閑話 センシティブ その2
クリスティアーネの視点の続きです。
あらすじ
公演日に戻ると紅蓮の魔女に腕を切られて瀕死に陥ってしまう。治療してもらったが出血量が多くて回復には時間がかかりそうだった……
王城に戻った夜は、公演記念パーティーが行われていた。
一番の功労者であるアミちゃんがいないのに、なんでみんなはパーティーなんてできるのか不思議だ。
女王であるエルちゃんは、皆をねぎらわなければいけない公人なので仕方ないにしても、一緒に頑張った人たちはせめて、アミちゃんに気を使ってほしかった。
あたしの治療は終わって、腕は完全に接合した。でも血を失いすぎたので、気持ち悪いし視界がぐるぐると回って動けない。
そんなあたしをアーシュちゃんはお姫様抱っこをして医務室へ運んでくれる。それにパーティーへ行ってと言っても、あたしの側を離れようとしない。
命の危険があったから心配してくれているだけなのは分かっているけど、あたしを選んでくれてうれしい。
目を隠している前髪を払って、おでこに優しく手を触れてくれる。みんなが恐れて数千年と未開発だったおでこに、ずいっと踏み込む彼は本当に凄くて、うれしくて涙が出た。
そして突然あたしの意識は、ぷつりと途絶えた。
意識がもどると、しんと静まり返る医務室。
周囲には誰もいない。それどころか数日は誰も来ていないような様子だった。
あたしは完全に放置されていたようだった。身体を拭かれた様子もなく、おしっこも漏らしたまま。
病室は埃っぽくて少し臭っていた。
ひどく喉が渇いていたので、亜空間書庫に保存してあった果物を絞って飲む。桶に水は張られていたが、数日以上放置されているそれを飲めばお腹を壊すと思った。
とにかく今の状態が酷いけれど身体が動かないので、近くにいた死霊を使役した。どこにでもいるような死霊を操る程度は微量な魔力で済む。
扉や窓を開けて、換気をしてシーツを交換する。身体も拭き、服も下着も書庫から換えを取り出して着替えた。
部屋はピカピカになるほど掃除をさせて、気分良く休めるようになった。ただ人が誰もこないので、今何が起きているのか全く情報が無かった。
誰も来なくなってもアーシュちゃんが来ないのはおかしい。何か危険な事に巻き込まれている可能性がある。
あたしは他の死霊も集めて、偵察させることにした。
死霊たちがわらわらと戻ってきて報告する。
総合すると、アーシュちゃんは重犯罪者として指名手配されていた。
王国側から与えられた使命を果たさず逃亡し、軍を弱体化させた国家転覆罪の容疑だ。誰が見てもこじつけだ。でも王国側がそう言えばそれが真実となる。王国内においてはこれが覆ることはほとんどない。
みんなは既に魔王領に帰っていた。
そしてアーシュちゃんの出来事でエルちゃん一派が没落し、台頭したのがロゼルタ第二王女派。今はで戻りしたのでロゼルタ姫だ。
王国内も教会もヴェスタル共和国も彼女を推しているから、エルちゃんが少しでも落ち度を見せれば、すぐに転落してしまう。
シルフィと言えば、なぜか王国軍騎士団長に就いていた。
魔王領の人間なのにアーシュちゃんが居なくなって、王国側についてしまったということかもしれない。権力に胡坐をかいて好き勝手やっている。
それにお見舞いに来てくれないのは寂しい。
数日後、文官と思しき人物が医務室にやってきた。
あたしはまだ起きることができずに、ベッドに寝たままだった。
「亡霊の中に眠り姫がいるって噂は本当だったようであるな……亡者がいない今は好機だ……それに美しい……」
あたしが寝ている間に、噂が立っていたようだ。
男はあたしの寝ているベッドに近づいてきた。厭らしい男の鼻息が気持ち悪くなって、目をぱっちりと開ける。
「ひっ⁉ な、なんだ! このバケモノはっ⁉」
「……ぐぇへへぇ……」
「う、うわぁああああああ‼」
その男は逃げるように去っていた。お化けでも見るような目だったのは気になるけれど、いたずらされるよりはマシだ。それより死霊を使いすぎて噂になってしまったようだ。
さらに今度は、医務室にバケモノが出るという噂がたった。
ついには騎士団が出動してきて取り囲まれてしまう。書状を見せられ、貴族を恐怖させて危害を加えた罪により国外追放処分だそうだ。
あの気持ち悪い文官は爵位の高い貴族だった。いくら襲われそうになったと言っても、言い分が通るわけがない。
