男らしいナナ
あらすじ
熊同盟から『隠匿』を使えるナナを借り受けて、アルフィールド領へ潜入することになったが……。
王都近くを流れるサヌーイ川を上流へとつたって歩くとアルフィールド領だ。主要な拠点はこの川沿いにあるので、そのまま進む。
「ぁああああ~~~」
一日事に戻ることを考えたらすぐにでも行って戻ってこなければならない。しいちいちナナをアジトへと帰さなければならないので、あまり長い調査は難しい。最小限がわかればあとはカタストロフたちが調べてくれる情報とかけ合わせれば十分だ。
「たぁすけてぇ~~~~」
まずはあの隷属の首輪を制作しているか、量産工房の有無を調べておきたい。もしすでに量産化されているのなら、破壊しておく。
それからあのヴィンセントという副団長の男とシルフィの関係だ。まっとうな関係で愛し合っているというのなら、ボクはあきらめがつくし困っているのなら助けるつもりでいる。
しかしあのヴィンセントと言う男のキモの小ささで、シルフィが気に入るなんて到底思えない。何か憂いがあるなら払ってやりたいのだ。
ただ子供ができましたからと、引き下がるほどボクはお人好しではない。
「あっ……あっ……あ、~~しゅぅ……がくり」
「あ⁉」
しまった……。
考え事をしながら全速力で走っていたから、ナナがぐったりしてしまっている。速度が少し早すぎたようだ。
ちょうど小さな町が見えてきたので、宿がないか尋ねてみることにした。
ここは王都から馬車で二日ほど行った地点にあるカルケールという町だ。主に行商人と貴族に使える使用人の家族の居住区となっているようだ。
アルフィールド領では数少ない平民中心の町である。
運よく行商人用に商売をしている宿屋が開いていたので、そこで少しの間部屋を借りることにしてナナを寝かせる。休んでいる間に宿屋には悪いが、ここを中継地点として裏庭にこっそりとゲートの魔法陣を設置した。
それから軽く食べられるものを買うために行商人街に足を運ぶ。
「おいねぇちゃん? にいちゃんか? まぁどっちでもいい。このカバーブを買っていかねぇか? うんまいぞ?」
どちらでも良くない。
でも売っているのは、おいしそうな炙り焼きした肉を野菜と一緒にパンで包んだ食べ物だ。おやじは気に入らないが料理に罪はない。
ナナの分も合わせてと二つほど買うことにした。そのついでに立ち話をする。
「ここは貴族の使用人らしき人が多いね」
「ああぁ……少し西にある工房街にいくやつらだなぁ。 それで儲かっているから文句はねぇが……みんな死んだオークのような目をしていて気味が悪い……」
「労働がきついのかもしれないね」
さすがに機密が多い工房なのか、奴隷や一般人を使わないようだ。平民とは言え貴族の使用人をする人間は、給金がほかのより良いので機密を守る。捕まえたところで話を聞くのは難しそうだ。
それよりこのおやじの方が口は軽い。
「三番街に住んでいるロッジって片腕がない男なら、きっと話してくれるぜ。金をはずんでくれればな」
給金が無くて困窮しているからはずんでやってくれと、その男の事を気にかけている。おもったより情に厚いおやじだった。
一度宿に戻り、先ほど買ったパン料理をテーブルに置いて再びでる。ナナが起きたらきっと食べるだろう。
それからそのロッジという元使用人がいる三番街へとやって来た。ここはいわゆる貧困街のようだ。
ボロボロの隙間風が入りそうな家の扉が並んでいる。
路地へ入ると、暗がりから男が三人ほど出て来た。薄汚い服を着て何日も風呂に入っていないようでかなりきつい臭いがする。
「こりゃぁ随分べっぴんさんがきたぜぇ!」
「うっひょ~うまっそ!」
「おい……ボクは男だ!」
「……だって! かんわぃいい! おれぁ竿ありでもいけるぜぇ?」
こいつら……。
