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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第七部 勇者が世界を滅ぼす日
166/202

ヒュプトゥナ村

あらすじ

マニとシルフィの魔王軍第七部隊が生存しているかもしれないと言う情報をえたシルフィは、皆に相談した。そしてアシュインと二人で会いに再びヴェントル帝国へとやって来た。



 以前猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)がやり捨てた研究の残骸である毒を生成するアウスビッツ工房が見えて来た。しかし今は工房長をしていたエルダートが将軍に返り咲いた事と、すでに猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)の興味がなくなっていたことから稼働していないと聞いていた。

 しかし見ると何やら煙突から煙が上がっている。



「あそこの工房が稼働しているな……」

「あれは何なのだわ?」

「以前猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)が毒を生成していた工房らしいよ」

「んげ……最悪なのだわ……あちは猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)が大嫌いなのだわ!」



 シルフィは以前封印されて、ただの浮浪児と成り下がった時の原因になった事件に猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)が絡んでいたことから、因縁があるようだ。


 工房をこっそり覗いてみると、見覚えのある花があった。いわゆるニンファーの花だ。ニンファーの花から生成する薬品を作っているのかもしれない。



(つぶしておくのだわ?)

(いや、今はマニやシャルロッテの捜索にきているだろ? 目的が違うからほっておこう)



 潰そうと思えばいつでも潰せるのだ。いちいち一つの工房にこだわっていられない。

 さらに川沿いを上流へと登っていく。シルフィもいつになくしっかりしがみついている。

 何となく顔をこちらに向けようとしないのが気になった。



「シルフィ?」

「ん? な、なんなのだわ」



 時間短縮のために結構な速度や高さで飛び跳ねているから、自由落下の時の無重力感がきついのかと思った。

 しかし彼女の様子を見ると、頬を赤らめて嬉しそうにしている。一粒の涙をこぼしてボクの胸に顔を摺り寄せていた。



「ううん。なんでもない」



 久しぶりなのがよほどうれしかったのかもしれない。それ以上は何も言わずに走った。




 しばらく北西側の上流へと進むと、巨大な岩棚が見えてくる。周辺では一番大きくて高い。

 あの上に村があるようだ。岩の側面をよく見ると削り取られて、階段のようになっていた。自然に削れたものではなく明らかに人工的に、それもかなり精巧につくられた階段をみれば、頂上に人がいるのは明白だ。



「行ってみよう」

「うん! いくのだわ!」



 階段はらせん状になっているのでそれに沿って行ったら時間がかかってしまう。ボクたちはその階段を足場にして垂直に上る。


 頂上まで登りきると、かなり広い平面に小さな村が成り立っていた。いくつもの藁葺き屋根の木の家があり、畑、そして中央に源泉と思われる泉があった。雨から作られる源泉ではなく、何か不思議な力によって水が湧いているような、とても澄んでいて奇麗な色だった。


 ここはヒュプトゥナという名の村。一般の地図には載っていないが、シルフィの持っている魔女用の地図にはしっかり明記されていた。




「そこの女子共(おなごども)! どうやってここに来られたか!」



 ……女子?


 いきなり目の前に現れたのは背の高い筋肉質の中年の男だ。門番をしている様子で、槍をこちらに向けている。それに今は男の格好をしているはずなのにまた女に間違われている。

