リーゼの力
第七部のはじまり
あらすじ
アシュインたちは王位継承でかろうじて目的を達して、脱出した。
光が徐々に収束し、見慣れた景色が見えて来た。
クリスティアーネが使った空間転移魔法の行先は、ジオルド帝国だ。かなりやりっぱなしで穴だらけの結果だったけれど、目的は達成できた。
「……ぐぇへへ。 お、おわり」
「ああ……クリスティアーネ……ありがとう……それにシルフィも」
「……あちは……」
本当に間一髪だったあの時、開錠をしてくれたのはシルフィだ。あの改良版隷属の枷は、人間やその他の種族にも作用する危険な物だった。
ボクが全力でやればわからないけれど、少なくとも抑えた状態では完全に力を出しきっても解けなかった。
それをいとも簡単に開錠できたのだから、自分を卑下することなんてない。
けれど彼女の中では色々な事が渦巻いて悩ませているから、うまくそれを伝えられそうにない。
「……シルフィ。……好きだ」
「え……」
「あ、……ちが……くはない。うまく言えないから、言いたい事だけ言った」
「……ぐへへ……素敵な語彙力……」
「ぷ……けけけけけ」
いつになく慌てた様子に、二人とも笑っている。つられてボクも笑ってしまう。どうにも締まらない。
そんな笑いながら涙をこぼしているシルフィを抱きしめた。
「あち……やってしまったのだわ……たくさんの命を……」
「……ああ」
「あち……ヴィンセントに頼ってしまったのだわ……」
「……うん」
「あち……悪魔を……それなのに未だ保身ばかりきにしていたのだわ……」
俯いて自分自身を否定する。そんな悲しい顔をさせるためにボクは頑張ったんじゃない。だから笑ってほしい。
「――……けれど、卑しくもアーシュと……アーシュと生きたいと思ってしまったのだわ!」
「……いいんだよ。それで……誰に嫌われたっていいじゃないか。それにボクのほうが酷いことをしてきた」
ボクたちは神様じゃない。目の前の自分が守りたいと思う者を守ることだけで精いっぱいだ。結果不特定多数が死んでしまうこともある。
その人たちの家族からは恨みを買うが、致し方ない。
「シルフィは……あの子を守ったんだろ? ……それが全てだ」
「アーシュ……」
ただあの子はどうする気だろうか。あの場で姿を見せてボクを奪っていったのだ。アルフィールド家には戻れない。
「あの子は……? アルフィールド領に戻るか? それに父親は……」
あまり聞きたくなかったが、これからどうするか聞かなければ始まらない。ヴィンセントがどういうつもりなのか、このシルフィの行動をしっているのか。父親になる気があるのか。
「あの……アーシュ……あの子は……アーシュの子なのだわ……」
「へ⁉」
「ぐへへ……あの子。膨大な魔力を持っている。アーシュちゃんに似た良い匂い……ぐへへへへへぇ」
「に、匂い⁉」
悪魔や精霊に魔力の質が顕著に表れるのは知っていたし、アイリスやシルフィに特に魅かれたのは、その美しい質も一因だった。
だけれど人間のボクや上位魔女になったとはいえ元は人間のクリスティアーネにはそれがない。「魔力の匂い」なんて初めて聞いた。
「て、てっきり……」
「そ、そう……か……そんな噂ばかりだったのだわ……アーシュがそう信じても仕方のないことをしたのだわ……」
……しまった。
察しが悪いせいで、余計なことを言ってしまった。素直に信じてやれないなんて……。
「ヴィンセントとは、そういうことをしていないのだわ……信じてとはいえないけれど……子供もあちが一人で育てるのだわ……だからアーシュは気にしないでほしいのだわ」
「いやだね!」
「なっ⁉」
そんなこと認めない。
ボクはもうお人好しはやめたのだ。彼女も、彼女の子も一緒に入れるのなら居たい。それがたとえヴィンセントの子だろうと何だろうと関係ない。ボクの目的は『彼女の幸せ』なのだから。
「ボクは一緒にいたい。シルフィもシルフィの子も」
「アーシュ……でも、あちはこれからいろんなところへ謝りにいくのだわ」
「じゃあ一緒に行く」
「む、むちゃくちゃなのだわ……」
