首脳会合
あらすじ
帝国で財をなしたアヤネ・カルディナール候と会った。そしておつきの召喚勇者の一言で、女装させられそうになる。
あの男の言葉で、ボクに女装をさせようと火がついたシスターと子供たち。ボクはこういう冗談はあまり好きじゃなくて絶対にやらない。
昔から女顔といわれ、村ではいじめられ、騎士団では馬鹿にされてきたのだ。みんなは冗談だし楽しいからよいのだろうけど、ボクにとっては精神的な後遺症が残る話だ。
クリスティアーネはさすがにそれを察知してくれている。ただすごくやりたそうにしているのが伝わって来た。
「……うぇへへ……ぐひひ……」
完全に彼女の妄想の中で、ボクはもうきっと女性の姿をしているはず。
ただ前回はクリスティアーネが恥ずかしがっているにもかかわらず、貴族衣装を着てもらったのだ。今回はボクが折れる番なのかもしれない。
子供たちに押さえつけられて、別室に連れていかれる。
昼食を用意する組と、ボクを女装させる組で別れた。クリスティアーネはこちらに来ると思っていたが、みんなが驚かせたいからと昼食組のほうへ行った。
「さぁアーシュ? 覚悟なさい!」
「ははは……」
まず化粧だ。
おしろいと呼ばれる顔をしろくする粉をぱたぱたと付けられる。ボクは周囲の人たちよりすこし黄色がかった肌の色をしているから、真っ白くするのは大変だ。
クリスティアーネは化粧も何もしていないというから驚きだ。マリーアンヌだってエルランティーヌだってしているというのに、彼女は素で綺麗だった。
次に頬を少し赤くしたり、目の周辺を強調したりととにかく時間がかかる。そして髪はミドルヘアなのでかつらを用意してくれた。
そんなものが教会にある方が驚きだった。だれかそういった趣味があるかもしれない。
選ばれたかつらは奇麗なイエローブロンド。それを結って以前クリスティアーネがしてもらっていたシニヨンヘアみたいな形になる。
そして衣装だ。
今は従者らしく燕尾服を着ているが、このままでも十分女性に見える。女性の服ははっきり言って着たくないのだが、クリスティアーネが見たがっていたから我慢する。
……ちょっと恥ずかしくて泣きそうだ。
教会であるここには領主城の時のようにたくさん衣装があるわけではない。ひとまず修道女の着るシスター服を着させてもらう。丈が明らかに短い。それに女性に比べるとやはり背が高いから、修道女というより、狂信者にみえるきがする。
「わぁ~おねぇちゃん奇麗~」
「お兄ちゃんだけどね?」
まったく説得力がなかった。次に町娘風の服だ。ひらひらとしたスカートで落ち着かないし、ボクの筋肉質な足が見えるから完全な男だ。
女性から一気に女装した男にしかみえなくなった。
「これはダメだね……おねぇちゃん筋肉むきむき」
「男だからね?」
最後に出て来たのは女性使用人のメイド衣装だ。黒いワンピースに白いエプロンとカチューシャを付けると言うもの。それぐらいならばあまり抵抗感もないし、ロングスカートなので足が見えることもないだろう。丈も長くしつらえてあり、短くして調整できるようになっていた。参加していたシスターたちが裾直しをしてわざわざ調整している。
男の子たちは少し飽きてきているしボクも飽きた。
でもシスターと女の子たちは今まさに目を輝かせて、ボクの服や体をべだべたと触られている。だんだん気持ち悪くなってきた。
「はい、直しましたよ! これなら魔女様の従者としても通ります!」
「アーシュかわいい!」
「ははは……」
もううんざりとしていた頃、良い匂いが漂ってきた。昼食が出来上がったようで昼食班の子供たちが呼びに来た。
食事をする部屋に行き、みんなが準備しているところにボクたちも入って行く。何て言われるかを考えると、少し怖気づいてしまう。
「みんな! アーシュちゃんが着替えたよ! さぁ入ってきて!」
もう笑い声が聞こえてきている。クスクスという笑い声は子供の頃を思い出すようで嫌いだ。村の孤児院にいた頃もこんな感じで、年長のおねぇさんに虐められていた。
おずおずと入ってく。
「……っ!!!!」
……ドクッ!