完全に落ちぶれてしまっている。構っている義理はないが情報はほしい。
「カバープを売っているオヤジに言われて来たんだよ」
「な⁉ ……わ……わりぃ……カモ扱いしちまった」
それからこのロッジという男と二人は、働いていたころのことについて話す。対価として金貨一枚ずつだから安いものだ。
「急に作るものが武器や鎧、魔道具じゃなくなったんだ」
「なんだか枷? 首輪のようなもので怪しい石のようなものをくっつけるんだが、素手で触ると……ほら、この通りだ……」
そういってロッジは失った腕の切断面を見せる。すると剣などで切ったようなすっぱり切れたような傷ではなく、ぐちゃぐちゃに溶けて千切れたような傷跡が残っていた。
「痛むのか……?」
「……あぁ……そのせいで何にもできねぇ……うあぁ……」
ついでとばかりに軽く切断面を触って、治癒をかける。失った手は戻ってこないが、切断面の神経が過敏になっている個所を治療して痛みを取ることはできる。
冒険していていた時代には、ほぼ自分で治していたからこれぐらいの傷を治療するのはさほど苦労しない。
「おぉおお……す、すげぇ……痛みが引いていく……」
「腕は無理だが痛みは取れたはずだ」
ロッジは感激して泣いていた。さらについでだからと、残りの二人の失っている指も治してやると三人とも泣いて喜んでいる。
すでにこの場では痛みが取れようと、職に就くことはできないだろうから王都へ行くことを薦めた。
「ありがとう! ……ほんとに……まるで聖女さまだぜ……」
「ああぁ、きっと聖女様にちげぇねえ」
「ボクは男だ!」
治すんじゃなかった。
ユリアの代わりに聖女扱いされるとは思わなかった。ただそれからというものこの男たちは、べらべらと内情を話してくれた。
急に領主の一声で柄っとここの工房の様子が変わったと言う。そして魔術研究者が十人ほどあらわれ、指導員としてこき使われた。
魔石を素手で触らせたのも、実験的ないみあいがあったそうだ。何人かはそうして様々なものを失い。
家族もろとも路頭に迷うことも少なくなかった。それから管理者も研究者になっているから、おおよそ人間の疲れを計算に入れない労働を強いられたと言う。
毎日二十時間は働き、食事をとる時間や寝る時間もあまりない状態がずっと続き、ふらふらになって失敗をする。
そうなると実験体部屋行きになって使いつぶされるという。
「思った以上に酷いな……」
「……だから腕を早々に溶かされたのも案外悪くはなかったかもしれない」
「あそこは地獄だぜ……」
そして月一回の定例視察で、領主が視察に訪れるらしい。その時にもまた実験体の実権ショーが行われ、被害者が増える。まるで悪魔の所業だった。
そこで気になっていたのが、少し前に行われた視察で侯爵一家といっしょに銀髪の可愛い子が一緒にいたことだ。あまりに不釣り合いなその子は聡明そうで、護衛の騎士にも檄を飛ばしていたという。
……シルフィだ……まさか休暇を取っていると言っていたが、この領にいるということか。つまりアルフィールド領主城だ。
これは何が何でも王位継承の儀の前に、領主城へ乗りこむ用事ができた。あわよくば彼女と話がしたい。アルフィールド候からも言質を得たい。
かなり重要な情報をもらえたお礼に彼らにもう一枚ずつ金貨を渡しておいた。それにさらに泣いて喜んで、一家ごと王都へ行くことにするそうだ。
「じゃあ、王都でまた会えると良いな。頑張れよ」
「ああ! ありがとう!! この恩はぜってぇ返すさ!」
それから宿に戻る。戻った頃には昼を過ぎていたから、ナナは残していたカバープをぺろりとたべおわっていた。
「あ、おかえり~。これありがと! おいしかったよ!」
「あれ? ボクの分は?」
「あ! ……ふたつとも食べちゃった……てへっ」
可愛く舌をだしているけれど、ボクも食べたかった。また買えばいいのだけれど、一緒に食べられなかったのは残念だ。