 他の国ではこれほどではなかったはず。なぜかヴェントル帝国の住人には女性に間違われる。



「え? 登ってきました」

「そんなわけがなかろう!……階段は途中で守り人がいたはずだ!」

「いえですから、垂直に(・・・)登ってきました」



 男の声が徐々に怒気を帯びていく。

 一方シルフィもなかなか信じてもらえなかったので苛立ってきている。こんなところまで来てまた問題は起こしたくないので、こちらから話をきりだす。



「人探しのために来ました」

「……っ!! どなたをお探しか?」



 一瞬だけ嫌な顔をしていていたが、すぐに平静を装う。取り繕うのが苦手な男のようだ。その人物に心当たりのある顔をしている。



「マニ、シャルロッテという女性、そのほかに数名いるはずですが?」

「……その名を聞いてここを通すわけにも、返すわけにもいかなくなった」



 やはりここで間違いないようだ。

 情報の出どころは分からないけれど、ジオルドの諜報員は優秀なようだ。信憑性の薄い情報はあまりあげてこない。



「アーシュ、あちにやらせてほしいのだわ……これはあちのことなのだから」

「……がんばって」

「ケケケ、それにアーシュに任せたらこの渓谷が平原になってしまうのだわ」



 ……否定できない。

 そんな冗談をいえるぐらいにはシルフィも余裕がありそうだ。彼女はリーゼちゃんを産んでから、さほど経っていない。

 無理をさせたくはなかったけれど、まったく運動しないのも悪いらしい。完全に身体がなまっているから動かしたいというのもあったのだろう。


 責任はボクにもある。失踪してしまったのが事の発端なのだから。ただそれをいちいちいっても彼女は納得しない。今は彼女の清算のためにきているのだから。



 目の前の男は武力も魔力も、冷静に状況を見られる判断力も持っている。こんな小さな村で収まる男ではないだろう。

 それともこの村にはまだ守らなければならない重要なものがあるのだろうか。



「では……女子(おなご)を手にかけてしまうのは忍びないが、これも因果。ゆるされよ!」



 ――そう言ってシルフィに対して槍で連撃を繰り出す。



「ケケケ。気にせず打ってこいなのだわ。身体を慣らすにはちょうどいいのだわ!」



 シルフィは奴の連撃を避けると、懐に飛び込み肘を腹に打ち込むと見せかけて、足を払う。



「……ぐっ! なんだ、この女子(おなご)は⁉」



 男は転ばされてもすぐに態勢を整える。武力だけで戦うのなら簡単にはいかないようだ。

 シルフィの感覚はやはり鈍っているように思う。魔王領の学園でボクと拳を交えた時より切れが悪い。



「ケケケ~! んじゃ、ついてこい(・・・・・)なのだわ! 小僧」

「なっ⁉ 儂はすでに二十八ぞ! 小娘が!」



 シルフィは千歳以上だから間違っていないけれど、認めたくないのだろう。この男も見た目に引っ張られ過ぎだ。

 人間であれば二十歳を越えたら、筋肉の衰えが始まる。それまでにしみこませた筋肉の動き以上のことはできなくなる。

 ニ十八でこの動きであるなら、訓練を怠っていない証拠だ。堅苦しい話し方といい、この男はさほど悪いやつではない。




 どんっ、という重低音が岩場に響き、地震が起きたような感覚になる。仕掛けたのはシルフィ。

 地面を揺るがし、一瞬の重心を崩す。そして――



「ぬぅん! 沈むのだわ!」

「ぐっ!! がっ!!」



 連続激がわずかに急所を外した(・・・)位置に入った。なまっていはいたけれど、身体強化も使わずに勝つことができたようだ。



「ふぅ……結構なまっていたのだわ」



 すぐに気付け薬を飲ませて、治癒魔法をかける。そのうちにいつの間にか離れたところで村人が集まって心配そうに見ていた。

 男も意識が戻って、頭を振っている。



「大丈夫?」

「あ、あぁ……すまぬ……」



 ……なぜ顔を赤らめる。


 村に入るのなら村長の許可が必要だ。シルフィに負けたことで、仕方なく村長の許可を仰ぐことになった。

 村長の家へと案内してくれると、まだ警戒している村人たちの間を通ってついて行くことにした。


 村長の家は村の中心地にあり、周囲より大きな家だ。作りも他の家よりしっかりして綺麗だった。

 中に入り挨拶をする。



「シルフィなのだわ」

「アシュインと申します」


「ふむ……こんな僻地まで来て……人探しですかな」



 村長はかなり高齢だ。頭はつるつるで白くて長い髭が逞しい。優しそうな顔をしているが、細い目からは一筋縄ではいかなそうな闇が見える。



「数名の悪魔が来ていると思うのですが、会わせていただけませんか?」

「……なんのために?」

「ほら……シルフィ」



 シルフィを促す。これからはシルフィが話すべきだろう。彼女の目的のためにここまで来たのだ。ボクはあくまでおまけ。



「あちは以前、グランディオル王国騎士団長をしていたのだわ」

「……ふむ」

「彼女たちに、酷い無茶をさせてしまったのだわ」

「……償いのつもりですかの?」