酷い嫌悪感に襲われる。
小さな笑い声が消え、息をのんでいる。突き刺さるような視線にいたたまれず、ボクは部屋を出ることにした。
こんな子供の遊びにすらボクは我慢ができないとは情けない。いやむしろ子供のふざけた遊びだからこそ、昔を思い出してダメだったのかもしれない。
「……うぇへ……あ、アーシュちゃん……」
「あっ!! まって!」
すごく小さいことだけれど、精神的な傷はずっと残るのだろう。さすがにこんなことでは『勇者の血』が発動するわけがないが、それに近い衝動があった。
皇城にいって酷い重圧をうけてもなんともなかったのに、子供たちやシスターの失笑に落ち込むなんて病んでいるとしか思えない。
そのまま教会を飛び出して、帝都を歩く。周囲がジロジロとこちらを見ているのがわかる。よく考えたらあのまま出てきてしまったから、女装したままだ。
……くそ!
ものすごく注目を集めていたので、慌てて路地裏へと入る。ローブでもあればフードで隠せるのに、今は何もないただのメイド服だ。
ボクが教会を出ていくときクリスティアーネが残念そうな顔をしていたのが見えた。彼女も期待にしていたのに、それぐらいも我慢できないなんて最悪だ。
みんなに謝る気はないが、クリスティアーネには帰って謝ろう。
そう思っていると、見たことのある顔の男が歩いている。
ここは薄暗い路地、あの貴族の格好はここには相応しくない。ボクのメイド服も相応しくはないが。
ただ皇城の人間であるなら裏社会の情報屋ぐらいいてもおかしくはない。皇帝や将軍のように地位の高い人間は動けばすぐにばれるので、こんな路地裏の情報屋には頼まない。それこそ召喚勇者のような人間を飼殺す。
しかしやつは帝国貴族とはいえ、執事という立場だ。爵位があるわけでもないだろうから、裏社会の人間といえばここになる。
皇帝城の執事が何を調べて何をしようとしているのか少し気になった。皇帝とは会っていないから、どんな人物で、ヤツとの関係は不明だ。
ただヤツも皇帝の子飼いであるならば、良からぬことを企んでいると思わざるを得ない。
「やんごとなきお方からの依頼だ。心してかかれ」
「おいおい……相手が誰だろうと料金分だけだ。やらせたきゃ金を積め」
「なんだと?」
何をやらせようとしたのかわからないが、ゴロツキ相手に金や女以外は通用しない。もうすこしすれば話すだろうか。
するとご丁寧に依頼の内容を再確認している。
「わかってるぜ……あのくそ生意気な女を回せばいいんだろ?」
「ああ、間違えるなよ? 今夜、騎士団裏だ。」
やはり……おそらく皇帝の指示であの上から目線の女侯爵を襲う依頼のようだ。アヤネはまだ皇城内にいるようだ。ボクが無駄に召喚の依頼をしたせいで、あの生意気な女が手籠めにされてしまうのはほっとけない。
あまり長居をしていると、見つかってしまう。ボクはそっとその場を離れた。
孤児院に戻るために路地からでて大通りを歩いていると、クリスティアーネが落ち込んだ様子で歩いているのが見えた。
こちらを見てボクの事に気がついたのか、のそのそと走って来る。
「ぐひぃいいいい……ア、アーシュちゃぁあん……」
「あ、危ない!」
転びそうになっているのが見えて、距離を詰める。彼女を抱きとめると安心したのかすこし涙目になっていた。
かなり心配させてしまったようだ。
「うぐぅ……よ、欲望に勝てなくて……と、止められなかったぁ……」
「大丈夫、ボクこそ心配かけてごめんね」
よほど女装が見たかったのを我慢していたようだ。ボクも少しぐらい我慢を覚えないと、つまらないことで喧嘩してしまうところだった。
それから彼女はべったりと離れないので、女同士で腕を組んで歩いているみたいになってさらに注目を集めてしまった。
孤児院に戻ると、みんなに説教されてしまった。子供たちにも気を使われてしまって、余計恥ずかしい。
「アーシュは子共ねぇ……」
「ご、ごめん……」
もう着替えたかったが、今夜のアヤネの夜襲計画を阻止することを思い出して踏みとどまる。このままの格好で行けばボクだとわからないかもしれない。
それをどう思うかクリスティアーネに聞いてみる。
「ぐひ……た、助けるなら……そ、それで……して?」
「なんでそう思うの?」
「き、きっと彼女……も、もう好きになりかけている……」
つまり元の姿で助けてしまうと、完全に惚れられてしまうから嫌だというのだ。最近彼女は結構やきもちを妬くようになった。
