達人
あらすじ
ジオルド帝国のシャオリンの祖父ジョウウの家へとやって来た。ジョウウはたぬきじじいで話をはぐらかすのでなかなか話が聞けない。
「そんなに聞きてぇなら力づくでやりな。 おめぇが負けたら孫をおいてすぐに国を出ていけ!」
やはりこのじじいは酔った振りをしていた。クリスティアーネと同じく全く酔っていない。そして急に眼をギラつかせてこちらに圧をかける。
ただ力づくといわれても、やり過ぎないように注意しないと殺してしまう。
「おめぇ……本気出したら相手が死ぬとか言う甘ちゃんだろ」
「な……⁉」
今まさに考えていたことが読まれてしまった。
いや読まれたわけではなくて、ボクの性格を見透かされたということか。とはいえ甘ちゃんだと言われても仕方がない性格をしているのは確かだ。
むやみに人を殺したくない。
ボクは魔王を倒したあたりから、人を殺すことに躊躇しなくなっていた。逆に悪魔や魔物を殺すことにはかなりの抵抗感があった。
それが怖くなって今度は日とも悪魔も魔物も、生けとし生けるものを殺したくないという気持ちが強い。
でも虫は殺すし、動物も普通に食べる。
自分でもその線引きがわからなくなっていた。そういう意味での甘ちゃんなのだろう。
「じゃあ一つ手合わせを願おう」
「お、やる気になったみてぇだな。 こっちへ来な」
そう言ってジョウウは家の裏へと通じる扉から出ていき、ボクもそれに続く。メフィストとシャオリンの二人は寝ているので、クリスティアーネに任せておいていくことにした。
「まぁ家や森が壊れるから魔力は使うなよ」
「ああ……」
魔力なしなら、ある程度本気をだしてもいいのかもしれない。少し酔っていて足元がふらついているが問題ないだろう――
「……ぐっっ!!」
大人しくついて広場に着くや、いきなり蹴り飛ばされた。即座に構えるが視界にいない。
油断していたとはいえ、簡単に吹っ飛ばされるとはかなりの強者だ。それにこの動きは……。
「……馬鹿め! 本当に甘ちゃんだなぁ……」
「遠慮はいらなそうだ――」
一気に詰め寄り右拳を突き出す。そして左拳で殴る。
「なっ!!!!」
「……まだだな……遠慮しているだろ?」
やつの構え、技は一度見たことがある。対策の仕方もその時を思い返せばわからないわけでもない。
それでもこちらの動きは読まれて軽くあしらわれてしまう。
――さらに追撃。上段蹴りを見せ技に、足を狙う。
「ふん!! まぁだ手加減しているな?」
そう言って軽く捌いて見せた。
奴は爺とは思えない動きで、こちらから距離を取った。
この技の使い手の彼女もそうだったけれど、やはり眼球の動きや気の揺れ動きを読み取って先に動きを察知している。
やはり純粋な格闘となると、分が悪い。剣技中心のボクが徒手空拳の本流の彼に敵うわけがないのは、始めからわかっていた。
それでもボクには引いている余裕なんてないのだから、やるしかない。
「……ふぅ」
目を瞑り、余計な情報を切る。
純粋な格闘術で奴に勝つならば、無の境地に達した拳でなければ無理だ。それ以外は読まれてしまう。
――構える。
ジョウウはじりじりとすり足で間合いを詰める。
こちらに動きを読ませないことも彼女の使っていた格闘術と同じだ。奴と戦い、彼女を感じることで涙が出そうになった。
だが勝負は勝負だ。
やつがボクの第二制空権に入る手前で止まる。ここより先まで踏み込めばボクが一瞬で間合いを詰めて破壊できる間合いだ。
このわずかな時間でもう把握されていた。
「ふん!! どうした女男め。女々しい美人顔をしおって! かかってこい!」
それ以上自分から詰め寄ってこないが、じれて挑発している。そんな安っぽい手にはのらない。
逆にボクが無となり待ち受ける。
彼の闘気は感じる。
目から入る情報がなくなったおかげで、先ほどよりは動きがわかる。これで呼吸の読み合いができそうだ。
やはり奴はシルフィの関係者だ。その洗練された技や駆け引き。読みの正確さを勘案すればこの武術の流派においてシルフィの師匠にあたる人だろう。
そんな奴に対応するならば、やはりこの技だ。
空の拳。
ただ鍛錬で突きを繰り出すことのみを永遠と続ける。それによってのみ意思をもたない拳が生まれる。脳の伝達を必要としないその拳は、相手に動きを読む隙を与えない。目の動き、顔の表情、血管の浮き沈みや体全体の体制とは一切分離されるのだ。
そうすることによって、闘気が消え、制空権が消える。そしてボクからの殺気や魔力すら感知できなくなり、ただの一般人が立っているようにしか見えなくなる。
「なぁんだ? 諦めたのか? みっともねぇクズだなぁ」
油断はしないところはさすがだと言えるが、それでも制空権がなくなったのでその領域内にじりじりと入って来る。
「……」
「クズはこれでおわ――」
――ぱぁんと大きな破裂音が響く。
