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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
143/202

閑話 悪魔の産声 その2

アイリス視点続きです。

あらすじ


 アシュインが失踪した魔王領は破滅への一途をたどっていた。



「ど~おいうことかしらぁん! 第七部隊が勝手に移動させられたぁんだけど?」



 ベリアルが魔王城に乗り込んできて、魔王軍の一部隊が何者かによって勝手に出撃されられてしまった。

 第七部隊は学園の生徒を中心とした隊員で構成されている。それにその部隊にはマニとシャルロッテが参加していた。アーシュのお気に入りの子たちだ。

 ベリアルも一目置いていたし、シャルロッテはベルフェゴールのお気に入りだったはず。

 その話をしていたところに、扉を乱暴に開け放たれ、話題のベルフェゴールがやってきた。



「おい! 第七部隊が行方不明ったぁどういうことだ!」

「何者かが勝手に移動させたみたいなのよぉ……あたしのかわいいこねこちゃんたちがぁ! くそがっ!」



 小脇に抱えているミミくんという男の子は、ぎゅうぎゅうと締め付けられて苦しそうにしている。



「ベリアル様ぁ……く、くるひぃれす……」

「あぁらん! ミミくんごめんなさぁいいい! 何か探す方法はないかしらぁん?」

「おうオレからも頼むぜ!」


 このミミくんというのは、ベリアルの愛玩動物かと思っていたら参謀を務めあげるほど知略が得意な男の子だという。

 常にベリアルに抱えられているけれど、適切な情報を彼女にあたえてくれるそうだ。



「アイリス様ぁ……最近、軍に関わることれ、なにかありませんれしたか?」

「……あ!! ……あったわ……シルフィが部隊を貸せって。 でもあまりに酷い内容だったから断ったわ……」

「シルフィって魔女のん? 確か今は王国騎士団長」

「あんのロリババァだ!」



 つまりこの騒動の犯人はシルフィではないかとミミくんは言っている。確証はないけれど、わたしもその通りだとおもった。

 すぐさま諜報部隊に調べさせる。



「ふん……魔女だろうが八つ裂きにしてくれる……」

「ベ、ベリアル? 顔が……」

「あらやだ」



 しかし第七部隊の行方は追うことができず、しばらくの間は情報が何も入ってこなかった。すでに全滅しているかもしれないという空気が漂う中、別の情報が入って来た。

 魔王軍がヴェントル帝国の村を襲撃した、と言うものだ。しかし当の本人であるベリアルは当然認識していない。



「つまりシルフィが勝手に連れていったってこと?」

「あの男の連れだろ? つまりそういう事なんじゃね?」

「有り得るよ。 なんていったって魔王領を騙した男だからね」



 ルシェがそうはっきりと断言する。

 彼女は変わってしまった。私も薬を飲んだはずなのに、わたしだけはあの時から止まってしまったかのように取り残されていた。

 だからルシェが無意識に冷たくあしらう姿にいら立ちを隠すことができない。



「何故そう言い切れるの!」



 これに関して、わたしはちょっと違うのではないかと思っている。シルフィは王国騎士団にずっと滞在していることを把握している。

 にもかかわらず、アーシュが現れた気配がない。誰かと密会している様子もないのだ。

 そうしてルシェとわたしは事あるたびに衝突するようになった。





 そんな状態で日々追われ数か月すると、やはり連れ出された部隊は全滅してしまったという報告を受けた。

 限りなく低いが生存の可能性もまだあったけれど、その部隊が帝国近辺で戦闘になり、王国側が全滅したという事だったからそう判断された。

 王国側と共闘をしていた第七部隊も当然巻き込まれた形だ。



「もう……ゆるせねぇ! あのロリババァぶっ殺してやる!」

「まちなさい! 第七部隊は学生部隊でも一番優秀だった。 彼女たちがやられたならば、一人で行っても無駄死にするだけよ!」

「……くっ……くそぉおおおおお!」



 だんっと大きな音を立ててテーブルを叩くベルフェゴール。でも彼の気持ちはよくわかる。わたしだって悔しいのだ。


 ルシェはといえば、これ以上魔王領の外に部隊を置いておくのは危険と判断するや否や、徐々にその数を減らし防衛に人員を回す方向で調整している。最終的な判断はわたしが行うのだけれど、もう彼女がそう判断したのだからほぼそれで準備が整えられている。

