再会
あらすじ
グランディオル王国アイマ領主城にもどってきたアシュインたち。召喚勇者で慕ってくれるタケオとジンが集めた情報の中の『悪魔の量産計画』にショックを受ける。
焦燥の顔色を隠しきれず、周囲に心配をされてしまった。あまりにひどい状態だったので、タケオとジンは気を効かせて席を外してくれる。
シャオリンとメフィストも使用人に頼んで別室を用意してもらうと言う。今は彼らの言葉に甘えることにした。
二人だけになるとクリスティアーネはボクを抱きしめる。そうすると今度はどうしようもなく涙があふれてくる。
「ごめん……情けなくて」
「ぐひ……い、いいよぉ……で、でもまだ決まってない……し、信じよ?」
……そうだ。
自分の目で確かめるまでは、そんな不確かな話は信じてはいけない。むしろ疑うなんてアイリスたちに失礼だ。そう思うことでだんだんと落ち着いてきた。なんだか魔力が増えるごとに反比例して、心が弱くなった気がする。
「ありがとう……落ち着いたよ」
「ぐひひ……じゃ、一つ……い、いいものあげる」
そういって渡されたのは、一枚の羊皮紙に書かれた魔法陣。それは見たこともないもので、複雑かつ紋様というより絵のように見える。
今は羊皮紙を使って魔力を注げば使え、魔法陣も覚えてしまえば紙もいらなくなると言う。
使ってとせがむので、試しに魔力を注いでみると――
……え⁉
一瞬、魔力の光がボクの周辺を優しく包んで霧散した。すると何故か視点が少し低くなった。それになぜか少し頭と胸が重い。
「うひひ……や、やったぁ~」
なんとも気の抜けた喜びを上げるクリスティアーネは、いそいそと姿見を持ってくる。思ったより大きいので重そうに移動していた。
ゆっくりとこちらに向けられる姿見には……
「……アイリス……?」
それらしい女性が立っている。ボクが右手をあげると、アイリスのような女性は左手をあげた。今度は左手をあげてみると、その子は右手をあげている。
「ぐひ……ち、ちがう……ア、アシュリーゼ」
「……これボクだ」
なんとクリスティアーネは、容姿を変化させる魔法を創作したのだ。まさに天才と言わざるを得ない。そんな魔法は聞いたこともないし、シルフィでさえそんなこと出来ないと言っていたと思う。
実際には容姿を変化させるということではなく、以前していた容姿を思い描きながら記憶させて再現する魔法ということらしい。
だから全く魔法陣を作るときに、想像して絵のような魔法陣を情報として組み込まないといけない。
つまり絵が描けなくても出来ないし、一度したことのある格好でないと想像できないので出来ないという。
クリスティアーネは合間や待っているときに、ひそかに創っていた。もう一度見たいと言う欲望によるものだが、一瞬で変化できるこれがあるならばもうひとつ演出を加えることができる。
アシュリーゼになる事は抵抗があるけれど、時間がない中でクリスティアーネが作ってくれたことが素直に嬉しかった。
「ほんとうにありがとう!…………これでちょっと作戦の幅が広がった」
「うひ……ほ、ほんとぉ? よ、よかったぁ」
彼女はボクが事細かに言わなくとも作戦の詳細を既に把握している。だからこそのこれが必要になると踏んで、創ってくれていたようだ。
本当に彼女には頭が上がらない。
それにしても胸が重い……。ボクが作り物であろうそれを取ろうとするが、取ることができない。
「……あれ? あれれ……これ角と胸……本物じゃない?」
「……ぐひ……う、うん……ま、魔法で再現しているから……解かないととれない」
「え⁉ ……も、もしかして」
なんと、本当の女性の悪魔になってしまったようだ。それに角があの時の山羊のはく製の角を模しているから、結構場所を取って重い。
頭の上に気を付けないと入口の扉の淵に引っかかって、恥ずかしい思いをしてしまいそうだ。
でも身長も女性らしく、少し縮んで……いやかなり縮んでいて視点がひくくなった。
「ぐひひ……か、かわぃい!」
「ははは……」