やつが間合い入ってきたので、脊髄反射で拳が突き出される。その速度に音速を越えたことで空気と衝突する大きな音が鳴ったのだ。
「ぐぅううううおおおお!……がはっ!!!!」
空の拳は音速を越えるその打撃と重みを相手の体内に叩き込み、そして闘気が爆ぜる。
これは「勇者の剣技」とボクの不器用な鍛錬で生み出された技だ。完全に固有の技だから、奴ほどの達人が所見で対応できないのも無理はない。
「あ‼ まずい!」
逆の意味で慌てた。まさかまともに食らうとは思っていなかった。それに空の拳は脊髄反射で行われるから手加減をしようがない。
ジョウウは内臓に深い傷を受けたようで、かなり荒い呼吸と共に血を吐き出している。
慌てて全力の治癒をかけた。
「おい! ジョウウ!」
「ぶはっ! いいの……もらっちまっ……たぜ」
割と余裕はありそうだけれど、しばらく動けそうにない。内臓を損傷して、その上脳も揺さぶられて脳震盪も起こしている。
動かすと危険なのでその場に寝かせる。そしてクリスティアーネにもらっていた滋養剤と痛み止めを飲ませた。
すぐに聞き始め三十分も安静にしていれば呼吸が落ち着いてきている。
「……すまねぇ……落ち着いてきたぜ」
「いや、ボクが未熟なせいだよ……それより白銀の精霊魔女を知っているのか?」
「あんのクソガキババァか……確かかなり昔にこの技を教えたぜ」
やはりこの格闘術においては、彼女の師匠だった。
シルフィはあらゆる格闘術を習い、研究し、独自のものへと昇華させているという。彼の武術はそのうちの一つだった。
彼女はその時々に応じて武術を使い分けたり、混ぜたり、時には魔法と組み合わせたりする独創的な戦闘術を考えていたそうだ。
こんな辺境でそんなシルフィの過去に触れられるとはおもってもみなかったから、嬉しかった。
「じゃあ祠についてもそろそろ教えてよ」
「ちっ……おぼえていやがったか……」
ジョウウはこんな状態になってまで往生際が悪い。これほどまでに言いたくない理由があるのかもしれない。
それでも彼の想いを押しのけてでも、聞かせてもらう。
しばらく話せ、嫌だの応酬をくりかえしてやっと諦めて話しだす。
「……シャオリンは……魔石に宿る精霊族なんだってよ……」
「……っ!」
「事情を知っている面ぁしているな」
つまり彼女は守り人という立ち位置だ。
この地の祠は当然人間の行き来する場所からは空間で隔離されている。そしてあの島と違い、人の往来も多い場所だ。何かの手違いで彼女の魔石は結界の外に締め出されたため、使命を忘れてしまっているという。
彼女の魔石はジョウウの家の地下に大切に保管されているから、人に何かされる心配はない。
当然血縁関係はなく、拾い子だった。
シャオリンはふらっと現れ、フラッと消える。そんな子だったが息子はただの孤児と勘違いした。彼女にご執心だった彼を心配してジョウウが探った。すると彼女の魔石を発見したので、当時のシルフィに調べてもらったそうだ。
守り人云々の情報は持っていなかった。さすがに神剣にまつわる話は当時のシルフィでは必要性もなかっただろうし、一億年も前の情報は持っていなかっただろう。
ジョウウとしては息子の心の拠り所になっているのであればと、一緒に暮らせるかどうかや、記憶、関係性、文化や食事についても検証したうえで、孫として扱うことにした。
ただジョウウの息子はあまりにもシャオリンに執着し、いつしか愛情を向けるようになった。さすがにそれは行きすぎだとジョウウが諫めようとすると大喧嘩となり、出て行ってしまった。
それもシャオリンを連れて。
しかし距離をとればとるほどシャオリンが弱っていくのを見て、水の都アルデハイドに定住を決めたと言うことだった。ジョウウも目の届く範囲にいるのならとそれを黙認して今に至った。
「クソガキババァが言うには、この島の空間の歪と魔石が魔力的に紐づいているらしい」
最初はボクたちが言っていた祠自体は何のことだか分からなかったが、その空間の歪の事だと勘付いた。
それでシャオリンが何かに利用されることを警戒したジョウウは、ボクらの話をずっとはぐらかしていたのだ。
……これはどうするべきか。
ジョウウとシャオリンはもう完全に家族だ。もし祠の守り人としての役目を終えてしまえば、シャオリンは長期の眠りについてしまう。
そのことを話せばきっと歪の位置を隠されてしまう。では正直に事情を言うわけにもいかない。
神剣の話をすれば嫌でも勇者の血の話までしなくてはならなくなる。
強引に連れていくなんて手もなくはないが、そんなことをすれば別の意味で守り人としての役目を果たそうとされてしまう可能性もある。
少し彼らの様子をみてから、どうするか考えた方が良さそうだ。
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