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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第六部 奴隷化計画
115/202

高慢な女侯爵

あらすじ


 次の日、珈琲の開発者がいよいよ教会へやってきた。アシュインはてっきりアミだと思っていたが……







 帝国の馬車が教会の孤児院前に停まって、執事のエスコートで一人の女性が降り立つ。その足元には赤い絨毯が敷かれている。

 いつもはないはずのそれは、馬車の停められた場所から石畳の通路を伝って教会の入口まで伸びている。わざわざ来賓のために特別にしつらえたもののようだ。


 違う人物を召喚してしまったのかもしれない。アミがこんな貴婦人のような扱いを受けて登場するなんて想像ができない。


 歩いてくる貴婦人のように着飾った女性を子供たちは目を丸くして見ている。シスターはその人物をしっていて恐れ多いようなそんな緊張を滲ませていた。



「シスター? 知っている人?」

「あぁ、あなた方はヴェスタル共和国から来たばかりでしたね。あの方はアヤネ・カルディナール侯爵ですよ」


 珈琲や紅茶、ハーブティーの新種の製品を生み出して帝国中に浸透させた女性だそうだ。帝国内で女性が貴族の爵位を与えられるなんて歴史的な出来事になるほど希少である。

 男性社会であるその中に飛び込み、確固たる地位を築いたそうだ。


 ただあのアヤネという名前は、転生勇者の名前の響きだ。おそらく彼女もその一人なのだろう。つまり王国で召喚され、こちらへと亡命してきたと言うことだ。

 アミではなかったことは残念だけれど、貴重な話は聞けそうだ。


 その女性はそのままエスコートをされて教会へと入って行った。シスターは慌てて後を追いかける。おそらくボクたちのお客ということになるので後に続いた。





 中では他のシスターたちが彼女の接客をし、教会の奥の特別な接待をする部屋へと案内したそうだ。それに続きマリーアンヌを先頭にボクたちも入って行く。



「お待たせいたしました。ようこそ教会帝都支部へアヤネ・カルディナール伯」

「ふん! 将軍様の命令だから来てやったわ!」



 いきなりかなり高い位置からの物言いだ。それにこちらを卑下した目で見ている。ボクは従者として服も整えているし、彼女は魔女としての衣装を着ているから不備はないはずだ。ただ彼女はボク達を値踏みして、下のものと判断したようだ。

 シスターマリーアンヌが順番に紹介していく。まずは一番地位の高いクリスティアーネだ。上位魔女という紹介をしたはずだが、彼女はその地位の高さを知らないようである。明らかに自分の方が上であるような目で見ている。



「きぃもち悪いわね! こちらを見ないでくださる?」

「……ぐひぃ……」



 クリスティアーネの嫌いな部類の人間だ。ボクはその薄汚い視線を遮るように自分で自己紹介をする。出来るだけ差しさわりのない笑顔を浮かべておく。



「上位魔女様の従者アーシュと申します。以後お見知りおきを……」

「……っ! ま、まぁ……す、すてき……アーシュ様とお呼びしても?」

「私はただの従者です。呼び捨てにしてくださって構いません」



 彼女はボクの事が気に入ったのか、こちらをじっと見つめている。ただボクはこの場では一番身分の低い人間だ。その低い身分のものに彼女が興味を示したことで、周囲にいる執事の若い男性、それから騎士団の人間が敵意をむき出しにして睨んでいる。

 相変わらず無駄に敵をつくる自分に辟易した。



「わざわざわたくしを招いたということは、よほど重要な用があったのでしょうね?」



 ……まったく考えていなかった。

 すっかりアミがくると思っていたから、今までの経緯や成長ぶりをみることで頭がいっぱいだったのだ。

 まさか会いたかったからという理由だけで、この高慢ちきな侯爵を呼び出したとなれば下手したら捕まってしまう。

 クリスティアーネもマリーアンヌも困ったようにこちらに助けを求めている。会いたいと言ったのはボクなのだから、ボクが間に入ることにした。



「貴方が考案されました珈琲は大変素晴らしい! お美しい貴方にその才能……天は二物を与えるのですね」



 反吐が出るような痒い台詞だったけれど、咄嗟に考えたにしてはマシだろう。彼女はそれに気分を良くしたのか、こちらに惹かれたように潤んだ瞳を向けている。

 彼女の態度は崩れ、貴族らしくない召喚勇者独特の言い回しへと変わっていった。ボクは利き手に回って、褒め、頷くことで彼女は堰を切ったように話している。



「だから、私はその豆を見た瞬間に閃いたの!」

「素敵ですね! 普通の人には思いつかない発想です!」



 そう褒めれば褒めるほど、彼女のおつきの男たちの敵意はボクへと集中していく。だからといってどうということはない。それよりは彼女から洗いざらい情報をもらってしまおう。


