77時限目
いつも読みに来て下さってありがとうございますですv
「ではまた明日。おやすみなさいませ」
「はい。今日はご馳走様でした。おやすみなさいです」
結局、一緒にシャワーを浴びに行って、先に出ていたムーアさんとロビーで合流して階段を上がって戻ってくる。
一緒に行くも何も、ただそれだけなのに。側付きになるって本当に大変だね。毎日毎回お疲れさまですと思う。
玄関先で挨拶を交わして、隣り合わせた自分の部屋に戻る。
今日も一日いろいろあったなぁ。毎日いろんなことがありすぎて大切な事を何か忘れている気がする。
「ん。ちょこっと部屋を掃除して、筋トレして、歯を磨いて寝るか」
もう眠いけど。寝る前にやるにしては、項目あり過ぎな気もするけど。
「でもね、自分がやらないと、誰もやってくれないんだよねぇ」
ひとり暮らしの弊害ですな。
私がやらなければ他の誰も掃除なんてしてくれないのだ。使うばかりで掃除しないと大変なことになるのだ。
特にトイレとかトイレとかトイレとかね。
正直、トイレ掃除をサボることだけは許せない。自分的にだけど。
やらずに汚いトイレを使う位なら、トイレを掃除して自分が汚くなった方がマシだ。
「ふう。本当はシャワー行く前に済ませたかったんだけど、でもまさか部屋の掃除をしたいから待っててくれとか言えないもんねぇ」
まぁいいや。濡らしたタオルで寝る前に身体を拭けばいいんだから。
「よし。やろう」
「ふいーっ。疲れた」
掃除って、始めるとなんかこう最初は適当でいいと思っても根を詰めちゃうよね。
筋トレは何か前より簡単に身体を動かせるようになってきたから回数を増やしたり負荷を増やしていかないと駄目かも。あーでも回数増やすのは時間的に無理だから、負荷を増やそうかな。
「そのうち筋肉ムキムキになったりして」
女子的にはアウトな気がするけど、いまの私は弱すぎなのでそれもありか。
「筋トレの内容についてはそのうち誰かに相談してみよう。もう寝よう」
おやすみなさい、と誰もいないのについ言葉に出してしまう。
ガーランド様がこないならコトラ連れてくれば良かったなぁ。
誰もいないベッドは広いけど、ちょっと寂しい。
「あれ? …掃除も濡らしたタオルもいらなかったんだ。私、クリーン使えるようになったのに…」
リアルで自分が膝から崩れ落ちた。両手も床にそのままついて落ち込む。
「魔法が使えるようになっても、自分の心と頭に身に付いてないので、使おうと思えない件について」
ふふ。なんか自分の阿呆さに涙が出そうだ。
「明日もいそがしいんだろうな。もう寝よ…うわっ?!」
しまったしまったしまったしまった。
「失敗した!! 本! 王立図書館なんかで借りてる場合じゃなかった!! 学園の図書室の本、読んでない!!」
これだから本を読む習慣のない人間は駄目なのだ。自分だけど。
借りただけで満足しちゃったよ、『ラノーラ建国記』!
慌てて机の上に重ねておいてるだけになっていたそれを手に取った。
「えぇっと、返却日は…過ぎてるよ!! ダメじゃん、私」
熱を出して休んでいる間に、とっくに期限が過ぎていた。なんということだ。
「今夜中に読んで…明日、持っていって返そう。ううう。ダメ人間すぎる」
私は、ちいさなランプに火を灯してベッドの中でそれを開いた。
その場所は、何もかもがすべてあって混ざり合って全部が真っ黒で真っ暗でした。
そこに人が現れます。
「ここには明るさが、光が必要だ」
その人がそういうと何もかもがすべて混ざり合っていたそこから光がぽうっと浮かび上がりました。
明るくなったそこで人はいいました。
「あぁ、これで安心だ。でも寒いな。火があったらいいのに」
その人がそういうと何もかもがすべて混ざり合っていた所から光が抜けたそこから、火が付きました。
光の傍にいた火はいっそう明るく燃え上がり、辺りを温めました。
「あぁ、暖かくて気持ちいい。でも咽喉が乾いたな。飲み物、水が欲しいな」
その人がそういうと何もかもがすべて混ざり合っていた所から光と火が抜けたそこから、水が溢れ出ました。
足元から溢れだした水はその水位を増していき、あたり一面、澄んだ水で満たされていきます。
「ありがたい。これで水が飲める。しかし立っている場所が水浸しだ。濡れない足場はないものだろうか」
その人がそういうと何もかもがすべて混ざり合っていた所から光と火と水が抜けたそこから、大地が盛り上がりました。
「これで疲れがとれるようになった。座れるし横になって眠ることもできる。でもなぜだろう。ここは淀んでいるようだ」
その人がそういうと何もかもがすべて混ざり合っていた所から光と火と水が抜けたそこから、風が吹き出しました。
淀んだそれを風がどこか遠くまで運び去っていきます。
「清浄なる風に吹かれるのは気持ちがいい。ついに、ここは人の住みやすい素晴らしき場所になった」
明るい光と、暖かな火と、澄んだ水と、安心できる大地と、清浄なる風のある場所となったこの土地を、その人は人々の安住の場所と定めたのです。
「……建国記というより、神話?」
最初の一章で私はギブアップしそうになった。
なんというか、最初に思っていたのとあまりに違う展開が始まると、そこに入っていき難くなるよね?
