮たちが、喉から手が出るほど欲しがっていると言う。それならアイリスもそうではないかと思いきや、それをするとグランディオル王国から干されて、国が亡ぶ可能性がある。
いくら魔王という最強種であろうと、『世界の敵』となった彼女であるのなら、後腐れが無いのだそうだ。
「それはアー……アシュリーゼの本当の強さを知らないからじゃない?」
「カカカ! 奴らに取っちゃそんなことは関係ないのさ」
力も魔力も何兆分の一程度しかないけれど、政的に抑え込む術を持っているという。でもそれも穿ち過ぎな気がする。
アーシュという人の本質は、本人が良いと思った人以外は犠牲をいとわないと思っていることだ。
大事な人を人質でも取らない限り、彼を動かすことはできない。
「まぁ無力化できたら、わたしが頂いて……それからあの脂ぎった爺連中に下げ渡してやるさ」
「……」
なんとも酷い言い草だ。
いくら魔女にしてくれた恩があるとはいえ、ナナの事が無ければもう出ていきたい。ナナはいつになったら魔女になれるのか。
「あの……ナナ、そろそろ魔女になれますか?」
「あの子は……まだまださ。 隠匿は使えるが、それ以外がからっきしだからなぁ……」
魔女になると各国のお偉いさまから依頼くる。かくいう私も何回かやった。はっきり言って魔女の報酬は破格だ。
簡単な依頼なのに、ぽんと大金貨をくれたりする。大金貨は日本円にして約一千万円位の価値。
魔女になってあたしは既に二億円ぐらい稼いだ計算だ。
しかし簡単な依頼と思っていたそれをナナの能力で出来るかと言えば、今の段階では多分無理だ。
魔物を倒すこともあったし、谷を塞いだ巨大な岩を破壊するというものもあった。
それを考えれば彼女の判断はあながち間違いではないのだろう。
「いいねぇ……友情だねぇ……治癒が使えるようになったから、それを伸ばせば聖女の代わりになるんじゃね?」
「……そうねぇ……教会に一度預けてみるかぁ」
今はただ魔力量を増やす訓練をしているだけだ。今回も王城で修行中なので、アルフィールドヘは来ていない。
できれば一緒に来てほしかったが、今回は極秘だからと拒否されてしまった。
「ところでこちらの方は……」
「アルフィールドの三男坊のヴィンセントさ」
先の作戦の隊長さんだった。
面識はあったのにあまりにげっそりとしていて全く気がつかなかった。覚える気もあまりなかったけれど。
ヴィンセントはあたしの左隣に座ってうなだれている。可哀そうなくらい青ざめた顔をしていた。
「あの……だ、だいじょうぶですか?」
「あ……ああぁ……っ⁉」
今までこちらを見ていなかったのか、あたしの顔をみて驚いている。彼とはほとんど面識もないし、いることは分かっていた程度だ。
何をもって驚いているのかわからないけれど、悪いことをしてしまった。
さすがに隣で吐かれたりしたら嫌なので、亜空間書庫から飲み物を出した。特製の柑橘系ジュースだ。
再現に苦労したけれど、前の世界に近い甘みを作れた。基本魔法でコップにまん丸の氷を入れる。
氷がコップにあたる、コロンという軽快な音に、三人とも感心している。
「ね? この娘、面白い魔法の使い方をするでしょ?」
「すっげぇ。若いっていいなぁ」
「よかったらどうぞ?」
「……あ……あ……ありがとう!」
異常な喜びようだった。よほど酔いが酷かったのかもしれない。やはりジュースをだして正解だった様だ。
「あら? わたしらにはくれないの?」
「いえ……どうぞ……」
揺れるのでコップを足で挟んで固定し、そこに両手で二つのまんまるの氷を作る。コロンコロンと二つ同時にできたそれを見て、目の前の二人が目を丸くしている。
「……あんた……」
「……おい……こいつぁ」
「……? はい、どうぞ?」
たしかに基本魔法で氷を作るのはそれなりに技術もいるし、合わせ技だ。でもこれぐらい魔女だったらできると思う。
まん丸にするにはさらに合せなきゃいけないから、二つ同時に作るのなら魔法を同時に八個使うことになるけれど、手は二つあるし、指は十本あるのだ。
あたしとナナは、修行や能力を伸ばすことを積極的にやっていたけれど、それと同時に食べ物の開発も常に考えていた。
これはその副産物。
こちらの食べ物はいくつかあたしたちの世界の物が混じっていた。過去に召喚された人が伝えた可能性が高い。
だからあたしたちも、好きなものを再現して広めようと考えていた。すでにひっそりと流行になりかけているクレープはあたしとナナの仕業だったりする。
「ん~~~! おいしい! なにこれ!?」
「ミーム果汁の飲みものですよ」
「え⁉ あの超苦いやつかよ?」
「な、生で食べたんですね……」
「ああぁ……本当においしい……」
三人とも美味しく飲んでくれたようで、良かった。ヴィンセントさんも顔色が良くなっていた。
馬車での旅は長かった。魔法陣さえあれば空間魔法で移動したかったのに、魔力の無駄遣いはするなと怒られた。おそらくウララさんはアルフィールドの魔法陣を知っているのに教えてくれないのだ。
――アルフィールド領主城。
数日かかってやっとアルフィールドの領主城へとやって来た。ヴィンセントさんは先の作戦で大失態を犯していた。
騎士団長のお兄さんであるアーノルドから降格を申し渡されて、所属が移動となったそうだ。
