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勇者が世界を滅ぼす日  作者: みくりや
第五部 鎮魂歌
100/202

発動条件

あらすじ


 カタストロフの依頼で、雪崩に巻き込まれたご遺体回収を行ったアシュインとクリスティアーネ。残りの行方不明者の捜索のために、再び雪崩の現場へとやって来た。




 再び崩落した高山の麓へとやって来た。

 今日は人手が必要ないので、護衛騎士二名とボクとクリスティアーネだけだ。もし罠が張られているとしたら再び雪崩が起きるはずだ。護衛騎士には警戒を強めてもらう。



「アシュイン様! これまでの雄姿。感服いたしました! 何なりとお申し付けください!」

「いや、気を張りすぎないようにね」



 護衛騎士は男女一名ずつだ。名前はクレメンスとアイネローゼという。二人は仲の良い幼馴染同士であり好敵手でもあるという。とても羨ましい関係だ。二人ともこの村では珍しい黒髪に黒い瞳だった。


 昨日まで掘削していた場所は、また凍り付いて表現が固くなり始めていた。このまま固まってくれれば雪崩の心配も減るのだろうけれど、今はまだいつ崩落してもおかしくはない。

 高山の近くにはもう人の気配もないし、魔力の動きも感じられない。クリスティアーネも死霊はいないという。




 次に麓に一番近い村を調べてみることにした。

 ここの住人は全て避難してもらったはずだから、人がいないはずだ。



「……ぐひ……あ、あれぇ?」

「ああぁ……死にかけている人がいる……」



 あまりにも微弱な魔力だったから、特殊な探知魔法でも使わない限り発見は難しかっただろう。すぐ近くに来るまで全く気がつかなかった。



 その微弱な魔力の発生源がぼやけて正確な位置がわからない。

 近くまで行くと、民家の裏手に小さい道具用の小屋が見えた。そこへ近づくと魔力の反応がかすかに強く感じられる。



「そこだね」

「……うへぇへ」



 この周辺は雪崩の起きた場所に近いから住人は避難させていた。毎日使う雪道具が入っている小屋で発見されなかったのはその所為だ。



 小屋の扉を開けると、中には猿轡を付けられ縛られている男が二名いた。

 かなり弱っているけれど、かすかに生きている。

 いつから監禁されていたのかはわからないが、この環境下で生存できたのは召喚勇者だからだろう。



「おい! しっかりしろ!」

「……あ、あたしの……しょ、書庫……つかう?」

「うん、おねがい」



 魔女の亜空間書庫はこことは時間の流れが違うから、多少は持つだろう。シルフィの話だと長期間は放置できないそうだが。

 彼らを縛り上げていたものを斬り、亜空間書庫へほうりこむ。

 それから急いで領主城へ帰還しようとしたその時――



 ゴゴゴゴゴ――



 地響きが聞こえて来た。小屋をでて周囲を見渡すと一緒に来ていた護衛騎士二人がいない。それにすぐ目の前には雪崩が迫っていた。五秒もせずにこの場は埋もれてしまうだろう。



 ドドドドド――0:00.247



 ……もう小屋のすぐそばまで雪が迫っている。このままでは二人とも生き埋めだ。ボクは急いでクリスティアーネのいる小屋へ戻ろうとするが、間に合わない――



 ……早く考えろ‼0:01.132



 一気に集中が高まり、脳内に急激な血が循環する。

 彼女もゲートは使えるが、彼女の知っている魔法陣でのゲートはすでに閉じられている。魔女の里の祠、そして南の孤島にあった祠には、ボクが設置した旧魔法陣ゲートがある。ただそこには彼女が場所を把握できないので、当然行くことができない。



 ドドドドド――0:02.212



 魔王領が新しい魔法陣を使っていたが、それも彼女は使えないはずだ。ボクだけが逃げるわけにはいかない。

 小屋まるごと王都にあったオババの魔法陣へ飛ばしてしまうが一番良いだろう。幸いオババご禁制の魔法陣はモノや人だけを飛ばせるらしい、ボクらの使っている者より優れている。



