スカラディア教会の最後
あらすじ
一か月ほど先の王位継承の儀まで余裕ができたのでヴェントル帝国を調査しに行くことに。警戒させないために一度北東にあるヴェスタル共和国を経由することになった。
今はアイマ領の北東、ヴェスタル共和国国境。
緩衝地帯を越えた国境門の門番の検問を受けている。対応は従者のボクの役目だ。それらしく燕尾服を着て対応している。
魔女の名称と、魔力の認証紋の入った金の印章を見せれば手続きは完了する。王国側から出国する時と、こことで二回の認証が必要になる。
「はっ‼ お待たせいたしました。どうぞお通りください」
手続きを終えて馬車にもどると、主人であるクリスティアーネはデロンと長椅子に寝そべっていた。ボクが戻って座席に座ると、ベチョっと抱き着く。
「うぇへへ……へ、変な気分になってくるぅ……」
「だ、大丈夫?」
かなりいい気分らしい。
それはそれでうれしいけれど、魔女の威厳が全くない今の彼女に少し心配になった。ボクを救う時に精魂使い果たしたから、今は充填中だそうだ。
ヴェスタル共和国に入ると、国境付近にもかかわらず道が整備されている。馬車も走りやすい。
国は大きくないが教会本部があるので、各国からお布施が集まる。おかげでかなり潤っているように感じた。
近くに来たついでに、グランディオル王国の王位継承の儀に対する教会側の意見を聞くために枢機卿に会いに行くことにした。
現在、教会の実権は彼が掌握している。
教皇が最高権力者のはずだけれど、以前クリスティアーネが生ける屍にしてしまったそうだ。
「……そ、そろそろぉ……あ、新しい教皇になっているかもぉ……ぐへへ」
「クリスティアーネは顔がひろいなぁ」
生ける屍は『生もの』なので、いずれ腐って活動できなくなる。融通の利く人間が教皇になっていればよいのだが。
教会に着くと、クリスティアーネを見たとたんにすぐに枢機卿自ら出迎えに出てきた。よほど恩義を感じているのか、それとも恐怖かもしれない。
「あぁ! 深淵の死霊魔女様! お久しゅうございます……ようこそお出で下さいました」
「ウェヘヘ……お、おひさ……と、トールマンさん。……ふひ……こ、この人あたしの、ここ、こいび――」
「クリスティアーネ?」
恋人でも構わないけれど今は従者を徹底したほうが良い。彼女を手で制して、首を振る。彼女にも伝わったようで、頷いてから言い直す。
「ぐぇへへ……あ、あたしの……だ、大好きな人でぇ……うぇへへへへへ」
「言い直せてない!」
それなりに親しい顔見知りのようで、トールマンという枢機卿は彼女の様子を温かい目で見ている。
「ごほん……失礼しました。私は、上位魔女になられました死霊の魔女様の従者でアシュインと申します。以後お見知りおきを」
「お、おおぉ……そうでありましたか。ついに上位魔女に……これはめでたい!」
それから他愛もない話をしながら、客間に通される。以前は彼も教皇派に台頭する派閥の筆頭として政の最前線にいたそうだ。
今は台頭する派閥が無いので、下からのやっかみはあるものの、教会内は平穏そのものになっていた。
「これも魔女様のおかげです……して今日はどうされましたか?」
「グランディオル王国の王位継承の儀について、教会の受け止め方をお伺いしたい」
教会はすべての国の国家元首継承の儀に関わっている。通例通り、教会には国璽の受け渡しの証人として参加要請がきていた。
トールマンとしては、近年の王国の荒れぶりを鑑みて拒否しようと考えていた。しかし教会内は以前ロゼルタ派を支持、支援していて、いまだにその考えが根強い。
今回の要請に教会内部は期待が高まっている。
その先頭に立つのが今の教皇だ。そして国もロゼルタを再度指示するという。再び前教皇時代と同じような権力構図が出来上がりつつあるそうだ。
つまり彼の意に反して、既に教会の参加が決定していた。
「……おそらくロゼルタ姫が王位につくであろうなぁ……」
「まだその瞬間までは分かりませんよ」
これ以上は言うことができないが、ロゼルタの即位は実現しない。彼は背中を丸めて落胆している。ずっと気苦労を重ねている立場にボクは同情する。
それからボクたちが話しをしている最中に、部屋を準備してくれていたそうだ。急いでいるわけでもないので、今夜は教会本部で一泊していくことにした。
