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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第七部 勇者が世界を滅ぼす日
160/202

ターゲット

あらすじ


 悪魔領最南端の村に来ていたアシュインたち。声がして振り返るとそこにはアイリスがいた。




「やぁ……アイリス……」



 振り向くと相変わらずの美貌、そして人を魅了する魔力がそこにあった。彼女は意図していないのは分かるけれど、ボクの心だけが彼女に染まったように色めく。

 一緒にいた時は毎日感じていて麻痺していたが、彼女と離れ離れになっていることが日常になってからは、会う度にそれが強くなっていた。


 自分で客観的にみても変態の様だったから、さすがにその想いは絶対に言ってやらない。



「「……ア……アイリス……」」



 何故か気まずいようで、シルフィもクリスティアーネもボクの後ろに隠れてしまった。世界の理の上位に位置する存在が、今はとても小さくて可愛らしい。



「まさか……婚約者を殺すなんてね」

「……うん。 ごめん」

「……っ。それは何に対して? 居なくなった事? 騙していたこと?」



 つい謝ってしまった。そんな気がないのに、軽んじてしまったその謝罪は最悪だ。彼女もすこし苛立っているように感じる。

 その答えを、「つい」なんて正直に応えたら殺されそうだ。



「いや……つい……」

「な、なんですって⁉」



 しまった。

 ダメだと思っても、問い詰める彼女を目の前にしてしまうとうまく話すことができない。久しぶりに会った所為か、ボクが彼女に魅了されてしまっているからだろうか。

 あの深紅の瞳に見つめられると、どうにもうまくいかない。



「はぁ……世紀の大魔王が聞いて呆れるわ……」

「ボ、ボクはそんな評価なの?」

「そうね。そしてエルランティーヌが女王であり救世主」

「わたしたち悪魔領は属国に近い扱いだわ……」



 それはボクが描いた絵に、かなり近い状態だ。

 不可抗力とはいえ、一年も失踪して世界中を混乱に陥れたツケを少しでも取り戻せたのではないだろうか。

 おかげで奴隷計画も下火になった。アルバトロスという重鎮や、強欲なヴェントル皇帝もアイリスを狙うには、その領土や地位を賭けるほど覚悟が必要になってしまったため、動けなくなっていた。



「アイリスは不自由していない?」

「……ええぇ……それなりに。……満足? 思い通りになって」

「……」



 その問いには答えなかった。図星だからだ。

 はっきりいてあの計画どころか、ボクの行動原理が自己満足でしかない。彼女たちを喜ばせたい。彼女たちを守りたい。

 彼女たちが不幸になるのが嫌だからだ。罪滅ぼしでも何でもない。だからさっき謝ってしまったことだけは、ボクの意図とは違う。



「……わたしは……自分の心を守るために簡単に諦めた……そうしなければ周囲を守れなかったから……なのに貴方は世界の敵になっても守ったわ……」

「……アイリスの言う通り、ただの自己満足だよ。 自分が蒔いた種だし」

「……わたしは想いを閉ざし、ルシェは壊れかけた。でもナナは貴方をずっと信じていた……みじめだったわよ……」



 だから何もかもぶち壊すつもりで、あの会場へと参加した。しかしぶっ潰すつもりだったのはボクの方だったことに、驚愕したそうだ。

 そして気がつけば魔王領の安定、そして王国との交易復帰。暮らしやすい生活が待っていた。

 さすがにボクはそこまではしていない。今そうなのであればエルやアイリス、そしてルシェが頑張った証拠だと思う。



「……ボクは信じろとは強いていない。 望んでいるのはキミたちの幸せだけだよ」

「……っ!!」



 今この言葉は彼女を余計追い詰めてしまっていた。だからって思ってもないのに罵ったって、棒読みになるだけだ。

 ふいっと横を向いて涙目で赤らめている。



「……ずるいわ」

「うん……ボクはずるいんだ」



 そう言って、どこか憎めないような顔をしている彼女がおかしくてボクもつられて笑った。

 世界の敵となったボクに対して、彼女は特に何もする気が無い。それは敬意を知っているからで、あの場にいたルシェベリアル以外には隠しているようだ。だから他の悪魔に見られるといざこざが起きてしまう。



