閑話 センシティブ その1
クリスティアーネ視点です。長いので数話続きます。
四部の終わり、公演日に急いで戻って来た時の話からです。
あたし、クリスティアーネ……さ、最近しぁわせぇ……ぐへへ。
最近のあたしは大好きなアーシュちゃんと一緒に行動しているし、毎日魔力も貰ってとても充実した日々を送っている。
でも少し前は最悪だった。
初公演の日。
劇という文化は、人間の間でやっているのは知っていた。でもあたしは一回も見ることができなかった。
多くは友達、恋人、家族と見るため一人で入ることは憚られたのだ。一度入ろうとしたら、切符切りの男性に嫌な目で見られたので逃げて来た。
それ以来、そういう場所はとても嫌いだった。
でも今回は違う。アーシュちゃんが仕掛け人となって、魔王領だけじゃなく王国まで巻き込んだ巨大な催し物となっていた。
魔王城のみんなも見に来ていいよと言ってくれた。
それがとてもうれしくて、泣いてしまった。
すごく楽しみにしていたのだ。あたしの長い人生の中で初の演劇だったから。でもそれが叶うことがなかった。
ヴェスタル共和国から帰国した時には、もう始まっていた。演劇場は溢れるほど超満員。すごく上手くいったことがわかって、とてもうれしくなった。
アーシュちゃんは、アミちゃんやミルちゃんたちが頑張った努力のおかげだよって言っていた。それにこのまま王国を飲み込んで繁栄させていくのも、アイリスちゃんやルシェちゃんのおかげって言っていた。
でもそれは違うことをあたしは知っている。
アーシュちゃんが言わなければ、絶対に誰もここまでやらなかったはずだ。悪魔は特に自分から何かをやる種族ではないのだから。
現に長い悪魔の歴史で、彼らがこんなことをしたのは初めてだ。
それでもアーシュちゃんは自分の功績を主張しない。それよりはみんなが楽しくなってくれることを望んでいたのがわかる。
そんなアーシュちゃんに早く会いたいと思いを馳せながら、入れる場所を探した。
お客様の入口はもう満員で通路まで人がびっしりだった。入ることができないので、警備の騎士に言って、裏口へ通してもらうことにした。
円状に伸びる廊下を進み一番奥まで進む。一番奥の扉には舞台袖裏と書かれている。ここにいけば出演者や演劇関係者に会うことができるかもしれない。
扉を開けて暗い部屋の中へ入ると、何かあわただしい様子。王国騎士や使用人、それから魔王領のお手伝いの学生まで慌てている。
「……ぐひひ……こ、こんにちはぁ?」
部外者であるあたしが入ってうろうろしているのに、みんなは忙しくて話を聞けそうにない。すると切羽詰まった叫びが聞こえてくる。
「……やらせない‼ 反魔核‼」
アミちゃんが会場に向かって、魔法を放っているところだった。それも反魔核って、魔女の古文書にしか載って無いような魔法だ。
そういえばシルフィがそんな資料を引っ張り出していたのを思い出した。アミちゃんがこれを使えるということは、魔女に見染められるかもしれない。
すると演劇会場から何か飛び込んできた。
「おい‼ 反魔核なんてカビの生えた魔法を使ったのはお前か‼」
「……え、演劇の邪魔しないでください‼」
ぐへ……ぐ、紅蓮のぉ⁉
裏方の人たちが慌てていた原因は彼女のせいだった。乱戦の場面で大勢の出演者に紛れて、舞台に出てしまっていた。
観客は演出だとおもっているが、このまま暴れ続けたらいずればれてしまう。いくら上位魔女だからとはいえ、アーシュちゃんの演劇を邪魔するのは許せない。
アミちゃんは抵抗しようとしているけれど、いくら何でも瞬殺されてしまう。せめて抵抗できるように、周囲の死霊を集めておく。
「……ぐぇへへ……紅蓮のぉ?」
「この気持ちわりぃ声は、キモ娘のクリスかぁ⁉」
「クリスちゃん‼」
上位魔女に戦いに挑むのは分が悪い。それに紅蓮の魔女とあたしの死霊は相性が悪かった。彼女は直情的に戦って奪うタイプ。
相性もさておき女の子好きな変態の癖に、あたしだけは毛嫌いされていじめられた。
幸い今はバスターソードをアミが溶かしてくれた。亜空間書庫は一瞬ですぐに開けないから、殴り合いでもしない限り戦闘になることはない。
「カカカッ! 戦わないとでも思っているのか?」
「……け、剣……な、ないよぉ?」
紅蓮の魔女は無言で周囲を見渡し、演劇用の刃が丸められている剣を拾う。
「炎獄・絶対零度付与‼」
「……ぐひぃ……は、反則ぅ……」
さすがにあたしの考えは甘すぎた。このままではアミちゃんが殺されてしまう。そうなればアーシュちゃんやみんなが悲しむ。
それにアミちゃんはこの演劇の中心人物。頑張った末に殺されるなんて悲しすぎる。