客室に通されると、王国の王城客間よりさらに広い豪華な部屋だった。まるで国賓が泊るような待遇だ。
「もしかしてクリスティアーネが上位魔女になったからじゃない?」
「うぇへへ……そ、そうかなぁ?」
そう言って感心していると、ボクは両腕を女性の神官達につかまれる。無言で引き摺って退室させようとするが、彼女たちにボクが動かせるはずもない。
「なにかな?」
「貴方は従者です……こちらへ来てください」
「あ……あ……アーシュちゃん……やだぁ」
「魔女様はこちらでお寛ぎくださいな」
仕方ないので神官のあとについて、案内された部屋まできた。先ほどの部屋とは打って変わって、ベッドがあるだけの小さな部屋だ。
この待遇の差は悲しいが、上位魔女とただの従者じゃ他の下働きの神官と同じような待遇になるのは仕方ないだろう。
荷物もクリスティアーネに預かってもらっているから、私物は何もない。この狭い部屋では何もやる事が無かった。
食事は味のないスープと堅いパンだけ。まるで囚人だ。
ベッドに横になって、少し思考を巡らせる。
すっかり造物主について考える余裕がなくなっていた。みんなに威勢よくぶっつぶすと言っておきながら、まだ何一つ出来ていない。
ここの架空書庫から、『勇者の変異体』についての資料を発見したと言っていた。造物主についても何かわかるかもしれない。
そう言えばまだクリスティアーネに見てもらっていない『神の怒り』という本もそのままだ。今は彼女に預けてある。
王位継承の儀が終わったら、王国や魔王領にも追われる立場に逆戻りだ。そうなったら今度こそ王国にはいられない。
それから造物主を探す旅にでも出ようかと思っている。
すでにアイリスとルシェは、今は苦しいけれど魔王領を統治する術は得た。シルフィもきっと今回のことで立ち直る。アミは行方不明だけれど、もう魔女だ。自分で考え自分で行動できるようになっている。
唯一の心残りはクリスティアーネだ。
彼女の能力は高いが、生活能力が無さ過ぎる。それのうえ今は気持ちの上でボクに依存しすぎている。
……いや、それはボクも同じだ。
彼女に依存しすぎて、彼女と共にありたいと思ってしまっている。そう思えば思うほど、破滅や死に対する恐怖が日に日に強くなっていく。
それすら彼女は見抜いて受け止めるから、また強くそう思う。
なんだか彼女に絡め捕られているようで、ふふっと笑ってしまう。
しばらくすると、扉を叩く音共に人が入って来た。
ブロンドの奇麗な女性の神官だ。
「失礼します。 お話よろしいですか?」
「ええ、なんでしょう?」
彼女はボクの横に寄り添うように座る。突然何をするかと思いきや、閨をさそいにきたようだ。
ボクの胸に顔をうずめて、潤んだ瞳でこちらを見上げている。
「なに? 悪いけど……そういうのは、やめてもらえないか?」
「お願いします……しないと……い、妹とわたくしが、殺されてしまう」
震える声で懇願している。しかし彼女は名乗りもしていない。寄りかかっている身体を払って、距離を取る。
すると神官の女はおもむろに脱ぎ始める。白い肌があらわになってボクを魅了するように、再び顔を寄せる。
「おねがいします……さわってくださいまし……」
「……やめろ」
好きでもない、それも初対面の女に欲情するわけがない。ボクが明らかな拒絶を示すと、彼女はため息をつき、今度は自分の脱いだ服をおもむろに破く。
「ごめんなさいね……逆らうとあたしが危ないの」
そう言って大きく息を吸う彼女。嫌な予感がした。
「いやぁああああああ!! やめてぇ!! 誰かが助けてぇ!!」
そういきなり大きな声で叫び出した。この状況証拠はボクが強姦したと言う証拠には十分だった。どうやら嵌められたようだ。
すぐに近くにいた護衛神官が駆け寄る。そして瞬く間にボクは捕らえられてしまう。ただ拘束具をはめられようと、すぐに抜け出せる。
そのまま黒幕が出てくるのを待つことにした。
……ひどい歓迎だな。
連れてこられたのは裁定の間。ここで異教徒や重罪人を裁定にかけ、その場で処刑される場所だ。
この国はスカラディア教会の聖地であって、聖典が拡大解釈されて法体系が組まれている。すなわち強姦は重罪。未遂であっても死刑。その場での処刑も許可されている。
黒幕はそろそろお出ましだろう。
広い講堂のような場所の中央にボクは繋がれる。連れて来た神官はそのまま端まで離れていく。
