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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
135/202

猛毒の魔女

あらすじ


 アルフィールド城下町ピケロの宿屋に魔法陣を設置したアシュイン。二人は移動してすぐ領主城へ潜入した。



 ナナのおかげでアルフィールド領主城に難なく潜入する。

 アルフィールド領主城は本館と東棟、西棟があり、一回と二階は一つのつながりになっている。部屋の位置を把握するにはいささか広すぎる。

 一回を回りきる頃には騎士団の本部と宿舎のある棟へ通じる通路を見つけた。少し奥へ進むと騎士用の棟へと入ったようだ。


 この騎士用の棟では多くの騎士が行き交っている。ぶつかればさすがに気がつかれるので、通路の端の壁側に寄って歩く。

 本部に見取り図がないかと潜入してみると、案の定壁に大きな見取り図が張ってあり、担当班の配置が書き込まれていた。


 本部はこの時間は班長クラス以上しかいないので人は疎らだ。落ち着いて場所を把握できそうではある。



 見取り図には領主の執務室が三階にあると書かれている。おそらく休暇として王都にいる様子がない彼女はこの城のどこかにいるはずだ。

 おそらく客室のどこかだ。彼女はまだ婚約もしていない立場だ。となれば領主一家と近い部屋ではなく客室の棟に向かい入れられているはず。


 とりあえず用があるのは客室と執務室、それから領主一家が寝食をするエリアだ。

 位置は把握したので去ろうとすると、騎士の班長クラスの愚痴が聞こえて来た。



「おい……また悪魔の調達をしなきゃいけないらしいぜ……」

「襲うのは王国軍だろ?」

「でも連れてくるのはわたくし達……可哀そうで涙がとまらないんだ……」



 アルフィールド騎士団は、捕縛した悪魔をこの城にある研究施設に連行する役目を負っているようだ。

 しかし聞く限りでは、その残忍さに嫌気がさして精神的に疲弊しているように見える。もしかするとまだ生き残っているあの村の悪魔がいるかもしれない。



「わたくし……研究所にいってきます」

「また内緒で差し入れか、アルメニア。 気をつけろよ?」



 アルメニアという女性騎士は、上司や研究員に内緒で悪魔の手助けをしているようだ。それを同僚も容認している。


 王国軍も班長以上とそのほかの騎士で意見が違った。ここでも班長クラス以下と隊長以上では認識に隔たりがある。

 うまくいけば味方につけることができるかもしれない。少なくとも悪魔を助けるには協力を得られそうだ。



 ボクたちはアルメニアの後を追って研究所にやってきた。城の西棟が研究施設になっており、一階は一般的な研究開発が行われている。

 研究施設の奥に当たるところに地下へと続く階段がある。しかしそこから行けばすぐに見つかってしまうので、人一人が入れるような換気口が裏の小屋にあった。ここから侵入するようだ。

 周囲を警戒し、小屋も誰もいないことを確認すると換気口の鉄網を開ける。そこでボクは姿を隠したまま声をかける。



「アルメニア。 協力し合わないか?」

「な⁉ 誰――むぐぅう!!」

「しっ、静かに……悪魔を助けたい……協力しないか?」



 こくこく、と頷いているので手を離してやる。彼女に触れているのですでに『隠匿』は解除されていて、ボクの姿に驚いているようだ。

 しかし騎士の端くれだけあってすぐに冷静さを取り戻す。



「アシュインという。悪魔がどういう状況で捕まっているのか聞きたい」

「部外者に話す理由がないだろう……貴方は何者……いや聞いたことがあるぞ……」

「いや……協力してくれないなら自分でやるからいいよ」



 そういって少し蔑んだ眼で彼女を見つめる。彼女は騎士団の規則を守るという正義と、倫理と言う正義の狭間で迷っていた。

 だからこそ声をかけたのだけれど、彼女がここで踏み出せなければそれまでだ。もしこの場で騒ぐようなら殺す。逃げても殺す。戦いを挑んでも殺す。もとより協力するという選択肢しか残されていない。

