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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
131/202

潜入、王国騎士団

あらすじ


 王位継承の儀に向けて情報をあつめるアシュイン。宰相からシルフィの出産の情報を得て騎士団を探ることにした。




 シルフィが不在の騎士団について探りを入れてみることにした。

 知り合いなど誰もいないのでそのまま行けば門前払いをくらってしまう。ラインハルトに騎士団の鎧を借りられるところを聞くが、それも難しい。

 すると咳払いして備品庫の場所を耳打ちしてくれる。あくまで知らない体を取るので一言そういうと少し離れて、定位置に戻る。

 彼に感謝をしながらさっそく備品庫へ向かい、王国騎士団の鎧を拝借した。これで目立つ行動をしなければ、紛れ込むこともできるだろう。



 騎士団は王城の東棟にその本部があって幹部や非番の班長はそこに待機していることが多い。

 近くに騎士用の食堂があるので、紛れて騎士たちの話を聞くことにした。今は休憩時間だから大勢いる。

 それに王国の騎士団ともなれば、ここにいるだけで百人はくだらない。ボク一人がまぎれていても鎧を着ている限りには見つからないだろう。

 注文した食事のトレイを持って開いている席に座る。

 スープをすすりながら周囲に耳を傾けた。



「……ねぇ、知ってる? 団長と副団長ってできているって話」

「うっそ! 副団長はロリコンなの?」

「まじかよ……シルフィ団長……可愛いから狙っているやつ結構いたのに……」


 女二人と男一人の三人組が噂をしている。すでに子供がいて出産のための休暇を取っている事を知らないようだ。

 しかし既に噂があるのなら、副団長が父親である可能性が高い。



「でも団長は恋人いるんじゃなかったか?」

「……実はね……元恋人が重罪を犯したから乗り換えたらしいわ」

「うそ……団長、節操ないわぁ……」




 やはり彼女はボクに愛想をつかして、別の男性を見つけた。あくまで噂話だから信憑性は定かではないが、噂があるなら発信元がいるはずだ。



「おやぁ? 元重罪人のアシュインじゃぁないか? 何故貴様がここにいるのだ!」



 突然男がボクの食事を払いのけて床にぶちまける。大きな音が響き周囲が騒然となった。

 あえて冷静に見上げると、凛々しい顔だちの貴族騎士が、キラキラしたブロンドを払って罵る。

 この男はどこかで見覚えがあった。



「お前は…………?」

「私はヴィンセント。王国騎士団の副団長だ。この顔をわすれたとはいわせない!」

「わ……わすれた」



 いや思い出した。ボクを川に捨てたやつのうちの一人だ。あの時は下っ端騎士だったはず。それが今や副団長だ。

 ボクに戻って来た時もボクを恨みがましく睨み、禁書書庫から出てきたときにも悔しさを滲ませていた。

 この男はロゼルタ姫とボクの関係を知っていたはずだ。そしてアイマ領主家の人間であるということも。

 強くは出られないが、目の敵にしていたことは確かだ。



「まぁいい。 いまやかつては貴様の恋人だった団長は私のものだからなぁ!」

「……なんだと?」

「おっとこれ以上は秘密だぁ!」



 確かに彼女は今出産のための休暇を取っている。そのことが知られれば、弱みを周囲に晒すことになってしまうからだ。

 ボクもそこは突っ込まないように自重しなければならない。



 この男を上から下まで見て値踏みをする。整った顔立ちだが、どこか意地汚そうな鋭い目つきをしている。しかし良い血統なのか奇麗なブロンドが貴族であることを主張しているかのようだ。

