共同戦線
あらすじ
アイリスの隠し事、因子の復活。そして造物主の行動原理。これから起きる嵐に備える……
クリスティアーネが推察する『魔王の因子』の復活。
手術をした当時のクリスティアーネは完璧だった。完全に除去したことに間違いはない。そもそも現代魔法術の最高峰であるクリスティアーネがわからないのに、他に誰がわかり得よう。
「うひひ……じょ、上位魔女……し、資料漁っている……の。 いくつかの造物主……し、示すものがあった」
彼女が持っている専門性と、それらの資料を読むことで知識は補完できた。
もとはと言えば、勇者の変異体と魔王は同じ研究から生まれたものだ。その勇者の変異体であるボクと、魔王の因子を持つ器であったアイリスは、魔王の因子摘出手術後も何度も肌を重ねている。
その時に身体だけではなく心、そして魂が繋がり合ったと仮定し、摘出時に保存しておいたアイリスの遺伝子、そしてボクのも使って何度も検証した。
結果彼女の仮説は、証明された。
確実に彼女の中の魔王の因子は復活しつつある。ルシェの話からするとアイリスは何かを隠していると同時に、ボクに依存しないような行動ばかりとっていた。
それは彼女がそれに気がついている証拠だ。
「つ、つつ、つまり……キ、キメラは聖剣奪取の……こ、駒で……ほ、本命はアイリス……かもぉ」
「……ぐっ……!! 魔王の性を利用するってことか……」
同じ因子から作られたのなら、アイリスも聖剣が使えるはず。神剣を創り上げてボクを討たせようとしている?
いや、それは違う。
神剣でボクを討てば、『勇者の血』が発動しなくなる。それはヘルヘイムの目的と真逆だ。
クリスティアーネもそれは否定する。
「うぇへへ……ち、ちがう……かもぉ……あれ違う造物主……じゃ、じゃない?」
たしかに自ら「正解」などという性格ではない。それすらも謀っていたと考える方が奴の姑息な性格にしっくりくる。
やはり造物主はボクたちとそう変わらない存在のように思える。
「ぐひ……フレイヤ・ウル・バルトか……そ、その遺志を継ぐもの」
かつて聖剣と祠を創造し、『勇者の血』の対抗手段として著書を残した造物主。
今までの事象と上位魔女だけが見られる閉架書庫の書物を総合すれば、造物主は結局別次元に存在する生き物という結論になる。
この世界の生き物が格上げされるには一度死ぬ必要があるのだと言う。すべてを見通す目と知識が手に入る反面、こちらの世界への干渉が制限される。この世界に存在するには依り代が必要という意味では神にもっとも近しい存在だと言える。
あまり干渉できない状態なのに、これだけ好き勝手やられるのはたまったものではない。
「こちらから造物主のいる世界への干渉は……」
「げぇひひ……で、できない……よ」
クリスティアーネがそう言うのならそうなのだろうと、納得せざるを得ない。しかし、彼女はこう続けた。
「……ふ、不干渉状態……作れるかもぉ……」
まだ方法については実現可能な段階にないそうで、空想の域を出ていない。でも条件が揃えば可能になるではと考えている。
ある程度まとまったら話してくれるそうだ。
「はぁ……アーシュ、クリスちゃんも……敵が神様なんてすごいね……」
「いや……アイリスも……たぶん戦っている……んじゃないか?」
「ボクに教えてくれなかったけれど……そうかもしれない」
「ルシェは……それを聞いてどう思う?」
彼女の慰労の意味も含めて一緒に連れて帰って来た。あの謀り騙し合うばかりの空間で負担が大きすぎたからだ。それはアイリスの願いでもあった。
しかし世界の敵の本拠地であり、造物主をも敵にまわすには、彼女には理由が無い。
「ボク……い、嫌じゃなければアーシュについて行きたい。それに理由なら今できた……」
「……アイリス?」
「うん……ずっと一緒にいたアイリスを、助けたい!」
彼女らしい前向きで立派な理由だ。
それならば、十分……因果に抗う理由にはなるだろう。それに彼女にはもともと覚悟はあるのだ。
彼女を付き合わせるのはどうかと思っていたが、理由ができたのなら一緒に歩む以外の選択肢はない。
それぞれの目的をもって、抗う準備を始めた。
今までとやることは大きく変わることはない。ただ傍らに造物主に対抗する手段を模索しているという思考があると、見えてくる景色も変わった。
そんな数日が過ぎた頃。
ボクはジオルド軍の作戦本部会議室に連れてこられていた。
基本的に国や軍には何もしなくてもいるだけでいいという約束でいたので不干渉を決めていたが、シルフィの剣幕に断ることができなかった。
会議室には将軍と騎士団長、それから班長クラスまで集まっている。それに参謀もしっかりいるのだから、ボクやルシェの出番はないと思う。
「なぜボクたちまで?」
「ちょっとまずいことになりそうなんだ」
「申し訳ありません、アシュイン様……ぜひ会議に参加してください」
ボクは外部の人間だから壁にある椅子へ腰かけて話を聞くことになった。これから会議が始まるようだ。質問はいつでもして良いというが、他の隊員の手前ではあまりそれもできそうにない。
大人しく話を聞いていることにした。