 ナナが手伝ってくれているおかげで、執務事態はかなりましになったように思う。


 その中で再び緊迫した事態が訪れた。魔王軍の一人が報告のために怪我した状態で駆け込んできた。



「た、大変です!最南端の村が帝国軍と思しき騎士団の侵攻を受けています!」

「なんですって! すぐい――」

「いまのアイリスが行っても役に立たないよ。 ベルフェゴール。ベリアルと連携。ナナ。隠匿で敵の確認」

「わかったよ!」

「おう!」



 こんな時にでも、冷酷なまでに落ち着いて指示をだすルシェにすこし背筋が凍った。自分がただのお飾りであることを再認識させられる。

 指示を出してからも、わたしはそわそわと報告が気になって落ち着かなかったが、ルシェは相変わらず冷静だ。

 ほとんどの使用人や警護の悪魔がではらい、城の中はゴーレム中心になってとても静かだ。


 ルシェの書類に書き込む音が、さらさらと響いている。それがとても私の心を不安にさせた。

 とその時――



 城に大きな爆発音が響く。

 何事かと立ち上がった時に、この執務室の扉も蹴破られた。



「ははは! 魔王城はやはり手薄だったな! ……おっ、いた!! あぁ……うつくしぃ……」

「誰だ!! 貴様は!!」

「僕はヒビキ……勇者です。 アシュインに誑かされているアイリス様の救世主となるべく参上いたしました」

「何を言っているの?」



 何か勘違いしているようだ。

 アシュインに誑かされていた状態だったのは確かだったけれど、もうあの男はいない。むしろ今の状態は王国に振り回されてしまっているだけだ。

 それにこの男のキラキラとした微笑みはどこか胡散臭かった。とても信用のおける男ではない。


 城の防御をしていたゴーレムはこの男に倒されてしまったようだ。あの子たちも決して弱くはない。なん十体もいるゴーレムを倒してここに来ることができたということは、少なくともいまのわたしより強い。

 ヘタに刺激せずに帰ってもらう方法はないだろうか。



「救ってもらう事なんてないので、御帰り願えませんか? 勇者殿」

「安心したまえ! 今日はただのご挨拶。何もしませんよ」

「どういったご用件で?」



 ルシェがそう問うと、ヒビキという男はにやりと厭らしい顔でこちらを見る。その顔にわたしはとてつもない憎悪を感じて身震いした。



「ご提案です。 いま魔王領は悪魔不足でお困りでは?」

「……それで?」



 その指摘通りだった。いま魔王領の悪魔不足は深刻だ。そしてその解決方法は未だない。ルシェは冷静を装っても興味を持っているのがわかる。

 奴もそこを感じ取って再びニヤリと笑みを浮かべる。



「ニンファーという人間と悪魔の交配、性交を補助する薬品の大量提供! 興味ありませんか?」

「異種間の子作りを推奨しろと?」

「生理的には抵抗があるでしょうが、死活問題でしょう? 別に異種間である必要はありません。あの薬品は悪魔に作用しますから、悪魔同士でも子供ができやすくなります」



 奴は奇麗で理にかなった謳い文句を並べる。弱みに付け込む悪徳商法だ。ただこちらも死活問題だけあってむげにはできなかった。それにニンファーという花から生成される薬は、わたしに深い馴染みがあった。魔王の因子という忌まわしき呪いを除去するのに使ったものだからだ。