「アーシュ……ルシェに会ってくれない? あの子は精神的に壊れてしまっただけで、アーシュの事をまだ想っているから」

「……ああ」



 じゃあアイリスは……とはとてもじゃないけれど聞けなかった。きっともう彼女の心は離れてしまっている。なんとなく話してみてそれが見え隠れしているのがわかった。



(シルフィはリーゼちゃんと戻っていて)

(……わかったのだわでも……クリスティアーネをつけるのだわ)



 アイリスは後ろに隠れているシルフィやリーゼちゃんの存在は気にも留めていない。

 さすがにクリスティアーネだと隠しきれないから、彼女はボクについていく。ボクは世界中から狙われているから、一人にしたくないという彼女たちの気持ちを無下にするわけにもいかない。


 ボクたちはアイリスのゲートに乗り、シルフィとリーゼちゃんは、上手にブブの巨体の後ろに隠れていた。

 こちらからは一切みえていないから大丈夫だろう。





 白い世界から開けた場所は魔王城の以前あった魔法陣と同じ場所だ。魔法陣自体は変えられているからボクは覚えなおさないと使えない。

 しかし以前とは大きく違うところがある。



「おかえりなさいませ! アイリス様!」



 敬礼をしているのは、王国軍の騎士たち、それに貴族。悪魔の使用人や部下たちもいるが、貴族の方が多い。

 エルランティーヌの手配だとは思うけれど、こんなに人間がいる城では休まることはないのではないだろうか。



「おかえり、アイリス……と、嘘⁉ ……アーシュ⁉」

「久しぶり……ルシェ」



 一瞬顔がほころんだが、すぐに居直って周囲に退出するように命令している。彼女の近くで仕事をしていたのはやはり人間の貴族たちだ。

 出ていく彼らはこちらをみて、明らかに警戒の眼差しを向けていた。


 完全に王城の人手不足は解消された反面、すでに彼女たちの物でもなくグランディオル王国同様に貴族の陰謀渦巻く場所と化している気がした。



「……あの墓地に来ていたから、連れて来たわ」

「うん……ありがとうアイリス! ……会いたかったよアーシュ」

「ルシェ……少し……だいぶ疲れているね」

「アーシュ……アーシュゥ!!!!!!!!」



 そう言って抱き着く。彼女はもう限界なほど精神をすり減らしていた。ボクがしでかした処理をすべてになって、悪魔たちとの板挟みになっていたのだろう。その心労は察して余る。


 もうずっと彼女とは接してもいない。気安く撫でるものどうかと思った。でも今、してあげられなかったら、もう機会は来ないかもしれない。それに彼女もなおさら思い詰めてしまうかもしれない。


 その行為が彼女を見えない鎖で縛っているのかもしれないけれど、一時でも彼女の心が癒えるならボクは……。



「ふぁ……きもちいぃ……やっぱりアーシュだぁ……」



 その気持ちよさに身をゆだねるように、目を細めている。その目には大粒の涙が零れていた。



「ボク……がんばったよ……」

「あぁ……ルシェ……すごいよ」

「ううん……ボク……アーシュがいないと……もうダメみたい……」



 一度寄りかかってしまうと、どこまでも堕ちてしまう。彼女は本当にギリギリだったのかもしれない。部下たちの前では気丈にふるまっていたが、こんな息のつまる執務室でずっと執務をしていたのだ。

 それもエルの様に小さい頃からその空気に触れていたわけでもなく、突然に慣れていないままそれを強いられた。それはまさに地獄だ。



「……アーシュ……彼女を連れてってくれない?」

「な⁉ じゃぁアイリスはここで一人になっちゃうだろ!」

「大丈夫。わたしの護衛はミルがしてくれている」

「ミルが⁉ まだ十一歳だろ?」



 すると不敵な笑みを浮かべてミルの成長ぶりを自慢し始めた。そんな彼女もボクはやっぱり好きだった。その魅力にいちいち心躍らされる。

 ミルはあの時もルシェの魔力をもらって檻を破壊していた。それだけではなく周囲を翻弄して寄せ付けない武力を持っていた。

 しかし本人が持っている魔力は幹部程度だ。それでは召喚勇者が来られたら強く突っぱねられない。

 そう思っていたが、もうボクの知っているミルはいないようだ。



「実はあの後、上位魔女の……紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)?だったかしら。 わたしを犯そうと襲ってきたの」