 ――ゲート‼ 0:03.212



 小屋はゲートの光に飲まれていった。ぽっかりと開いたその空間にも雪がなだれ込む。ボクゲートを使おうとしたけれど……。



 ドドドドド――0:04.522



 ……さすがにもう間に合わなかった。0:05.000











 ――雪崩、自然の猛威には驚く。

 変異体なんて呼ばれてこの世の者じゃない扱いを受けていたことを、ずっと悩んでいた。けれどやっぱり簡単に無効化されることに喜びを感じていた。



 ……ボクは被虐性愛者(マゾヒスト)なのかもしれないな。



 シルフィに蹴り飛ばされて喜び、次元の魔女ディメンジョン・ウィッチに無効化されて喜び、そして自然の猛威に負けて喜んでいる。



 しばらく時間が経つと自然と地響きは消え、雪崩が落ち着いたことがわかる。ボクは雪に埋もれてしまったから、それ以外の音は一切聞こえない静寂がやってきた。

 手足が全く動かせない。




 ボクもゲートを使ってさっさと脱出しよう。



 キィイイイン‼




 ……え⁉ 発動しない? もう一度使ってみる。





 キィイイイン‼




 ……まずい




 体温も徐々に下がっているから、長時間このままだとボクでも死んでしまうかもしれない。ただそれは最初に臨んだ結末だった。

 ボクが本当に望んだのは、死だ。


 それでも本当に好きな人が出来てボクは変わった。『勇者の福音』で身体能力の成長にバフがかかっても、皮肉にも心の成長は人より遅いようだ。

 やっとそれで変わって、また嫌われて。

 そして今はまたクリスティアーネに救われている。彼女を助けることができたのは良かった。あそこでボクだけ逃げていたら、本当に世界が滅びてしまうかもしれない



 シルフィやアイリスの事も、道半ばだ。

 ここで諦めるなんて選択肢はない。シルフィの時に誓ったはずだ。醜く藻掻いても諦めないと。




 冷静になって現状を把握に努める。

 ボクの力でまったく身体が動かすことができない。そしてゲートも発動しない。となるとよほど硬質な魔力的遮断物があるということだ。

 この雪は高山の雪崩雪だ。召喚勇者二人の発見が遅れたことも考えれば、元からこの地に降る雪はそうした物資が含まれているのだろう。



 ……打つ手なしだ。



 本当は一つだけあるが最終手段はまだ使いたくない。今やれることをやる。今までだってそうして何とかやって来たのだから。



 ……まずは指先を少しずつ動かす。

 凍傷防止の意味もあるけれど、ほんの少しでも動けばそこから空洞ができる。地道に繰り返せば身体が動く程度の空洞はできるだろう。

 そこまでいけば、あとは無理やり掘り進めることができる。



 にぎにぎと両手の指を動かす。するとほんの僅かだけれど拳周辺の空洞ができ始めた。ただボクの熱を奪っていくのでその隙間をつかってすかさず火の基本魔法を使う。

 魔力自体は通さない雪質だけれど、溶け始めたことを見れば魔力を変換して具現化したものにはちゃんと反応するようだ。

 一気に周囲を溶かす。ボク一人が動けるほどの空洞ができたが、溶けた雪が水になって下の方が水たまりになっている。このまま気温が下がれば凍ってさらに動けなってしまう。



 ……まずい……



 ここは本当に気温が下がっていたようだ。溶けだした水がもう凍りだして水浸しだった下半身はすでに動かなくなっている。


 いよいよ手詰まりになった。凍る前にもう少し空洞を作っておけばボクの剣技で吹き飛ばせたかもしれなかった。再び火を起こしてもすぐにその後から凍ってしまう。

 火を使う手段はここでは悪手だった。こういう場面で基礎素養の無さが命運を分けるのだろう。

まるでクモ糸にからめとられるようだ。


 それに埋もれているから、ほとんど空気が無い。ボクが活動すればするほど、周囲の空気は奪われていく。いよいよ最終手段を使う時が来たようだ。


 それは『勇者の血』を意図的に発動させて、周囲の雪を消滅させる。そして脱出の目途が立ったらブレイブウォールで収束させると言うものだ。



 ただ一つ問題がある。

 『勇者の血』は『勇者の福音』同様に自動発動スキルなのだ。自分で発動させることができない。

 発動条件はボクの怒りか、自己防衛反応だと思っていた。でもよく考えると少し違う。



 おそらく好きな人への『絶望』だ。

 レイラを助けるときにも発動した。アイリスを失うと感じた時にも発動した。そしてシルフィ自身の変わりようにも絶望し、発動した。

 クリスティアーネを助けられた今は、皮肉にも発動する気配がない。



 ……もうやれることは一つ。

 出来るだけ体力を温存しつつ、助けを待つことだ。




 いよいよ空気が足りなくなってきた。




 このまま死ぬのは嫌だな……。




 ……そしてボクは意識を失う。






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