 ただ弱いものは嘲り、強い者には媚び諂う典型的な貴族の男だ。自尊心は高いくせに剣の腕は全くなさそうな重心の揺らぎを感じる。



「うそ……やっぱり副団長と団長ってできていたの?」

「それよりこの人……元恋人? しゅ、修羅場だわ!」



 変な野次馬が多い。しかもここは騎士団の食堂だ。副団長にさからうものなどいないのだから、すべてが敵だ。

 王位継承の儀までに無駄な騒ぎを起こせば、作戦が失敗してしまう。ここはふつふつと湧き上がる怒りを抑え、冷静になるべきだ。



「残念だったな? くやしいかぁ? ざまぁみろ!」

「彼女は幸せか?」

「あん?」



 ボクはそれだけが気がかりだった。

 こんなクズ野郎に奪われるのは悔しくて口の中が鉄臭くなっているが、彼女が幸せになれるならボクは我慢する。だからせめて幸せであってほしいのだ。



「彼女は幸せそうにしているか?」

「当たり前だろぉ? 私の嫁になるんだ。私が幸せにするさ」

「……そうか……彼女がそれを望むのなら……応援するよ」

「な……っ⁉」



 ボクは涙を堪えるだけで必死だった。今思えばボクは彼女に甘えてばかりで何一つしてやったことはないと思う。

 それでもずっと一緒にいてくれたのに、ボクは裏切ってしまった。これはその報いだと言える。



「……貴様が悔しがると思って声をかけたのに! ……くそ!」



 実際はものすごく悔しがっている。それでも奴は満足いくほどではなかったようだ。

 奴が悪態をつきながら去っていくと、ボクはぶちまけられた食器を片付ける。周囲はそれを唖然として見ていた。

 さっきまであれだけ騒然としていたのに、食堂は静まり返ったままだ。



「あ……あの……きっと大丈夫……団長があんなクズに靡くわけがないです」

「あんた……すげぇよ……そこまで好きな奴の幸せを優先できるものなのか?」

「……胸が締め付けられた……まるであの演劇を見た時のようだったわ」



 騎士団の平騎士たちは、今の会話を聞いて同情してくれている。ただこんな同情はみじめになるだけだ。

 それより副団長はあまり騎士団内で人望が無いように思う。少し彼らに話を聞いてみることにした。



「副団長は侯爵家の末っ子なんだ。だから偉そうだし、実際あの身分に逆らえる人は今の騎士団では団長だけだ」

「でもあたしは嫌い……さっきもそうだったし。でも取り巻きになって服従すると班長にしてもらえるの。だから班長クラスはみんなアイツの取り巻きよ」



 どおりで騎士団が異常に弱いはずだ。

 ボンボンの地位ばかり主張する侯爵家の男とその取り巻きがしきっているのだから。これにはシルフィも手を焼いただろう。

 奴についてももう少し詳しく話してくれた。



「彼はヴィンセント・アルフィールド。アルフィールド領主一家の末っ子なの。だから甘やかされて育ったし、無能なのに地位だけは振りかざす」

「侯爵家を連座にするわけにはいかないから、かなりの横暴も見て見ぬふりをされているのさ」


 そうやってずっと王族を困らせていたのだそうだ。アルフィールド領は以前から前国王派だった。そのままロゼルタ宰相派閥につき、今はロゼルタ派についている。

 エルランティーヌ女王の治世でもロゼルタ派が絶えず残っていたのは家の領地のおかげとも言っていい。

 現状主流派であるロゼルタ派に比例して彼の態度もでかくなったと言う。



「貴方。アシュインだったかしら? 私は貴方を応援する。必ず団長の愛を取り戻して!」

「そうだ!! うちの団長は可愛くてみんなに慕われていたんだ。アルフィールド家が団長に関わってきてからおかしくなってしまった……だから、戦ってくれ! きっと何かあるはずだ!」

「俺たちみんな下っ端騎士だけど、……なんでもちからになる。 がんばれ!」



 がんばれなんて、言われたことがない。今のボクにはそれがとても嬉しかった。見ず知らずのボクをこれほど慕ってくれるとは思わなくて、なんとも言えない高揚感を覚える。

 それに彼らは下っ端だと言うが、王城にいる騎士団員というだけで精鋭と言っていい。ほとんどは地元の領主に仕えているのだから。


 そんな彼らから見ても、シルフィは代理の時代から大きく人格が変わってしまった。ボクの失踪でボクを庇いながら団長を務め、さらに妊娠。その腹の子は弱みだ。他方から付け込まれていたのだ。

