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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
130/202

あきらめない。

あらすじ


王城へと戻って来たアシュイン。ロゼルタにたいして偽りの恋人を演じる。しかし彼女は何かに憑りつかれたように一瞬だけ異質な魔力を放つ。



 彼女が執務を行っている最中は、ボクは全くやることがない紐野郎だ。何かを手伝うことをロゼルタは嫌がった。

 それは好都合とばかりに隙を見て宰相の執務室へと訪ねる。



「今、よろしいか?」

「……貴様か……人払いしよう……」



 すっかり憔悴している様子だ。ロゼルタに何か弱味を握られているのだろうか。侍女にお茶を用意させると二人だけになる。

 執務がよほどつらいのか、休憩用の長椅子に座ってもたれかかる。



「ふぅ……すまない……姫様に無茶を言われてこの有様だ」

「外からはある程度、話を聞いている。 なぜこんなことに?」

「知るか! 姫様が急に怪物のようになったのだ……」



 それは何かが乗り移ったような様子だった。常に変わった人格になったわけではなく、時たまその人格が現れる。

 ボクが体験したあの魔法のような圧力は、何かが乗り移ったものかもしれない。あの強力な威圧は今のクリスティアーネ同等かそれ以上の魔力を持っているように思う。


 もし何かが乗り移っているとするならば、上位魔女か造物主。しかし紅蓮の魔女(パドマ・ウィッチ)次元の魔女ディメンジョン・ウィッチの強さや魔力量はあんなに強力ではなかった。

 やはり造物主と考えるのが自然だろう。



 それから宰相にはボクがいない間の様子や情勢について聞いてみる。この男が素直に話すわけがないが、参考程度には聞いておくのも悪くない。



 ロゼルタがあの状態になるようになったのは、ボクがアイマ領へ行った後だった。

 そして上位魔女が頻繁にこの王城へと訪れている。もともと宰相が扱っていた子飼いの召喚勇者や部下、それから上位魔女はすっかりロゼルタに傾倒しているという。

 もはや彼が思い通りにできるのは少数の宰相派と王国騎士団の一部だけだという。彼はもう完全に死に体になっていたせいか、事細かに話してくれるようだ。



「悔しいが……これ以上どうにもならない。王族入りも……ロゼルタを手に入れることも……」

「悪魔の奴隷化に全てを奪われたのか」



 悪魔の奴隷化が発表されれば魔王領に全ての責任を擦り付けるのだから、宰相は完全に蚊帳の外になってしまう。



「このままいけば……この立場にさえいられぬだろう……」

「ロゼルタを乗っ取っている者をどうにかできれば可能性はあるだろ?」

「ふん……騎士団長に試させたが……指一本であしらわれたわ……」

「な⁉ シルフィが?」



 ロゼルタの魔力は一般の人間と同じだ。そんな彼女がシルフィに勝つなんてありえない。やはり造物主なのだろう。

 今彼女が休暇を取っているのはその怪我の所為だ。



 今までずっと気になっていたことがある。なぜ彼女はここまで宰相の言うことを聞くのだろうか。



 彼女ほどの強さがあれば、奴など秒で殺せる。よほどの弱みを握っているとしか思えない。



「……騎士団長は……なぜそこまで従順にお前の言うことを聞く?」

「……いまさらだが……それは本人に口止めされている……」



 それを律儀に守る宰相とは思えないが、何か対価が必要なのだろう。もしかするとボクに知られたくない秘密なのかもしれない。



「魔王領との橋渡し役だったのだが、期待外れだったな」



 ボクが失踪した後は人間と悪魔の橋渡し役は彼女が担うはずだったそうだ。魔王領は彼女の横暴なお願いを警戒して断った。

 そして交渉すらできないことに立場を追われた。



「一つ聞きたい。魔王領の南の村を襲ったのは王国軍か?」

「帝国だと聞いているが……まぁ良いだろう」



 ずっと気になっていたことを、素直に聞いてみる。するとあれをやらせたのは、やはりロゼルタだった。目的はあの隷属の首輪の実験体。それに従ったのもシルフィだ。




 やはり、この数々の暴挙に出るには立場だけでは理由がつかない。

 今まではただシルフィがその地位に胡坐をかいているという情報だけだった。やはりそれだけで彼女をそうさせるには足りない。

 その原因は知っておく必要がある。



「立場は保障すると言ったら?」

「……な⁉ 出来るとでもいうのか⁉」



 それはボクの計画上にある話だから、成功するかどうかは分からないが可能性としては高い。約束してしまっても良いだろう。

 ただロゼルタと結ばれることと彼の王族入りは無理だ。ロゼルタそのものがこの世から消えるのだから。

 ただそこまでは語らない。あくまで保証するのはジェロニア宰相の立場だけだ。



「だから騎士団長の弱みを教えろ」

「……まぁ……もう使うこともない……良いだろう」



 ジェロニア宰相はそれをもう重要視していない。彼女自身は当然その心中をしらないから、今も怯えて従順なのだ。

 ただその理由についてはとても嫌な予感がする。聞いてしまったら何かが崩れてしまうような決定的なものの気がする。


 ……き、聞きたくない。聞かなければ。


 そんな相反する感情が鬩ぎ合っている。






「……腹の子だ。 騎士団ぐるみで、それを隠していた」






 ……シルフィの子供?つまり今休んでいるのは……。

 いつ生まれたのか。その間の腹が大きくなって周囲は気がつかないはずがない。その一言にボクの霞んだ試行が一気に目を覚ました。

 そして次々に疑問が浮かんでくる。この男は多くは語らないだろう。近くで見てきたわけでもないのだから。



「いつ……いつ、生まれた?」

「つい最近のはずだ。……種族の所為か、腹が大きくならず気づかれなかった」



 もしつい最近なのであるなら……ボクの子ではない。孤児院にいた頃に良く捨てられていく赤子を抱えた寮母は、子ができるのは九か月前後という話をしていた。

 それがシルフィにも適応するなら、ボクが親であるはずがない。



 絶望感で目の前が真っ暗になった。あの時、ボクが漂流から復帰して再開した時には既に子がいたことになる。だとするなら相手は人間のはず。その男と共にいきるために、長寿種を捨てたのだろう。



 あの時ボクが誓った賭けは……初めから負けていたのだ。














 ……いやまだだ。ボクはあの時、何て言った?












