賞金首
あらすじ
ジオルド帝国に逃亡したアシュインたち。リーゼちゃんに翻弄されるという日常がやって来た。しかし……
「ふぎゅ~~~~!!!!!!!!!!!!」
リーゼちゃんの朝は早い。いやむしろまだ夜中だ。シルフィは魔力不全だったために、母乳があまりでないし痛くなってしまう。
結構力強く吸われるから痛そうだった。
もちろん吸い足りないが、ボクの親指を吸っていると魔力が強引に引きずり出されていく。それが美味しいらしくて、満足して寝てくれる。
ただ三時間おきに起きて騒ぐものだから、結構辛い。ここ一週間ほどはその繰り返しなので、落ち着くまでは旅に出ることができずにいた。
そうしている間に追っ手が来ないとも限らないから緊張はまだ解けていない。
寝床で騒ぐと疲れている二人を起こしてしまうので、リーゼちゃんを抱っこして外に出る。
未だ周囲は薄暗く、地平線の向こうが明るくなる時間だった。
「ふぎゅ、ふぎゅ」
「リーゼちゃんはよく食べるねぇ」
すでにふさふさと髪が生えていて、成長の早さがうかがえる。もしかしてボクの娘はすごいのかもしれない……。
しかしまだ子供ができたなんて実感がわかないし、出産に立ち会えなかったふがいない自分にすこし負い目を感じている。
だからその分は愛情を注いで返していきたい。
「……っ」
朝日が出始少し前の時間なのに急に大勢の魔力が感じられた。隠れてこちらの様子を窺っていることからも通常のお客さんではないことは確かだ。
彼女たちはまだ寝ているから、起こして逃げるには時間がかかる。
「ふぎゅふぎゅ!」
「危ないから大人しくしていてね」
リーゼちゃんもいるのだから、ここは冷静に、『勇者の壁』を張っておくことにした。
じりじりと迫るのを待っている気はないので、こちらから行ってさっさと終わらせよう。話を聞くのなら一人いれば十分だ。
やつらのいる方へゆるやか歩いて行き、小石に躓く。
「……え⁉ どこに!」
――と同時に迅速に間合いを詰める。
「……あぐっ!!」
「……え? ぐぅ‼」
「……ぐあぁ!!」
ボクが躓いて、誰もが転ぶと予想したほんの一秒先の未来を変えるだけで脳は見失う。いくら早く間合いを詰めるとしても限度があるので、その時間稼ぎの技を使って詰める。
よほど戦闘慣れした人物ではないと、引っかかってしまう。かくいうボクもシルフィに何度かやられた経験がある。
「きゃっきゃっ!」
リーゼちゃんは高速で動いていても怖くないどころか、楽しんでいる。この子は将来大物になりそうだ。
予想した気配は15人でいま13……14……。
「……貴方は……?」
「噂に聞いていたのとは随分と違う」
残っていたのは鍛え上げられた筋肉の盛り上がった男だ。ボクの二倍ぐらいの大きな体をしている。
かなりの手練れだ。力推しで負けることはないけれど、戦闘経験は向こうの方がありそうだ。
リーゼちゃんを抱えたまま戦うのも不利だけれど、一歳に満たない子を地面に置いておくわけにもいかない。
「……何の用だ?」
「貴様には賞金がかかっている。我が組織『エンデバー』の糧になってもらうぞ……!」
「……そういう……」
未だ数日しか経っていないというのに、この広まり方。本気でボクの事を追っているようだ。
危害を加えるつもりはなかったが、全員返すわけにはいかなくなった。それに賞金首になっていると言っていた。
「……元帝国騎士クック……参る!!」
ご丁寧に名乗ってから襲ってくる。案外悪いやつではなさそうだ。組織と言っていたが、組織の長としては少し間が抜けているが。まともに戦わなければどうということはない。
「……ぬぐっ⁉」
――殺気を飛ばしてひるんだ隙に間合いに入る。
そして右手はリーゼちゃんが居るから、左手で掌底を奴の腹へ当てて吹っ飛ばした。
「あ~ふぎゅふぎゅ!」
「楽しい?」
「ふぎゅ~」
ふしゅーと鼻息荒く、わちゃわちゃ手を動かして何やら興奮している様子だ。よほど楽しかったらしい。シルフィと同じように格闘が好きになるかもしれない。
殺気を当てたやつはその時点で動きが硬直していたから、ここまで吹っ飛ばす必要はなかったが、少しやり過ぎた。
「さて……意識はあるようだから、話を聞かせてくれる?」
「誰が話すか!」
「貴方の組織? というものが消えてしまうが?」
「……ぐっ、噂通り卑劣な奴め!」
一体どんな噂なのか興味があった。どのくらい尾ひれがついているのかある意味見ものだ。
「情報をくれたら見逃してやらない事もない。いやなら死ぬだけだ」
「……ふんっ。そんなこと聞くわけが……」
「ぐえへへ……この子……生きる屍に……し、しちゃおっかぁ?」
「な⁉ おい! やめろぉ!!!!!! やめてくれぇ!!」
クリスティアーネが起きてしまったようだ。リーゼちゃんの世話を今は三人で回してやっているから、彼女も疲れているというのに悪いことをしてしまった。
彼女が首を掴んで持ち上げているのは、先ほどボクが倒した女の人だ。気を失いながらも苦しそうにしている。
「ごめん……起こしちゃったみたいだね」
「ぐへへ……へ、平気……そ、それよりこの娘が……ボ、ボスの弱点みたいね」