 この老人……それだけ聞いて全てを把握したように的確な質問をしてくる。ただの償いと答えるのなら、きっと会わせてくれないだろう。

 シルフィは、あの時からずっと決めていたことがある。でもそれはとてもつらい決断で、こうして面と向かって問われると辛い。

 彼女が越えなければならない壁だ。



「あちは……あちは……償うつもりなどない! 恨みを買いに来たのだわ!」

「……ふむ」



 奴の中でその言葉を精査している。

 今の彼女たちの状態、気持ちと照らし合わせているのだろう。しばらく考え込んでからこちらを見据える。



「……いいでしょう。ガムル……会わせてやりなさい」

「……いいのですか?」



 他の村人も心配している。それほどまでに会わせたくないのかもしれない。これは罵られる覚悟をしておいた方がよさそうだ。


 先ほどの門番はガムルという名らしい。

 薬と治癒をしてあげたせいか、彼はボクには親切に接してくれている。逆にシルフィの事はまだ警戒したままだ。

 元騎士団長という肩書がそうさせているのだろう。






 再びガムルの案内で、彼女たちが滞在している家に向かう。歩きながらこちらが気になっているのか、しきりに話しかけてくる。



「さきほどはありがとうございます、アシュインさん」

「いいえ。それより皆無事なんですか?」

「……ここにきたときは酷い状態でした」



 やはり乱戦で全滅したと思われていたほどだ。無傷でいられるはずがない。その混乱に乗じて逃亡したのだろう。

 彼女たちは臨時の傭兵部隊のようなものだ。グランディオル王国に忠誠を誓ったわけでもないから、命の危機があるならそれは賢明だ。



 当時、この村から血縁に当たる親戚に会うために国境付近の村へ来ていた家族が戦乱に巻き込まれた。

 それを救ったのが何故か敵側の主力だった悪魔たちだ。謀叛を起こしたとなればシルフィの責任問題になりかねないと踏んだ派遣されていた部隊長は独断で、彼らを反逆者として攻撃対象にした。

 家族を庇いながら戦ったマニやシャルロッテたち第七部隊は重傷を負ったが、戦線からは脱出できたそうだ。


 そして第七部隊は戦死したと報告され、この世界から消息を絶った。命からがら運ばれてきたのが、恩のある家族の故郷であるここだったということらしい。


 さすがにそこまでいけばシルフィの所為ではなく現場の判断の結果としか言えないが、当時の責任者であるシルフィは自分でそれを受け入れる覚悟をした。



「……それでも会うのですか?」

「あぁ……すべてを受け入れるさ」



 大きい村の家屋へ案内される。ここは数名が宿泊できるようになっていた。木と藁葺き屋根の家だけれど作りもしっかりとして、清潔に保たれている。同じ素材なのに、街のように整った家に少し驚いた。

 入口周囲には花が植えられている鉢が並んでいて、手入れが行き届いている。



「ガムルだ。入るぞ?」

「ガムルさんいらっしゃい。 ……え……だれ?」



 出て来た女性がこちらをみて、明らかに警戒し恐怖している。ここの地形を考えても、村民以外が来ることなんて滅多にないのだろう。



「こんにちはアシュインです」

「シルフィなのだわ」


『アシュイン⁉』



 奥からボクの名を叫ぶ声が聞こえた。おそらく部隊のだれかだろう。話せるといいのだが、かなり驚いている様子だ。



「村長の許可は貰っているから、会わせてやってくれ」

「は、はい……ど、どうぞ」

「ありがとう」

「あ……は、はぃいいいい!」



 女性が変な声をあげて案内してくれた。始終ソワソワしていて落ち着かない。二十代ぐらいのこの女性はここで世話係をしているそうだ。



「みんな! お客さんよ」

「え⁉ ……まさか魔王代理⁉ うそ⁉」

「えぇ! もしかしてお迎えに来たの⁉」

「いや! 魔王代理は失踪して、魔王領に災いをもたらした張本人だろ!!」



 あつまってきた悪魔たちは、方々にボクの事を思い出しながらバラバラな意見を言い合っている。

 彼らをみているが、マニとシャルロッテがいない。



「まって、まって。マニとシャルロッテはいないの?」

「……奥にいるけれど……」



 歯切れの悪い返事しか返ってこない。あまり良い状態ではないのかもしれないが、彼女たちに会いに来たのだ。ここで帰るわけにはいかない。



「案内してくれる?」

「……会うの?」

「ああ……会いたい!」



 彼らはあまり毛嫌いしていないようだ。それともあまり二人から事情を聞かされていないだけかもしれない。

 どちらにしても、恨みを買ったとしても詳らかにするべきだろうな。


 奥の部屋へと案内され、ベッドが二床ありそこに寝ている人物がいた。まだ日は高いのに、寝ているということはよほど悪い状態なのだろうか。

 ボクたちは緊張してベッドへと近づいて行った。





読んでいただきありがとうございます。

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