なんだか変態みたいなことをいってしまったけれど、彼女が許しくれるのなら、という条件を付けくわえる。
さすがに嫌われているのについて行ったら犯罪者だ。
「あ~もう!! わかったのだわ! 負けたのだわ……あ~あ、甘えん坊のアーシュに一緒にいてやるのだわ!」
「ふひひ……さ、最初からその……つ、つもりでしょ?」
かつてのシルフィだ。
この尊大不遜で傲慢な彼女こそ、白銀の精霊魔女シルフィなのだ。
これから起こりうるしがらみや、陰謀なんて大丈夫だと思えるほどそれは頼もしかった。
「話はすんだか? 家に入って休めぇ!」
「ジョウウ! 久しぶりだな。また世話になるよ
こちらの事情はあまり知らないと思っていたが、緊急退避先となるここに、タケオたちは先ぶれをしっかり入れておいてくれた上に、逐一状況を説明してくれていたようだ。
それに……あの筋肉だるまのじじいが赤子を抱っこしていた。
「結果は上々だったようだな……」
「ああ……それよりその子……リーゼちゃんか?」
「そうなのだわ……来る前にここに退避しておいたのだわ」
すごく小さくて……かわいい。
それにまだ生まれた間もないというのに、元気にわちゃわちゃと暴れている。
「……ほら、父ちゃんなんだろ? 抱っこしてやれ」
「ふぎゅっふぎゅっ!」
ボクが手を伸ばすと、早くしろと言わんばかりに手繰り寄せる。それもかなりの力だ。
「ふぎゅ~」
ボクの親指に吸い付いたので、そのまま抱っこする。するとなんとも言えない気持ちになった。
……なんだこれ……。
「……あったかい……だけじゃない……」
父親になった実感もそうだったけれど、それだけじゃなくて魔力的に一致した一つになった。
そんな感覚だ。
「アーシュ⁉」
「ア、アーシュちゃん⁉」
ごりごり魔力を吸われて、周囲が光に包まれた。これは……⁉ 勝手になにか引きだれて、吸われている?
やがて収束して何事もなかったように、幸せそうな顔でボクの腕に抱かれている。今も自分の親指ではなく僕の親指を吸っている。
「こ、これは?」
「……わからないのだわ……クリスティアーネわかるのだわ?」
「ぐぇへへ……ブ、勇者の血……を吸ったかもぉ……」
「それは大丈夫なのか⁉」
もしかしたらこの子がいれば、ボクの悩みが、恐怖が解消されるのかもしれない。しかしそれと同時にこのスキルをこの子に引き継いでしまうという恐怖が湧いた。
「メフィストフェレスは? 魔力スカウターの最新版がほしい」
「ふひ……ま、まだアイマ領、魔法陣を組めば同じことできるから大丈夫」
しかし今ボクたちが行けば、混乱してしまう。世界の敵となったのだから。便利に使うようで悪いがタケオたちと連絡をとってみるのがよいだろう。
「まぁ、二人ともなんともねぇみたいだから、とりあえず飯だ! 行くぞ!」
「あぁ……頼むよ!」
みんなは中へ向かって歩いている。しかしシルフィは動こうとしない。まだ何かあるのか、身体の調子が悪いのか。
リーゼちゃんを左に持ち替え、右手を広げる。
「ほら……いくよ?」
「……う、うん……でもそれはまだいいのだわ」
「え?」
「あちが……ちゃんとしたら……それまでリーゼちゃんに譲るのだわ」
それはすごく寂しいが、彼女の中ではやはりまだ解消できない。きっとボクが魔王領に懺悔の旅をしたときのような自分が納得できる何かを彼女自身の力でやらなければ、自分自身で越えなければならない。
「……でも応援ぐらいしていいだろ? ボクはシルフィをいつまでもみているからさ……応援しているよ」
「……う、うん!」
彼女は彼女の問題を解消すべく大きな目標を得たのだ。しかし問題はボクだ。はっきり言って彼女に偉そうなことを言えないぐらいボクのほうがやらかしているのだ。
魔王討伐に始まり、王国の衰退、そして魔王領への裏切り、王国との約束反故、シルフィとアイリスの契約の一方的な破棄。だからこそ世界の敵となる修羅の道を選んだのだ。
それなのにここにいる人たちはボクに味方をしてくれる。ほかにも沢山の味方がいる。
だったら守らなきゃ。
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