表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/82

8時限目

 


 エリゼ様持参のお弁当の中身は、おむすびだけでなく、おかずも日本のお惣菜っぽいもの満載でどれにしようか目移りがする。

 卵焼き、猪肉のみそ漬け焼き、唐揚げ、ポテトサラダ、野菜のキンピラ。

 ちなみに、どれも異様にカラフルであることをお伝えしておく。うん。でももう慣れたから大丈夫!

 私は、黄色いごぼうと緑色の人参を細めの拍子木切りにしたキンピラを取り分けて貰って口に運んだ。極細のささがきにしてあるキンピラもあるけど、私はこういうザクザクした食感の方が好きなのでうれしい。

 甘辛い味が口に広がる。ちょっと違うけど(お醤油じゃなくてお味噌使ってるんだって)、そうそうこんな感じって味がした。

 我が家はお醤油とお酒と鷹の爪だけだったからキリリと辛かったんだけど、お弁当に入ってるキンピラってこっくりと甘くてご飯が進む味だよね。


「そういえば、私、エリゼ様に聞いてみたいことがあったんですよ」

 緑と青い渦巻き模様の卵焼きをぽいと口に放り込みながら、前から気になっていた疑問を訊いてみることにする。甘い卵焼きだ。だし巻きも好きだけど、甘いのもいいね。

「なにかしら?」

 こてん、と首を傾げる美女。しかも極上ですよ! 目の保養ですな。中身ド変態だけどな。

「ヒロインって本当に私なんですか?」

「…どういうことかしら」

 ぱりぽりと水色した大根の麹漬けを齧りながらでも、美女は美女だなぁ。

「ヒロインと同じ名前に読めるというだけで、本当の私は名前は違います。なによりスチルがあるってことは、私の画像もあるんですよね。ちゃんと似てるんですか?」

 そう。実はこれ、かなり気になっていたのだ。本当は私じゃないちゃんと『ユウキ・リン』さんがいるんじゃないかなーって。

 もしそうならちゃんとお迎えに行ってあげるべきなんじゃないかなって思っているのだ。

「りんたんは、スーファミのゲームって知らないのよね? プレステは初代からどのくらい新型になるのかしら」

「私が知ってるのはプレステ5ですね。画面つるつるです。ムービー以外の戦闘画面も映画みたいですよ」

「っ。それでスチル見たい…じゃなくて。プレステが出た時も衝撃だったんだけど、そう、ずっと先まで進化しているのね。いいわね、スチルどころか、ムービーでイベントを見れるのって。素敵すぎる。ほぅ。

 それに対して、スーファミはね、ドット絵なの。知ってるかしら、ドット絵」

 知ってる。四角い小さなマス目を塗りつぶして描く、点描画みたいなやつ。ヒゲ親父兄弟とか某国民的RPGで有名な画面みたいの。

「『ゆうきりんりん☆魔法学園らぶぱ~てぃ』はね、ドット絵だったの。それも古き良きスーファミのゲームらしく、主人公の顔はよく見えなくなっているのよ」

 え、ヒロインの顔って判んないんですか?

「そう。自己投影しやすいようになのか、スチルの中ではギリギリで顔が見えるかどうかの角度だったりするの。スチルのメインは攻略対象者なの。あれが憎くてねぇ。

 攻略対象者のセリフに『この世界にふたつとない、美しく澄んだ黒い瞳』とか『艶やかでさらさらした髪だ。いつまでも撫でていたくなるな』とかはあるからそれは間違いないのよ。

 でもさ、もっとちゃんとヒロイン見せろってよく思ったわぁ」

 なるほどね。それじゃ顔立ちが曖昧でも仕方がないのかも。

「そうですか。じゃあ、攻略対象者も最初にリアルで見た時は違和感とかすごかったでしょう」

「逆よ!」

 くわっって声が聞こえる勢いで、エリゼ様が吠えた。

「いいかしら、りんたん。ドット絵というのはね、そこにない情報を想像力で補えるのよ! 描いてない部分は自分の理想をそこに乗せることができるのよ」

 うぉぉ。熱い、エリゼ様は燃えていらっしゃる。萌えてかな。

「だから、初めてケルヴィン様やムーア様にお会いした時は感動したわ。

 想像していた人がそのまま動いているのだから。ちょっとというかかなりお若かったけれどね。うふふ。うふふふふふふ」

 その時のことを思い出しているのか、エリゼ様は楽しそうに笑っていた。ちょっと怖い。

「でもね、ドット絵に懸ける想い、それはプレイヤーの想いだけじゃないの。

 制作側の熱い思いというものも、そのドット1つ1つには詰まっているのよ。

 そう。”1ドットの白い情熱”よ。りんたんはご存じかしら。その伝説を。

 あるゲームの中で、女性キャラに特定のコマンドをいれた時、ほんの一瞬、白いドットが入るのよ。

 たった1ドットだけ白いの。それも一瞬で見えなくなるの。

 そうよ、パンチラなのよ!!

