標的
あらすじ
悪魔アシュリーゼとして皇城で暴れたアシュイン。教会でクリスティアーネを回収して再び水の都アルデハイドへ飛んだ。
――水の都アルデハイド 深夜。
さすがに来る時間が遅すぎたようだ。それにあれからさほど経っていないから、水は奇麗になっても生活は戻っていないかもしれない。
「アウスビッツ工房はよぉ~猛毒の魔女が放置したや~つだ」
「迷惑な魔女だな……」
その魔女はもうすでに帝都にはいないのではないかという。彼女は常に先を見た行動をするから、気がついた時には行方知れずになっているそうだ。
「生産体制を整えてやったのに、『やっぱいらな~い』だ~とよ」
随分軽い魔女だ。
何の目的で作ったのかも、なんで要らなくなったのかもまったくわからない。
ボクたちには関係ないところで活動していると思った方が良いかもしれない。
町の中へと入って行く。
休めるところはないと思っていたが、冒険者ギルド兼酒場には明かりがついていた。
せっかくだから中へ入ると、数名が飲んだくれている程度で閑散としていた。
それでも開いている店があるだけでも、以前よりかなり復興しているのではないだろうか。
「まだやっているか?」
「ひゅ~! 随分と美人のねぇちゃんじゃねぇか! 一緒に飲まねぇ? おごるぜぇ?」
少し話を聞くために、飲んだくれていた親父たちの誘いに乗ることにした。あまり考えたくはないが、下心があるのだろう。いい加減落ち着ける場所で元に戻りたい。
彼らは冒険者だ。ただ家に帰れば嫁さんがうるさいから寝るまでここで飲んでいる。
もう一人の男も似たような理由だった。
「そうか……妻子持ちは大変だな……」
そう言って運ばれて来た酒をお酌する。情報をくれるならそれぐらいのサービスはする。
この町は先日の汚染騒ぎで閑散となったが、水質が改善するとすぐに、ほとんどが元通りになった。
昼間に来ればもう行商人が沢山やってくるまでに、復旧していたのだ。
被害を聞くと、病原菌で直接亡くなった人はいなかったが何名かはやはり衰弱死したそうだ。
それからこの時間でも宿屋はやっているそうだ。ここは冒険者が多い町なので、常に受付を立たせている。
ボクたちはギルドに一番ちかい宿屋に部屋を取って休むことにした。クリスティアーネはあれからずっと寝たままだ。
「め~しにしよぉぜぇ? はぁらへってしにそうだぜぇ」
「ああ。クリスティアーネが作ってくれたのがある」
ボクのために作ったのだから一人で食べたかったが、さすがに自分だけが食べるのも悪いので、二人で食べる。
包みを開けてみると、ぱっと色鮮やかな見た目のパン料理が目に飛び込んできた。
パンに様々な野菜や肉、卵などが挟んである。食べる直前にかけるソースもついていた。
「……おいしい!」
「ぉお……天才魔女は料理もで~きるのかぁ?いい嫁だなぁ?」
彼女の料理の腕は格段に上がっていた。いや、孤児院にいた段階でもかなり上達していたが、死霊が混ざるのは相変わらずだった。
しかしこれは死霊も混ざっていないし、格段に美味しい。
普段の彼女を見ていれば、かなり不器用な事がわかる。それに普通の事が人より劣っていると自分でも理解している。
だからこそ頑張って努力して、いつのまにか普通の人よりうまくなっている。
「……んっ……アーシュちゃん……どこぉ……」
どうやら起きたようだ。
すこし寝汗をかいていたようだから、布で拭ってあげた。気持ちよさそうに目を細めている。
「ただいま。遅くなってごめんね」
「……うぇへへ……へ、平気……そ、それで――」
何かを伝えようとすると、メフィストフェレスが視界に入ったようで一気に緊張が高まって固まってしまう。
「ぐひぃいいい! お、おばけぇえええ!」
「おいおいおいぃ! そ~りゃねぇ~ぜ?」
「大丈夫だから!」
死霊を扱う魔女が、お化けを怖がっている……。
お化けではなくメフィストフェレスだけれど、すこしくらい部屋の中でオヤジがくちゃくちゃと食事をしていればそう見えても仕方ない。
メフィストフェレスがいる事情を説明するとやっと落ち着いた。それからクリスティアーネからも話があるという。
上位魔女の連絡網で、魔王の発生を確認したという連絡が入った。その魔王の名は――。
『魔王アシュリーゼ』。
「ってボクじゃない? それ」
「うぇへへ……そ、そだね」
「ケケケ! おめぇ魔王になっちまったのか?」
「いやわかるだろ? 勝手に魔女界隈が騒いでいるだけだ」
おそらく紅蓮の魔女がボクの包囲網を張ったのだ。
