レジスタンスのトラブルメーカー
あらすじ
アルフィールド領がロゼルタ派の中でも大きい権力を有していることを知ったアシュインは調べてみることにした。
部屋に戻ってラインハルトにアルフィールド領について聞いてみることにした。非公式な情報の前に、誰もが知るような一般的な知識がない。
それに不審な動向はカタストロフの方にお願いしてある。
彼が言うには侯爵家では一番大きな家柄だそうだ。アルフィールド領はここから北西にある周囲が山脈に囲まれた地域だ。
その所為で背中を狙われることもほとんどなく、王国領の中では最奥にあたるので他国や魔王領からも攻め入られることはないという。
そしてその位置にあることが、王国の秘密を維持することに好都合の為、比較的気密性の高い物を扱っている。
主に軍事技術や魔法技術を扱っており、そのため平民が少ない。取り立てる税金も少ないためほとんどが王国から交付されている予算で賄っている。
そう考えれば、帝国と協力してあの隷属に首輪の技術はそこにあると思っても良いかもしれない。
量産化を示唆していたから、もし潰せるなら潰しておきたい。工房のある位置も確認しておく。
「ここと、ここ。町を装っていますが、地下に技術研究施設があって鉄壁要塞と言われております」
「侯爵の住まいは?」
「北地区のアイゼンバーグという町に領主城があります」
アルフィールド領の町にいるのはほとんどが貴族。しかしアイゼンバーグには商人など平民も多く出入りする。つまり領主家の為の町という意味合いがつよいという。
使用人の多くがそこで食材や備品を仕入れているから、 情報を集めるならそこがよさそうだ。
アイゼンバーグまでは馬車で四日以上はかかるほど遠い。しかし王位継承の儀が迫った今はロゼルタに毎日顔をみせないと怪しまれてしまう。
ボクが走ってもかなりかかるだろう。途中の拠点を目指して走り、ゲートで戻ってくるという方法で向かうことにした。そうすれば怪しまれずに調査することができそうだ。
早速次の日にロゼルタの目を盗んで、王城を発った。もし彼女が部屋を訪ねてくるようなことがあれば、ラインハルトにごまかしてもらう。
彼は優秀な執事のようで、そう言ったことも柔軟にこなしてくれる。
直接アルフィールドへ向かう前にまた北東へと一度足を運ぶ。やはり潜入に関しては彼女が必要だ。今回だけでもお願いしようと熊同盟のアジトへと向かう。
ボクの足で一時間もかからず森の奥にある村へとやって来た。大人たちは働きに外へ出ているので、いるのは老人と子供だけだった。
「あれ? この前きたおねぇちゃん?」
「こんにちは。 また来たよ」
「わ~遊んでよ!」
そういって数人の子供たちが集まって来る。遊んでいれば一人くらい同盟のメンバーが出てくると思うので待ってみることにした。
「アミおねえちゃんたちはいないの?」
「それは言っちゃいけないんだ……」
「そっか、じゃあもうちょっと遊ぼっか?」
「やった~~!」
そう言いながら遊んでいるとなんだかさっきより一人多い気がする。遊んでいたのは男の子五人に女の子六人。
「いち、にい、さん…………ろく、なな? ……んん?……キミか!」
そう言って子供の一人を抱き上げると、女の子らしいきゃっという小さな悲鳴を上げる。
「くくく……良く見破ったね」
「いや……だって村の子にしてはキミだけ髪が艶々で奇麗だから」
「……え?」
そういってポニーテールに結んでいる髪を触って手触りを確認した。やはりこんな艶があって、滑らかで吸い付くような髪をしているのにここの子だというのはありえない。
アミやナナもそうだったけれど、異世界の住人は特に艶をきにしていたはずだったからだ。
ボクがそう指摘すると、彼女は顔を真っ赤にして、ボクの腕の中で丸くなってしまった。
「このままあの小屋に入れば亜空間書庫の入れるよ」
「なるほど……ありがとう……えーと、サイジョウだったっけ?」
「……おぼえてたの⁉ 西条 凪っていうのアーシュ」
やはり異世界風の名前のようだ。ナギと呼んでほしいと言う。ボクの事を気に入ってくれたようだから、ここには自由に出入りさせてくれると言う。