 その1ドットだけで制作側はパンチラを表現してみせたのよ!

 制作側はそのたった1ドットの白い点で、青少年の熱い想像力を掻き立てたのよ!

 ドット絵の無限の可能性を感じさせる素晴らしいエピソードよね。素敵よね」

 ぐっと拳を握りしめてそんなキラキラした瞳で振り返られても、同意してあげる気にはなりませんからね?


 そして「パンチ等って、殴りまくるのだろうか」「それを1つの白い点で表したんですか? 高等技術ですね」とかなんとか王太子様とムーアさんが言っていて、一つ一つ丁寧に突っ込みをいれたくなったけど、忙しいのでここはスルーしておく。この件になんだかデジャブを感じるけど気にしない。しないったらしない。


「でね、私のりんたんは、肩まである艶やかなストレートの黒髪、濃い睫毛に縁どられた大きく澄んだ黒い瞳、華奢で思わず抱きしめたくなる、でも強く抱きしめたら折れてしまいそうな…そんな守ってあげたくなる女の子……あぁ、カ・ン・ペ・キ。

 パーフェクトボディを持つ完璧少女、それが私の、りんたんなのよ!」

 両手を高く上に突き上げ、上から降り注ぐ祝福という名の光を受け取る敬虔な清教徒のようにエリゼ様は自分の妄想を語っていた。全力全開で。妄想がすごい。

 まぁ私の事じゃなくてゲームキャラのことだしね。反論はすまい。

 とりあえず、髪形とか配色は同じなんだってことは判った。でもそれだけだ。

「でも、りんは別に華奢じゃないよな。結構力持ちだし筋肉あるだろ」

 くそっ。王太子め。本当の事だけどムカつく。

「そうですね。私は働く女子ですからね」

 ぷんすか。

「なぜ同意しながら怒るんだ? 本当の事だって自分でもそう思うんだよな」

 ぐぬぬ。おのれ、王太子まだいうか。乙女心はどんなに正しことでも正面から言われたくないこともあるんだと知れ。

「殿下。りんさんは華奢ですよ。小さくて可愛いですし」

 ムーアさん。本当に優しい人だなぁ。たとえお世辞でも嬉しいです。いや、事実は自分で知ってるけど、フォローありがとうございます。嬉しいです。

「華奢ねぇ。あぁそうともいえるかもな。ストーンだもんな、スットーン」

 両手で上から下まで何度も往復してみせる。くっ。

 …何を思い出したのか言ってみろ、こらクソ王太子…いや、言わなくていいです。うわーん。

「殿下。それ以上言ったら、私が実力行使で黙らせますよ?」

「待て、待ってくれムーア。お前すでに実力行使に出てるよな。いて、痛い、やめっ」

 ぎりぎりと殿下の頭を両側から拳をぐりぐりと擦りつけるようにしてムーアさんが締め上げていた。

 懐かしい。それってなんで”ウメボシ”っていうんだろうね。つか、こっちでもやるんだね、それ。

「お前、ほんと性格変わったな。というか、りんに関することだけ別人すぎだろ」

 ぐりぐりされた頭を擦りながら王太子が文句をぶーぶー言っていた。

 でもそうなのかな。ムーアさんはどんな女の子にも礼儀正しくてやさしいだけなんじゃないのかなぁ。

「友木りん、あなたは私のヒロインですわ。

 だって、私のこの胸のときめきは、本物ですもの」

 あ。エリゼ様の告白、まだ続いてたんだ。ごめん。私から聞いたのに、ちゃんと聞いてなかったよ。

 んー。なんだか納得できたようなできないようなしたくないだけのような。

 私が本当にヒロイン役なのかどうなのか。やっぱり判らないままだった。


「そろそろ昼休みも終わりだな。移動しようか。

 午後は私達と一緒にマナーの授業だな」

「あ」

 しまった、すっかり忘れてた。

「どうした、トイレにいきたいなら早くいってこいよ」

「ちがうし! たとえ本当にそうでも大声で言わないで欲しいんですけどっ。

 自分のお弁当食べるの忘れてたなって」

 もうお腹いっぱいだよ。でもまぁいいか。持って帰って夕飯にしよう。とほほ。2連続お弁当持ち帰り事案だよ。がっくりだよ。

「あら、用意してたのね。ごめんなさい、私が大量に持ち込んだりしたから」

「いえいえ。エリゼ様のおむすびもおかずも全部とっても美味しかったです。

 ありがとうございました。ごちそうさまでした」

 お米最高でした! もち米だったけど。日本食っていいなって思いましたもん。

「あの、よろしければ私が戴いてもいいでしょうか」

 ムーアさんがそっと申し出てくれた。

「あれ、まだ食べ足りなかったんですか?」

「っ。そうです、もうちょっと食べたいなって」

 そういうことなら提供しちゃおう。持って帰って食べるよりいいもんね。

「エリゼ様のお弁当の後に、こんな質素なもので、すみません」

 鞄を漁ってお弁当の包みを取り出そうとして…その包みがやたらと重くて温かくて柔らかかった。…これは。

「タイガ!」

 なぜかタイガが入ってて吃驚した。いったいいつからここに入ってたんだろう。うそん。