「なんだって⁉ あの女!!!!」

「ふふ……まだそうやって怒ってくれるんだ……でも大丈夫。ミルが圧倒してボコボコにしてくれたわよ?」

「は⁉」



 ミルはそこまで強くなるっていったい何があったんだ。あの時もすごいと思ったけれど、騎士と魔女の混成チームに押されていたのは気づ付けないためだろう。

 さほど実力は出していなかったようだ。しかしその強さならば、召喚勇者に後れを取ることは考えづらい。



「ミルとも会いたいなぁ……」

「……彼女……割と戦闘狂になっているから……今はやめた方がいいわよ? 純粋に戦いを挑まれると思う」

「……そ、そうなのか……」


 それはそれで面白そうだし、ボクは悪くないと思っている。でもいまは目立つことをすれば敵が集まってしまう。

 それにアイリスが城にボクを引き入れたとなれば、彼女の立場が悪くなってしまう。やっと落ち着いたと言うのに。

 そう思っていると慌ただしい足音と共に激しく扉が開けられた。




「……アイリス様!! これは一体どういうことですか⁉」

「まさか大魔王を引き入れたということですか⁉ やはりこれだから悪魔は!!」



 不味い……城に在中していた勇者や騎士たちに連絡が行ってしまったようだ。でも話したし、そろそろ退散しよう。

 しかしすでに見つかってしまっている。一緒についてきて大人しくしていたクリスティアーネに視線を向ける。

 彼女もこちらを見て頷く。



「……ちちち、近づくんじゃねぇぞぉ!!」

「ぐうぃひひひひひぃひ!! ……た、食べちゃうぞぉ……」



 クリスティアーネのそれは可愛いだろう……。

 そうボクたちがとった選択肢は、ルシェを掻っ攫う盗賊風で罪を一つ増やすことだ。しかし彼女のそれは、子供をあやす台詞といっしょだった。

 それは置いておいて話を進める。



「……こここ、コイツの命が欲しくば大人しくしていろぉおおお‼」

「し、していろぉおおお! ぐひひひ!」

「た、たすけてぇ~……?」

「くっ⁉ ……こいつらぁ!! 馬鹿にしているのか!」



 へたくそな芝居だったが、騎士たちは敵と認識してくれたようだ。このままひるんでいるうちに空間転移(ゲート)を使って逃げてしまおう。

 ボクが魔法陣を出して、使おうとしたその瞬間――。



 きぃいんと大きな音を立てて、魔法を強制消去された。



「なっ⁉ なんだ?」





「そんなことさせぬ!!」





 ゆっくりと人だかりの中から出てきたのは女性だ。周囲の騎士たちはコトコ様と呼んでいる。名前の響きからしてアミたちと同郷の召喚勇者かもしれない。しかしこの感じ……。

 気配が動いた瞬間に――




 広い執務室の中心にまで詰め寄り、()にぶつかる。ボクの拳を受けてビクともしていない。うまく受け流されてしまったようだ。

 それにしても魔力もかなり高い。



「……お前……ヘルヘイムか……‼」

「くくく……正解……よくも我を殺してくれたなぁ……‼」

「……コトコの様子がおかしいわ!」



 アイリスや騎士団、貴族まで彼女の豹変に驚いている。奴はすでにコトコという召喚勇者などではない。意識は完全に奪われているし、ボクの動きもある程度見られているので対処されてしまう。

 思ったより、不味い状況だ。



「ぐひ……アーシュちゃん……その子……キ、キメラ……かもぉ……」

「ふん……それも正解……そっちは上位魔女か……それにしては……まぁ今はこっちか……」



 キメラになった……つまり魔王の因子を植え付けられた召喚勇者という能力を掛け合わせた強者の上に、さらに造物主が乗っ取ったということか。いくらなんでも盛り過ぎだろう。