しかし『熊同盟』は彼女だけの組織ではないので、さすがにいつでもは遠慮しておく。
彼女を抱きかかえたまま、子供たちと別れてレジスタンスのアジトへ入る。アジトといってもアミの亜空間書庫だ。
アミの許可なしにボクが入ったからすぐに勘付かれてばたばたと数名が近づいてくる。
「誰だ⁉ 西条!! ってまたあんたか⁉ 来ないでくれ!!」
「熊沢さんを惑わすのはもうやめてくれぇ!!」
そうだった。この同盟は異世界に帰ることを目的とした集まりだったが、ボクが来たことでアミが帰りたくなくなってしまった。
だからか、ここではボクは良く思われていないようだ。
「あんたたち!! うっさい、ぶっ殺すぞ! アーシュはあたしのお客様よ! さっさとどけ! この早漏チンカスが!」
ひどい……。
友達と思われる二人の男の子は股間を押えて、すっかり縮こまってしまっている。いくらなんでもそれは可哀そうだ。
「さっ! いきましょ。アーシュ」
「い、いいの?」
「いいの! んふふ~アーシュ。ア~~シュ~」
ずいぶん気にいられたようだ。容姿は先ほど遊んでいた十歳ぐらいの子供たちとさほど変わらないのに、黒髪でふんわりしたポニーテールのような髪型と奇麗な顔立ちが大人のような艶やかさを感じさせた。
それに抱き心地がすごくシルフィに似ていて、なんだか懐かしくなった。この丁度いい重さがすごくしっくりくる。
そのままアミとナナのいる奥へと入って行く。なにか数名で作戦会議をしていたのか、テーブルに多くの紙が散乱している。
こちらに気がついて、紙を急いで隠しているようだ。
「ア、アーシュ! これ機密だからみないで!」
「ああ、ご、ごめんね? 邪魔しに来たとか情報を盗みに来たとかじゃないよ」
「そ~うよ! 今日はあたしのお客様なんだから! おい熊沢! 男子にちやほやされているからって、い~い気になってるんじゃないわよ!」
なんだか喧嘩になってしまいそうな感じだ。周囲にいた男性陣が止めに入ろうとしている。
「西条!! ふざけるなよ! そいつはトラブルメーカーだ! アジトにいれんじゃねぇ!」
「おい‼ お前! 我がもの顔で入ってきやがって! ぶっ殺してやる!」
面倒なことになった。
さすがにアミの架空書庫で暴れるわけにはいかない。かといって外に出れば村の子供たちに被害が出る。
たしか帝国と王国の召喚勇者が衝突して王国の村ひとつが死滅したといっていた。他の奴は知った事ではないが、アミやナナ、それに村の子たちだけは被害が行かないようにしたい。
「こいつらぁ……」
「ナギ、いいよ。 ボクが悪いんだから。 それ以上するとナギがここに居づらくなっちゃうだろ?」
「さ、西城を呼び捨て⁉ ……このスケコマシ野郎!」
そういって宥めている間に、男の一人が剣を振り下ろす――
「だ、だめ!」
そんなもの当たるわけがないし、当たったところで大した傷にもならない。振り下ろした剣を手づかみで握り受け止める。
やはり召喚勇者というのは、剣技や武技はまるで素人の様だった。召喚時に授かるとされる能力に頼り切りだったのだろう。
その点、アミやナナは優秀だ。能力を完全に自分のものにしているし、アミに至っては上位魔女という格高い存在に認められるほどなのだから。
「なっ⁉ す、素手で……それも西城を抱っこしたまま?」
「女の子が怪我しちゃうだろ? それにここはアミの亜空間書庫だ。暴れて空間が乱れれば、出られなくなるぞ?」
それはかつてシルフィに聞いただけだからどうなるかは不明だ。ただ空間維持がそんな簡単なわけがない。
「……ぐっ……くそ……!!」
少し大柄で血の気が多いこの男は、まだ悔しそうに納得がいかないようだ。だがもう少し大人になってもらわないと、仮にも勇者の力をもっているのだから、周囲は危険で仕方がない。
アミやナナだって彼らによって、傷つけられてしまう。
「……今日はナナに用があって来たんだ。ナナ……ちょっといい?」
「あたし? ついにアーシュがあたしを選んだ⁉」
少しおちゃらけてそう言うナナのおかげで場の空気が和んだような気がするけれど、ナギは親指の爪を噛んでぎりぎりとナナを睨んでいる。
「ふぁ……」