 それにはさすがに気がついたようだ。



「……何をすればいい?」

「賢い女性は素敵だね」

「んなっ⁉」



 これぐらいで赤らめて狼狽える。騎士としてはまじめにやって来たのだろうが、すぐに動揺はしないでほしい。

 そう思っていると後ろからナナがボクの頭を叩く。



「そういうとこだよ! あの子もう目がハートじゃない!」

「ハートって……」

「なっ……ななななな!」



 突然ナナが現れたから再び慌てふためく。アルメニアはあまり騎士には向いていないように思う。現に捕らえられている悪魔に情が移っている。



「彼女はナナ」

「アーシュの恋人の一人だよ!」

「えぇええええ!」



 そう言ってボクに抱き着くナナ。

 彼女がまだ恋人だと思ってくれていたのが、すごくうれしくなって顔がほころんでしまう。



「まぁ、話が進まないから……とりあえず悪魔たちの情報を教えてくれる?」



 ここにつれてこられたのはかなり前だったが、村にいた悪魔たちなので戦闘力のない者ばかりだ。

 抵抗できずにつれてこられたようだ。つれてこられたのは女性三十名、男性十名、子供が十六名の計五十六名だ。

 そのうち実験で亡くなったのが四十五だ。残りはすでに十一名だけになってしまった。

 さらに近いうちにまた補填すると言う。



「ひどい……ゆるせない……」

「ああ……いや加担してしまったわたくしも同罪だ……」

「アルメニアは……一歩踏み出したよ」



 彼女が踏み出した一歩はかなり勇気がいる。ボクだって何度もそういう経験もしたから、すごく怖いことも知っている。

 精一杯の一歩を讃えると、彼女はぽろりと涙をこぼし、隠すように横を向いてしまう。そんな彼女を撫でると、嬉しそうに微笑んだ。



「ほら! 案内して! さっさと行くよ!」



 ボクの都合で来てもらっているのに、なぜかナナがリーダーになってしまった。念のためこの場に魔法陣を設置してから潜入することにした。

 入るのは一階正面入り口から堂々と入る。わざわざ狭い換気口を通る必要なんてない。

 入口や中にも警護の騎士が数名、立っていた。それでもまったく気づかれずに中へはいって行く。


 奥には小部屋がありそこから地下へと通じる階段があった。階段をおりると思ったより深く下っていくのがわかる。

 天井の高い研究施設を確保するための構造だろう。



 地下の研究施設は広々としていて、快適な空間になっている。地下なのでもっと薄暗い鍾乳洞のような想像をしていたけれど、太陽が照っているような明るさを保ち、温度も湿度も快適で過ごしやすい空間になっていた。

 研究員たちも楽な服装に白い服という、まるで遊んでいるかのような雰囲気で陽気に談笑している。

 まるで観光地にでも来てしまったかのようだった。



 かなり広いのでアルメニアがいなければ、迷っているところだった。彼女についてきょろきょろと見渡しながら歩いて行く。

 『隠匿』をつかっていても話すか、誰かにぶつかればさすがに気がつかれてしまう。つい感想を口にしてしまうナナが一番危なかった。『隠匿』の使い手なのに。



 アルメニアは何度もこの施設で警護をしているし、悪魔をどうにかできないかと考えていたので、構造や配置は全て覚えたそうだ。

 しばらく歩いて奥へ奥へと進む。すると人がまばらになり、一部の人間しか歩いていない場所まできた。

 周囲に人はいないので小声でなら話すこともできると言う。



「本当に気がつかれなかった。すごいですね」

「ふっふ~ん。 すごいでしょ?」

「うん。ナナのおかげで安心して潜入できるよ」

「えへへ~」



 そうして一番奥には、悪魔の研究をするチームがあった。エリートばかりを集めた研究者が悪魔自身を研究していると言う。

 機器や拘束具など、見たこともない魔道具がずらりと並んでいる。そのせいで悪魔たちは大人しくせざるを得ないようだ。



 ボク達はその様子を見ていると、今まさに研究が始まるところだった。別の部屋に一人ずつ連れていかれて、能力や魔力値、知能などの計測をしているようだ。

 おそらく解剖もしているはずだ。あの隷属の首輪がここで開発されたというのであれば、必ず魔臓に接続する技術が使われているからだ。

 その元となったのがクリスティアーネの研究。彼女はその報告義務から上位魔女は彼女の研究を知っていると言っていた。

 彼女の研究を知っているとすれば、メフィストフェレスから帝国に漏れていたか、上位魔女が研究を続けていたかのどちらかしかない。


 今のところ残酷なことは行った様子がないので奥の彼らが閉じ込められて居る部屋を調べようとした。

 すると入口から別の女性が入ってくる。何人もの貴族と同行しているので、重要な人物であることは確かだ。

 それにあの女……異質な魔力の質だ。



「あれは猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)です」



 彼女はかなり派手な格好をしている。魔法使いのようなローブに短いスカートと身体の曲線がはっきり見える薄い高級な布でできた衣装。豊満な胸を強調したような露出に周囲の貴族はいやらしい目線を送っている。



「『マジカルミクちゃん』みたい~」

「な、なにそれ?」



 ナナの世界の本や芝居に登場する人物だという。それにしてあんな露出がある役が主人公とは、男性客を狙っているとしか思えない。

 もしかすると召喚勇者の誰かの影響を受けたのかもしれない。上位魔女なのに思ったより俗物のようだ。



「試験はおわったん?」

「はっ! 終了しております!」

「んじゃ、規定値以下に隷属の首輪つけて?」



 あの首輪の実験を行うようだ。『規定値以下』とは彼女が設けた試験の結果に対して言っているのだろう。

 普通に考えれば子供がその対象となる。案の定『規定値以下』として連れてこられたのは子供二名だ。



「しっかし成人前の子はマジ(よわ)ね。すぐ死ぬ。でもそっれじゃぁダメってあんのロリコンじじぃ……」



 ……こいつ……。



 どうやら隷属の首輪は子供で能力値が低い子だと、耐え切れずに死んでしまうようだ。しかし貴族はロリコンが多いのか、需要が多いので子供が付けられるようにならないと認められない。