 それが宰相であり、ロゼルタでもあった。そのロゼルタの命令の背後にはアルフィールド家が見え隠れしている。

 そう言うことなのだろう。


 ボクは彼らにお礼をいって、ボクに用意してもらった客室で一人になる。そしてタケオの魔石に魔力を込めると、今度は一分もしないうちに小鳥がやって来た。

 あまりにすぐやって来たので手紙を書く余裕がなかったが、その小鳥が何かを発している。



「アシュ……さん……じつは……れるように……たんだ」

「俺た……さい……だろ?」



 とぎれとぎれだけれど、話せるようになったと言っているようだ。余計なことを言ってないで、用件だけ言えばいいものを横にそれるのは彼ららしい。



「こち……とぎれ……聞こえる」

「はな……くれ」



 「向こうには途切れずに聞こえる」であっているだろうか。一応話してみる。できれば手紙より早いやり取りが可能だ。



「アルフィールド家について調べたい。先の騎士団の動きに深くかかわっている可能性でてきた。ロゼルタ派だと思うから十分注意してほしい」

「ぐひひ……ア、アーシュちゃん……げ、元気ぃ?」

「クリスティアーネ?」



 どうやらこの通信は魔力量に大きく左右されるようだ。彼女の莫大な魔力があればかなりはっきりと聞こえた。

 とぎれとぎれの声がいきなり耳もとで囁かれて驚いてしまった。


 彼女たちはまだアイマ領主城にいる。今横にカタストロフやメフィストフェレス達も一緒にいると言う。

 エルたちはまだ亜空間の向こう側の部屋籠っている。



「クリスティアーネ……シルフィの妊娠について気がついていた?」

「……ふひ?……え、えと……い、いつ?」

「いや、知らないなら良いよ」

「う、ううん……か、彼女、『停滞』という……ま、魔女特有の病気にかかっている。……も、もしかして原因が……に、妊娠なのかもぉ……」



 『停滞』とは何等かの要因で、魔女たるべき矜持を忘れた時に発病する。そうなれば魔力がどんどん減っていくのだとか。

 魔力は少なくとも生きてはいける。ただそれは普通の人間の話だ。彼女はボクとの契約履歴がある。

 ボクが魔力を供給していない今、何もしなくても減り続けていれば寿命がどんどん減っているのと同じことだ。

 彼女は色々と諦めて、あと二十年ぐらいは生きられるからそれを享受すると言っていた。

 しかし『停滞』という病を患っているとするならば、もっと寿命が短いのではないだろうか。



「……彼女……あとどれくらい生きられる?」

「……ぐひ……も、もって……――」



「――あと一年」

「な⁉」




 なんということだ。まだ時間的余裕もあると思っていた。だからどこかでシルフィを最優先にすることより体裁や今後を考えていた。

 その結果がこのざまではあるのだけれど、まさかそこまで時間がないとは思ってもいなかった。

 これはきっとボクの怠慢の所為だろう。そのことに彼女自身も気がついていないそうだ。


 クリスティアーネが上位魔女になるときに、彼女は推薦から外れた。その時に『停滞』になっているのではと彼女は予感した。そしてその後雪崩の時には確信したという。



「治す方法は……?」

「……な、雪崩の時に……な、治る兆しがあったよぉ……あと彼女次第」



 それは精神的な問題。彼女の生きる目的でもある。そして魔女に求められるのは探求心。子ができてこれから母親になる彼女にそれをいきなり求めるのは難しいのではないだろうか。

 継続して研究や修練を成している者ならいざ知らず、絶望して努力を止めてしまった彼女だ。



「だったらあの薬は……?」

「……な、納得させるきっかけが……ないと……の、飲まない」

「やはり彼女の憂いを払ってやるのが先だな……いつもありがとう」

「ぐひぃひ……アーシュちゃん……き、気を付けてね」



 タケオとジンの小鳥が進化してくれて、助かった。クリスティアーネの声が聞けてかなり心が救われたような気がする。


 最後に割り込むようにカタストロフが話す。

 もし亡命が必要ならばジョウウのところへ飛ぶようにという。先方にすでに受け入れ態勢を作ってもらったそうだ。それは快諾したのではなくジョウウの強制のようなきがする。


 時間切れのように通信は切れて、魔力の帯びていないただの小鳥に戻る。お礼にテーブルに置かれていた菓子のくずを与えると喜んでついばんで外へ飛んで行った。


 そんな自由を謳歌する小鳥を羨ましく思う。












読んでいただきありがとうございます。

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