 しかしあればドワーフの里でしか作れず、大量供給なんてできなかったはず。それを可能にする何らかの技術を手に入れたと言う事なのだろうか。



「いいでしょう。 その誘いに乗りましょう」

「なっ⁉ ルシェ⁉ 即決なんていくら何でも危ないわ!」

「合理的だし、もう躊躇している時間はボクらにはないよ」



 どこで間違えたのだろうか。

 ルシェはもう合理的で効率重視の考え方でしか、物事を捕らえられなくなっている。そこには個人的感情何て一切みえなかった。その子作りの対象が自分たちになるかもしれないと言うのに。

 それに仮にニンファーを大量に仕入れることができても、おそらくこの計画は失敗するのではないだろうかと思っていた。

 少し考えれば当然なのだ。

 悪魔は引っ込み思案で自立性に乏しい。とても自分からそんなものをつかって性交をしたいと思うわけがない。深い親しみと愛情がわたしたちには必要なのだ。


 そんな単純な事にも気がつけないルシェ。そして安請け合いしてしまった。今の彼女を説得して言い聞かせる術をわたしは持っていない。

 ただこれは失敗すればそれで終わりになると踏んで、わたしはそれを受け入れた。

 しかし……。



「アイリス様……ご心配はお察しいたします。 しかし悪魔の特性もしっかり調べてありますよ。 その問題を解決するために、今回悪魔をしょうしょう拝借させてもらうのですから」

「な、なんですって!」

「すでにあの村の半数の悪魔は、我が手中にあります。彼らはある実験の為に使用されるでしょう」

「な⁉」



 村が襲われたのは侵略目的でも、報復や面子の為でもなかった。実験用に連れ去るということは、連れていかれたとしてもいきなり殺されることはないはず。その点は良いとしても何をされるかわかったものではない。



「それが上手くいけば魔王領は生まれ変わります。これは好機ですよ。そしていずれ我が国と魔王領は強い結びつきによって繁栄していくのです!」

「……」

「つきましてはアイリス様はわが国に、ぜひ来ていただきたい。 すぐにとは言いませんので、ご検討くださいますか?」

「……どこの国?」

「今はまだ秘密です。次に来る時までには決めておいてくださいね? アイリス様」



 そういってヒビキという男は去っていった。

 何も言い返せなかった。本来であれば魔王領の事を第一に考えて、研究用にされてしまう彼らを救う事が優先されたはずだ。

 しかし……この困窮している状態、さらなる苦難。わたしは折れてしまった。わが身可愛さに、彼女たちを見捨てても良いなどと思ってしまった。そして奴の甘言の言いなりになった。

 本当に弱い自分に自己嫌悪していると、ルシェはいい放つ。



「最悪の場合……覚悟してね(・・・・・)

「あぁ……ぁああああああ!」



 もうどうしていいのかわからなくて泣き崩れてしまった。ルシェはもう役目を道具のように果たすことだけが、生きる意味となってしまった。

 もし彼が帰ってきてくれたら少しは変わるだろうか。



 ……それはただの妄想だわ。



 それは浅はか過ぎた。彼はもう生きてもいないのではないか。深層意識で生きていてほしいという感情と、表層意識では強引にどうでもよくされてしまう二つの感情がぶつかって弾ける。

 どっと疲れが肩に襲い掛かった。



 しばらくしてナナが戻ると村の様子を教えてくれる。相手が相当な魔力の持ち主だったようで隠匿でも怪しまれ、見つかる寸前だったという。しかし襲撃した人間についての情報はしっかりと持ってきてくれた。


 あの戦いの主導はやはり帝国軍ではなかった。帝国軍の装いをしたシルフィ率いる王国軍で間違いなかった。それから召喚勇者、特に強い個体は一名。モミジという名。そしてこちらに来ていたヒビキも同様に強い魔力を持っていた。

 他にも召喚勇者がいたが、その二人に比べるとかなり弱いそうだ。それから極めつけが上位魔女。

 紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)次元の魔女ディメンジョン・ウィッチ、それから猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)という三名だ。

 紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)だけはナナも顔をしっていたが、他は会話を盗み聞ぎして知り得た。