でもまぁ娯楽として読んでいる訳じゃないし、ここで暮らしていく為の基礎知識として必要かなって思っているんだからやめる訳にも行かないよね。 それに、独立する為に戦争をした、とかよりいいのかも。うん、平和な感じだよ
ね。
「それにしても、始祖様ねぇ。その人がラノーラの初代の王様になったんだ」
でもさ、神話に突っ込みを入れるのもなんだけど、風が追いやった不浄なるなにかってどこにいったんだろうね?
消し去ったならともかく、遠いどこかに追い払ったみたいな話だったけど、押し付けられた土地に住んでいる人は最悪だよね。私なら怒るな。むしろ「さぁ戦争を始めよう」って思っちゃうかも。戦争嫌いだけど。
それに、始祖様? その人ってどこから来たんだろう。まずそこが気になって頭の中に入ってこないんだよね。そこで止まって先に進まなくなる。
「ふうん。真っ暗な中から呼び出されて名前を付けて貰った光と火と…その力達は、それ以来、人にその力を貸してくれるようになったんだね」
なるほどねー。
名前のないものに名前を授けて真名とし支配する。
なんかこう、ある種の基本な気がするよね。うん。
「ふぁ~。やばい、眠い。朝までに読み切らないといけないのに」
むぅ。読まなければ。
でも眠い。
でも。
むぅ。
『おきて、わたしのりんたん。おきて、わたしのりんt…』 バシッ
「……やっちゃった」
本を読んでたつもりが、いつの間にかベッドに突っ伏して寝てたらしい。
カーテンの隙間から差し込む陽射しが、朝がきたことを示している。
幸いにも、本は閉じて枕元に置いてあった。セーフ。
いや、読み終わってないからアウトかもしれないけど。涎まみれにしなかっただけでもセーフだ。
「仕方がない。一旦返して、また借りてくるしかないか」
ここで暮らしていくなら必要な気がするから借りてきたんだし。このまま碌に読まないで返して終わりにはできない。
それにしても貸出期間が一週間なのは確認したけれど、延滞した時のペナルティがどんなものかまでは聞くのを忘れていた。
はぁ。貸出禁止期間が設けられるとか、トイレ掃除とかかな?
