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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
139/202

アルバトロス・アルフィールド

あらすじ


 ナナの『隠匿』で領主の執務室に忍び込んだ。



 ……この男が……アルバトロス・アルフィールド侯爵……。



 思った以上に体格が良く、威圧感の強い風貌をしている。毛並みの良い黒髪に威厳ある逞しい髭がもみあげでつながっている。

 汚らしい髭ではなく、整えられた髭であることがまた領主たらしめていた。


 侯爵と言う立場でありながら、まるで厳しい訓練や死線を潜り抜ける実戦を経験してきているといった所作、佇まいだ。


 それを見たナナやアルメニアまで縮こまってしまっている。彼女にとっては天上のような人物だから仕方がない。


 そのまま彼の後ろに回り込み、見ている書類や、部下との会話を聞き情報を集める。実質的な情報がなくとも、所作をみているだけで癖や弱点が見えてくるものだ。


 ただこの男……相当のやり手だ。癖はださないし弱点になるようなものを一切見せない。それどころか、何かに気がついたのか途中からそれに気を遣うようになった。


 つまり何かしらの侵入者を警戒したということだ。



 ……ばれている。



 しかし奴は特に何もしてくる様子もない。通常通りの執務をして、指示もとくに変哲もないものだ。人が引ける頃合いまで待つことにした。


 しばらくすると奴は一息ついて、人払いをする。やはり勘付かれていたようだ。魔力はさほど感じないが、よほど気配を察知することに長けているのかもしれない。

 ナナの『隠匿』は魔力で空間を保護する仕組みだ。だから対象者の中で一番強い魔力に引っ張られるように効力の強さを発揮する。

 つまりボク以上の魔力を扱う能力がないと、発見することができない。もし気づくことができるとしたら、不自然な気配だけだろう。



「ふん……出てこい……」



 ゆっくりと深く重い声が広い執務室に響く。その重みのある落ち着き払った声が、侵入者がいても動じないのはこの男がそれほどまでに侵入者や、命を脅かす状況に慣れているからに他ならない。