 召喚勇者は特殊な能力を与えられるとしても、元は普通の人間だ。そんなにかけ合せたら器が持たないはず。



「まぁいい……これの為に発現したの……だからな!」



 すると隙をつかれて、腰にぶら下げていた聖剣を盗まれてしまった。すぐ奪いかえそうとすると、奴は空間に聖剣を放り込む。



「この……!!」



 先ほどとは違い、いいの(・・・)が入った。

 拳圧による重低音が部屋に響き、その躯体が吹っ飛んでいく。しかし衝撃の瞬間に奴は彼女の中から脱出してしまったようだった。



「くっそぉ……!!」

「……そ、その子は殺さないで!」

「あ!!」



 アイリスが殺してほしくない子のようだ。不可抗力とはいえ、室内で出せる最大出力で殴ったせいで、壁を突き破り外の庭園の庭に埋まってしまった。

 キメラの召喚勇者でも彼女はそれほど強い部類ではないのかもしれない。ヘルヘイムによって、その潜在能力を無理やり引きずり出されていたようだ。やつが抜けてしまえば脆い。

 慌てて埋まってしまった場所から引きずり出して、すぐにアイリスたちのいる執務室へと戻った。



「不味い!!……クリスティーアネーネ!!」

「ぐひぃ……」



 さすがにこれはもう即死に近い状態だったから、全力で滋養剤と治療を施した。

 全身の骨が砕け、内臓損傷が激しく、腹腔と脳内に血だまりができているのか顔がまっかに晴れ、腹も膨れてきている。


 二人掛かりで治癒をしたので、命はかろうじて取り留めたようだ。一か月程度は起き上がるのは難しいだろうし、痛みも酷いだろう。ヘルヘイムの被害者なのに悪いことをしてしまった。



「ごめん。ついやり過ぎた」

「さっきの何なの? あの子……まるでロゼルタのような……」

「造物主ヘルヘイムが乗り移っていたんだ。 詳しくは今度……ね」

「今度…………え、ええ!」



 「今度」という言葉に嬉しそうにするアイリス。気持ちが離れていても、まだ気にかけてくれるのはボクも嬉しかった。

 しかしあまり親しくしているのを、貴族たちに見られるのは厄介だ。クリスティアーネと頷き合って、再び棒読み芝居を始める。



「あ~こほん! ここ、こいつをもらっていくぜぇ!」

「ふ、ふざけないで! ルシェは渡さないわ!」

「ぐひぃひひひ……食べちゃうぞぉ……!!」



 だからクリスティアーネのそれは違う。


 再び騎士たちが騒ぎだしてボクたちだけ(・・・・・・)を罵っている。これだけ敵意がこっちに向けば、アイリスが疑いをかけられることはないだろう。



「ぐひ……空間転移(ゲート)



 今度はクリスティアーネがを唱える。魔法の専門家である彼女が使った方が、発動がわずかだが早いからだ。さっきの様に横やりが入ったらいつまで経っても帰れない。



「アイリス!! 大丈夫⁉」



 すると少し遅れてミルが騎士団をかき分けてやって来た。学園から知らせを聞いて、急いで帰ってきたようだ。

 あの時は遠目でしか見られなかった。

 それに意識は別に向いていたからあまり気にしていなかったけれど、今見た彼女は……かなり女の子らしく成長していた。

 あまりジロジロ見るのは悪いと思ったけれど、その容姿はアイリスに引けをとらないほどだ。



「アーシュ⁉」

「ミル……奇麗になったね……」



 ほんの一瞬でもミルの姿をちゃんと見られてよかった。できれば今度来ることができたなら、ちゃんと話をしたい。


 そのボクの言葉を最後に、景色は真っ白に包まれた。






読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  アーシュの気まずさ、アイリスの恨めしさ。その一方で、二人とも互いをいまだ憎く思っていないこと。そういった心のうちと裏腹な、それぞれの立場や周囲の状況。この一話だけで、そういった入り組んだ…
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