奥の扉から数名が入って来る。教皇、枢機卿、大司教と教会の役職の人間が並んでいる。その中に来賓としてクリスティアーネも一緒にいた。
ボクの位置からかなり離れているが、驚いて慌てふためているのが見えた。
「さて強姦の容疑者、アシュインよ。なぜこんなことを?」
大司教の一人がボクに問いかける。すでに茶番のような裁定。そんなことより煽るだけ煽って犯人を確定させたい。
だから大司教の質問にボクも同じように応えた。
「教会はなぜこんなことを?」
「なんだ! その態度は!」
「襲われたと主張する女性には、妹と自分が殺されるから閨をともにしてくれと懇願された。命令したのはだれです?」
ざわめきたって裁定員席に座る重鎮たちは顔を見合わせている。周囲の神官や大司教たちは「なんてひどいことを」とボクの話を信じる者もいれば、どうすればいいのか困っている者もいた。
すると裁定机を力強く叩く音が響く。
「彼女には妹などいない! 嘘を言うのもいい加減にしろ!」
そういきり立ってボクに反論するのは――
……教皇と枢機卿だった。
彼らのような最上位のものが、底辺の女性神官の身の上を普通は知らない。それが答えだった。
「あなた方が犯人でしたか。わかればそれでいいですよ。素直に従いましょう」
ボクはそう言ってお辞儀をする。教会が敵に回ろうと、あまり気にならない。もとより王位継承の儀で世界中に恨まれる身だ。
それよりは教会が信用に足らない存在であることが証明できた。それで十分。
クリスティアーネは上位魔女だから、立場上その国の裁定に口出す行為は憚られる。まさに社会思想に相反するからだ。彼女がそれをすれば上位魔女は教会と敵対的になってしまう。
それは全魔女の生活に直結するのだ。
当然そんなことをした上位魔女は除名される。彼女はいまそう言う立場だから、できれば慌てたまま大人しくしていてくれると助かる。
どうせ処刑されても人間ではボクを殺せない。
「ではアシュイン! そなたは強姦の罪にて死刑! この場で処刑する!」
枢機卿がそう言うと神官騎士たちが十名ほど現れ、ボクの首元に槍を構えている。それに口々にボクに対する暴言が向けられた。
「魔女様の美しさを……うらやましい!」
「あのちょっと顔が良いからってふざけやがってぇ!!」
これの動機はもしかすると本当にただの嫉妬のようだ。クリスティアーネに対して枢機卿は始終、眺望の眼差しを向けていた。
崇拝、憧れ、敬愛。そんな目だ。
構えた槍に力がこもる――
……するとどぉおんと大きな音が講堂に響く。聳え立つ大きな死霊が降りたっている。
「な、なんだ⁉」
「ひぃい!!」
それに怯える男たち。これはまずい……!
「……ぐぇひひ……ゆ、ゆるさない……ぜ、全員――」
「死ね」
「クリスティアーネ!! 落ち着いて!」
ボクは枷を破壊して彼女のもとへ駆けだす。そして彼女を抱きしめて落ち着かせる。ふっとこわばった彼女の力が抜けた。
「うぇへ……ぐひ……いやだぁ……」
「大丈夫だからね?」
彼女を撫でながら落ち着かせて周囲を確認すると、すでに教皇や枢機卿、大司教らは絶命していた。先ほどの大きい死霊はもう消えている。
あのままにしていたら、教会本部の全ての人が死に絶えていたかもしれない。たしかに全員の命を奪えば裁定なんて関係なくなる。
でも世界中に支部がある巨大な組織の本部がいきなり無くなれば、世界中に激震が走る。大きな混乱を招いて王位継承の儀どころではなくなってしまう。
「仕方ない。生ける屍にしてあげて、当面はそれで」
「ぐひひ……わ、わかったぁ」
そうして教会本部の大司教以上の位はすべて生ける屍になってしまった。王位継承の儀は問題なく役目を果たせるだろうけれど、そのあと彼らは腐ってしまう。
周囲を見渡し、この事態でも逃げずにいる神官を探す。
「そこのキミ……名前は?」
「……ミ、ミザリと申します……」
「うぇへへ……ミ、ミザリちゃん? ……じ、次期教皇ね」
一か月を過ぎたあたりから彼らは意思を失い、死んでいくことを伝える。ミザリは淡々とそれを受け入れていた。
彼女は女性神官長の立場にあったので、役目は十分こなせるだろう。
……まさかボクへの妬み嫉みで、教会が破滅するとは……。
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