 さすがにこれ以上待ってもいいことがないのでボクも姿を現す。ナナとアルメニアは『隠匿』のままだ。



「お初にお目にかかります。アシュインと申します」

「そうか……ロゼルタ姫の婚約者殿が何の用だ?」



 すでに婚約者がアシュインという名の者だということは把握しているようだ。この男に交渉の余地があるのだろうか。

 こちらをじっと見て、品定めをしている。



「今日は取引をと思いまして、馳せ参じました」

「いらぬ……すでに滞りない」

城が騒がしい(・・・・・・)ようですが?――」

「くどい!」



 取り付く島がない。

 しかし人払いしたということは、何かしらの聞く耳は持っているようだが交渉というより無理やり引き出して、自分は手の内を一切明かす気がないと言った風だ。


 この男がいう滞りないというのは王位継承から得るアルフィールド家の保守的な立場だ。



「いや……そうか……貴様か……悪魔たちを連れ去ったのは……」



 一言ですぐにそれを察するのだから、油断ならない。ただ奴ならこれでこちらに敵意が向くことがわかってあえて臭わせる。

 案の定、釣れてくれたようだ。



「まぁよい……あれはもう成功したのだ。実験台なぞくれてやる……貴様の命と引き換えに……な!」



――発火の轟音と共に心臓を狙ったそれ《・・》を直前で受け止める。



 何やら金属を打ち出す魔道具を仕込んでいたようだ。目で追うにはいささか早すぎるそれは、通常の悪魔や魔女クラスであれば即死していただろう。

 でもボクにそんなものは通用するわけがない。



「なっ⁉ ……初見殺しの銃を手掴みとは……何者だ……?」

「……知りたければ、いくつか質問に答えてもらいましょうか?」

「ふん……いいだろう」



 無駄なことはしない合理主義者の様だ。

 武力での勝負では分が悪いことを悟って、すぐさま折衝に切り替える。自分の領域でなら負ける気はないのだろう。そして逆に奴に情報を引っこ抜かれる可能性もあるのだ。



「悪魔の奴隷化とは……よく考えた物ですね。実働は王国軍ですか」

「すでに知っておるのだろう? ヴィンセントの手柄だ」



 やはり魔王領の村を襲ったのは王国騎士団で間違いない。それに上位魔女、召喚勇者が参加していた。帝国の皇帝派も与していただろうが、やはり手動は王国である。


 騎士団は基本的に宰相派の人間ばかりで、いくら大領地のアルフィールドとはいっても直接は指示ができなかったのだ。

 しかしヴィンセントがシルフィに懸想していること、そして恋仲になったことで騎士団を動かすことができたと言うことだ。

 そのほかの王国騎士団の動きはおそらくエルに始まり、宰相の失態と言うことになるのだろう。



「発案は……」

「……ロゼルタ姫だ。クックック……主の婚約者はおそろしいなぁ! 我はアイリスが欲しいと願っただけだ……あぁ……アイリス……」



 こいつもアイリスか……それにボクまで狙っているとは薄気味悪い。



「あのアシュリーゼという悪魔も……負けず劣らず……クックック……あの芳醇な美貌は……ぜひ……我が物にしたい」



 気分を良くして語りだした大柄の強面の男が恍惚とした表情を浮かべている。

 しかしこれは使えそうだ。



「ではアシュリーゼという悪魔との機会を作って差し上げましょうか?」

「な⁉ そんなことが可能なのか!」



 すごい喰いつきようだ。この男はあくまで保守的な立場であるのだろう。にもかかわらず禁忌に触れた。欲に溺れたということか。



「要求はなんだ?」

「騎士団長を切る……おつもりですよね? だったら――」




「……こちらに寄こせ」




 本当は身を引くつもりでいた。

 でもボクはナナの言葉をふと思い出して、考えが変わったのだ。



『遠慮しないで彼女を奪うぐらいしてほしいわけ!』



 これはシルフィの話ではなくアミに対して強引になれということだったけれど、それはシルフィやアイリスに対してもだと思う。

 ボクは今まで、彼女たちの悲しむ顔を見たくないあまりに、受け身になりすぎていた。その所為でこの有様である。

 それに昨日のシルフィはとてもつらそうだった。

 幸せを辛そうに言う彼女を見たくて身を引いたわけでもないのだ。彼女が心から幸せと言える未来を願っただけだ。


 だったらシルフィが辛そうにしているのは、ボクの選択肢が間違えていたと言うことに他ならない。

 だから彼女が嫌がって嫌われてしまうかもしれないが……奪ってやる。





 アルバトロスはニヤリと厭らしい顔している。交渉に勝ったと言わんばかりにふんぞり返ってこちらを見下した。



「……良いだろう。どうせ長くはもたん。 王位継承の儀までだ。アシュリーゼとの席を設けよ! 満たせば彼女の責も問わない。 だが謀れば……ガキもろとも殺す」



 やはり……こちらの弱みを逃がしてはくれない。彼女自身が人質になることは予想していた。だがそれでも言質は取れた。


 ただ連れ去ることもできたが、子供に危険があった。できれば憂いを払ってから奪いたかったが、結果は上々だ。

 あとは彼女の気持ち次第だろう。


 これでシルフィとヴィンセントの仲が切れたら、必然的に宰相をクビにせずに抱き込む選択をするはずだ。副次的だが宰相の要望にもこたえた形になるだろう。


 王位継承の儀の結果、ロゼルタを失う(・・・・・・・)という話はあえてしなかった。この男はそれぐらい自力で権力保守をやってのけるだろうからだ。エルが攻勢と見ればすぐに鞍替えするはず。




 そんなことを考えていると、急に、ふわっと生臭い臭いがした。



「む……猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)か……相変わらず臭い」

「しっつれーな奴め! 私はちょうフレグランスだし!」



 っ⁉


 突然、生臭い臭いがしたと思ったら、猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)が姿を現した。この行動にアルバトロスは慣れているようだった。

 つまりこの会話を窺っていたのだ。そして身の危険があればボクを殺すことも可能だと思っていたということか。

 当然簡単に殺されたりはしないが、奴の自信は上位魔女に依存していたのかもしれない。



「わぁお、ちょーイケメンじゃん ……頂戴よ」

「交渉中だ……何用だ?」

「息子ちゃん……聞いていたわよ? 私しーらない!」

「ちっ……余計なことを!」



 すると遅れて乱暴に扉が開き、ヴィンセントがずかずかと立ち入って来た。どうやらボクが来たことも、交渉をしていることも、会話自体もすべてばれていた。

 いや『隠匿』を見破った時点ですでに奴が待機させていたのだろう。しかしそんな奴も息子のうつけぶりは予想できなかったようだ。



「なぜコイツと⁉ それにシルフィは大切な婚約者です!」

「わかるだろ? あの娘は長くはもたん……忘れろ……」

「いやだ! いくら父上の命令でもそれは聞けない!」



 何故か仲間割れのような感じになってしまっている。ボクは完全に蚊帳の外だ。

 もうヴィンセントも放っておいてもいいだろう。問題は猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)がこのまま大人しく帰してくれるか……。