ナナはお腹いっぱいで満足して横になっている。
すぐ出発したら嘔吐してまた休む嵌めになってしまう。ボクも昼食を食べてないので、さきほどのオヤジの店でまた同じものを買ってきた。
その時ロッジの話を報告するとまた号泣されてしまい、無駄に時間をくってしまった。
再び部屋にもどってついでに買ってきた果物をナナに渡す。絞って飲み物にするのに適した果物らしい。
「んー! 甘くて美味し」
「こっちも美味しいね」
ナナは本当に雑談が好きなのか、始終ずっと話をしている。ただ暗い話は苦手なので、前の世界の趣味の話が主な話題だ。
それから熊同盟について少し聞くことにした。
「あれは魔女になったアミの恩恵に預かろうと勝手に集まった集団。 かくいうあたしも似たようなものだけどね」
「ナナは違うのを知っているよ」
異世界に変える術もアミに頼りっきりで、あそこでぐーたらしているばかりだという。アミに対抗心を燃やして、唯一ナギが手下を使って動いているらしい。
その様子が目に浮かぶようで苦笑する。
「ロゼルタ姫が帰ることを餌に召喚者を使っているし、うちのメンバーでも使われた子は何人もいる。かなり酷い惨殺もやらされたらしいよ……」
「……魔王領の村とか?」
「やっぱり埋葬してくれたの……アーシュだったんだ」
「ああ……それぐらいしかしてやれなかった」
「ありがと……あたしや魔王領のみんながやりたくてもできなかったから」
あの村の子供たちの遺体はひどい有様だった。その無残さにボクは絶望感と後悔で打ちのめされたのだ。
それからというもの、魔王領は鎖国感が酷くなり、閉鎖的な暮らしになっていった。
「暗い話はその辺にして、アーシュはアミのことどう思っているの?」
「好きだよ……ナナも……ちゃんと真剣に愛したから肌も重ねた。 それは誰も彼もじゃなく、好きになったからだよ」
「わっ……あ、ああたし……まで……うれしいけど、そういう事をさらっと言えるのってすごいわ」
ナナと同郷の男の子たちは、好きとか愛しているという言葉は恥ずかしがってあまり公の場ではいわないそうだ。
だから他の召喚勇者たちには、あまり言わないでほしいらしい。
「ナギなんてちょっと可愛いって言われただけで、デレデレじゃない?」
「もともとあんな性格じゃないのか……」
「初めて見たよ……あのキツイこと言っていたのが素の彼女」
あまりにキツい性格すぎて、それが癖になった変態の男の子は下僕になっているという。
その話はさておき、アミついてだ。
アミはやはり帰りたくないのだという。今はちやほやされているけれど、元の世界へと戻って、魔女の格がなくなればおそらくまた虐められる。
それに彼女はあまり裕福な家庭でもなく、親に恵まれなかったそうだ。だから魔王城での暮らしは本当に幸せだったのだという。
「だからね? アーシュも遠慮しないで彼女を奪うぐらいしてほしいわけ。ついでにあたしも?」
「今はそういう状況じゃないけどね……」
「いいの! 世界中に恨まれてもついて行くから! それにアイリスやシルフィ、あとはクリスティアーネよりも下でもいいの。 たまに愛してくれればそれで満足だから! つべこべ言わずに連れて行けぃ!」
……言い切った。
彼女に作戦の詳細までいっていないはずだから、すこしドキッとしてしまう。これから本当に世界中から恨まれるんだ。
それでも彼女は着いて行くと言うのだろう。
彼女の明け透けな性格は時折すごい力を発揮するようだ。ボクの沈んだ気持ちが一気に晴れた気がする。
いつかまたあの魔王城の光景がみられるんじゃないかと、彼女を見ているとそんな期待をしたくなった。
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