それに王国に何の感慨も愛着もないので、素直に書状にしたがって出ていくことにした。まだ身体はほとんど動かないから、その場でゲートを使って魔王城へと戻った。
到着するとベッドも支えもない部屋なので、倒れてしまった。
まだ血が足りていないから立っていることができない。目が回って気持ち悪い。それにゲートは結構魔力を消費する。
「うぇへ……だ、だれかぁ……」
声を出すが、ゲートの魔法陣周辺に誰もいない。以前ならこんなことはなかったはずなのに、アーシュちゃんがいないとこんなに変わってしまうのだろうか。
魔王城で死霊をつかって驚かせるのは嫌だったから、誰かが来るのを待っていたら使用人が来るのに一日かかった。
アーシュちゃんが失踪してから、まだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、魔王城にも影響が出ていた。
アイリスちゃんとルシェちゃんは執務に追われていた。手伝っている部下が減ったのだ。
なかなか理由が見えてこないので、何人かに尋ねてやっとわかった。
アーシュちゃんが王国で指名手配になって、行方不明になったことが原因だった。王国との橋渡しにもなっていたアーシュちゃんが、重犯罪者になってしまったのだ。
魔王領の威厳は失墜し、交易も自粛。
それに魔王領内でも、彼を疑う声が聞こえてくるようになった。そうした声をあげる使用人はしばらく休暇を取らせてお城から遠ざけたそうだ。
魔王城は人数が減り、忙殺を極めた。
それでもあたしはまだ病状がよくないので、ベッドからあまり動けずにいた。
お城のみんなも表面上は優しくしてくれるけれど、すごくギスギスしている。そしてひそひそと『ただ飯喰らいの能無し』と罵っている声が聞こえてきた。
魔王城の歪みが日に日に広がっていくのがわかる。
アイリスちゃんとルシェちゃんが、頻繁に喧嘩をするようになった。シルフィにも戻ってきてもらうように打診したようだけれど、居心地がいいのか帰ってこない。
あたしを庇ってばかりいて立場を悪くして居づらくになったミルちゃんは、学園の寮へ避難することになった。
ミルちゃんがいなくなると、アイリスちゃんやルシェちゃんが魔女に対する批判をこぼすようになった。それを皮切りに使用人たちによる地味な嫌がらせが始まった。
ご飯の時。
みんなは食堂で食べているけれど、あたしはまだ量も食べられないしあまり動けないので使用人に部屋まで運んでもらっていた。
「……うぇへへ……お、おいしそう……っ⁉」
べちゃ。
運んできた使用人が転んで、熱いクリームスープがあたしの手にかかってしまう。すごく熱くて痛かったけれど、不可抗力だから仕方ない。
「あら……申し訳ございません」
「……うあぅう……熱いよぉ……ぐひ」
そのまま片付けて、持って行ってしまう。おいしそうな料理を食べそびれた。
はじめは単なる偶然だと思っていたけれど、毎日転んで熱いスープをかけられて、毎日夕飯抜きになれば、それが嫌がらせだとあたしも気がついた。
さらに日が経つとご飯すら運んでくれなくなり、あたしの部屋に使用人が来なくなった。
「……うぇへへ……お、おなかすいたぁ……」
このままでは魔王城内で餓死してしまう。そんなことになれば、もしアーシュちゃんが戻ってこられたときに嫌な思いをさせてしまう。
そろそろここにいるのは限界を感じていた。
ある日、シルフィから打診があった。魔王軍の応援を寄こせと。王国は魔王領との約束も守っておらず、交易も滞っている状態。
それにもかかわらず応援だけはしろと命令してくる。
はじめはシルフィの名を使っただけで王国側の横暴だと思っていたけれど、シルフィが直接命令するような形で依頼してきたのだ。
口調も変わっていて豹変した様子にみんなが驚いていた。そして落胆していた。アーシュちゃんがいなくなって、おかしくなってしまったのかもしれない。
そんな調子の王国とシルフィに、危機感を感じ要求を突っぱねた。軍を使うとなると、そのものの命を借り渡すことになる。
そんな危うい指令系統のところへ派遣したら、帰還できるかどうか怪しい。
シルフィや王国の態度によって、さらに険悪となった魔王城内。
そんなギスギスして愚痴をこぼしていたみんなの前で、あたしはミルちゃんの代わりに和ませようといらない一言をいってしまう。
「ぐひ……み、みんな怖いから……う、浮気しちゃったかもぉ?……ふへ」
「なっ⁉ なんですって?」