「恋人か? 強くないのに戦場に連れてきたら、そうなるよね」
「……くそぉおおおお!!」
地面を強く叩いて、悔しそうにしている。ようやく観念したようだ。しかしこれでは完全にボクたちが悪の組織。
罪悪感がないわけでもないが、こっちも背に腹は代えられない。
「……わかった。何がききたいのだ……」
「賞金首の手配書はある?」
「ほらよ……これだ」
――――――――
手配書
アシュイン(アシュリーゼ)
賞金額 白金貨30枚
ロゼルタ姫殺害、第二次グランディオル戦争第一級戦犯、及び世界転覆罪。
アシュイン(男)とアシュリーゼ(女)という二つの姿を持つ凶悪犯罪者。一般国民は近づかず、最寄りの騎士団、兵士等に報告されたし。
有力情報提供者には金貨1枚。討伐者には白金貨30枚を進呈し相応の地位を与える。討伐部位は頭部。
――――――――
わざわざ羊皮紙に書かれた、似顔絵付きの手配書だ。
羊皮紙だって安いものではないのに、こんな場末の組織がもっているなんて王国も帝国も力を入れているようだ。
「俺たちみたいな徒党を組んでいる頭は皆もっている」
しかし討伐部位が頭部とは洒落が効いている。ロゼルタ殺害の意趣返しのつもりだろうか。
それに賞金額が白金貨30枚だ……これは相当……組織で動くのは当然か。
この金額ならニ、三十人の団体でも全員におつりがくるほどの報酬が手に入る。
「この一枚だけか?」
「ああ……配られているのは、その一枚だけだ」
つまりシルフィとクリスティアーネに関しては追わないということだ。それは好都合なのではないだろうか。
彼女たちをどこか安全な場所で確保してもらえれば、安全になるんじゃないのか。
(あほー! それがダメだと言っているのだわ!)
(わ! びっくりした! 別に言ってなかったような……)
シルフィが突然念話を使ってきた。家の方を見ると離れの扉のところにシルフィは立っていた。彼女まで起こしてしまったようだ。
「今、一人で逃げれば、あちたちは助かると思ったのだわ?」
「げひひ……そ、それはいやぁ……」
……ぐっ。思考が漏れてしまっていたようだ。
ボクの考えを手に取るように言い当てられると、さすがに突っぱねることは難しい。
「……もうできないじゃないか」
「……貴様も……大切な者がいる……のか」
赤ちゃん抱えていればわかりそうなものだが、今頃気がついたようだ。理性のあるまともそうな奴でこんな見境がなくなっている。
この報酬をみれば目の色を変えざるを得ないか。
今後が思いやられる。
「しかし、我らもじり貧。やらねばならぬのだ!!」
おそらく生活が困窮している集団なのだろうか。見れば全員、町人のふつうの服を着ている。消して冒険者でも盗賊などでもない。
「それほどに?」
「俺たちはヴェントル帝国で戦争に巻き込まれたんだよ!」
クック名乗った男は、あれの被害者だったのか。
「国境付近の鉱山夫か?」
「……あぁ……その生き残りなのだ」
召喚勇者を派遣したばかりに、王国側の人間は息絶えた。そしてさらに悪魔が乗り込んできて……。
ただ鉱山夫として村で暮らしてきた彼らの生活は壊れてしまった。
それを聞いたシルフィは、ゆっくりと歩いてきて奴の前に立つ。
「あの悪魔を指示したのは、あちなのだわ! 文句があるなら直接、あちに言え!!」
「な……⁉」
(シ、シルフィ? 謝罪か弔いをするのかと思っていたのに)
(べつにぃ? アーシュの真似をしただけなのだわ?)
……ちょっと以前より、いや大いに以前より意地悪くなっていないだろうか? これはボクが、アシュリーゼがやった事への当てつけだ。
「貴様ぁ!! 絶対許さんぞ!! 貴様の所為で!! 親父が死んだ!! 母ちゃんが死んだ!! 弟も死んじまった!! 敵わずとも一発殴ってやる!! この野郎!!」
「ケケケ~!! やれるものならやってみろ! なのだわ!!」
「ちくしょう!! 放せ!!」
二人の争いの中、後ろでせっせとエンデバーの連中を一か所にまとめているクリスティアーネ。この場面で至って冷静な彼女はさすがだ。
シルフィが何をしようとしているのか知っているようだ。
「いつでもかかって来るがいいわ! ケ~ケケケ! 空間転移!!」
「クック!」
ボクは奴が空間転移の光に包まれる瞬間に、あるものを指ではじいて顔面に当てる。当たったそれは奴の手の中に丁度納まる。
べつ最後の嫌がらせというわけではない。
――そして彼らは光の中へと消えていった。
「どこに飛ばしたの?」
「カスターヌの町なのだわ。 あそこなら少しがんばれば生活できるのだわ」
「アーシュこそいくら?」
「……な、内緒」
「ぐひひ……は、白金貨だった」
「しー!」
案の定、シルフィのお説教が始まった。どうやらボクは金銭に頓着しないせいか、感覚が麻痺しているようだ。
その様子を見ていた腕の中のリーゼちゃんは楽しそうに笑っていた。やはりリーゼちゃんはボクよりお母さんの味方なのだ。
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