 『キミの幸せ』




 それがたとえボクが隣にいなくとも、彼女の幸せだけは守る。それがボクの賭けだ。だったらまだ負けていない。諦めない。



「お……おい……」

「す、すまない……少し動揺しただけだ」

「少し? ……身体が光って恐ろしい魔力を出していたが……まあいい」



 自分でも恐ろしい程に冷静になっている。

 怒りある。ふがいない自分に対してだ。おかげで『勇者の血(ブラッド)』の発動はしたものの、以前のような爆発的な衝動ではなかった。

 無意識に『勇者の壁(ブレイブウォール)』も発動していたおかげで周囲には何も被害が無かった。



「彼女はこれからどうなる?」

「おそらく死罪……子も連座だな」



 やはり何のお咎めもなしと言うわけにはいかない。ただいまは王国内に罪を受ける者が発生するのは対外的に問題があるから保留になっているだけだ。

 騎士団側としては、それにも否定的になっている。おそらく抵抗するだろうから問題が大きくなる可能性はあった。

 この問題も宰相にとっては頭の痛い問題だと言う。



「前に言った通り、ボクを告発すると良い」

「いや……お主の命ではもはや抑えきれる問題でもない」



 これは出したくなかったが、この男には協力してもらわないとただの戯言で終わってしまう可能性がある。



「……こっちならどうだ?」



 そういって覚えたての魔法陣を使う。もうあの紙に書いた魔法陣は覚えたので、思い浮かべて魔力を注げば同じように再現ができる。かなり練習はさせられたが。

 ボクの身体の周囲は強い光に包まれて、衣装が消えた感覚がある。そして筋肉質な肉体は一瞬で女性らしいシルエットにかわる。

 そして頭と胸に重みを感じるが、以前とは違い背中やお尻にも今までにない感覚が生まれた。

 そしてそれに合わせた布が触るように身体に密着したことで衣装を着たことがわかる。


 光が収束すると、以前とは違い羽と尻尾も生えていた。さらに悪魔らしい悪魔と変わっていたのだ。これはクリスティアーネのお茶目だろうか。



「な!! ななななななぁあああ!!!! ま、魔王アシュリーゼ!!!!」

「これならすべてを洗い流せるだろ?」



 最初の頃は変化の魔法ではなく、ただの女装だったので気にならなかった。しかし変化の魔法になると物理的に肉体が女性になるので声帯もかわって女性の声になっている。

 その完成度も練習していたころより高くなっている。クリスティアーネの研究心に火をつけたのか、彼女の趣味なのか後で問い詰めたい。


 宰相はボクを凝視している。首脳会合に出席して一度見ているが間近で見るのは初めてだろう。



「……う、美しい……まさか間近で見ることができるとは……」



 羽は座るのに邪魔なので、ふわっと揺らめかせて折りたたむ。するとその風が宰相に当たるその時に、くんくん匂いをかいで涎を垂らして恍惚な表情を浮かべる。ものすごく気持ち悪い。

 ボクが座るといちいち足の行先を目で追っているのもまた気持ち悪い。やはり男の視線と言うのは、女性にはすぐにわかる物なのだなと感心した。



「ロゼルタはいいのか?」

「はっ⁉ ……お、おまえが美しすぎるのが悪いのだ!!」

「完全に当てつけだろう!!」



 どうにもこの姿でいると、男はおかしなことになってしまうようだ。逆に言えばそうであればあるほど、周囲の目を集めることができる。効果が高いことは実証できた。



「それで? これなら彼女の罪も洗い流せそうか?」

「ああぁ……私が彼女を立てよう。 そうすればロゼルタ派からの突き上げもおさまるであろう」



 彼はボクの胸や太ももに視線を這わせながら、満足したように約束してくれる。アシュリーゼは思いのほか役に立ったようだ。



「しかし貴様がアシュリーゼであることは知られることになるが?」

「このために用意したんだ。かまわないさ」



 そう言いながらボクは変化を解いてアシュインに戻る。すると彼はがっかりしたような微妙な顔をしている。

 それから本番に向けて綿密な打ち合わせをする。



「当日エルランティーヌ女王が現れるはずだ。 お前はそちらに着け」

「なっ⁉ ……女王が? 亡命したとばかり思っていたが……」



 それで終わる彼女ではない。彼女の諦めの悪さは良く知っている。今王城はロゼルタ派が主流であるが、彼女と元彼女の派閥があれば宰相派と合わせて最大勢力となる。

 貴族たちを納得させるには十分な数だ。



「問題は……上位魔女と……彼女自身」

「上位魔女は良いとして彼女自身の情報は自分で集めるさ」



 そう言って立ち上がり、その部屋を後にした。やつもはじめは沈んで死んだ目をしていたのが、今は光を取り戻し以前の企てや保身ばかりを考えていたあくどい目に戻っている。

 それでこそ悪役宰相(・・・・)だ。






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