それから何回か変化したり戻ったりを繰り返して使用感を確かめたり、アシュリーゼで行動して転ばないように練習した。
前が重くてかなりバランスが悪い。そのせいで何回か前のめりになって転んでしまう。
「ぶへ……」
「……が、がんばって……」
一時間ぐらいそんな練習を繰り返していたら、さっきの気持ちがどこかに吹き飛んでしまった。なんだかんだ言ってボクは考え事より、身体を動かしているほうが好きだ。
クリスティアーネに手を引いてもらって、よちよち歩く姿は情けなかったけれど、途中から結構楽しかった。
一瞬アイリスに見間違えそうになる容姿も、よく見れば角は違うし、胸も当然ながら彼女の方が大きい。それに顔はボクを少し女性っぽくした感じで、髪も彼女のイエローブロンドよりやや薄い色だ。
それでも近くで見てもアイリスの姉妹ぐらいには見える出来だった。
そんな感じで姿見を見ていると、使用人と執事が三人ほど扉を叩いて入って来る。そして……
「え⁉ だ、だれですか?」
「う、美しい……」
「お、おねぇさまぁ……」
「……い、いやアシュインだからね?」
「「「え⁉」」」
目を丸くしてこちらを凝視している。男性の執事は顔赤らめて目を逸らすがちらちらとこちらを見てきて気持ち悪い。
……女性から見ると男性のちら見の視線はこう見えるのか。かなり気持ち悪いな。
ボクも恥ずかしくてたまにそうしてしまうことがあったから、これから気を付けよう。
彼らは夕飯のお誘いしたいという貴族の申し出を言付かってきていた。領主のカタストロフは忙しいので、会うことができないから他の人物と言うことになる。
アイマ領主城で他に貴族の知り合いなどいないから、断ろうと思っていた。でも領主命令だからと平にお願いされてしまった。メフィストとシャオリンはすでに別で豪勢な夕食を嗜んでいるからボクたち二人だけだ。
しぶしぶ了承して変化を解き、使用人に案内されて食堂へとやって来た。しかし食事の用意は一切されていない。
ぼくたちが訝し気にみていると、さらに奥の部屋へと案内される。狭い部屋につれてこられて余計に怪しく感じていると、使用人はさらに奥を指し示し、歩いて行く。
その先は壁しかなく、ぶつかると思いきや空間の歪があって飲まれていった。一度中に入った使用人は顔だけこちらにもどってきて、中へと促す。
「ささ、どうぞ」
中に入るともう一つの大きな食堂があって、奥には三人の女性が待っていた。知っている顔だ。
「エル?それにレイラ、ベアトリーチェ」
「お久しぶりです。アシュイン?」
「こっちよ! アシュイン!」
「お久しぶりです!! お元気でしたか⁉」
ベアトリーチェの声がでかい。
近くまで行くと、元気そうな顔が見えた。久々にみたエルとレイラは思ったより元気そうで嬉しくなった。すこし痩せたように見える。
「久しぶり!」
「うへぇへ……げんきぃ」
「……アシュイン!」
その中でもレイラは特に強い想いがあったようで、だんだんと涙声を抑えることができなくなった。
今までの辛い時間が、解放されたかのように一気に溢れてしまう。この一年半は特に苦労したようだ。
取り繕うのも忘れてボクに抱き着いてくる。
「……うぁぁ……アシュイン……いきてたぁ!」
「心配かけてごめんね」
エルもすこし涙ぐんでいるから、頭を撫でて今までの労をねぎらう。ひと時も休まるときはなかったのかもしれない。そんな彼女も感極まってボロボロと泣き出した。
つられてベアトリーチェも泣きだす。
「じんじゃったどおもっでまじだ~~」
「みんなは逃げたとは思わなかったんだ」
はじめはどうなったか分からなかったから信じかけたけれど、以前の過ちを繰り返してはいけないと調べに調べたそうだ。
するとあの日、川から重いものが投げ捨てられた音がしたという証言を得て、身の危険にさらされたのだと理解したそうだ。
そこからボクはカルド海の果てまで約一年かけて流され、復帰してクリスティアーネと合流したことなど経緯を話した。それにエルたちの経緯も聞くことができた。