たしかに彼女は今や上位魔女という高い格を得ているけれど、元は人間だ。あまり一夫多妻のような考え方は受け入れられないのかもしれない。
「わかった。正体は隠していってくるよ……えーと名前は……」
「うぇへへ……か、考えた……ア、アシュリーゼ……ど、どう?」
「じょ、女性らしすぎて恥ずかしいな……」
たしかにボクの名前をもじっているから、間違えた時に咄嗟に言いなおせる範囲だ。それに女性らしい名前にこの格好であれば、きっとばれないだろう。
今日の潜入はボク一人の予定だ。隠れながら素早く止めなければならないのだから、機動力がそれなりに必要だ。彼女は何事においてもボクより秀でているけれど、こればっかりは不向きだった。
メフィストフェレスにこのことを伝えても良いが、こちらからとなるとすぐに面会許可も下りないし、この内容を話してよいか今は判断しかねる。できればエルダートに伝えたいところだが、この姿で連絡も取りにくい。
もう日が落ちているので、さっさと行かないと間に合わなくなる。
この地域の日が沈むのは、グランディオル王国に比べて早い気がする。もう五時には日が沈んでいるのだ。これから深夜にかけていつ奴らが襲撃するかわからないから、話していた騎士団に行くことにした。
こういう時にナナがいれば楽だったのにと、いつも思ってしまう。
――皇城、裏手門。
皇城の門番がいて正面からは潜入できないが、それは奴らも同じだろう。手引きする人間がいるから裏門から入るはずだ。
裏手門に着いた頃にはすかり周囲は暗く、門番も夜勤へ引継ぎをしている最中だった。
ボクは暗がりから城壁を飛び越えることにした。今は暗くて一瞬であればバレることはないだろう。
今日は雲一つない空で、満月の月明かり綺麗だったけれど、潜入するからそれは今は恨めしい。城壁の上に一瞬止まった時に月明かりがボクを照らし、シルエットを作る。
この時間は出来るだけ短くすぐに草陰に身を潜めた。
すでに奴らが潜入していることをも考えなければならない。寝静まる時間まで身を潜めている可能性もある。
できればあまり動き回りたくはないが、城の様子を探りたい。幸い今着ているのは貴族の使用人と変わらないメイド服だ。
スカートの中に探検は隠しているが、基本的には素手の状態だ。疑られることもないだろう。すました顔して、城を探ることにした。
今夜は何か催し物があるのか、貴族の数が多い。彼らの多くが向かう先には大広間がある。中を覗くと、かなり大仰な会合が行われている。
大勢の貴族、騎士、皇族などがグラスを片手に談笑している華々しい会合だった。
ボクも何食わぬ顔でその部屋に入り、給仕の真似事をする。何の会合か、参加者を把握したいが、まずは
彼女がいるか確認だ。
アヤネはいた。
あの女はとにかく目立つ。貴族の中でも派手なドレスに身を包んでひときわ目立っている。周囲には貴族の顔立ちのいい男たちが群がっている。
どうやらダンスのお誘いを受けているようだ。
「ごめんあそばせ? みなさんの意中のお相手を奪ってしまったようです!」
なんて高慢ちきなことを言うのかと思った。その厚顔無恥な度胸を一割でもいいから分けてほしい。
しかしアヤネはまだ無事なことを確認できた。
それから他国からも来賓として招かれている人間がいるようだ。
ヴェスタル共和国からも数名、その中にミザリの姿もあった。ジオルド帝国からも高い地位の人間がきている。そして……。
グランディオル帝国からは、宰相、それからロゼルタ姫、さらにはシルフィ騎士団長までいる。
……シルフィ!!
まさかこんなところで会えるとは思ってもみなかった。ボクはその姿を見て目頭が熱くなる。
今すぐ抱きしめたい。
そんな衝動に駆られるが、それをすればボクであることがすぐにばれてしまう。時期を見て接触できないだろうか。できるならボクはそちらを優先したい。
……いや、優先しよう。
アヤネがたとえ乱暴されようとも、殺されようともボクが優先すべきはシルフィだ。今まで何度となく失敗してきた。そして後悔してきた。
ボクはもう間違わない。
そして彼女を助ける前に、この国にはアイリスやシルフィの為に情報を集めに来ている。だから今やるべきことはこの会合の人物の流れ、情報、ありとあらゆるものを聞き漏らさない事だ。
ボクは積極的に給仕をして情報を集めた。
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