あの場で魔力はかなり抑えていたはずだけれど、上位魔女には通用しないということなのだろう。
しかし魔王と認識されるならそれは使い勝手が良さそうではある。女性の格好になるのはうんざりしていたけれど、利点があるなら話は別だ。
「そ、それでね……ま、魔女は……ア、アシュリーゼちゃんを上位魔女全員が……ね、狙っているって……」
「……え?」
「そぉらそうだろぉ~う? 狙~いは魔王の因子だ」
かつてはクリスティアーネが研究し危険だと封印したが、その闇に包まれた箱をメフィストフェレスが開けてしまったのだ。
しかしボクたちが書物で調べて来た限りでは、あれはボクという勇者の変異体を作る過程で出来た失敗作の因子だったはずだ。
それ以上の価値があるのだろうか。
「上位魔女が狙うって~ことは……まぁだあれに何かあるのかよぉ? ク~リスティアーネちゃんよぉ?」
メフィストフェレスがそう聞くと、彼女は無言で立ち上がり、亜空間書庫の扉を開いて手招きする。
入れと言うことだろう。
中に入ると、シルフィの亜空間書庫より清潔に整っている。確かに彼女の書庫も汚いと言うほどではないが、どこか気を使った装飾や花、家具が設えてあった。
「ほぉ~ぅ! こりゃまたすっげぇ~な」
「魔女は使えるらしいよ?」
メフィストフェレスは家具や花より書庫の本や実験道具、設備に目が言っている。
たしかに一般では見られないものが沢山あった。
メフィストフェレスも似たようなものを実験室で使っていたが、それよりも精度が高くさらに見たこともない器具もあるというほどだ。
「それで……魔王の因子にはまだ何かあるの?」
「こ、これから言うこと……ま、まだ誰も知らない」
その危険性が伝わってくる緊張感に、ボクとメフィストフェレスはごくりと喉を鳴らした。興味津々の奴もその重要さに絶対に口外しないと誓っている。
「たぶん上位魔女は……あ、あれで魔王が作れると……ま、まだおもってる」
「だから狙われるのか」
理論上はできるのだ。クリスティアーネの論文があったからだ。でもあれで出来るのはメフィストフェレスが作ったキメラ程度のものしかできない。それは確かに脅威であるが、量産できない上に世界が滅ぶほどではなかった。
「お、おじさん……ぐひ……キ、キメラつくった。 あれ以上の使い道……ない……け、けど上位魔女は……つ、つくれたら『造物主』になれると信じている」
クリスティアーネがボクの近くにいて様々な情報と研究をしてこの分野では世界一だ。その彼女だけが魔王の因子に他の使い道がない事を知っていた。
そのことも論文として書いていたはずなのに、それを覆す出来事があったのだ。
「……ぞ、『造物主』……オ、オババのところに来た」
「実在したのか……」
造物主を名乗るただの人の可能性はないのだという。その叡智の極みである人物はいるだけで、そうと分かる洗練された魔力をもっていた。
そんな神にも近しい人間が、クリスティアーネが研究し尽くして知っている事実について、嘘をついたのだ。
「神に近し~い存在がぁ、聞いて呆れるぜぇ~」
「……もうつくれないんだよね?」
「……う、うん。……つ、作るには一億年先の……じょ、『浄化の因子』の発生が不可欠だよぉ……」
そもそも端的に言ってしまえば、魔王自体が勇者の変異体の失敗作なのだ。
人工的に作られたものであると同時に、それ以外では発生しない。造物主が把握しない魔王は存在しないと言っていい。
にもかかわらず強力な悪魔が出現したとなれば、不穏分子として排除しなくてはならない。
「ん~じゃぁ上位魔女にけしかけて、あぶりだそうってぇ~魂胆か? 『造物主』てなぁしょっぱいなぁ……?」
「元のボクのことは把握されていないの?」
存在は把握されているが、どこで何をしているのかは知らないそうだ。彼らはボクという変異体を天啓の赴くままに作るまでが使命。それ以外は干渉しない。
「じゃあぁ、これで上位魔女は何もしなくていいんじゃない?」
そういってボクはかつらをとって、メイド服を脱いだ。さすがに素っ裸になってしまうと恥ずかしいので、近くにあったローブをまとう。
「あ~あ、ざぁ~んねぇんだぁ……」
「いや男だし」
「『二人の女を侍らせている男」として箔がつ~くだろぉ?」
「あほか!」
メフィストフェレスの冗談はその場を和らげたけれど、ネタにされるのはあまり面白くない。
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