「ねぇ? それはないんじゃない?」
聞いていた使用人達も、口々に悪口を言い始めてしまう。使用人たちの怒りも一気に爆発してしまった。
「あいつの事は皆言わないようにしていたのに‼」
「はぁ……やっぱり魔女とは相容れないね……」
「……ぐひ……ご、ごめ――」
急にあたしを標的にして、攻撃的な視線をこちらに向ける。お友達だと思っていたのに、殺気を向けられている。
「……みんな忙しいのに、ただ飯を食らった挙句に暴言とか何様だ!」
「魔女なんて居なくなってしまえ‼」
そう言って使用人達に物を沢山投げつけられた。中にはホークやナイフも交じっていてあちこち切れた。
「……ぐひぃい……や、やめてぇ……いじめないでぇ……で、出ていくからぁ……」
あたしはアーシュちゃんやみんなとの思い出が詰まった魔王城を、泣きながら後にするしかなかった。
魔王城の外に出ると、もう夜だった。魔王城周囲の庭園にでると、ナナちゃんが佇んでいた。ナナちゃんはアミちゃんと同郷の人間だ。
ナナちゃんは特に酷い扱いを受けていなかったようだ。
「クリスちゃん……ごめんね……見ていることしか出来なくて」
「うぇへ……ナ、ナナちゃん……」
「しばらくご飯食べてないでしょ……これあげる」
以前食べさせてくれたクッキーという異世界のお菓子をくれた。あたしはそれをみて急にお腹が減っていることを思い出して、きゅ~とお腹が鳴ってしまう。
別れ際に贈り物なんて初めてだから、うれしくてぽろぽろ静かに泣いた。
「……うぇぇ……あ、ありがと……さ、さよなら」
「うん……さよなら……」
ナナちゃんとはもう生きて会えることもなさそうだったので、「またね」とは言わなかった。そう言ってしまったらナナちゃんに迷惑がかかるとも思った。
もしかしたら、こんな状態で旅をしたら途中で死んでしまうかもしれない。どう考えても彼女との再会の可能性は極めて低いのだ。
魔王領は山林地帯。とても馬車で移動できそうもないので、屈強そうな死霊を見つけて、あたしを運ばせることにした。その様子を見ていたナナちゃんは怖がっていた。
彼女とも友達になれたと思っていたけれど、やっぱり壁があったんだと理解した。
あたしはヴェスタル共和国を目指した。
王国では魔王領の人間の居場所はない。あたしがアーシュちゃんは違うと訴えたところで、誰も聞く耳を持ってくれなかった。それどころか暴行されてしまう。
王国領にはいっても村には入れなかった。あたし一人では気味悪がられて、磔にされてしまう。
隠れるように身を潜め、野宿をしながら旅をした。
王国領のとある町の近くでの出来事。
町には入れないので、近くで野宿だ。身体の調子が日に日に悪くなっている。気だるくて食事もつらい。水分だけ補給して休むことにした。
すると亜空間書庫に反応があった。反応があったのは魔女の教典だ。
魔女の書がほのかな光を放っている。
それに手を触れて、開くと何か身体に流れ込んでくるのが分かった。表紙をめくるとこう書かれている。
『深淵の死霊魔女クリスティアーネ。汝、上位魔女に認める』
なぜかあたしが上位魔女に認定されたと書かれていることに驚いた。たしかシルフィは認定されるだろうと言っていたけれど、あたしは実力が足りていないはず。
驚いていると、勝手にめくられ説明のページが開く。
上位魔女は魔女になりうる才能がある者を見つけたら、最優先で保護しなければならない。その時に魔女の教典及び、不老長寿薬を渡すこと。それらは上位魔女の共有書庫に保存されている。
共有書庫への接続方法――
基本的な所作が書かれている。
上位魔女同士ならば、共有書庫を通じて手紙を転送できるらしい。接続してみるとさっそく手紙が届いた。
『クリスティアーネ
これを受け取ったなら認証完了しているはずだ。
先ぶれなく認定したのは謝る。
白銀の認定が見送りとなった。
上位魔女の補填は急務だ。
白銀の代わりにお前が注目を集め認定された。先の『魔臓』、『魔王の生成』の研究が評価をされている。
それとお前の通り名は『死霊の魔女』となった。今度はそう名乗ると良い。
せいぜい励みな。
混沌の魔女』
色々とひどい。
シルフィの代わりというのも酷い。通り名ももっとかわいいのが良かった。
シルフィが見送りになった理由は分からない。彼女が上位魔女になれなくて、あたしだけなったのなら荒れそうだ。
そのシルフィの状態が気になった。