やはりあのボクの失踪に関しての責任はエルがとった形になった。彼女は気にしないでほしいとはいうものの、実際にはそうなってしまったのだ。
それでもここに逃れて、カタストロフに匿ってもらったおかげで安全に暮らすことはできていた。
ここから子飼いの部下を使い、情報を集めて策を練っていたそうだ。
やはりロゼルタの飛躍が、王国をかなり危険な状態にさせている。宰相が行っていたシルフィ率いる王国軍の失態の動きはエルの失墜をねらったたばかりであることが見えて来た。
きっかけは本当にエル自身の失態ではあるのだけれど、足元をすくわれた形となった。
さらに宰相が積み重ねた民衆の敵意をロゼルタがさらに増長させてしまった。宰相の目論見ではもう少し少ない敵意で事足りると感じていたようだ。
ロゼルタは自分が高尚な政治をしていると勘違いし、やり過ぎてしまった。そして憤怒が溜まった民衆は謀叛寸前にまで膨れ上がっている。
それをエルにすべて押し付けて処刑し、水に流すことで帳消しにできると思い込んでいるのだ。
やはり国のかじ取りとはそんな甘いものではない。おそらくこのままでは王族が根絶やしにされる可能性の方が高い。
これならまだ宰相に操られている時代の方が安定した。彼は私利私欲に走ってはいるものの、引き際はわきまえている男だったからだ。
いまはロゼルタ自信をほしさに従っているが、そのうち突き放すのではないかと思っている。それにロゼルタのしりぬぐいに手一杯で彼の勢力は衰退していると言う。逆に宰相は下から突き上げをくう可能性すら出て来た。
その矛先をずらす施策の一つでもあるのが『悪魔の奴隷化』。隣国の敵意を散らす意味でも使えるし、国民の怒りも奴隷にぶつけることで解消させようと考えている。
「……それで解消できるのか?」
「いえ……奴隷化はおそらく極大の一手。人間とはそんなことで満足してしまうほどに浅はかな生き物ですよ……」
「ええ……趣向は人それぞれでも、支配欲と言うのを強く持つのが人間よ。それは大勢の支配ではなくても、隣にいる友や恋人でも支配すれば快楽を覚える」
「そうですよ……わたしだって例えば姫様を着せ替え人形にして楽しみたいな? なんて日ごろ思ってたり――」
「なんですってぇ!!」
ベアトリーチェは一言多いのが玉に傷だ。でもそれはボクにもある。それは独占欲に似た何かだろう。
それでも奴隷化なんて許されるわけがない。正義が云々とか、正しくないなんて言うつもりはない。むしろ王国には必要なことなのだろう。
単純にそれで犠牲になる悪魔たちがいるのが嫌なだけだ。むしろ王国などどうなると知った事ではないと思っている。
話も落ち着く時間になると、厳選された使用人が奥から食事を運んでくる。彼女たちはエルランティーヌを慕って付いてきた王城にいた使用人達だ。昔から働いている人で信用できるという。
それにここは特別な空間で空間が隔離しているため、外部からの接触は登録していない人ではまず無理だ。
以前にいた時は、領主城内に諜報員が入り込んでいる疑いがあったので、ボクのような知り合いでも接見は禁止していた。
王位争奪戦が近くなると敵も切羽詰まってなりふり構わずに殺害を試みるので、閉鎖空間は逆に危なくなる。
たとえば次元の魔女なんてつれてこられたらひとたまりもない。
それなら逆に徐々に緩くして顔をだし、悪役だろうが存在感を誇示していた方が良いと言う。
「それから王位継承の儀に向けて、対抗策を練っています」
「アシュインがくれた手紙を読んだわ。ひっくり返るって出来るの?」
「……頃合いを見て姿を現して、マインドブレイクと共に自分の主張をしてよ」
「タイミングは?」
「ロゼルタが退場したとわかるとき」
その一言で二人も理解できただろうか。
すべてを理解できなくとも、やるべきことは分かったと思う。きっとそれでまたエルの治世を取り戻すだろう。
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