 彼女はこちらにかなり前に亡命した。エルランティーヌの召喚そのものに異を唱えて、遠方に派遣されたのがきっかけだ。

 確かに彼女たちにとって強制的な異世界召喚は迷惑極まりない。アミやナナの話では、とても平和で、高度な文明の世界だと聞いていた。

 彼女たちの世界に比べてこの世界の平民の命は軽い。その命の危険もありながら、文明も魔法や魔道具に重点を置いているせいか、進歩普及が遅い。

 特に王国はそれが顕著だ。


 そんな中で、帝国は技術に比重を置く国だった。彼女はその帝国の人々と出会い、魅かれていったのだと言う。そして小さな村で過ごし、好きな珈琲やハーブなどを普及させようと発起したのだと言う。

 それは瞬く間に帝国中に広がり、皇帝や将軍の目に留まった。帝国の身分制度は王国同様に貴族の爵位も重視されている。皇帝や将軍の一言で一気に侯爵の爵位を授かった。

 その爵位が無くても彼女は珈琲により財を成していたので、今は領地を与えられてその特産物と共に発展を遂げていると言う。


 そして彼女のうわさを聞き付けた、何人もの召喚勇者が彼女のもとへと集まった。何人も亡命している召喚勇者は軍事目的や寝返ったというより、過ごしやすい場所へと移動したという方が正しいのだ。



「以前の世界から皆に慕われていたんですね! さすが!」

「当然だわ! ヒビキなんてきっとあたしに惚れてるんだから!」



 彼女は完全に友達に話す口調になっていた。それにヒビキという名に覚えがあった。たしか亡命者名簿にもあった。それに公演日に襲撃しにきた、少し頭が弱くて敵陣なのに自己紹介していた奴だ

 話している様子だとその男に彼女は惚れている。

 ヤツは魔王のキメラで強い魔力を持っていたはず。害が無ければ良いが、大事な場面で絡んでこられると厄介ではある。



「彼とはご一緒に過ごしているんですか?」

「あら? いくら私が美しいからって嫉妬かしらぁ? 心配しなくとも残念ながら彼らは皇帝付きの遠征だからいないわ!」



 ちょっと気の毒になるほど頭が弱いようだ。ご丁寧に彼らの動向まで話してくれる。しかもそのヒビキがアミの事を気になっていたことで、アミが虐められる原因となっていたそうだ。つまりこの女もアミを虐めていた一人だったと言うことだ。

 だからと言ってその事についてボクが出しゃばるのも違うだろう。

 それから話題はエルランティーヌの采配に関する愚痴だ。



「は~きりいって、エルランティーヌ女王はクソ! あら……いけない。 外道よ!」



 エルのやって来た過去が見えてくると、確かに良くない話が沢山でてくるようだ。ただ帝国も帝国で皇帝周辺は胡散臭い連中が集まっているという。

 つまり皇帝は独自に動いている可能性を示唆した。

 皇帝の子飼いになった召喚勇者もいるという。そう聞けば、雪崩を起こした召喚勇者は皇帝の子飼いである可能性が真っ先に浮かぶ。



「ダイスケ、エイジという二人ですか?」

「まぁ聡明でもいらっしゃる。 貴方……本当に……ほしぃ……」



 そう言って彼女は妖艶な笑みと視線をボクへとむけて来た。何か興奮している様子で、頬を紅潮させてうっとりとしている。

 さすがに初対面のボクを見てそれは異常だ。アミやナナは周囲の女の子たちはなんとなくで付き合って、だんだんと好きになるということを言っていた。しかし彼女はまるっきり真逆だった。

 そんな彼女を見れば、クリスティアーネが黙っているわけもなく……ギョロヌと彼女を睨んでいる。普段は自分から睨むなんてことはあまりしない。自然にしていてもそう見えているだけで、彼女は睨んでなかった。ただ今は完全に敵意を向けて睨んでいる。



「……げひぃひ……あ、あげないよ……」

「何ですって⁉ 上位魔女が何だって言うの! 私のほうが偉いに決まって――」



 さすがにそれは不味いと感じた執事の男性が、彼女を止めて耳打ちする。当然と言えば当然だろう。上位魔女は国賓級だ。彼女はいくら成り上がって今や高貴な爵位を授かったとはいえ、たかが侯爵だ。