これからお父様であるアルフィールド侯爵に絞られるとうなだれて城へ入って行った。
あたしたちはその領主アルバトロス・アルフィールド侯爵に挨拶をして、それから研究棟に行くと言う。
客室でかなり待たされた後、執務室に呼び出された。
「紅蓮の魔女様、四色の元素魔女様が参られました」
そういえばそんな名前を付けられていた。
でも改めて言われることもなかったし、皆アミって呼んでくれていたから、すっかり忘れていた。
執務室へとやってくると、領主を紹介される。とても野太い声、その所作はまさに覇王とも呼べるような堂々とした風格。それに物怖じしてしまう。
「……例の娘は……そちらか?」
「ええ! この娘は、本当に色々と持っているわ」
「ほぉ……」
執務室の端っこにはヴィンセントが立たされていた。あたしたちが待たされたのは彼がこってり絞られたからだろう。
「アシュリーゼやアイリスほどではないが、なかなか持って美しいではないか……」
ぞわりとした。あたしを値踏みしている。それも良からぬ評価方法でだ。しかしこの領主は見た感じでは既に四十近い年齢ではないだろうか。にもかかわらず、その目はどの若くて野心家の貴族よりもギラついていた。
「アミと申します。 以後お見知りおきを」
あえて距離を取るように、貴族の挨拶をした。スカートをほんの少し摘まみ上げるカーテシーという西洋風の礼だ。
こちらの世界でもそれが正しい作法だった。
「では……その娘にはあれを――」
「お待ちください父上‼」
ヴィンセントが領主の言葉を遮る。
これから領主は何を言おうとしていたのか、あたしにはわからない。けれどヴィンセントの様子から、それは碌でもない事のようだ。
「あれの始末は私めが。汚名返上の機会をください!」
「ふむ……? まぁ良いだろう。しっかりやれ」
「はっ‼ かしこまりました」
二人のやり取りが何なのかわからなかった。でもおかげであたしは何もせずに済んだ。
まるで蛇に睨まれた蛙状態になっていたから、強要されたら断れる自信がなかった。
執務室での挨拶が終わるとあたしとウララさん、それにヴィンセントさんも一緒に退室した。
「ヴィンセントさん。 さっきはありがとう。かばってくれたんですよね?」
「……は、はい! いえ……あれくらいお安い御用です!」
「ふふ……ここに来るのは怖かったから、助かりました」
彼の慌てぶりが、なんだかアーシュが慌てている時を思い出して楽しくて笑ってしまった。
それにしても噂に聞いていたほど悪い人でもなさそうでよかった。こんなに敵地とも言わんばかりの城で、味方は一人でも多いほうが良いのだ。
あたしが笑ったのが殊の外嬉しかったのか、はじめに見た彼の絶望と窶れた姿はもう一切感じさせない。
元気にその場を後にしていった。
あたしたちは客室に通されやっと一息ついた。
「ふぅ……怖かった……」
「おう……おつかれぇい」
客室ではのんきにワインを呷っているベルフェゴールさんがいた。もう結構顔が赤くなっていて酔っぱらっている。
ダメ人間……もといダメ悪魔だ。
「あの……そろそろあたしを連れて来た目的を教えてください」
「カカッ! そういやまだだったね。 こいつさ」
ことりとテーブルの上に置かれたのは、小さな箱。しかし開けるような切り込みもなく、ただの奇麗で真っ黒な立方体だ。
持ち上げても、すごく軽くて何にもない感じだけれど、その漆黒はまるで吸い込まれそうなほどに黒だ。
「なんですかこれ?」
「そうだな……基本魔法で火でも作って近づけてみな」
言われた通りに基本魔法で火を作り、それを近づける。すると炎は引力があるように、箱に吸い寄せられて消えた。
これは炎が吸収されたわけではない。炎を形成している元の魔力が吸い取られて消滅されられた。
「原理は……まぁわたしにゃわからん。しかし、アミの魔力核と同じらしいよ」
「すっげぇ……まじかよ」
しかし吸い取る魔力の量は、現段階ではわずか。これでは人間の魔力を吸い取ったら満杯になって、役目を終えてしまう。
「そんで同じ原理のあんたの魔力核はアシュリーゼの魔力を断つことに成功している……」
「つまりこの箱の研究を手伝えってことですか?」
「そういうこと~♪」
――一瞬だけ考えた。でも答えを出すにはまだ情報が足りない。
「……い、嫌だと言ったら?」
「別にいいわよぉ? でもナナは死ぬけどね? あの子も可愛いから死なせたくないのだけれどね……」
「どういうことですか⁉」
ナナは魔女でもないのに、あの魔力増幅鍛錬の方法を実行してしまっている。
そして紅蓮の魔女が魔女と認めなかったら、人間のままそれを知っていることになってしまう。
あれ自体も身体に高付加がかかるので、人間ではいずれ死ぬ。その上に魔女からは狙われる存在になってしまう。
いずれにせよ、即死するわけではないが死の窮地に追いやられるのは確かだ。
これはあえて言っているのだ。
――アーシュかナナのどちらかを選べと。
どちらもあたしにとっては世界一大切な人。
選べるわけない。
でもあたしは、上位魔女、悪魔、それにこの魔法を開発した歴史上にいる魔女も知らない、この反魔核の秘密を知っていた。
――だから勇気を出して、こう言う。
「やります」
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