話がなかなか進まないので椅子に座ってナギを膝にのせて撫でながら話すことにした。
撫でている間は気持ちよさそうにしているので、大人しいものだ。
「あのドSギャルのナギも、アーシュにかかれば可愛い猫みたいだね」
「ドSギャルってなに?」
「こっちの世界では、汚い言葉で罵ることばかりしている女の子?」
「す、すごい世界だね……」
何となく彼女との会話はいつも楽しい。ボクの知らないことを丁寧にわかるように、面白く教えてくれる。
前もそれで彼女に何度も救われていた気がする。
「それで、アルフィールド領に潜入するから力を借りたくてきたんだ」
「アミ、いいよね? この前に良いこと教えてもらったし」
「もちろんだよ! あ……でも皆の意見も聞かないと……」
彼女に決定権があるのかと思いきや、ここでは何事もみんなで話し合って決めていた。それではいつまでたっても決まらないとも思う。
「ここのリーダーはアミじゃないのか?」
「い、一応……でも」
「アミ……それじゃぁダメだ。演劇の時、びしっと指揮していただろ? あれぐらいでちょうどいいんだ」
「み、見ててくれたんだぁ……」
嬉しそうにして両手を手に当てている。そして考え込んで確認するように何度も頷いた。
そしてこちらに真剣なまなざしを向ける。
「うん……ナナ行ってきて。 その代わり異世界召喚魔法の情報…… ほしいな」
「ああ……ありがとうアミ……それでいい」
ボクが言いたい事をアミは理解してくれたようだ。ただ決断するだけではダメなのだ。組織である以上、組織にとって利がある物を対価にしないと所属するものが納得しない。
彼女はしっかりと組織の利を要求してきた。
「それ自体は王城の図書室でも調べられるはずだ。しかし古い文献を調べたいならば、ヴェスタル共和国にある教会本部かな。それと魔女の里にもあるはず」
「魔女の里まで往復したら間に合わないよ……」
彼女はまだゲートを使えなかった。おそらく魔女になって魔力量は十分になっているはずだから、魔法陣を知らないのだろう。ナナはさすがに魔力が足りなかった。
外に出て村の小屋にも帰り用の魔法陣を設置する。それから魔女の里へ向けてゲートを使った。
そして一瞬に光が収束する。設置した魔法陣は祠の目の前の竹林に囲まれた空間だ。
ここが構造上どうなっているかわからないけれど、鍾乳洞に戻れば里に行くことができる。
「この魔法陣を覚えてくれればアミにも使えるよ」
「ほんとぉ? やったぁ! ありがと、アーシュ!」
一緒についてきたナギや男二人も驚いている。ナナは何度も転送しているからどや顔をしていた。
「な、なぜナナがどや顔……」
「ふっふ~ん。アーシュはすごいでしょ!」
帰りはアミに使ってもらう。魔法陣さえ覚えてしまえば、まず失敗することはない。念のため動作確認をしたけれど、問題なく使えたようだ。
「す、すげぇ~熊沢……魔法使いみたいだ……」
「ぐぬぬぬぬ……また熊沢ばっかりぃ……ぐやじいぃ」
すぐに癇癪を起すナギは結構面倒くさい。
熊同盟の仲間たちも彼女には手を焼いているそうだ。ただ同郷の仲間だから見捨てることはしないと言う。
聞いていた話ではかなり冷たい印象だった異世界も、生命がかかったことに関しては比較的協力的になるそうだ。
「ナギ。帰ってきたら何か教えてあげるから大人しくしているんだよ」
「ほんと! やったぁ! アーシュ! 良い子で待ってる!」
よくよく考えたらアミやナナと同い年と言っていたから……。十歳ぐらいの容姿にみえるが彼女は年上だった。
年上の女性を子供みたいに扱ったのに、癇癪を起さなくて良かった。
「じゃあナナを借りていくね」
「ひゃ! なに? これで行くの?」
移動はさすがに馬車じゃ何日もかかってしまうから抱っこして走る。おそらくそれで移動は一日以内で済むだろう。
アミとナギは羨ましそうに指をくわえてみていたが、走ってみればそんなことは思わなくなるはずだ。
対立しているような二人だったが、ここだけは何故か息がぴったりだった。
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