「さて私は帰ります。 アルフィールド候。よい交渉ができました」

「な⁉ 貴様! まだ話は終わっていないぞ!」

「ヴィンセント。 彼女にこれ以上手をだしたら……殺すぞ」

「ひっ⁉ ふ、ふふふふふふふざざざぁああああ」



 この程度の脅しにも腰を抜かして、小便を垂れ流す。本当に甘やかされて育った坊ちゃんの様で、到底王国騎士団の副団長にいるような度胸などない男だ。

 そのみっともない息子の様子に呆れたアルバトロスはさっさと行けとボクに指示する。確かにあれは一族の恥ではあるだろう。


 帰りは堂々と見えたまま退出した。この人数の多いところで『隠匿』を使ったら、ナナとアルメニアを危険に晒してしまう可能性があったからだ。



 廊下に出ると、使用人と騎士たちは既に事態を把握していたようで、ボクの顔を見ても驚かない。強さや立場まで把握されているようで居心地が悪かった。



「まつし! あんただろ? あたしの可愛い実験台を逃がしたのは……かえして?」

「もういないから無理だよ?」

「……こいつ……」



 このふざけた魔女には、ふざけた対応が相応しいだろう。しかもよほど短気に見える。これぐらいで青筋をたてていた。

 今思えばこの魔女はいくつも非人道的な実験ではた迷惑だった。ヴェントル帝国でも毒を振りまき、ここでも。

 少しわからせて(・・・・・)やる必要があるだろう。



「お前! ちょっとカッコイイからって、ふざけるなし!」

「……じゃあ、どうするの?」



「――猛毒の支配ヴェノム・ドミネーション

「……ぐっ!!」



 ボクの周囲に霧のようなものが舞う。どうやら奴の魔法の様だ。猛毒と言うのは厄介な代物だ。

 魔法で具現化された毒は、物理的に存在する物質となる。たとえば毒を持つ蛇などから検出される毒とほぼ同等の物が、魔法によって生成される。

 それを防ぐ術は通常の魔法では無い。『勇者の壁(ブレイブ・ウォール)』でなら防ぐことはできる。ただこれ以上ここで情報をさらけ出したくはない。

 多少の毒の耐性はある。このまま力ずくで抑えてしまうのが良いだろう。



 一気に詰め寄り、ショルダータックルで突き飛ばす。



「な⁉ きゃ! 毒沼(スワンプ)!」



 軽く突飛ばせたが、足元に沼ができたので跳躍して避ける。思ったより反応が早いが、息をつかずに彼女の突き飛ばした方向へ先回りして、上から叩き潰す。

 そのまま喉を押えてねじ伏せる。


 思った通り肉弾戦はあまり得意ではないようだ。魔女でボクに肉弾戦で勝てるのはシルフィだけ。



「ぐっ……コイツ……私の可愛い可愛い顔をぉ!!!!!」

「すこし、お遊びが過ぎるんじゃないか?」

「なぜだ!! なぜ猛毒(ヴェノム)が効かないし!」



 実は思いっきり効いている。下手に手の内を晒すぐらいなら殺す。ただ上位魔女を殺せば、無駄に敵を増やすことになる。

 だからわからせて(・・・・・)やるのだ。



「実験をするなと言っているじゃぁない……ボクの逆鱗に触れることをするなと言っている」

「……わかった」



 何がボクの逆鱗かを分かったわけじゃないだろうに、了承する。その場しのぎかもしれないが、恐怖を植え込めば、実験そのものを今後は控えざるを得なくなる。

 それを確認して彼女を放す。



「……ぶはっ! ……ぺっ!」


 毒で侵された血を吐き出す。



「な⁉ 毒効いてるし! ……無茶なやつ……いくらイケメンでもこんな無茶するやつの彼女なんかなりたくはないわ……んじゃね」



 そういってボクから興味が失せたように呆れて去っていった。

 それは僕にとって好都合だけれど、ボクを好きでいてくれる子たちを貶されているようで納得がいかない。






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