「そこの娘。名前は?」
「あの……ア、アミです」
「ん~かんわぃぃ~。私はお前が欲しい! ついてこい‼」
アミちゃんは首を振って拒否している。
それが癇に障ったのか、こちらをギロリと睨む。いやな予感がして、すぐさま死霊を出した――
……が遅かった。
「……ほうら、かわい娘ちゃんが逆らうから、キモ娘の腕が千切れたぁ!」
「ク、クリスちゃん‼」
気づいた時には既に右腕がすっぱりと死霊ごと切断されていた。そしてあたしの右腕は彼女が持っている。切断面から遅れて血が吹き出て来た。
「……うぁ……い、いたいぃ……いたいよぉ……ぐひ」
「クリスちゃん⁉ ……その腕返してください!」
「アミちゃん? お願いするならこの不老長寿薬を飲みな! 嫌なら会場の全員がこうなる」
強引な誘い文句だった。
アミちゃんはこの上位魔女に見染められたのだ。それ自体は悪い話ではない。でもあたしも後で知ったけれど、不老長寿薬を飲むということは、魔女という生命体に『進化』することを意味した。
アミちゃんは引っ込み思案で、あたしと同じいじめられっ子だった。でも魔王城で変わったと言っていた。アーシュちゃんがいたから。
彼女はアーシュちゃんがいるときは、ずっと彼を目で追っている。
シルフィやアイリスのように甘えたいけれど、一歩引いていた。それでも恋焦がれている彼女にすごく共感したのだ。
そんな大好きなアーシュちゃんとは、別の生物になってしまうのだ。だからよく考えてほしかった。
そんなあたしの考えは空しく、アミちゃんはそれを受け取って何の躊躇もなく飲み干した。
それを確認した紅蓮の魔女は、あたしの腕をこちらに放って来る。それを慌てて受け取り急いで亜空間書庫に入れた。
それでも、傷口からは血があふれて止まらない。このままだとあたしは死ぬ。
……ど、どうしよう。
「カカカッ‼ せいぜい死ぬなよ、キモ娘。 じゃぁな‼」
彼女は一度も振り返らず、そのまま紅蓮の魔女の後に続いた。彼女からは何か思い詰めたような強い意思を感じた。
彼女はあたしたちを、そして演劇を守ったのだ。
ただ感傷に浸っている暇はない。この傷を何とかしないと、本当に死んでしまう。
すると役目を終えた出演者たちが、この準備室へ戻って来た。大一番の場面が終わって、ぞろぞろと大人数が入って来る。
「なっ⁉ なんだこりゃ‼」
「うそ⁉ ひどい‼」
演劇の道具や衣装がめちゃくちゃになっているのだ。もしかしたらあたしが犯人だと疑われてしまうかもしれない。
それにしても痛くて、血の気がだんだん引いていくのがわかる。
「うぇへぇ……い、いたいよぉ……」
「おい‼ お前がこれをやったのか‼」
「ひっ⁉ なんだコイツっ! きっとコイツが犯人だぜ‼」
そういって演劇の出演者に何度か蹴られた。アーシュちゃんがいなければ、やっぱりあたしはただの部外者。そう思うと蹴られるたびに心が痛んだ。
それに血が溢れて止まらない。
「……うぇ……や、やめ……」
「ちょっと‼ みんな何やっているの‼ ってクリスティアーネ⁉」
ミルちゃんがみんなを止めてくれた。あたしはもう意識が混濁していたので、状況は周囲で見ていた関係者が説明してくれている。
あたしの状態に気がつかないのか、みんなアミちゃんの話をしていた。
演劇関係者なのだから、中心人物のアミちゃんを心配するのは分かるけれど、放置されるのは悲しかった。
血が出すぎて寒気と痛みが強くなってきたころ、駆けつけてきたアーシュちゃんに助けられた。やっぱりあたしを気遣って助けてくれるのは、あの中でもアーシュちゃんだけだ。
あたしに治癒をかけながら、状況の説明を受けているアーシュちゃん。話を聞きながらもちらちらことこちらに視線を向けて、心配してくれているのがわかる。
それに魔力がかなり減っているのが分かった。みんなの為にいっぱい使った後なのだろう。それでもまたあたしの為に使ってくれている。
そんなアーシュちゃんを気遣って、シルフィも治療を手伝う。
眩暈で気持ち悪いし寒気と痛みはひどい。死ぬ恐怖が寸前のところまでやってきているけれど、アーシュちゃんがいてくれるだけで、大丈夫だって思えた。
そんなアーシュちゃんとじっと見る。
「悠久の時を生きるものにとって二年なんて一瞬なのだわ……」
アミちゃんの年季が長くても二年であけるという話の中で、シルフィの言った何気ない言葉に、アーシュちゃんの心がひどく揺れていることに気がついた。
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