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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
103/202

閑話 センシティブ その3

クリスティアーネの視点の続きです。


あらすじ

 アイマ領の領主城下の町で死にかけていたところ、偶然アシュインと再会することができた。





 彼との生活は幸せだった。

 みんなには悪いけれど、アーシュちゃんを独り占めできたのだ。


 でもあたしには分かる。

 アーシュちゃんは今シルフィやアイリスちゃんの為に奔走していることを。あたしはそのついで。

 ただのおこぼれだとしても、うれしかった。





 宿屋に泊って、あたしを看病してくれる。

 やはり聞いていたアーシュちゃんにまつわる話は全部嘘だった。ひと時も疑ったことはなかったけれど、彼の口からきくことができて良かった。


 次元の魔女ディメンジョン・ウィッチによる策略だった。

 アーシュちゃんは二人と契約していたけれど、それを無理やり千切られたらしい。無理やり千切る方法はあるけれど、薬品を使って手間も多いし禁呪扱いのはず。

 上位魔女が禁呪を使うということは、かなりの御法度だ。そのうち沙汰が下るはず。



 アーシュちゃんは『白紙化』の方法を探していた。アイリスちゃんの契約破棄は既にされているし、他の人となら再契約可能だ。

 でもシルフィはもう一生誰とも契約できない上に、契約時のデメリットである魔力供給を契約者から受けないといけないのは引き継いでいるため、今の魔力がなくなれば消滅する。