 もしかするとナナはかなり危ない橋を渡ってきたのだろう。



 襲撃を受けた村は全滅。連れ去られたもの以外は、全員死亡した。亡骸を弔ってやりたいが、わたしやルシェが出ていけば標的になってしまう。

 ナナにはこれ以上危険な仕事を頼みたくない。そもそも彼女は戦う能力が無いのだから。


 他にも行けそうなものはみんな、それどころではない残務処理におわれていた。しばらくはあのままにしておくほかなかった。


 当の魔王城においても再編を余儀なくされた。

 最低限の人間を残し、全て軍部に配属するように手配した。早急な訓練の上で各拠点に配置される。

 特に人間領に近い森の入口付近は警戒する。しかしあの村の周辺は手が回らないので村事態が破棄された。







 その悲劇から少し経った頃に、アミが帰還した。わたしとルシェはそれを喜んだ。人手が足りないことはもちろんのこと、今の状態を立て直せる可能性のあるのはアミぐらいなものだ。

 彼女は初めて会った時には、受け身でびくびくと怯え、引っ込み事案でまさに悪魔のようだった。しかし彼女の持っていた強くて熱い正義感をアーシュだけは見逃さなかった。

 甲斐あって演劇の時には目覚ましい成長を遂げて、強いリーダーシップを発揮していた。

 それにあの反魔核(リバースコア)という魔法は彼女の成長のあかしであり魔女へと格を押し上げた。彼女はもう弱弱しい人間ではなく、強い魔女だ。



「え⁉ クリスティアーネを⁉ 腕が切れるほどに大怪我をしたのに⁉ なんでそんなことをしたの!! 彼女はわたし以上に長くつらいいじめにあって来たのに、やっと信じることのできる友達をみつけたのに、またいじめられなきゃいけないの⁉ そんなのってないよ!」



 そうだ。彼女とクリスティアーネは親友だった。

 いじめられっ子同盟なんてよくわからない仲間意識をもっていた。彼女が憤慨するのも当然だ。

 ただ彼女はそれでも周囲をよく観察し、わたしたちをよく見て判断するようだ。少し会話しただけでそれは全て見透かされた。

 彼女は想像以上に成長していた。別れたあの日でも成長していたのに、ここ一年会わなかっただけで、まるで違う生物になってしまったかのような強大な魔力を持って、尚且つ鋭い洞察力、にもかかわらず、以前と同じ熱い正義感。本当に彼女は理想だった。



「あの……アミ……」

「……手伝ってあげたいけれど、あたしは行くね。 今本当に助けがいるのはクリスティアーネだから。ナナは連れて行かないから安心して」



 また彼女の指摘で気づかされる。ナナは彼女と同郷で心を通わせる親友なのだ。アーシュを通した間接的なつながりしかないわたしたちとナナより、アミについて行くのは当たり前なのだ。



「ナナ……魔王城をお願い」

「できるだけはやるよ……でも期待しないでね」



 強いまなざしを空に向け、彼女は光の中へと消えた。彼女が使ったのは空間転移魔法(ゲート)だ。使うには幹部並みの魔力は最低限必要なのだ。つまり彼女は魔女の中でもかなり上位になるほどまでに、ここ一年で成長していた。彼女はがんばっていたのだ……。

 にもかかわらず、戻って来たらこの体たらく。さぞかしわたしたちにがっかりしたことだろう。



「お願いされたから、出来るだけいるから……そんな顔をしないで?アイリス」

「うぅあ……ぁあああああ!」



 ナナの瞳には強く頼れる芯のようなものが見えた。アミとの約束を守らんとせんばかりに強い使命感を感じているのだろう。

 それと同時に、決してわたしを見捨てようとしない彼女の温かい優しさを感じた。


 今はただただ……彼女の優しさに甘えて、胸の中で泣いた。






読んでいただきありがとうございます。

アイリス視点は次のその3まで続きます。


広告下の★★★★★のご評価をいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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