夜になってから使役する死霊を得るために、その街の墓場へと足を運ぶ。するとまだ死んだばかりで棺のまま埋められていない死体が何体もあった。
「げぇへへ……い、いきがよさそぅ……」
棺を開ける必要はないので、そのまま浮き出ている死霊を使役する。やはり死んだばかりの死体だったようで、くっきりとして意思もしっかりしていた。
まず何故たくさん死んでいるのか聞いてみる。
するとすでにグランディオル王国とヴェントル帝国は戦争状態に陥っていた。
あたしは寝ていたから事情を知らなかったけれど、あの公演日に王国の騎士団長が帝国に拉致されてしまった。それをきっかけに、常々侵攻されていたこともあってエルちゃんが開戦宣言をした。
シルフィは公演日に代理として支持を的確にしていたことが評価されて、騎士団長に就いたと言うことだった。
……それで騎士団長なんてやっていたんだ。つまらなそう。
そのあとは医務室で調べた通りエルちゃんが失墜。ロゼルタ派が台頭したのはいいけれど、実権はジェロニア宰相が握っていた。
それから王国騎士団はシルフィによって統率されたけれど、アーシュちゃんがいないので当然人間の域を超えることはなかった。
以前エルちゃんが召喚したアミちゃんやナナちゃんと同じ異世界人の多くが、帝国側に流れていて、戦場に投入されている。
ただの人間の騎士に敵うはずもなく、侵攻してくる帝国軍に全滅させられたそうだ。
それがこの死体たち。
王都の墓場に入りきらず、周囲の都市の墓場に分散させられているのだった。それで魔王領に応援を要請しに来ていたんだ。
そんな切羽詰まった立場でありながら、あの高慢ちきな態度でくるとは。やっぱり王国の指示ではなく、これはシルフィのプライドというか意地で起きた悲劇。
そんなことに必死になっているから『停滞』なんて起きるのだ。自分の立場、現状維持を願うことは魔女の御法度。
魔女になったらゆっくりでもいいから歩み続ける探究者でなければならないという矜持をシルフィは忘れてしまったようだ。
彼女にはもうあたしの言葉も届かない。きっとアーシュちゃんだけが彼女を救えると思う。
あたしはそのまま王都をすり抜け、さらに北西を目指した。
おなかが空いたら、ナナちゃんに貰ったクッキーを食べる。道中の食事はそれとわずかな果物だけだ。街中で買い物をすれば警備の騎士につかまる。魔物を倒して食べるにしても調理ができない。
そんな状態で旅をするのは無謀だったのかもしれない。
アイマ領の領主城下にあるメルカ町が見えてきた。
この領主は知り合いだし、片田舎のここならば入ってもすぐには捕まる事もないだろう。
以前ロゼルタ姫が収めていた時期もあったけれど、領主のカタストロフは隠れエルランティーヌ女王派だ。
町の近くまで北はいいけれど、もう血が足りなくて魔力が回復しなくなっていた。そのせいで死霊馬車の制御も危うい。
仕方なく馬車は仕舞い、徒歩でメルカ町に入る。
そして空腹も限界だったので、何かを買って食べようかと思ったときに気がついた。魔力がないから亜空間書庫も開けない。
……つまりお金がない。
国々の依頼の報酬でお金に困る事はなかった。だから油断していたのだ。
町の中央付近にある広場。石造りの長椅子に座って身体を休める。
残り三個になったクッキーを食べようとして袋から取り出すと、目の前に子供たちがいた。
「それくれよ」
「よこせ!」
男の子と女の子たちが、あたしのクッキーを奪って行ってしまう。あたしは必死に追いかけたが、体力が無く子供にすら追いつけない。
「ぐひ……ぐひ……か、かえ……して……ぐひ」
「何だ? この人、こえぇ!」
「みんなお化けだ! やちゃえ! やっつけたやつにはこのお菓子をやるぞ!」
「「わ~~~!」」
『無垢な人間の子共ほど残酷な生き物はいない』そう魔女の教典にも書いてあった。確かにその通りだと思う。今まさにそれを体感していた。
「……げひ……げひ……い、いじ……めないでぇ」
蹴りつけられ、棒で叩かれて息苦しくなってもう限界だった。もぞもぞと逃げ惑うけれど、身体が思うように動かない。そんなときに聞き覚えのある声が聞こえた。
その声にあたしは涙が零れ、ふっと力が抜けた。
「おい……キミたち! そんなに虐めたら可哀そうだろ?」
読んでいただきありがとうございます。
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