 『白紙化』の方法なんて、あたしは知らない。

 でもアーシュちゃんが持っていた『禁忌の書』を読んで理解した。



 ……理論上は可能だ。



 アーシュちゃんの霊魂を千切って分け与えるという強引な方法と、あたしの霊魂を操作する魔法の合わせ技があれば、意図した効果が出る薬ができる。


 霊魂を千切るというのは、かなり危険だ。絶対にやってほしくない。

 でも今回作る薬にも、それは必要不可欠。アーシュちゃんの本気の瞳を向けられては断れなかった。



「……わかった。 や、やる」



 ……やりたくない……やらないで。



 そう言いたいのをぐっとこらえた。苦しいけど頑張って飲み込んだ。

 準備を始めて、緊張しながらも命を触媒に注ぐアーシュちゃん。きっと彼の中にはシルフィしか映ってない。そう思うとすごく悲しい。


 ほんの僅かでも同情ではない彼の愛がほしかった。

 でも今は彼の望むようにしてあげたい。彼はとても繊細だ。今にも壊れてしまいそうな危うい心なのに、我慢だけは人一倍得意。いつも皮一枚の心壁で押しのけるのだ。


 そんな彼の寵愛を受けながら、自分本位でいるシルフィが許せない。






 ――だから、あたしは一つ真実を隠した。







 『白紙化薬』を作る素材の中に、脳のシナプス回路による可塑性を弱める働きがあるものがあった。これにより短期から中期記憶が失われる。

 飲めばおそらくここ一、二年程度の記憶は無くなるだろう。アーシュちゃんの事は忘れることになる。それでもなお彼を望むならば、その運命は本物だと思う。


 それをシルフィに告げたうえで飲むかどうかの選択を迫るつもりである。彼の寵愛を受けたいならば、この試練を乗り越えなければあたしは認めない。

 もしそれを受け入れずに、惰性で生きたいならば――


 ……そのまま死ねばいい。



 シルフィはアーシュちゃんの魔力を大量に奪っていた。おそらく惰性で生きれば二十年ぐらいは持つと思っているはずだ。

 でも彼女は知らない。


 魔女の『停滞』が起きているはずだ。オババの手紙には書いていかったけれど、今のシルフィで見送りになるにはそれ以外に考えられない。

 『停滞』は魔女としての矜持を諦めた時に起きる病。それが起きると魔力減衰が加速する。おそらく今のシルフィであればもってあと一年だ。


 もう少しすれば減衰量が多いことに気がつくはず。『停滞』を治す特効薬はない。あるとすれば、アーシュちゃんの寵愛に他ならない。

 つまりシルフィはいくつかの試練を乗り越えないとあと一年で死ぬのだ。


 記憶損失を恐れずに『白紙化薬』を飲む事。

 記憶のない中で彼と出会う事。

 そして再び彼を愛し、寵愛を受ける事。



 よほど運命が味方しないと、それは成就しないだろう。『停滞』を患っているというのなら、彼女は人生を諦めている。そんな中で再び彼を愛せる可能性も低い。

 彼女が生きてアーシュの寵愛をうけるならば、必然的に通らなければならない道。


 あたしが何かするわけでもないけれど、罪悪感は強かった。それはシルフィが初めての友達だったからだ。

 友達だからこそ、こんなに苛立ってしまうのかもしれない。







 洗面室にかけこんだ彼の叫び声が聞こえる。

 『何もわからなくなる薬』を鎮痛剤といって彼に飲ませた。この薬も副作用はあるけれど、何もしなければ狂うほどの激痛のはずだから。


 彼は洗面室で倒れていた。薬が効いているようだ。

 あたしがアーシュちゃんを運ぶのは無理だから、死霊をつかって綺麗にしてからベッドまで連れていく。

 彼を寝かせて、あたしもその横に寝る。



 彼の寝顔をずっと見つめていた。薬が良く効いているようで、痛みは感じていない。その姿をみてほっとする。

 ……でもそろそろ発作が始まる。



「ヴヴ……ヴヴヴ……ゥウウウオオオオ‼」

「……ぐひっ‼」



 あたしは彼に首をつかまれてベッドに深く抑え込まれる。そして着ていた服を、強引にはぎ取られてしまう。上にまたがられて全く身動きが取れなくなった。

 それでもあたしが苦しそうにしているのが、わかったようで首から手を離して狼狽えている。



「ッ⁉ ヴヴ……ヴヴヴ……」



 『何もわからなくなる薬』の禁断症状中では抑制などありえない。

 そのはずなのに、あたしを傷つけたくないという意思が本能に刷り込まれているように制御しようとしている。

 そんな彼は愛おしく、頭を引き寄せて抱きしめる。


 そう。『何もわからなくなる薬』は、痛覚を強引に別の神経につなぎ、本能のままに凶暴化させる。



 ……あたしは彼の本能をそのまま受け入れた。



 いつも優しい彼が、男らしく強引に迫り猛るのはとても心が躍った。何千年を生きるアイリスやシルフィたちが彼に心酔するのは、こうした魅力が大きい。

 彼女たちへの罪悪感はある。それに彼の愛があたしに向いていないことも知っている。だからこれは単なる魔力授受であり快楽享受だ。

 いけないと知りつつ、あたしは彼の性に溺れた。








 今は彼のシーツの中で、ぼうっとしている。

 明らかに魔力過多だった。あたしは病み上がりだというのに、その心地よい疲れの余韻を楽しんでいた。

 すると彼が目を覚まして目が合った。



「お、おはよう……」

「うへぇ……お、おひひゃった……」



 あたしが楽しんでいる行為を、彼はただの魔力搾取と勘違いしているようだった。

 まだ身体が動かなくてなすが儘になっている彼は、気持ちよさそうにしている。そんな顔をみるとあたしはとても幸せを感じていた。

 そして彼への独占欲が芽生えた。


 彼の愛がいくらシルフィに向いていようと、簡単には渡したくない。彼女だけが幸せになるのではなく、ちゃんとアーシュちゃんにも幸せになってもらわないと許せないのだ。







 ベッドの中で他愛もない話をした。

 そして完成した薬についての話題が来る。その話になると一瞬びくっとして彼にぎゅっとしがみついてしまう。

 それに気づいた彼は、まだ痺れて動きづらい手をあたしの頭にのせて撫でてくれた。



「あの薬はクリスティアーネに預けるよ」



 その一言で彼の計画の概要が見えてきた。

 ……おそらく全ての罪を、彼が引き受けるつもりだ。




 そんな事はやめてほしい。

 多くの人間や悪魔たちの怨念を一気に引き受けるのだ。王国ではそうした大罪人は磔になる。見せしめに皆の前で羞恥に晒され、串刺しになって殺されるのだ。

 その残虐とも思われる儀式をすることで恨みを払うのだとか。


 アーシュちゃんならば死ぬ可能性は極めて低い。それでも痛くないわけがないのだ。そして酷い侮蔑を浴びされる。心もきっと痛いに決まっている。



 その代償によって、得られるものを天秤にかけてみる。



 戦争を引き起こし、多くの犠牲を出している。その先方がシルフィであり王位のあるエルちゃんだ。一般の王国民や他国からみれば、実権が誰にあるかは知りようがない。

 これをアーシュちゃんがかぶれば彼女たちに害が及ぶことは無くなる。彼女たちの保身のため。


 つぎに魔王領の不満をも全て引き受けることになる。それでアイリスちゃんやルシェちゃんへの統治のミスを追求されなくなる。負担は減るし、うまくいけば魔王領と王国の再交易の可能性も見えてくる。


 さらに公開処刑の場になれば、いくつかの敵対勢力をおびき寄せることができる。


 そして一番の目的は、シルフィにわからせる(・・・・・)こと。



 やはりアーシュちゃんの寵愛は彼女たちが得ることになるのだ。

 ……わかっていたけれど、辛い。




 未だ彼は全部話してはいないけれど、あたしが思いつくだけでもこれだけのことを一気にやろうとしている。



 ……なぜ彼はここまでするのか。



 あたしはそれが気になっていた。でもその手がかりはあった。


 あれだけずっと一緒にいるシルフィやアイリスちゃんに対して、寿命による感覚の違いを感じた時だけ『強い拒絶』を示していた。

 彼女たちとは違うとはっきり認識していた。そして人間ともちがう。

 つまり彼が感じていたのは『孤独感』だ。



 それが彼を生き急がせている。



 そこまでわかっていたら、もう彼を止めるなんてできない。みんなと同じようにあたしもその感覚は理解できない。でも知ってしまった。

 だから出来るだけわかってあげる努力をしてあげたい。そして少しでもその『孤独感』を埋めてあげたい。



「ぐひひ……ア、アーシュちゃん……と、止めないから……」



 あたしがこの結論に至るまではかなり苦労した。でもそのおかげでアーシュちゃんは驚いて、その瞳を滲ませている。

 あたしの気持ちが、言葉が彼の心に本当に届いた瞬間だった。







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