 本当に依頼する方も作る方もクズだ。


 ただボクはそれを正すほど聖人ではない。こういう人間は何を言っても無駄だからだ。

 でも悪魔の子を放置するわけにもいかない。だからすこし細工をしようかと思う。

 そして子供たちが生き残れば、成功したと勘違いして報告するから以降被害は減るだろう。



「いやぁ……助けてぇ……おかあさぁん……」

「チコ……おにいちゃんが絶対助けるからな!」



 つれてこられた子供は実験用の椅子に座らされて拘束される。二人は兄妹のようだ。妹のほうは怯えて青ざめるだけだ。兄は妹を助けんとばかりに藻掻いている。

 猛毒の魔女(ヴェノム・ウィッチ)の薄ら笑いに恐怖して、拘束している革の紐が食い込んで血がにじんでいるのにも気がつかずに藻掻く。



 彼らが座っている椅子の後ろに回り込み、そっと背中に触れる。そして内側の内壁あたりを想像して極小の『勇者の壁(ブレイブウォール)』を二人にかけた。

通常であれば派手な光の柱を立ち上らせてしまい、一発でバレてしまう技だったが、何度も自分の『勇者の血(ブラッド)』を抑えるために使っていたおかげで繊細な制御ができるようになっていた。


 彼らは光ることもなく、内側にその恩恵を受けることができる。ただこれは触れなければ対象にかけることができないので、使い勝手は悪く限定的だ。

 でも今はそれを実践する良い機会でもあった。



 彼らに首輪をはめると、研究員は下がる。そして魔法陣が一瞬に光り出し周囲の視界を奪う。その隙に一言。



「隷属させられた振りをするんだ」

「だ、だれ?」

「わ、わかった」



 すぐに光が戻って、契約が完了したように魔法陣も収束する。それに伴い周囲の研究員からは歓声が上がっていた。これまで何人もの悪魔を死に至らしめていたこれが遂に完成したのだ。


 彼らも人間である以上、無残に死んでいく人間と同じ容姿をした悪魔の子供たちの姿に精神的におかしくなっていたようだ。

 その姿をもう見ることがなくなると言って感極まっている。



「やったぞ! もうあの光景を見なくて済むんだ!」

「成功だぁ! 生きているぞ!」

「まぁだ! ちゃぁんと従うの?」



 やつが命令するといそいそと研究員たちが、子供に命令して隷属の首輪を弄って状態を確認している。

 隷属の首輪自体をボクは弄っていないから、問題なく動作しているように見えるだろう。ただ彼らの方を弄ったので実際には死にもしないし隷属もさせられていないはずだ。



「問題ありません。成功です!」

「「「わぁあああああああああ!」」」

「ふぅん……まぁいいわ。 これでロリコンを納得させれば報酬貰っておさらばできる」



 あまり研究者としての矜持も持ち合わせていないようだ。クリスティアーネだったらこんな失敗は犯さないはずだが、彼女は報酬にしか目が行っていない。

 満足したように研究施設を出て行った。


 残された研究員たちは奴隷の子を監禁している部屋へ戻すと、今日は成功祝いをするので仕事は終わるそうだ。

 確かにもう遅い時間だが、研究員は久々に帰ることができる喜びであまり悪魔たちのことを気に留めていないようだ。



「チャンスだね」

「ああ……彼らが帰ったらゲートで逃がそう。気がつくまで一日は時間的余裕があるだろう」



 監禁されている部屋は鍵を閉められていたが、外側からは簡単に開く仕組みになっていた。まさか忍び込む人間がいるとは思わないのか、かなり甘い管理だ。警護していた騎士ももう施設の入口にいる二人を残して、誰もいなくなっていた。



 部屋に入ると、先ほどの兄妹を含めて十一名が怯えながらじっとしていた。ボク達はまだ『隠匿』を使っていたから彼らにも気がつかれていない。



「聞き覚えのある声が聞こえて助けてくれたんだ……」

「あたしも覚えてる! ……あれアシュインの声だった!」

「なんだって?」



 妹のチコという子は、なんとボクの声を覚えていた。魔王討伐後に一度訪れただけだったのに、覚えていてくれたなんてすごくうれしくなった。

 そう思ってボクたちは姿を現した。


「みんな久しぶり、覚えていてくれたのか……」

「!! アシュイン!」

「しーっ、静かに! 話はあと。まずは安全の確保だ」



 そして彼らをボクの周囲に集めて、ゲートを使う。

 悪魔の子供たちがいるので、匿ってもらえる場所としてアイマ領主城を選んだ。こんな夜に十一名も引き受けてくれる場所は他に知らない。





 光が収束して領主城内に着いたことを確認する。ここは後から追加で設置した城内の一室だ。周囲に誰もいなくて混乱は避けられたようだ。

 急に大人数で現れた所為で、領主城の使用人は大慌てになってしまった。






読んでいただきありがとうございます。

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