 上位魔女は人間の社会集団としての国の見地だけではなく、生命体としての格が高いのだから、彼女に敵う者といえば同等の上位魔女か、創造主、それから神ぐらいのものだ。



「ふむふむ……な⁉ 皇帝より偉いですってぇ⁉ ぐ、ぐやじぃいいいい‼」



 こういう場面でも上位魔女の位は抑止力になるようだ。泥沼の争いに発展せず彼女は怒りを治めている。

 ただ、彼女のおかげで雪崩を起こした黒幕が皇帝であることが分かった。目的はまだ不明だが、それだけでも収穫だ。



「決めた!! アーシュ? 貴方は絶対私のものにするわ! そこの魔女! 覚えていなさい!」

「……ぐへぇへ……や、やだぁ……」

「心配しなくともボクは離れないよ?」



 彼女はそれだけ吐き捨てると、足早に帰って行った。ボクは彼女を召喚した明確な理由を言っていないけれど、うまくごまかせたようだ。そのことに安堵してため息をついていると、彼女の護衛についていた騎士が二名ほど戻って来た。



「くっくっく……おい、従者は付いてきな? 勇者の俺らに逆らうとこの孤児院は無くなるぜ?」

「この従者……可愛い衣装着させてぇ! 萌えそー!」



 典型的なごろつきの風体でやって来た二人はどうやら腕っぷしに自身があるようだ。そしてご丁寧に召喚勇者であることを暴露している。それにボクについて気持ち悪いことを言っている。

 特殊な能力があるかもしれないから、警戒しておくべきだろう。



「それに隣の女は上位魔女らしいぜ。 ……いや気味がわりぃからイラネ……」

「いやいや……メカクレは一種の伝統……いや……あの目はないなぁ……」



 やはりアミやナナ以外の異世界の人間とはろくなものじゃない。品性をどうこう言えた義理ではないが、そんなボクから見ても奴らはとにかく下劣だ。

 さっさと、処理してしまおう。

 そう思っていると、孤児院の窓のところからこちらを見守る子供たちが見えた。



「おねぇちゃん! 頑張って!」

「アーシュ! あんな奴やっつけちゃえ!」



 この二人がどんな人物か知らないが、ここで初めに殺した女のようにスタンプしてしまうと子供たちの目に触れてしまう。

 その男たちにも軽く笑みを送る。そして……



「「……っ!」」



 ――利き腕の小指を折る。



「「ぎゃぁあああああ!!」」



 ぱきっと子気味良い音がして、奇麗に折れた。そして次の瞬間それを治す。召喚勇者たちはそこそこ魔力や殺気に対して耐性があるから、かなり強い殺気イメージを送る必要があった。そうすれば孤児院の子供たちまで影響してしまう。

 だから痛めつけて、治す。

 そしてまだ不満があるならまた痛めつける。その繰り返しだ。それで子供たちが不快な気分にならずに、恐怖を与えることができる。



「はっ⁉ あれ? 治っている?」

「素直に帰ってくれないと、無限に折るよ?」



 そういって彼らに微笑む。再びこちらに敵意を向けようとするが、再び折る。そして治した。さすがに三回目になれば身体で覚えてようで、折る動作だけで彼らは漏らした。

 こういうやつらは身体で覚えさせないと言うことを聞かない。



「もっと反抗していいよ? そのうち恐怖で身体が覚えるから」

「わ~わかった! もう許してくれぇ……」



 漏らしたことはお嬢様には黙っておくことを伝えると、意気消沈した彼らは素直に謝ってお礼をいう。それなりに心に染みついたようだ。

 二人の男はとぼとぼと消えていった。



「わ~おねぇちゃんすごい!! すきぃ!」

「わ~アーシュちゃんすごい!! すきぃ!」



 アネたちが駆け寄って抱き着いてくる。それに便乗して真似しながら抱き着くクリスティアーネ。最近はボクに関してだけ強かになっている彼女は微笑ましくて苦笑した。

 マリーアンヌもこちらにきて、無事を喜んでいる。



「しかしあの男が言っていたこと……気になりますね……」

「あたしも気になったぁ!」

「え? ……なにが?」



 ボクは何かを見落としたのだろうか。彼らが重要なことを言っていたとは思えず、自分に不備があったのではと焦燥感にかかれる。

 そんなボクをみてクリスティアーネは首を振っている。違うようだ。



「可愛い衣装を着せたい……と……その一点においてはあの男が正しい!!」

「それだぁ!」



 ……なにいっているんだ、このシスターは!

 彼女の一言で、場の雰囲気は一気に楽しく明るいものになった。けれど女装何てまっぴらごめんだ。

 こういう冗談はあまり好きじゃないことを知っているクリスティアーネは、黙って見ている。でもよく見ると……想像したのか涎を垂らしている。

 みんなが怖い思いをしなくて済んだのは良かったけれど最悪だ。

 嫌な予感しかしない……。







読んでいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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