「それ、いや、その猫は、隣国の皇た…こほん。帰ったんじゃなかったのか?」

 包みの中身(ピクルスだけ残ってた)を一人で食べ切って満足そうに舌なめずりをしていたその猫は、うにゃんと一声鳴いた後は念入りに毛繕いをしているばかりだった。

「…実は、朝方いきなり部屋に戻ってきて。

 もう一度オマジナイをして、呪いが解けたら勝手に帰っていいからねっていって、家に置いてきたはずだったんです」

 朝の時点で相談するべきだったかな。でも誰にも気が付かれないうちに帰れるかもって思ってたんだもん。

「そうか。前回の呪いは解けるまでに半日以上掛ったんだったな。朝方解呪を試みたならまだ効果が出てなくても当然か。しかし…」

 隣国から再度の解呪の申し出があった様子もないし、それどころか皇太子の身になにかあったという話もなかったそうだ。

 でも前回も失踪していたことすら噂に登ったことはなかったし、それだけで何もないとは決めつける訳にはいかないだろう。

「うーん。仕方がないな。前回迎えにきたあちらの大臣と早急に連絡を取ることにする。

 内密に私の方でもあちらのことを調べてみることにしよう。

 何かわかるまで、りん、お前のところで預かってくれるか?」

 まぁ、それしかないよね。解呪できたら勝手に帰っていくだろうけどね。

 会話の話題が自分のことについてだと知ってか知らずか、完全無視を決め込んだらしいタイガはしっぽの先まで綺麗に毛繕いを済ませると、もそもそと勝手に私の鞄の中へと潜り込んでいった。

 昼寝する気だね? 羨ましいぞっ。


「そろそろ本当に移動しないと駄目だな。

 私は少し王宮と連絡を取ってくる。

 すぐ追い付くから先にダンス室に移動しておいてくれ」

 そうでした。午後はこの2人を先生と呼ばなければならないんだったっけ。

 王太子様とムーアさんが小声で相談しながらカフェテリアから出ていくのを見送り、私とエリゼ様はカフェに常駐しているメイドさんに後片付けをお願いしてダンス室に移動することにした。さすが貴族だらけの学園だよね。ちゃんと器を洗って帰る際の馬車まで持ってきてくれるんだって。すごいよね。

 並んで歩きながらもう一つ気になっていたことを訊く。

「そういえば、なんで魔法学園でダンスとマナーの授業があるんですか?」

 魔法学だけでいいと思うんだけどな。

「それはね、特にダンスは家庭教師による指導だけでは夜会で踊るのは難しいからよ。 

 ダンスの練習においてはね、1、2組のペアだけで踊るのと、ホールで不特定多数のペアと一緒に踊るのは全然別物といってもいいの。

 自分の踊りたいように踊っていたら、かなりの確率で誰かにぶつかって怪我人が続出するのよ。しかもそれが連鎖するの。誰かがぶつかって転ぶと、横にいたカップルも転んだりね」

 なるほど大惨事だ。ルールを決めても、歩幅とか避けるタイミングの取り方は実践していかないと覚えられないからかな。

「同じように、式典での礼についても皆の動きが揃わなければ美しいものにならないの。一度や二度合わせただけでできることでは駄目なの。覚えきれないし、ずっと覚えていられないものなのよ。

 だから繰り返し反復して身体に覚え込ませていくことがとても大切になるのよ」

 なるほどなー。頭で覚えても、身体がその通りに動かせるかというと難しいもんねぇ。

「それで、同じ歳の子供が集まっている場所、学園で行うんですね」

「そうよ。15歳で入学して卒業するまでの3年間、ずっと一緒に練習をしていけば最低でも同じ年齢層の間では動きに統一感がでるでしょう?」

 なるほどなぁ。はぁ。じゃあ、私もちゃんとやるしかないのかぁ。普通の平民でよかったんだけどなぁ。

 諦めのため息を吐いていた私に、エリゼ様が嬉しそうに話しかけた。

「そうそう。りんたん、ダンスにしろマナーにしろ、実技の時は練習用でいいからドレスを着用しないといけないのよ。

 どちらの授業でも、裾裁きが重要になってくるから。

 それでね、よかったら私のお古を使ってくれないかしらと思ったの」

 練習用でもドレスって高そうだよね。うん、貸して貰えるならかなり助かるかも。

「ありがとうございます。是非お願いします」

 ぴょこんと頭を下げた。持つべきものは気配りのできる友達だね。

 お礼をいうと、エリゼ様はとても嬉しそうに笑って、

「王太子殿下達が合流するまでまだ少し時間がありそうだし、一緒に更衣室にいって試着してみましょうか」そう勧めてくれた。



"1ドットの白い情熱"はデタラメです。

思いついたら楽しかったんや。

後悔はしていない。


でもどこかにそんなゲームがありそうな気はしてる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