彼らの諜報の結果……ジオルド帝国はいま孤立してしまっていた。世界的な会合には一切呼ばれず、他の小国からも相手にされていない。むしろ教会を通じて圧力かかっている状態だ。
「つまり総スカンを喰らっている。 それどころか奴隷制度を一切見直すように圧力がかかっている」
やはり王国は小国の事情を無視して、自分たちの意義を押し通すつもりのようだ。その奴隷制度の見直しの内容が送られてきて、その一方的な内容に苦慮している。
その内容は単なる職業奴隷の撤廃ではなかった。
奴隷制度という単体ではなく、階級制度に組み込まれると言う。
しっかり成果を出したものには奴隷階級でも市民階級へと上がることができる。そういう制度をつくるのだとか。「頑張った者」というのは聞こえがいいが、それは明らかな毒だ。
本当に力の無いものは淘汰されると言う社会の仕組みだった。
力の無いものは、ほぼ無限にその状態になる経緯が存在する。一億人いたら一億通りの理由がだ。それらをほぼ救いきるのは不可能なのだ。
つまり初めから使えないものは切り捨てる前提の制度に他ならない。
今までその社会の仕組みがある国は、富むようになるが、まったくなかった国、それに悪魔領はおそらく社会格差が生まれて、使役奴隷、もしくは肉奴隷が発生するだろう。
当然、犯罪率も増える。王国だけでやってもらう分にはいいが、世界でやるのなら都合のいい奴隷制度を押し付けるだけになる。
「それだけなら良かったけれど、グランディオル王国とヴェントル帝国が海洋進出を始めるそうだ」
「な⁉ それは明らかにこのジオルドを狙ってないか?」
海洋国家であるジオルドやその取引のある小国は、海の上では独壇場だった。しかしそれに乗り出してくるとなると、国力を考えればすぐに追い越されて、この国の優位性なんて無くなってしまう。
そう思っていたが、すでに技術力の高い帝国が秘密裏に駆動式の船を開発していた。海洋国家と言えど帆船しかない現行の技術力では速度が違いすぎるそうだ。
「いまそれで攻め込まれたら……おそらく……」
「……現状ですでに優位性はアシュイン様だけになってしまいました……」
「それは構わないけれど、……王国はなぜそんなに焦っている?」
諜報部の調べでは、グランディオル王国内で、エルランティーヌの権力が復活したとはいえ、ロゼルタの治世でアルフィールドとヴェントル帝国のつながりの残滓が殊の外大きくなっていた。
それらの意思としてはあくまで悪魔の奴隷化。やはり目玉はボク、つまりアシュリーゼらしい。
「アルバトロスの執着心ということか……」
「いえ、政治的にも軍事的にも幅を利かせている、主体的に動いているのはアーノルド・アルフィールドらしいです」
「長男か」
エルランティーヌが抑えてくれていたら、これは起こらないと思っていた。しかしその考えは甘かったようだ。
そうなればジオルドは世界にとって敵となるのは必然だろう。
「我々は奴隷たちの食い扶持を守りたい。どのみち王国の言い分が通れば彼らは海賊になるか、のたれ死ぬしかない」
ゴルドバ将軍も、他の団員たちも同じ意見の様だ。彼らはボクたちを匿ってくれている。その彼らが覚悟を決めているのなら――
「ボクに考えがある……初戦を完膚なきまでに叩きのめしてやる……!!」
「アーシュ……なんか、カッコいい……!!」
今までカッコよくなかったのか、という野暮なことは言わない。でも今までのボクは受け身で少しカッコ悪かったと思う。
それにいい加減アルフィールドのやっかみも蹴散らしたいのだ。
カルド海の陸伝いを南下したあたりの大森林に囲まれた場所の数か所に秘密の造船所があるという。そこをつぶせるかと言えば、魔女部隊が駆り出されている。
魔女の多くは王国側に着くことにしたようだ。
「ルシェ……もしかするとここが手薄になる可能性がある。クリスティアーネやシルフィたちを頼むよ……」
「うん……!!」
調査では相手側の駆動式の船はニ十隻。対するこちらは相手の到達までに準備できる帆船が五十二隻……。数の面では明らかに有利に見えるが、速度で突破されるとおそらく上陸を許してしまうだろう。
陸軍が弱いジオルドに騎士団や勇者、それに通常の魔女まで攻め込まれると守るのは不可能になってしまう。
やるのなら全て海上でつぶさないとダメだ。
そこで考えた作戦がこうだ。こちらの前五十二隻の船、すべてに魔法陣を設置する。そして一隻から遠距離攻撃をボクが放ち、狙いを惹きつけてからすべての船から大砲で攻撃をする。
討ち漏らした船はボクが直接殲滅する。
いくら速度で優位にある彼らも海洋戦は相手も不慣れだ。慣れる前にすべての船を沈めたい。
「連携はまかせとけ! そういうのは大得意だ!」
「帆船は帆船の良さがある! 負けてたまるかよ!」
「アシュイン……いやアシュリーゼ! 頼りにしているぜ!」
初めて会った時には邪険にされていたゴルドバ将軍はいつの間にか、戦友というべき仲になっていた。
差し出された奴の手を握り、ボクたちの共同戦線が今始まった。
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