でもトイレ掃除は貴族の子女にはきっついかな。
ううん、まぁ謝るしかないし、どんな罰則だろうと受け入れるしかないんだけど。
私は自分の阿呆加減にほとほと呆れながら、『ラノーラ建国記』を鞄に詰め込むと、学園に行く準備を始めた。
「おはようございます」
「おはようございまふ」
目をしょぼしょぼさせて挨拶をした私に、ムーアさんは目を眇めて「どの本がお気に召しましたか?」そう声を掛けてきた。
確かに本を読んでいて寝るのが遅くなったのは間違いじゃないんだけど。
昨日、王立図書館で借りてきた本ではないことに、私は苦笑いした。
「りんさんが学園の図書室で本を借りられていたことも知らなかったです」
そういえば、ムーアさんはあの時はまだ一緒じゃなかったんだっけ。
そうだ、エリゼ様とケルヴィン殿下がお忙しくてマナーの講義ができないといって図書室で貴族年鑑をお借りして…自習室で寝てたんだった。恥っ。
「貴族年鑑でも、おとぎ話みたいな建国記でも呼んでる最中に寝ちゃうとか…」
まるで勉強嫌いの脳筋並みの自分に、鬱が入った。
「いくら光魔法で治されたといっても病み上がりなのは間違いないですし。引っ越し、学園への編入、ガーランド様の件、廃油石鹸など、立て続けに色々なことがありましたからね。お疲れになって当然ですよ。環境が変わったばかりですし、少しゆっくりした時間を取るようにした方がいいかもしれませんね」
うぅ。そうかな。そうかも。
異世界に来て約一年。寝込んだのだって初めてだった。
もうすっかり治ったつもりだったけど、身体は治っても心とか気持ちの部分で追いついていないのかも。
「ケルヴィン殿下にもそう報告しておきますね。エリゼ様に伝えたら、公爵家へ連れて帰ると騒がれると思うので」
ぶるぶる。ゴードン公爵家は遠慮したい。ゴージャスすぎて落ち着かないもん。
変なファンアートとか見せられ続けたら養生どころか消耗してしまいます。
「あぁ、それと。学園の貸し出し図書については他の生徒から貸し出しリクエストが来なければ、自動で貸出期間の延長がされるだけなので、あまりお気になさらず」
なんですか、それ?! 自動延長って、延滞料金払い放題とかになるのかな。
「エンタイリョウキンというのが何かは判りませんが、自動で延長しても別に罰則などは一切ありませんよ」
そうなんだ。良かった。私はホッと胸を撫でおろした。
「最初の貸出期間中は、もし他の生徒が借りたいと申し出をしても何も連絡などは入りません。それに対して自動延長に入っている場合はまず生徒へ連絡が入ります。それで返却がない場合は家へ連絡が入ります」
保護者呼び出し?! 十分過ぎるほど罰になるんじゃないのかな。
「いえ、呼び出しではないです。新しくその本を図書室へ取り寄せる際に掛かる費用の請求です」
んが?!
「恥ずべき事ですが、育てられ方によっては学園の職員を下に見る生徒も多いんですよ」
あぁ。今は平民の私が特例で入ってきてますけど、基本、貴族の子女しかいないですもんね、ここ。
「なので、職員からの返却指示に従わないこともあるんです。その為の措置ですね」
はぁ。なるほど。金持ち発想ですなぁ。
「とは言っても、自動更新があるからと借りっぱなしにしていると学園の職員の覚えが悪くなりますからね。きちんと期限内に返却するようにして下さいね」
「ハイ、ごもっともでございます。気を付けます」
私はしょんぼりして頭を下げた。
「始祖様がどこから来たのか、ですか」
通学路を行く馬車の中で建国記を読んだ感想を訊かれたけれど、第一章までの記憶しかない私にはそれしか話題がない。
ちなみに、朝の準備の最中にパラパラっと斜め読みした印象だと、第二章からは普通に王国に起こったことが年代順に書かれているだけだった。
つまり神話風なのは第一章だけだったようだ。
「すべて混ざり合って真っ黒で真っ暗な場所に、いきなり人がいるというのが不思議で」
まぁね、神話にツッコミを入れるのなんて野暮だって知ってるけど。
でも他に話題持ってないんだもん。仕方がない。
「そう言われると確かに不思議ですね。混沌から世界を作り出し終えたと思ったら即、国民もいますからね。始祖様については判らないことが多いのですが、王国ができて初代国王となられてからの逸話も凄いですよね」
そうですねー、と軽く流そうと思ったんだけど…なんとなくできない。
私は諦めて素直に告白することにした。
「それが…実は寝ようと思ったところで建国記のことを思いだして慌てて読みだしたんですけど、眠気には勝てなくて第一章だけで撃沈を」
頬をぽりぽり掻きながらそう伝える。
不甲斐ない自分が恥ずかしかったけれど、嘘を重ねて会話するのが嫌だったので仕方がない。
私の告白に、ムーアさんは目を眇めて嬉しそうな顔をした。へにょんと下がった目尻が可愛らしい。くっ。美形め。朝から笑顔を安売りしないで欲しい。
「無理しないで早く寝た方がいいですよ。睡眠不足は美容の大敵といいますし。まぁ私には例え、りんさんが皺くちゃのおばあちゃんみたいな顔になっても愛らしく映ると思いますけど」
これは…。えぇっと5つ? 6つだっけ? 年上の大人から言われるその意味は、どういうものなのだろうか。
頬が勝手に熱くなってくるのを抑えようと、両手でそこを押さえた。




